日付 2025年6月16日
参加者 エーデルワイス、大作、さららん、西山、メヒシバ、すあま、きなこみみ、雪割草、しじみ71個分、ハリネズミ、まめじか、伊万里焼、ハル、花散里
テーマ 旅するなかから生まれてくることは

読んだ本:

タンポポの野原に人が立っている
『呼人は旅をする』
長谷川まりる/作
偕成社
2024.10

〈版元語録〉「呼人」とは、なにかを引き寄せる特殊体質。原因は不明でごく少数だが一定の割合で発現する。政府機関によって認定され、生活に制限がある。5人の呼人と、呼人に関わる人たちの姿から、社会の中で少数であること、そうした状況で生きるというのはどういうことか、を描く。
荒野の岩の上に犬と少年が立っている
『この銃弾を忘れない』
原題:UNA BALA PARA EL RECUERUDO by Maite Carranza
マイテ・カランサ /作 宇野和美/訳
徳間書店
2024.12

〈版元語録〉遠い収容所に囚われている父さんを、連れて帰ってこいって母さんは言うけれど…? 少年の手に汗握る旅を内戦を背景に描く。


呼人は旅をする

タンポポの野原に人が立っている
『呼人は旅をする』
長谷川まりる/作
偕成社
2024.10

〈版元語録〉「呼人」とは、なにかを引き寄せる特殊体質。原因は不明でごく少数だが一定の割合で発現する。政府機関によって認定され、生活に制限がある。5人の呼人と、呼人に関わる人たちの姿から、社会の中で少数であること、そうした状況で生きるというのはどういうことか、を描く。

エーデルワイス:予備知識なく読んで軽いショックを受けました。「そう、きましたか!」と。たいへんおもしろく読みました。前作の『杉森くんを殺すには』(くもん出版)でも感じましたが、作者の発想に脱帽です。この発想はどこから? 一話完結にはなっていますが、登場人物がなんとなく横につながっていくのがおもしろいです。呼人は、天候、たんぽぽ、鹿、男性、鳥など、それぞれが決まったものをを呼び寄せる……。ゴキブリやネズミじゃなくてよかった。「男を寄せる」という話は、トランスジェンダーを別な角度からとらえていて新鮮でした。「たんぽぽは悪」は、主人公が母親に完全に拒否される場面が痛いです。母親を問題視するのは児童書の定番でしょうか。思いの丈をつづみが父親に訴えるところ。子どもはそのように主張する言葉を持たないので、父母とわだかまりをもつ読者の参考となりますようにと思いました。岩手は温暖化で、イノシシ、鹿が増えています。いちど鹿肉をいただき(解体済みですぐ食べられる状態)食べたことがあります。おいしかったです。

ハル:『杉森くんを殺すには』がとても好きだったので、次はファンタジーか、と実はちょっとなめてた部分もあるのですが、とんでもなかった。恐れ入りました。設定もおもしろいですけど、ドがつくほどのファンタジーの中に「現在」があるのが、長谷川まりるさんの作品の、特徴のひとつなんだろうなぁと思います。

伊万里焼:なかなか刺激的な本でした。ハイファンタジーだと思って読み始めたら、エブリデイ・マジック的であることに驚きました。社会の「普通」からはみ出ている人の生活を想起させる部分がありますけれど、「呼人」という独特の世界観を構築することによって、人を傷つけない物語になっているのではないかと思います。章ごとに、立場の違う人が主人公になっているところがおもしろかったです。特に3章の「鹿の解体」で、自分が呼人だとわかってしまう過程は圧巻だなと思いました。5章の「男を寄せる」は、そこまでのトーンとは違う生々しさがあって、読むのにしんどさがありました。でも最終的な6章の「渡り鳥」の着地点がきれいにまとまっているので、後味がいい物語だなと感じます。これは一般書で出した方がいいのでは? とちょっと思いました。最初の章の主人公が小学生なので、児童書で出すと、そこで惑わされて小学生向きなのかと思わされるけれど、これを読める小学生はかなり読書好きなのではないかな、と。みなさんがどう読まれているのか、感想をぜひお聞きしたい物語でした。

