日付 2025年5月20日
参加者 ANNE、花散里、カケス、エーデルワイス、ハリネズミ、アマリリス、ニャニャンガ、すあま、きなこみみ、雪割草
テーマ ワルイ子の胸の内

読んだ本:

白いワンピースを着た女の子と、グレーの服を着た女の子が並んでいる。
『ワルイコいねが』
安東みきえ/著
講談社
2024.11

〈版元語録〉「ね、人のしぬことにきょうみがある人って、どうおもう?」 思ったことを言えない美海は、正直すぎて周囲の顰蹙をかってしまう転校生のアキトと仲良くなった。アキトは少し変わっているだけだと思っていた美海だが…。
波に折り鶴が浮かんでいる。岸には男の子と女の子がいて、それを見ている
『ぼくの中にある光』
原題:THE LIGHT IN EVERYTHING by Katya Balen, 2022
カチャ・ベーレン/作 原田勝/訳
岩波書店
2024.11

〈版元語録〉嵐のような心を持てあますゾフィア。暗がりや大きな音が苦手なトム。それぞれ親ひとり子ひとりの生活が気に入っていたのに、ゾフィアの父親とトムの母親が恋人になったことから、家族としての新しい暮らしがはじまった。互いを受け入れられないふたりは……。優しさとは、勇敢さとはなにか。注目作家が描く11歳の心。


ワルイコいねが

白いワンピースを着た女の子と、グレーの服を着た女の子が並んでいる。
『ワルイコいねが』
安東みきえ/著
講談社
2024.11

〈版元語録〉「ね、人のしぬことにきょうみがある人って、どうおもう?」 思ったことを言えない美海は、正直すぎて周囲の顰蹙をかってしまう転校生のアキトと仲良くなった。アキトは少し変わっているだけだと思っていた美海だが…。

ANNE:読み始める前に、帯に書かれた「ね、人のしぬことにきょうみがある人って、どうおもう?」という惹句にドキドキしました。なんでも正直に言いすぎて、「性格が悪い」と言われている転校生のアキトと、なるべく人に嫌われたくなくていろいろなことを曖昧にしてしまう美海。仲良しになった二人ですが、アキトが人の死やお葬式に興味を持っていることに気がついた美海はどんどん不安になり……。空気を読まないアキトは、きっと発達障がいを抱えているのでしょうが、周囲の人たちがそれを彼女の特性として捉えている描写に好感が持てましたし、最後には自分の考えをきちんと友人に伝えることができた美海の成長も感じられて、気持ちよく読み終えることができました。タイトルも含め、秋田弁が重要なモチーフになっている作品だと思いました。

花散里:秋田から転校してきた津田アキトの、お年寄りへの発言などが、多少の違和感とともに個性的に描かれていると感じました。美海はアキトと出会い、交流していくことで、ポン菓子好きじゃないのに言えなかったことなど、それまで人によく思われたいと思っていた自分に気がついていくという表現などはうまいと思いました。祖母を「ばあば」という呼び方には最後まで、なじめませんでした。タイトルからも、秋田の「なまはげ」について物語が展開している作品だと思いましたが、読後感はあまりよくありませんでした。

雪割草:さっとしか読めなかったのもあり、いまいち入りこめませんでした。以前も読書会で安東みきえさんをとりあげたことがあり、力のある方だと思いますが、今回はテーマがつかみきれませんでした。それにアキトちゃんはなかなか変わっていて、その言動の理由は後半でわかりますが、それでもやっぱりびっくりする言動なので、モデルがいたのだろうかと考えてしまいました。まわりの子たちは、あたたかくていいなと思いました。それから、「なまはげ」について、子どもがかばってくれるおとながいるのを知る機会になると説明されていて、知らなかったのでなるほどと思いました。

