荒野の岩の上に犬と少年が立っている
『この銃弾を忘れない』
原題:UNA BALA PARA EL RECUERUDO by Maite Carranza
マイテ・カランサ /作 宇野和美/訳
徳間書店
2024.12

〈版元語録〉遠い収容所に囚われている父さんを、連れて帰ってこいって母さんは言うけれど…? 少年の手に汗握る旅を内戦を背景に描く。

ハリネズミ:ハラハラしながらおもしろく読んだのですが、遠くの捕虜収容所にいる父親を助けに行け、と母親が息子に言うところで、子どもが危険な目にあうとわかっていて行かせるなんてありなんだろうか、とまず思ってしまいました。行ったって警備は強固だろうし、と。でも、じっさいに収容所に言ってみたら、警備がゆるゆるだというふうに書かれていたので、それを知っているから母親が依頼したのだと理解できました。収容所に着いてそれで終わりではなくて、そこからがまた波乱万丈の展開になっていきます。ずっと緊張状態が続くので、読んでいて息苦しくなるほどでした。ですが、私は犬の扱いだけはちょっと引っかかりました。人間が助かるという結末にするために、この作家は犬を犠牲にするのか、と考え込んでしまって。

しじみ71個分:ハードボイルドと言いますか、硬い感触の物語を読むのはとても好きで、この作品もとても好きになりました。文章は淡白ですが、まったく無駄がありません。短い作品の中で物語がスピーディに展開し、ドキドキハラハラしながら読み、たいへんおもしろかったです。内戦は日本では西南戦争が最後でしょうか、海音寺潮五郎の歴史小説にはありますが、子ども向けに西南戦争を描いた作品はちょっと思いつかないのですが……。同じ国民同士で殺戮し合うということの虚しさ、恐ろしさを、このように児童書として描くその精神を深く尊敬します。自分自身、スペイン戦争のことをよく知らないので、その悲惨で痛々しい歴史を突き付けられたような気がしました。この物語がまた、事実に基づいていることの重さもひしひしと感じました。その中でもおもしろいなと思ったのは、お母さんの描写で、たった13歳の少年を、戦地におもむかせ、愛する夫を探させるという思考に、私もびっくりさせられました。子どもを守りたい母像は多々見かけますが、夫への愛のために息子をある意味犠牲にするとか、いつでも夫婦がラブラブだったり、というところは国民性の違いなのか、たいへん興味深く思いました。主人公のミゲルも厳しい旅の中でも少女に恋をしたりします。戦争のさなかにも、少年らしい恋があったり、収容所のお父さんの仲間たちとの交流があったり、非常時にも普段と変わりない人の心の動きがあるのだというところに、とてもリアルな感触を覚え、そこが自分にとって新鮮でした。そんな少年の柔らかな心の動きが、戦争という非常時の中ですり減らされていく、その過酷な状況は読んで胸が痛くなりましたし、戦争については、日本でももっと子どもたちと一緒に考えられるような本が増えたらいいなと思いました。

大作:スペインの内戦についての作品をほとんど読んだことなかったので、事実なのかそうでないのかわからないところがありながら読んでいました。たとえば、ミゲルが出て戻るまでに4か月くらい?経っているように思うのですが、そこまで見越して母は出発させたのだろうかと思いました。ただ、わからなさをふくめて、海外の史実に思いを馳せることはとても大切だと思うので、7月−8月に予定している「戦争と平和」展示と読書会で話題にしたいと思っています。

雪割草:おもしろくて一気に読みました。最後に犬のグレタが死んでしまったのはショックで、寝る前だったので、死なない方法はなかったのかとしばらく頭の中で考えてしまいました。スペインの市民戦争のことを知らなくても、冒険物語として楽しめると思いました。実話にもとづいている力強さがあり、母親が笑顔を失ってしまっていることや、収容所の兵士たちが音楽を通じてひとりの人間であることを思い出すことなど、戦争が市井の人をどのように変えてしまうのか、リアリティをもって描かれていると思いました。展開はぐいぐい引き込まれるものの、父親はきっと助かるんだろうなとずっとにおう感じなので安心感がある一方、もう少しそれがわからないようにしてもよかったのかなと思いました。

きなこみみ:この作品は刊行されてすぐに買って読んで、今回再読ですが、ぐいぐい読者を引き込む、物語の力がとても強い本だと再認識しました。スペイン市民戦争は、一つの国のなかで起こった家族同士が殺し合うようなことがあった非常に残酷で凄惨な戦争。『どんぐり喰い』(エルス・ペルフロム作 福音館書店)という野坂悦子さんが訳された物語が、この市民戦争終結後の1943年からはじまる物語で、合わせて読むと、とてもおもしろくて理解も深まると思います。