西山:私も、とてもおもしろく読みました。長谷川まりるの作品には、「なんだ、これ!」と、いつも意表を突かれる感じです。現代のいろんな問題が反映されていると読めるけれど、簡単な比喩として、手持ちの理解におさまらない感じ。『かすみ川の人魚』(講談社)のときすごく思ったのだけれど、自分の読みのゲージでとらえられない。また、見たことのない世界を見せてもらったなと思いました。

さららん:なんの先入観もなしに読み始めました。表紙からは、どんな作品か、まったく想像つきませんでした。ひとつめの「スケッチブックと雨女」をまず読んで、新しい感覚で書かれているなあと思いました。主人公のあかりは紫雨に対して、かなり反感を抱いています。なのに、その紫雨に褒められると、ころっと気持ちが変わってしまう。自分が正しいと言い続け、なんでも一番になりたいあかりは、実は心の底で紫雨を「すごい」と思っていて、そんな人に認められたことが嬉しいのです。つまりあかりは、強がっていても自分にまったく自信がない子で、心理の描き方が巧みだと思いました。話は飛びますが、SNSに、単純にイヤだ、気持ち悪いと、何も考えずに否定的なコメントを書く人は多いと聞きます。あかりの最初のころの紫雨への拒否感もそれに通じる気がします。ちょっとしたひとことでひっくり返る、今の人間の危うさも透けてみえます。ふたつめの「たんぽぽは悪」は、やられた! という感じ。優しかった母親の思い出がフラッシュバックのようによみがえり、主人公のつづみは、そのつど苦しくなります。その母がつづみを受け入れる結末ではなく、自分を受け入れてくれる他人があれば生きていけるという結末は意外で、つらい思いをしている子どもたちへのエールになると思いました。母親なんかいなくたって大丈夫、という結末を爽快に感じる子がどんなに多いかと想像すると、やや複雑な気持ちになりますが、母親像もふくめて、これもやはり現代を写しとるお話でした。「鹿の解体」では、こんな普段着で解体にのぞんで、ダニにやられないかな? という点だけが疑問でした。解体をしている人と話したことがあるのですが、鹿などの野生動物にはダニがいて、やられると猛烈にかゆいので、全身をビニールで覆い完全武装で解体に向かうそうなんです。鹿の生息場所によって状況が違うんでしょうか? ともあれ、わらわらと集まる鹿の動きがリアルで、これもおもしろく読めました。「小林さんの一日」の章は、重い話の中の「間」として必要だったんでしょう。「男を寄せる」はかなりリアルで、およそありえない設定をリアルに感じさせるところに、作者の筆力を感じました。最後の「渡り鳥」では、旅を続けなければいけない呼人が、この社会にいる意味を、移動から定住へと進化してきた(とされる)人類史全体を問い直す視点があり、最後の章に置くのにふさわしい作品でした。新しい世代の寓話を楽しみました。

メヒシバ:想像力をふくらませた独自の世界が、とてもおもしろかったです。章ごとに、いろいろな呼人が主人公になっていますが、それぞれの呼人の受け止め方、家族をはじめ周囲の反応が違っており、マイノリティの生き方、それに対するマジョリティの受け止め方がていねいに描かれていて考えさせられました。4の「小林さんの一日」は、この位置にあってとても良かったと思います。呼人に対応するシステムもわかるし、“おちゃらけた”小林さんのキャラクターも息抜きになるし……。どの章も、明るい、希望を持てる終わり方をしている点が、とても良かったのですが、小林さんの章にある叔父さんの話だけは悲しいですね。物語の中ほどにこの話を入れた構成が見事だと思いました。5の「男を寄せる」は、ほかの章にくらべて、非常に生々しいし、複雑ですね。「あんのこと」(入江悠 監督・脚本)という映画を最近見たので、三つ葉のほうに心を寄せて読んでしまいました。最後の6の、鳥を寄せるくいなの章ですが、なぜ呼人のまわりにびっしり鳥が集まってこないのかなと思いました。3の鹿を寄せるツトムや、5の親友になった真帆とゆっくり話ができるため?