カケス:わたしはとてもおもしろく読みました。上手な作家ですね。アキトのキャラクターも、おもしろい。思うままにふるまうのは素晴らしいと思う反面、戦争体験を話すおじいさんを、自分の体験ではないだろうと詰問したり、遺族の心情を考えずに見知らぬひとの葬儀場へずかずか入ってしまったり、明らかに他者への共感を欠いている子で、なんらかの障がいがあるような感じですが、作者はそれをはっきりとは言っていない。多くの物語では、そういう子に主人公、この本の場合は語り手の美海が働きかけていくという筋書きが多いように思いますが、この本の場合はアキトに美海が影響され、変わっていくというところが独特で、良いと思いました。最後の「なまはげ」が出てくるところもいいですね。ただ、公民館に卓球をしにやってきたおばあさんたちのところ、ちょっと嫌だなと思いました。美海は、ひとりひとりのおばあさんのこと、どういう生き方をしてきた人なのか、どんな背景がある人なのかも知らないのに「ユニホームから出た細い足を広げ気味に、トコトコ行進していく」とひとくくりにして、かなり意地の悪い見方をしている。ほんの数行しか出てこない登場人物でも、愛情をこめて描いてほしいと思うのは、欲ばりすぎでしょうか?

エーデルワイス:私の住んでいる岩手のお隣は秋田ですので、秋田弁が出てきて楽しみました。2年前に99歳で亡くなった舅が岩手弁で「おもさげね、ぶちょうほうしで、まんずおへれんせ(=すみません、ご無沙汰して、まあまあ(家の中に)お入りください。)」と、言っていた声を思い出します。秋田に限らずご当地ヒーローがあって、岩手はそれが「鉄人ガンライダー」で、腕が南部鉄器でできています。県内にガンライダーのキャラクター自動販売機が結構あります。アキトは頭がよく、周りの空気は読まず思ったことをズバズバ言う、そのくせ道が覚えられずに迷子になる。一種の発達障がいと思うのですが、そのことには一言も触れずにスーッと物語が進んでいくところが新鮮でした。美海は周囲の輪を重んじ、空気を読み、敢えて自分の意見を言わない様子に、読んでいて息苦しさが伝わってきます。それがアキトと友だちになることで、解放されて行く様子がとてもいいです。書道教室であれこれ半紙に書き合うシーンが好きです。また言葉遊びがたくさん出てきておもしろいです。p33の、アキトの名前について秋田出身だから漢字は「秋人」なのかと思いきや「亜希人」で「亜」の字の下に「心」という字をつけ足すと「悪」になるとか。p152の「うらやむ」「うらむ」「うらやましい」「うらめしい」とか。アキトがコロナのせいでちゃんとおじいちゃんとお別れできなかったことを悔やんでいること。改めて最盛期のコロナ時期の大変さを思い出しました。
また文章が美しいと思いました。特にp178~p179のところ。ですが、ラストがちょっと物足りないです。美海が自分の祖母を「ばあば」と呼びますが、現在日本全国で祖父母を「じいじ、ばあば」と呼ぶのが流行っているように思います。私はまだ話せない孫に「ばあちゃん」と言って聞かせていたのですが、保育園に入りましたら、「ばあば」と言われるようになりました。個人的に残念に思っています。

ハリネズミ:じつは最初に読んだときは、この作品はあまり印象に残らなかったんです。アキトを悪い子だとも思わなかったし。でも、2度目に読んだらおもしろかったです。美海もアキトも、独特な感性をもった子です。特にアキトは、アスペルガーと言われかねない特性をもっていますが、そういうレッテルを貼ることなく、ひとりの特性を持った子どもとして描いています。そしてそういう子を周りも理解していく。アキトが思ったことを斟酌せずに言ってしまうのに対して、美海は嫌われまいとしてウソをついてしまう。そこは対象的に描かれていますが、美海はアキトの影響を受けて、自分の気持を言えるようになっていくという展開もいいですね。「なまはげ」については、子どもを脅していい子にさせようとする行事だと思っていましたが、p168に「おどすだけじゃない。この子は悪い子じゃないと、信じてくれる人がいる。なまはげから守ってくれる人がちゃんという。それに気づかせてくれる行事でもある」とあり、認識が変わりました。一箇所気になったのは、書道に使う墨は、ティッシュで拭いても落ちないのでは? というところ。今は落ちる墨液もあるようですが、書道教室では墨をすって使うのでは?