さららん:スペイン人に共通の母親像とかありますよね。

すあま:お父さんが収容所で生きているとわかったとたん、お母さんが準備を始めてミゲルを行かせようとしたところは、私もびっくりしました。すぐに行くとは言わず、悩んでから出かける決心をするところは良かったと思います。愛犬を旅の道連れにすることで、読むのがつらくなるような苦しい旅の物語を読みやすくしています。思ったよりも早くお父さんに再会できたのは意外でした。そのまま帰る、あるいはお父さんを連れて帰るのかと思いきや、そのまま留まって収容所への差し入れを続ける展開になり、そこからまた物語が続いていきます。その後もたいへんなことがあって、結末は悲しいけれども読後感は悪くなかったです。スペインの内戦の話は日本の子どもたちには知られていない、学校でも習っていないと思うので、巻末の解説は必要だと思いました。サバイバルもの、冒険ものとして読んでいく中で、当時の状況がわかっていき、解説で時代背景などの知識を補うことができます。また、ミゲルがお父さんと収容所でいろんな話をすることで、親子の関係が変わっていくこと、そしてさまざまな体験で成長していくことも描かれているので、読み応えがありました。

メヒシバ:子どもがひとりで、たいていは犬をつれて長い旅に出るという物語は、児童文学の定番ですが、この話はそれに内戦という危険が加わったことで、より迫力のあるものになっていると思います。こんなに過酷な物語が、実話をもとにして書かれたものと知って、びっくりしています。まだ13歳の息子を、戦場と同じくらい危険な旅に送りだす母親にも驚きました。子どもより夫のほうが大事という、あっぱれというか、なんというか。けっして褒めているわけではありませんが。他国との戦争の物語は、日本の子どもたちもよく読んでいると思いますが、わたしもふくめて内戦の恐ろしさは、なかなか分かりません。『日ざかり村に戦争がくる』(フアン・ファリアス作 宇野和美訳 福音館書店)や『どんぐり喰い』もあわせて読むと、より理解が深まると思います。日本では内戦は起こりそうもないと思っていますが、アメリカはどうなんでしょうね。それから、訳者のていねいな解説がとても良かったです。なかでも、内戦のために日本に逃れてきたコンゴやシリアの難民についてふれているところがすばらしく、この本を子どもたちに手渡すときにも、単なる昔の話ではなく、日本に、現在につながっているということを伝えてほしいと思いました。

さららん:私も読みながら、スペイン内戦直後が舞台の、『どんぐり喰い』を思い出しました。『この銃弾を忘れない』は、200ページ程度の短い文章量の中で、いろいろな出来事が次々起こって一気に読めました。忙しい子どもたちがわくわくしながら読み通すのに、ちょうどいい長さだし、よくできた物語です。いっぽう、ディテールという点で、このときミゲルはどう感じたのかな、ミゲルのことをもうちょっと知りたいなという気持ちもわきました。でも、そうすると文章のスピード感が削がれるので、あえて必要最小限の会話と描写で、人物像を造型し、お話を展開しているのだと思います。ひとつだけ……犬が最後で死ぬことを、作者があらかじめ設定して書きはじめていたのなら、それはどうなんだろう? と思いました。

まめじか:犬が死ぬ部分は、実話ではないのでしょうか。

さららん:収容所に行くまでがわりあいスムーズだったのに対し、収容所に着いてからの描写が現実的で、次第に緊迫度が高まっていきます。とにかくこんな話が現実にあったことに、驚かされます。宇野さんの訳はなめらかで、すっと頭に入りました。ミゲルが村に戻ってきたところで、マルゲリータのキスをこばむエピソードには、少年らしい軽さも出ていておもしろいと思いました。

西山:まずは、何人も言われていたように、お母さんにびっくりでした。母より女なんだ……と。『どんぐり喰い』を思い出したりしながら読んだわけですが、ラテン圏の作品は、いちいち男女が性的で、私はちょっと苦手なところがあります。マルガリータのくだりは、この作品を日本の子どもにも取っつきやすくする部分として、評価される話もありましたが、私はこの一節に抵抗を感じました。お父さんを助けるなんて、決して口外してはいけないはずなのに、軽口をたたく。これまで結構内戦を題材にした映画を観てきたのですが、それらとか、『日ざかり村に戦争がくる』などを思い浮かべると、この迂闊さ不用意さがあまりにも軽くて抵抗を感じたんです。近隣住民との思想的な分断、最終的にフランコが勝って独裁体制が続く、そのとんでもない憂鬱とこのゆるみっぷりのギャップに、抵抗がありました。冒険ものとして読めるのかもしれないけれど、重さ暗さとの間で持ち込まれた軽さがちょっと耐え難かったです。犬はいつ打ち殺されてもおかしくない状況が何度もあったはずだけれど、そこは無事で最後の最後に死ぬことになるのが、道具立てとして、設定として利用されたのなら嫌だなと感じます。目が離せなくてぐいぐい読んだのですが、途中で持ち込まれる軽さを素直に読めなかったというのが正直な感想です。アメリカも、この状況の一歩手前にいると認識しているので、現実と照らしあわせて憂鬱な恐怖が素直な読書を邪魔したのかもしれませんが……。