すあま:動物や虫、植物、人を呼び寄せてしまう「呼人」は、人前に出られず、環境に影響を与えないように、旅を続けなければならない。なんでそうなったのか本人にも読者にもわからないままで、普通の生活ができなくなる苦しみなどが描かれています。呼び寄せるものがどんどん変わっていき、性転換手術をすればなくなるとか、明らかにされていない、よくわからないルールが多くて、ついていけないところもありました。あまり考えずに設定を受け入れて楽しめばよいのかもしれないけれど、それが私にはうまくできなかったです。最後の「渡り鳥」は、その力をバードウォッチングに利用されるというところがおもしろかった。理解者となる女の子との出会いがあったのも救いになっていてよかったし、読みやすかったです。児童書として出版されているけれども、子どもに向けて書いたものではなく、大人のほうがこの作品を楽しむのではないかと思い、中高生以上が読む一般書かな、という印象を持ちました。

ハリネズミ:中高生が読む作品は、一般書ではなく一応児童書の範疇に入っていると思いますが。

きなこみみ:設定が抜群におもしろいです。「呼人」、何かを呼び寄せてしまう人。自分の意志とはなんの関係もなく、突然そうなってしまうのが、病気や特性を連想させてしまうけれど、直接そこを書かないで、ファンタジーとして書くことで、この世界で、マイノリティとして生きることのいろんな面を表現できているようで、読み応えがありました。いちばんたいへんだなあと思ったのは5章の「男を寄せる」です。人口の半分を「寄せて」しまうことのたいへんさが恐ろしいなと思うんですが、高校生ぐらいになると、やたらに性的な視線を注がれるわずらわしさが、女の子だと共感できるでしょうし、そうやって性的な視線を注がれることを知らない男の子だと、少しその怖さが実感できるんじゃないか、と思ったりしました。反対に「女を寄せる」ならどうなのか、とか、この物語をきっかけに、いろんな想像が生まれて、そこもおもしろいと思います。その怖い設定のその上に主人公がトランスジェンダーだという複雑さを噛ませてあるのが、また一筋縄ではいかないところですよね。ぐいぐい来られてしまう恐怖感といえば、3章の「鹿の解体」は、奈良に行くといつも大きな鹿がぐいぐい寄ってくるのが、時々怖いなと思ったりすることもあるので、鹿がたくさんいる「圧」が想像できて、この鹿という設定が絶妙だなと思いました。あと、母親との関係を軸にした「たんぽぽは悪」と「渡り鳥」が、心に残りました。子どもが「普通」ではないということを拒絶してしまう母と、過剰適応してしまう母。これもまた、この年頃の子どもたちが読むと、さり気ない言葉のひとつひとつが、胸に食い込むんじゃないかな、と思いながら読みました。「渡り鳥」で「お母さんは二度と会わなくてもすむかもしれないけど……」(p250)とくいなが母に言ったとき、「はじめて、くいなを見つけたみたいな顔」をしていた、というところに、はっとさせられて。親の立場からすると、これは子どもに対するときの、気づきにくい地雷のようなもので、思わず声に出てしまうほど胸に痛かった。でも、心に食い込むあれこれがあっても、この短編のそれぞれに、ちゃんと「この世界は美しくて、生きるに値する」という光が、ちゃんと射しているところ。それが、心を通わせる人との関係から生まれて射してくるのが、個人的にとても好きなところでした。

雪割草:呼人というアイディアがユニークでおもしろいと思いました。呼人への偏見、呼人をうらやむ気持ち、呼人であることのつらさなど、いろんな立場の人の見方がわかりやすく描かれています。ひとつの物語ではなく、短編という形式が生きていると思いました。呼人にはおとなになってからなる人もいて、誰もが我が身というか、その設定がリアルで、読者も自分ごととして感じられるに違いないと思いました。人生には自分で選べるものとそうでないものがあって、選べないものがふりかかってきたときに、どのように柔軟に考え向き合っていくか、子どもの読者にも考える機会になるのではと思います。

大作:最初はいじめなど前作の『杉森くんを殺すには』と似ているのかなと読み始めましたが、連作短編であることで、これは特性のこと(自分では変えられないものを)想像することを意図したのかなと思いながら、考えながら、読み進めることができました。対象としては中学生に手渡したいなと思いました。友達との葛藤やトランスジェンダーや親との関係は、まっすぐ読むよりもファンタジーの要素があるほうが受け取りやすいように思います。信州はジビエ料理が日常にありますね。