アマリリス: 魅力的なお話でした。ASDっぽい性格のアキトちゃんと、おとなしくて空気を読むタイプの主人公。ハリネズミさんがおっしゃるように、発達障がいの子の話です、と明らかにしていなくて、そういう個性の子と近づいていく、という描き方がよかったです。ふたりが近づいたり離れたりしながら、理解し合っていく様子がよく伝わってきました。秋田の要素がいろいろ絡められていますよね。「なまはげ」の伝説は知らなかったので、勉強になりました。最後、突然ファンタジーになったなぁ、と思ったら、お酒に酔っていた、という理由付けがあり、説得力があってうまいなと思いました。ただ気になるのは、女の子ふたりが必死で逃げて倉庫街に隠れるあたり。そんなに執拗に追いかけるかな、と不思議に思いました。変質者か何かに追われてるのかな、と思わせるミスリードのためかもしれませんが。なおこの場面、子どもをひとりで留守番させることすら許されないアメリカ人が読んだらどう思うんだろう、とちょっと想像しちゃいました。

ニャニャンガ:安東みきえさんの本は2冊目ですが、おもしろく読みました。ふしぎでちょっと怖い感じが好みです。はじめはアキトの行動についていけなかったのですが、アキトも困ってる子だなと思うようになりました。アキトに振り回されるうちに、空気を読みすぎる美海が自分の気持ちを出せるようになってよかったです。今回の課題本は2作とも過去を乗りこえる成長物語という印象を受けました。

すあま:アキトは最初女の子か男の子かわからなかったです。性別を感じさせないような描き方なのかとも思いました。アキトは発達障がいのようにも思えましたが、物語では特に触れられていません。美海のようにまわりに合わせようとする子が多い中で、思ったことをそのまま行動に移す、言いたいことをそのまま言う、対照的な存在として、アキトは描かれています。昔はアキトのような子がたくさんいたように思うし、友達にもこんな子がいたな、と思い出しながら読みました。自分とは性格の違う子との出会いによって変わっていく、という話はよくあるけれど、死を扱っているのはユニークなところかも。秋田の方言や風習、「なまはげ」などをモチーフに使っているのもおもしろいと思いました。

きなこみみ:この本は、刊行されてすぐに読みました。アキトは、多分相手の気持ちを読むのが苦手で、発達障がいの気配があるんですけれど、発達障がいの子を理解しましょう、とかではなくて、その特性を特性のままに、ひとりの人間として描いてあるのがいいなと思うんです。人の心を推しはかる、というのは確かに大切なことなのだけれど、今、そのスキルが細分化されてしまっていて、そこに縛られてがんじがらめになっている子が多いように思います。美海はそのタイプで、あまりに気が回りすぎて、自分の気持ちを言えないタイプ。ポン菓子が嫌いと言えないとか、困ったときには、とりあえず笑っておくとか、私もおとなの顔色とか、とても窺うタイプだったので、胸が詰まりました。その彼女が、アキトに惹かれていくのが、よくわかるなあと。なんでもダメ出しするヤエちゃんという子が出てきますが、SNSなどを見ていると一億総ジャッジという感じで、他人に対するダメ出しばかりで心がささくれて、疲れてしまいます。安東さんは、気持ちのすれ違いやボタンの掛け違いを絶妙に描きながら、登場する子どもたちをジャッジしないで書いていて、そこがまたいいなと思います。ヤエちゃんも、美海にポン菓子は嫌い、と言われても「先に教えてよ」ってさらっと受け流していて、やっぱりジャッジされていないんです。そこが気持ちいいなと。あと、アキトの一見ヘンな、危ないと思われる行動が、彼女なりの痛みから生まれている、というのが切なかったです。二人で梅酒を飲んでしまったあとの、半分異世界に入ってしまうような最後の部分は、安東さんの真骨頂だと思います。安東さんは、こういうあの世との境目を描くのがとてもお上手で、好きなところです。これが本当にあったことなのか、酔いが見せたことなのか、それもはっきりしないんですが、二人で、この世界に行って、帰ってきたということが大事なんだなと。アキトは、自分の特性のせいで、きっと人とぶつかることが多かったり、うまくいかなかったりすることも多くて、そのなかで、自分を可愛がってくれるおじいちゃんがいることが、とっても救いになっていたと思うんです。でも、急におじいちゃんが死んでしまって、コロナのあの時期に、別れの挨拶もできないまま別れてしまった。でも、あのあわいの時間に、おじいちゃんに会えたと思えた。それはやっぱり鎮魂の時間で、そう思わせてくれる最後のシーンが忘れられない美しさでした。