伊万里焼: 強烈な作品でした。読めて良かったです。序盤は読むのがつらくなりそうな気がしたのですが、無事に生きて帰れることを示唆する表現がところどころにありました。たとえばp48「もしグレタがいなかったら、あの旅はどうなっていただろう」など。おかげで読み進めることができました。無事に戻ってきてハッピーエンドかと思ったら、そこから二転三転、グレタは凄絶な最後をとげるし、お父さんの帰還は発覚してしまうし、警察は家に来るし、もう少し落ち着いたところで終わってほしいとは思いましたが、それが戦争のリアルなんでしょう。主人公の未来に希望があってほしいと思います。人間の分断が描かれていて、今、世界中で戦いが起きているなか、特に読まれてほしい本だと思いました。村の生活や雰囲気が、『どんぐり喰い』に通ずるものがあるように思いました。

ハル:このシリーズは厚みに反比例して重たいのが多いんだよなぁーと、ちょっと身構えながら読み始めましたが、思いの外読みやすかったというか、ノンフィクションを読んでいるような感覚でハラハラしながら読めておもしろかったです。タイトルからしていかにも殺されそうですけど、流れ星のところで、具体的に何を願ったのかは書かれていなかったけれど、そこからは安心して読むことができました。ただ、ラストはほんとにこれで終わったのかなという感じがありました。ほんとに家に帰ってこられたの? って。戦争にはどっちがどっちということもない、父さんも人を殺した、というようなことも書いてはありましたけど、やっぱりお父さん側が正義で、反乱軍側が悪となっていますが、そのあたりも実際にどっちがどうとか、こまかな歴史の背景は読者には理解はできていないし、他国の話を身近なことに置き換えて考える、というような、そういった広がりを持った読み方が若い読者にできるか、というとそれはなかなか難しいのかなぁと思います。ただ、最後まで読ませようとする工夫を感じました。章を短くしたり、思わせぶりな1行を入れたり、女の子への興味で少しスパイスをきかせたり。ただ「女の子は……おっぱいが大きくなって、頭がからっぽになる」(p86)なんていうのは、今の子だって読んだら腹が立つでしょうね。おまえなんかつかまってしまえって(笑)。

エーデルワイス:読みやすく、私は緊張感とおもしろさで息できないほどでした。戦火の中、母親が13歳のミゲルに父親を救いにいけと、長い旅に行かせることに、私も驚きました。たぶん同じ時代の日本ならば、父親を救いに行くと言い張る13歳の男の子に、母親が行くなと止めるのでは? ミゲルは大人になりかけて、弱さ、危うさを当然のように持ち合わせ、親近感を持ちました。スペイン内戦の貴重な内容と思いましたが、少年と愛犬の冒険物語として読みました。最後、犬のグレタの死は納得できません。作者はドラマチックにしたかったのかもしれませんが、生かす方法もあったと思います。

まめじか:実話にもとづく骨太の作品でした。スペイン内戦のシビアな現実を描きつつ、物語としておもしろく、先へ先へと読ませます。短くまとまっていて、日本の読者に紹介しやすいです。

花散里:「旅」をテーマとした作品で、すぐに浮かんできたのが本書でした。外国児童文学の中では厚くなく、「訳者あとがき」に記されているように「旅の行方を追わずにはいられない」物語で、一気に読みました。「民主主義を守る戦い」に身を投じ、行方が分からなくなった父親を捜しに行くように言うう母親。その母親も連行されて帰ってきたときの壮絶さ、13歳のミゲルが犬とともに200キロ離れた収容所まで、過酷な旅を続けて行くことが3部構成で描かれていて読み応えがありました。スペイン内戦について、「訳者あとがき」にくわしく書かれていることも良いと思いました。中高生に読んでほしいと思います。

さららん:『アコーディアン弾きの息子』(ベルナルド・アチャガ著 金子奈美訳 新潮社)という現代バスク文学の長編も、昨日まで同じ村の仲間だった人たちが味方と敵に分かれていく様子を詩的な言葉で描きだしています。夢中で読める長編で、おすすめです。

ハリネズミ:最後に犬が死んでしまう悲劇とか、女の子が登場する部分とか、読ませようとする工夫かもしれないんですけど、ちょっとあざといんじゃないかと、どうしても感じてしまいます。こういう作品だと、そういうあざとさがなくてもちゃんと読めるのでは?

さららん:キリスト教文化の強いヨーロッパやアメリカには、人間至上主義があり、犬が死んだことも、日本人とは違う感覚で受け止められるんじゃないでしょうか。

(2025年06月の「子どもの本で言いたい放題」より)