しじみ71個分:最初は一人の呼人が旅をしていく連作短編なのかと思ったら、たくさんの呼人が出てきて、意外な感じがしました。読み終わった第一印象は、SFみたいだなぁ、でした。最初から変えようのない不条理が前提として横たわっていて、その不条理な世界の中で、不思議な事象が起き、そこに人間が翻弄されるという点に、それを強く感じました。筒井康隆の『家族八景』(新潮社)などの七瀬シリーズを思い出しました。超能力者が能力を隠して生きていき、最後のシリーズでは、超能力者の抹殺を目論む集団に狙われるというものでしたが、呼人の設定になんとなく懐かしさを覚えたのはそのためでした。異能力を持つ人々が、さまざまな困難を抱えつつ、旅の中で人と少しずつ関係が作られていく、という物語はたいへんおもしろかった。『杉森くんを殺すには』も児童文学としては異色の作と思いましたが、普通に自分が考えるような児童文学とは、長谷川さんの作品は毛色が違っているように感じます。なんというか、御本人は「児童文学を書こう」と思って書いていないような、大人と子どもの境目を意識しないで書かれている作品のように感じました。また、連作短編なので、キャラクターの深い掘り下げよりも、どちらかというと場面・シーンを切り取って、その中での心情の動きや人物の関係を見せていくところに力点が置かれているように感じました。特に、役所の小林さんが出てくる章も子ども向けの物語とは思わず、なんというか、オムニバス映画みたいに思いました。シーンの切り取り方が非常に映像的で、そのまま映画になりそうです。そういう意味でも、なんとなく、児童文学ではないところから発想されているように私は感じました。呼人は少数派の立場にあって、様々な生きづらさのメタファーでもありますが、差別されたり、言い知れない苦労があったり、そこの個人の心情について深く掘り下げるというより、周囲の人との関係において、描くところに焦点がより当たるように書かれているように思いました。ほかの話は、まだメルヘンチックな要素を感じましたが、第5話の「男を寄せる」は、とてもリアルで気持ち悪いと感じるくらいでした。トランスジェンダーの男性という複雑な条件を物語の構造に噛ませてあって、家族まで寄せてしまうなどというのは、想像してチョー気持ち悪いと思ってしまいました。三つ葉との関係については、あえて慧正の懐に飛び込んでくる存在として、家族からの暴力から逃げる設定が必要だったのかなと思わないでもないです。いちばん、読んで好きだなと思ったのは、第6話のバードウオッチングの話です。クジャクまで寄せたところは思い切り笑いました。タイトルは「渡り鳥」ですけど、クジャクは渡らないよなぁと思いつつ、この荒唐無稽感がとても筒康康隆のSFっぽいと思いました。真帆ちゃんとのやりとりは、真帆ちゃん自身のキャラクターのゆるぎなさもあって、とても読んで気持ちがいいものでした。素敵だと思う人に出会って変わっていき、自分の行動も影響を受けていって、自己を少しずつ受け入れ、確立し、成長していくという物語は読んで希望が持てました。

ハリネズミ:私もおもしろかったです。思いがけず得意な状況に置かれてしまう呼人ですが、その人たちが家の中に閉じこもるのではなく、いろいろな人と接していく。そこで軋轢を起こしたり、理解されなかったりする、どうしても他の人たちと摩擦が起きてしまう、というところがうまく描けていると思いました。呼人に対応する係の小林さんの視点から書かれた章があるのもおもしろかったし。子どもの視点から書かれているので、これは児童文学の範疇に入れてもいいのではないでしょうか。

しじみ71個分:私は、児童文学がどういうものかというのを言語化することはまったくできていない状態なので、そこは表現できず申し訳ありませんが、この作品の場合は、書く人が読む人を必ずしも「子ども」と想定して書いていない感じがします。例えば、西加奈子さんの『まくこ』(福音館書店、2016)は児童書で、子どもの視点から書かれていますけれど、大人の本との境目の感じられない本ではないかと思います。子どもの本のYA化と大人の本のYA化の狭間にあるような、中間っぽい、新しい感覚だなと思いました。ついでに言うと、YAを意識している感じも特にない気がします。そんなところが、児童文学として作品が書き始められていない印象を受けたということかなと思います。

ハリネズミ:まあ世の中には、読者対象の子どもを強く意識して書く人もいると思いますが、多くの作家は、あまりそんなことは考えないのでは? 教訓的、啓蒙的な作品は「わからない子ども」を意識するでしょうけど、作品がおもしろくはなりませんね。