(2025年05月の「子どもの本で言いたい放題」より)


ぼくの中にある光

波に折り鶴が浮かんでいる。岸には男の子と女の子がいて、それを見ている
『ぼくの中にある光』
原題:THE LIGHT IN EVERYTHING by Katya Balen, 2022
カチャ・ベーレン/作 原田勝/訳
岩波書店
2024.11

〈版元語録〉嵐のような心を持てあますゾフィア。暗がりや大きな音が苦手なトム。それぞれ親ひとり子ひとりの生活が気に入っていたのに、ゾフィアの父親とトムの母親が恋人になったことから、家族としての新しい暮らしがはじまった。互いを受け入れられないふたりは……。優しさとは、勇敢さとはなにか。注目作家が描く11歳の心。

ANNE:親同士が再婚したことで一緒に暮らすようになった11歳のゾフィアとトム。互いを受け入れることが難しい二人の思いが、交互に語られるという構成が読みやすくて好感が持てました。実の父によるDVで暗闇や大きな音にトラウマをもつトムの辛さや、新しい家族となった赤ちゃんの障がいなど胸が詰まるような展開の中に、折り鶴やマリオ、ジブリ作品など身近なアイテムが登場したことも、読みやすさを増幅させているように思えました。読後感もとてもさわやかな作品でした。

ニャニャンガ:以前読んだときは数十ページで止まっていたので、課題本になったおかげで読めてよかったです。一度目に挫折したのが不思議なほど、今回はするする読めました。ただ、トムとゾフィアの視点で物語が進行するので、人の固有名詞についていけず、人間関係を把握するためにページを行ったり来たりすることはありました。テーマは「ワルイ子」ですが、ゾフィアは悪い子ではなくて困ってる子だと思います。はじめてトムが怒りを表に出したとき、私も解放された気持ちになりました。

アマリリス: この本、課題図書にしていただいてよかったです。自分で普通に読んでいたら、前半で挫折していたかもしれません。そのくらい、途中まで読むのがしんどい本でした。ゾフィアとトム、どちらも重いものを抱えているから、読んでいて逃げ場がないんですよね。特にレガッタを見に港へ行く場面で、お父さんがゾフィアにトムの見守りを頼むところは、虐待のようにも思えてしまいました。でも、物作りをすることがきっかけでふたりの気持ちが通い合うようになっていくのが、とてもよかったです。この作品は日本の要素がけっこうありましたよね。千羽鶴も大切な小道具だし、ジブリ映画を見るシーンもいくつか出てきます。解説で、著者が日本にどういうきっかけで関心を抱いているのか出てくるかと思ったら、特には触れられていないので、たまたま知った、という程度なのでしょうか。みんなから集まった千羽鶴が合計998羽で、あと2羽つくる場面はちょっとうまいことやりすぎでは、と思いました。1000超えちゃった、みたいなほうがリアルだと思うんですけど(笑)。文章で1箇所だけ気になったのは、p63後ろから2行目。「わたしがきまりわるそうに顔を上げた」という部分です。三人称だったらいいのですが、「わたし」のことなのに「きまりわるそう」と推定で書かれていることにちょっと違和感がありました。

ハリネズミ:野生児のゾフィアと自信のないトムは、性格も正反対で最初は反目しあっていますが、徐々に距離を縮めていきます。ゾフィアもトムも、どちらも現状を変えたくない。ところが、親が付き合いだして不愉快な思いをすることになるわけですが、先がどうなるかが見えてしまい、意外な要素はありませんでした。p83にスリッパというのが出てきますが、イギリスの学校で子どもがスリッパを履いているのは見たことがないのですが、上履きのことでしょうか?