しじみ71個分:本当にそのとおりだと思っていて。書きたい世界があって、書いたらこういう形になった、という感じを受けます。どの作家さんもそういうものなのかもしれませんが、軽やかさ、自由さがあるような、新しい感覚だなぁと受け止めました。

花散里:この本が刊行されたとき、「呼人ってなに?」と思いながら、注目していた作家だったのですぐに読みました。6篇が収められていて、一人ひとりの取り上げ方に引き込まれるように一気に読んだ作品でした。「呼人」の生き方を上手に描いていると思いました。4章に「小林さんの一日」を入れたのも構成がうまいと感じました。5章の「男を寄せる」では、三つ葉が虐待を受けていたことなど、立ち位置や関係を上手に描いていると思いました。最後の6章がいちばん、印象的でした。子どもたちがどのように読んでいくのか、注目しながら手渡したい作品だと思います。

まめじか:意欲作だと感じました。語り手が章ごとに変わる構成が非常に生きていますよね。いろんな視点から見ることができて。呼人は社会から保護される特別な存在である一方で、偏見や差別の対象にもなっています。たとえば大病とか、人生の中で急になにかが降りかかってきたとき、人は何を思うのか、マイノリティであるのはどういうことで、どのように他者に心を寄せたらいいのか、いろいろなことを思いながら読みました。これまで読んだことのないような新しい設定でしたが、作者はどのようにして思いついたのでしょうね。

伊万里焼:小学館のサイト(小説丸)にインタビューが掲載されていて、それによるとこの作品はマンガ『蟲師』(漆原友紀著 講談社)がアイデアの源だそうです。映画もたくさん観ているそうですよね。だから文章が映像的なのかなと思います。

まめじか:第5話の、男を寄せる体質ですが、性別適合手術を受けたら、それは変わるかもしれないし、変わらないかもしれないんですよね。

ハリネズミ:舞台は日常とは地続きかもしれないけど架空の世界で、すべてが説明されているわけではないですね。すべてが説明されなくても、作品世界を読者が受け止めることができれば、それでいいように思います。先ほど、エーデルワイスさんが「母親を問題視するのは児童書の定番」とおっしゃったのですが、日本はほかの国に比べて、こうあるべきだという理想の母親像が世間ではまだまだ強いと思います。作家たちが、それに反発していろいろな母親像を登場させるという部分もあるかもしれません。

まめじか:海外の作品には、だめな父親もよく登場するような。日本の児童文学だと、父親は料理が苦手だったり、なにかのときに慣れない家事を頑張ったりという描写が、まだときどき見られますね。

(2025年06月の「子どもの本で言いたい放題」より)


この銃弾を忘れない

荒野の岩の上に犬と少年が立っている
『この銃弾を忘れない』
原題:UNA BALA PARA EL RECUERUDO by Maite Carranza
マイテ・カランサ /作 宇野和美/訳
徳間書店
2024.12

〈版元語録〉遠い収容所に囚われている父さんを、連れて帰ってこいって母さんは言うけれど…? 少年の手に汗握る旅を内戦を背景に描く。

ハリネズミ:ハラハラしながらおもしろく読んだのですが、遠くの捕虜収容所にいる父親を助けに行け、と母親が息子に言うところで、子どもが危険な目にあうとわかっていて行かせるなんてありなんだろうか、とまず思ってしまいました。行ったって警備は強固だろうし、と。でも、じっさいに収容所に言ってみたら、警備がゆるゆるだというふうに書かれていたので、それを知っているから母親が依頼したのだと理解できました。収容所に着いてそれで終わりではなくて、そこからがまた波乱万丈の展開になっていきます。ずっと緊張状態が続くので、読んでいて息苦しくなるほどでした。ですが、私は犬の扱いだけはちょっと引っかかりました。人間が助かるという結末にするために、この作家は犬を犠牲にするのか、と考え込んでしまって。

しじみ71個分:ハードボイルドと言いますか、硬い感触の物語を読むのはとても好きで、この作品もとても好きになりました。文章は淡白ですが、まったく無駄がありません。短い作品の中で物語がスピーディに展開し、ドキドキハラハラしながら読み、たいへんおもしろかったです。内戦は日本では西南戦争が最後でしょうか、海音寺潮五郎の歴史小説にはありますが、子ども向けに西南戦争を描いた作品はちょっと思いつかないのですが……。同じ国民同士で殺戮し合うということの虚しさ、恐ろしさを、このように児童書として描くその精神を深く尊敬します。自分自身、スペイン戦争のことをよく知らないので、その悲惨で痛々しい歴史を突き付けられたような気がしました。この物語がまた、事実に基づいていることの重さもひしひしと感じました。その中でもおもしろいなと思ったのは、お母さんの描写で、たった13歳の少年を、戦地におもむかせ、愛する夫を探させるという思考に、私もびっくりさせられました。子どもを守りたい母像は多々見かけますが、夫への愛のために息子をある意味犠牲にするとか、いつでも夫婦がラブラブだったり、というところは国民性の違いなのか、たいへん興味深く思いました。主人公のミゲルも厳しい旅の中でも少女に恋をしたりします。戦争のさなかにも、少年らしい恋があったり、収容所のお父さんの仲間たちとの交流があったり、非常時にも普段と変わりない人の心の動きがあるのだというところに、とてもリアルな感触を覚え、そこが自分にとって新鮮でした。そんな少年の柔らかな心の動きが、戦争という非常時の中ですり減らされていく、その過酷な状況は読んで胸が痛くなりましたし、戦争については、日本でももっと子どもたちと一緒に考えられるような本が増えたらいいなと思いました。

大作:スペインの内戦についての作品をほとんど読んだことなかったので、事実なのかそうでないのかわからないところがありながら読んでいました。たとえば、ミゲルが出て戻るまでに4か月くらい?経っているように思うのですが、そこまで見越して母は出発させたのだろうかと思いました。ただ、わからなさをふくめて、海外の史実に思いを馳せることはとても大切だと思うので、7月−8月に予定している「戦争と平和」展示と読書会で話題にしたいと思っています。

雪割草:おもしろくて一気に読みました。最後に犬のグレタが死んでしまったのはショックで、寝る前だったので、死なない方法はなかったのかとしばらく頭の中で考えてしまいました。スペインの市民戦争のことを知らなくても、冒険物語として楽しめると思いました。実話にもとづいている力強さがあり、母親が笑顔を失ってしまっていることや、収容所の兵士たちが音楽を通じてひとりの人間であることを思い出すことなど、戦争が市井の人をどのように変えてしまうのか、リアリティをもって描かれていると思いました。展開はぐいぐい引き込まれるものの、父親はきっと助かるんだろうなとずっとにおう感じなので安心感がある一方、もう少しそれがわからないようにしてもよかったのかなと思いました。

きなこみみ:この作品は刊行されてすぐに買って読んで、今回再読ですが、ぐいぐい読者を引き込む、物語の力がとても強い本だと再認識しました。スペイン市民戦争は、一つの国のなかで起こった家族同士が殺し合うようなことがあった非常に残酷で凄惨な戦争。『どんぐり喰い』(エルス・ペルフロム作 福音館書店)という野坂悦子さんが訳された物語が、この市民戦争終結後の1943年からはじまる物語で、合わせて読むと、とてもおもしろくて理解も深まると思います。

さららん:スペイン人に共通の母親像とかありますよね。

すあま:お父さんが収容所で生きているとわかったとたん、お母さんが準備を始めてミゲルを行かせようとしたところは、私もびっくりしました。すぐに行くとは言わず、悩んでから出かける決心をするところは良かったと思います。愛犬を旅の道連れにすることで、読むのがつらくなるような苦しい旅の物語を読みやすくしています。思ったよりも早くお父さんに再会できたのは意外でした。そのまま帰る、あるいはお父さんを連れて帰るのかと思いきや、そのまま留まって収容所への差し入れを続ける展開になり、そこからまた物語が続いていきます。その後もたいへんなことがあって、結末は悲しいけれども読後感は悪くなかったです。スペインの内戦の話は日本の子どもたちには知られていない、学校でも習っていないと思うので、巻末の解説は必要だと思いました。サバイバルもの、冒険ものとして読んでいく中で、当時の状況がわかっていき、解説で時代背景などの知識を補うことができます。また、ミゲルがお父さんと収容所でいろんな話をすることで、親子の関係が変わっていくこと、そしてさまざまな体験で成長していくことも描かれているので、読み応えがありました。