カケス:この場合はスリッパではなく、室内履き、踵のある上履きなのでは? これまでに日本で訳されたカチャ・ベーレンの本は、主人公ひとりのモノローグで綴られていますが、この本はふたりの主人公の心情が、それぞれの言葉で交互に出てくる点がおもしろいですね。そのおかげで、ふたりの気持ちが近寄ってきて、終盤に向かって盛り上がっていき、素晴らしい効果をあげている。本当に見事だと思います。原田勝さんの訳も、いつもどおり明晰で、この本の場合は特に澄みきった水のようだと感じました。千羽鶴のモチーフも、こうして外国の景色のなかに置かれると、新鮮で、美しいですね。一作ごとにチャレンジしている作家なので、これからが本当に楽しみです。

雪割草:カチャ・ベーレンはとても好きな作家で、これも原書を買って読みましたが、だんだん暗い気持ちになって、実は途中でやめてしまいました。なので、今回、原田さんの訳で最後まで読めてよかったです。カチャ・ベーレンは、トラウマを抱える子どもたちの心の声を独白調の文体で語りますが、その気持ちの表し方が豊かでリアルで、その巧みさにいつも感嘆します。タイトルにある「光」は、嵐のような気質のゾフィアの中に走る稲妻、暗闇が怖いトムが見出すあたたかな灯など、幾重にも作品全体にモチーフとして描かれていて上手だと思いました。みんなで鶴を折って、そこに込めた願いも、希望の光のように感じられました。互いに険悪だったゾフィアとトムが、互いに受け入れ認めあうようになっていくのもよかったです。この作品も含めて、カチャ・ベーレンの作品はおとながあたたかくて、安心して読めるのがいいです。ほかの作品でも、大切な家族の命が脅かされる、失われる事件が起きがちですが、そういう展開にするのはなぜなんだろうと思います。おとなとしては引き込まれて読みましたが、同じように困難を抱えている子にとっては、読んでいて苦しくならないだろうか、独白調なので入り込みにくいだろうか、というところが少し気になりました。

花散里:2024年にカチャ・ベーレンの作品が次々と刊行されて、どの作品も読み応えがあって、同年に刊行された、たくさんの外国児童文学の作品の中でも印象深く思いました。この作品も、その中の心に残った一作でした。親同士の出会いから「家族」として暮らし始めたゾフィアとトムは、お互いのことが苦手で、「居なければいい」とお互いに願っていたことから思わぬ方向へ展開してところなどが、見事に描かれていると思いました。千羽鶴の取り入れ方も上手いと感じました。文字が太字の箇所、うねるような文体で物語を紡いでいるところも印象的で、シドニー・スミスの挿画にも魅了されました。

すあま:親の再婚で一緒に暮らすことになったトムとゾフィアの関係がどうなっていくのか、はらはらしながら読み進めました。トムは父親からの虐待によるPTSD、ゾフィアは感情のコントロールができないという課題を抱えています。幼いときトムに何があったか、最初の方でははっきり書かれていません。二人の心が近づいたり離れたり、通じ合ったようで、なかなかそうならないところがリアルでよかったです。二人のまわりの友だちはみないい子たちで、トムの母親、ゾフィーの父親もよいおとな。父親がボートを一緒に作ろうと提案したのも、トムが器用でものづくりが好きなことをわかったうえで、共同作業をすることによって関係を作っていこうとしたのかなと思いました。そして赤ちゃんの誕生など、いろいろと大変なことが起きる中で、家族になっていく様子が描かれています。テーマとして取り上げられることがたくさんあるので、ブックトークにも使える本だと思いました。