メヒシバ:子どもがひとりで、たいていは犬をつれて長い旅に出るという物語は、児童文学の定番ですが、この話はそれに内戦という危険が加わったことで、より迫力のあるものになっていると思います。こんなに過酷な物語が、実話をもとにして書かれたものと知って、びっくりしています。まだ13歳の息子を、戦場と同じくらい危険な旅に送りだす母親にも驚きました。子どもより夫のほうが大事という、あっぱれというか、なんというか。けっして褒めているわけではありませんが。他国との戦争の物語は、日本の子どもたちもよく読んでいると思いますが、わたしもふくめて内戦の恐ろしさは、なかなか分かりません。『日ざかり村に戦争がくる』(フアン・ファリアス作 宇野和美訳 福音館書店)や『どんぐり喰い』もあわせて読むと、より理解が深まると思います。日本では内戦は起こりそうもないと思っていますが、アメリカはどうなんでしょうね。それから、訳者のていねいな解説がとても良かったです。なかでも、内戦のために日本に逃れてきたコンゴやシリアの難民についてふれているところがすばらしく、この本を子どもたちに手渡すときにも、単なる昔の話ではなく、日本に、現在につながっているということを伝えてほしいと思いました。

さららん:私も読みながら、スペイン内戦直後が舞台の、『どんぐり喰い』を思い出しました。『この銃弾を忘れない』は、200ページ程度の短い文章量の中で、いろいろな出来事が次々起こって一気に読めました。忙しい子どもたちがわくわくしながら読み通すのに、ちょうどいい長さだし、よくできた物語です。いっぽう、ディテールという点で、このときミゲルはどう感じたのかな、ミゲルのことをもうちょっと知りたいなという気持ちもわきました。でも、そうすると文章のスピード感が削がれるので、あえて必要最小限の会話と描写で、人物像を造型し、お話を展開しているのだと思います。ひとつだけ……犬が最後で死ぬことを、作者があらかじめ設定して書きはじめていたのなら、それはどうなんだろう? と思いました。

まめじか:犬が死ぬ部分は、実話ではないのでしょうか。

さららん:収容所に行くまでがわりあいスムーズだったのに対し、収容所に着いてからの描写が現実的で、次第に緊迫度が高まっていきます。とにかくこんな話が現実にあったことに、驚かされます。宇野さんの訳はなめらかで、すっと頭に入りました。ミゲルが村に戻ってきたところで、マルゲリータのキスをこばむエピソードには、少年らしい軽さも出ていておもしろいと思いました。

西山:まずは、何人も言われていたように、お母さんにびっくりでした。母より女なんだ……と。『どんぐり喰い』を思い出したりしながら読んだわけですが、ラテン圏の作品は、いちいち男女が性的で、私はちょっと苦手なところがあります。マルガリータのくだりは、この作品を日本の子どもにも取っつきやすくする部分として、評価される話もありましたが、私はこの一節に抵抗を感じました。お父さんを助けるなんて、決して口外してはいけないはずなのに、軽口をたたく。これまで結構内戦を題材にした映画を観てきたのですが、それらとか、『日ざかり村に戦争がくる』などを思い浮かべると、この迂闊さ不用意さがあまりにも軽くて抵抗を感じたんです。近隣住民との思想的な分断、最終的にフランコが勝って独裁体制が続く、そのとんでもない憂鬱とこのゆるみっぷりのギャップに、抵抗がありました。冒険ものとして読めるのかもしれないけれど、重さ暗さとの間で持ち込まれた軽さがちょっと耐え難かったです。犬はいつ打ち殺されてもおかしくない状況が何度もあったはずだけれど、そこは無事で最後の最後に死ぬことになるのが、道具立てとして、設定として利用されたのなら嫌だなと感じます。目が離せなくてぐいぐい読んだのですが、途中で持ち込まれる軽さを素直に読めなかったというのが正直な感想です。アメリカも、この状況の一歩手前にいると認識しているので、現実と照らしあわせて憂鬱な恐怖が素直な読書を邪魔したのかもしれませんが……。