きなこみみ:カチャ・ベーレンは今、個人的にとても注目の作家です。『ぼくたちは宇宙のなかで』(こだまともこ 訳 評論社)『わたしの名前はオクトーバー』(こだまともこ訳 評論社)も、とってもいいんですが、今回はこの本を推薦してみました『わたしの名前はオクトーバー』は森のなかで育った少女でしたが、この作品のもうひとりの主人公は「海」ではないかと思います。海の表情が多彩で、ゾフィアの感情やトムの不安な心を映して、引き込まれます。ゾフィアとトムの視点の繰り返しで書かれているのも、まるで寄せては返す波のようで、ぶつかったり、砕け散ったりしながらも、少しずつ溶け合ってお互いのことを理解していくふたりの心に、こちらの気持ちも揺れ動いて、動かされて、最後は見事にひとつの風景になっていくようで、この作家の詩的な才能を感じます。また、この海辺の町の魅力的なこと。二人が住む古い家も魅力的でした。
カチャ・ベーレンのもう一つの魅力は「痛み」かと思っています。子どもたちの「痛み」にフォーカスしていくんですよね。野性を宿した少女、ゾフィアが非常に魅力的です。荒々しくて、生命力をほとばしらせるような彼女が、実はとっても敏感な愛情のアンテナを持っていて、「仲間はずれ」になることが、そのアンテナが振れるスイッチになってしまう、その痛みの生々しさ。でも、凍った海に飛び込んだり、冷たい水で息をとめる練習をしたり、ゾフィアは「痛み」で自分の命を確かめているようなところがあると思うんです。リストカットや自傷行為にも近い彼女の痛みの受け止め方はとても危ういんですが、こんなふうに荒れ狂うものを抱える子どもたちの胸には、刺さるものがあると思うんです。そして、トムの父親の暴力からくるPTSDの痛みが、問題を抱える子どもたちに実際にかかわってきた人ならではのリアルさで迫ってきます。パニック発作の再現性がこわくて、つらいんですが、まるで受け身だったトムが、ゾフィアの激しさに触れて、化学反応のように、ずっと押し込めてきた「怒り」を解放するシーン、p216の海に飛び込んで泳いでいくところがとても心に響きました。p240では、「ママがよろこぶと思って、胸の奥にある気持ちを押しころしたり、にぎりつぶしたりする必要もない」と、トムが思えるようになっていることが嬉しくて、ほっとします。トムのパニック発作を見ても、馬鹿にしたりいじめたりしない、ケートー組の子たちが、また皆性格がよくて、それがまたこの海辺の町なら、きっとそうなのかもと思えてしまう。荒々しくぶつかりあう、この心の扉の開き方というのは、子ども同士でないとできないのでは。ゾフィアの父も、トムの母も優しくて、うまく出来すぎていると思われそうですが、この海辺の町なら、きっとそうかもと思える世界を作り上げていて、読後感もとてもいいです。永遠に分かり合えないと思う相手が、心のなかにどんな光を持っているのか。ゾフィアとトムが、相手のなかにも、自分の中にも、新しい光を見つける過程を、こんなに瑞々しく読ませてもらえる。YA文学の醍醐味です。
赤ちゃんの手術のために、折り鶴を皆が折ってくれるところも、とても好きです。デイヴィッド・アーモンドの『肩胛骨は翼のなごり』(山田順子 訳 東京創元社)を思い出して読んだりしましたが、小さな命が救われますようにという「祈り」は、リアリストから見ればまるでお花畑なのかもしれないんですが、この「祈り」こそが、今、この世界には必要だと思うんです。この世界は美しいと。どんなに暴力に満ちていても、子どもたちは自分の美しい居場所を見つけることができるし、そうあるべきだ。そんな世界を見せてくれて、心打たれました。

(後日感想)エーデルワイス:ようやく図書館から予約本のお知らせが来て読めました。みなさんが仰っていたとおり、ジブリアニメーションが書かれていて誇らしい気持ちになりました。世界の『ジブリ』世界の『折り紙』なのですね。千羽鶴を折ると願いが叶う。赤ちゃんの手術が成功しますようにと、トムとゾフィアその友人、おとなたちが協力するところは本当にいい場面です。赤ちゃん(ウラ・ホープ)が助かってほっとしました。私事ですが、私の次男の初めてもうけた赤ん坊が生後10時間で亡くなりました。数年前の話ですがあれほど悲しかったことはありません。現実でも物語の中でも子どもが亡くなる場面には会いたくありません。トムとゾフィアの交互の一人称での物語は読み応えがありました。日々の心情と苦悩や喜びがよく伝わってきました。10人足らずのクラスメートがトムを温かく受け入れるところがいいですね。知り合いの男の子がいろいろあり、小学校6年生の1年間、全校で10人足らずの小学校へ通いました。夢のように楽しくて、それまでの5年間が帳消しになったそうです。元気になり今は地元の中学校へ通っています。海と光、美しい文章が魅力的です。幸せな結末が嬉しいです。

(2025年05月の「子どもの本で言いたい放題」より)