伊万里焼: 強烈な作品でした。読めて良かったです。序盤は読むのがつらくなりそうな気がしたのですが、無事に生きて帰れることを示唆する表現がところどころにありました。たとえばp48「もしグレタがいなかったら、あの旅はどうなっていただろう」など。おかげで読み進めることができました。無事に戻ってきてハッピーエンドかと思ったら、そこから二転三転、グレタは凄絶な最後をとげるし、お父さんの帰還は発覚してしまうし、警察は家に来るし、もう少し落ち着いたところで終わってほしいとは思いましたが、それが戦争のリアルなんでしょう。主人公の未来に希望があってほしいと思います。人間の分断が描かれていて、今、世界中で戦いが起きているなか、特に読まれてほしい本だと思いました。村の生活や雰囲気が、『どんぐり喰い』に通ずるものがあるように思いました。

ハル:このシリーズは厚みに反比例して重たいのが多いんだよなぁーと、ちょっと身構えながら読み始めましたが、思いの外読みやすかったというか、ノンフィクションを読んでいるような感覚でハラハラしながら読めておもしろかったです。タイトルからしていかにも殺されそうですけど、流れ星のところで、具体的に何を願ったのかは書かれていなかったけれど、そこからは安心して読むことができました。ただ、ラストはほんとにこれで終わったのかなという感じがありました。ほんとに家に帰ってこられたの? って。戦争にはどっちがどっちということもない、父さんも人を殺した、というようなことも書いてはありましたけど、やっぱりお父さん側が正義で、反乱軍側が悪となっていますが、そのあたりも実際にどっちがどうとか、こまかな歴史の背景は読者には理解はできていないし、他国の話を身近なことに置き換えて考える、というような、そういった広がりを持った読み方が若い読者にできるか、というとそれはなかなか難しいのかなぁと思います。ただ、最後まで読ませようとする工夫を感じました。章を短くしたり、思わせぶりな1行を入れたり、女の子への興味で少しスパイスをきかせたり。ただ「女の子は……おっぱいが大きくなって、頭がからっぽになる」(p86)なんていうのは、今の子だって読んだら腹が立つでしょうね。おまえなんかつかまってしまえって(笑)。

エーデルワイス:読みやすく、私は緊張感とおもしろさで息できないほどでした。戦火の中、母親が13歳のミゲルに父親を救いにいけと、長い旅に行かせることに、私も驚きました。たぶん同じ時代の日本ならば、父親を救いに行くと言い張る13歳の男の子に、母親が行くなと止めるのでは? ミゲルは大人になりかけて、弱さ、危うさを当然のように持ち合わせ、親近感を持ちました。スペイン内戦の貴重な内容と思いましたが、少年と愛犬の冒険物語として読みました。最後、犬のグレタの死は納得できません。作者はドラマチックにしたかったのかもしれませんが、生かす方法もあったと思います。

まめじか:実話にもとづく骨太の作品でした。スペイン内戦のシビアな現実を描きつつ、物語としておもしろく、先へ先へと読ませます。短くまとまっていて、日本の読者に紹介しやすいです。

花散里:「旅」をテーマとした作品で、すぐに浮かんできたのが本書でした。外国児童文学の中では厚くなく、「訳者あとがき」に記されているように「旅の行方を追わずにはいられない」物語で、一気に読みました。「民主主義を守る戦い」に身を投じ、行方が分からなくなった父親を捜しに行くように言うう母親。その母親も連行されて帰ってきたときの壮絶さ、13歳のミゲルが犬とともに200キロ離れた収容所まで、過酷な旅を続けて行くことが3部構成で描かれていて読み応えがありました。スペイン内戦について、「訳者あとがき」にくわしく書かれていることも良いと思いました。中高生に読んでほしいと思います。

さららん:『アコーディアン弾きの息子』(ベルナルド・アチャガ著 金子奈美訳 新潮社)という現代バスク文学の長編も、昨日まで同じ村の仲間だった人たちが味方と敵に分かれていく様子を詩的な言葉で描きだしています。夢中で読める長編で、おすすめです。

ハリネズミ:最後に犬が死んでしまう悲劇とか、女の子が登場する部分とか、読ませようとする工夫かもしれないんですけど、ちょっとあざといんじゃないかと、どうしても感じてしまいます。こういう作品だと、そういうあざとさがなくてもちゃんと読めるのでは?

さららん:キリスト教文化の強いヨーロッパやアメリカには、人間至上主義があり、犬が死んだことも、日本人とは違う感覚で受け止められるんじゃないでしょうか。

(2025年06月の「子どもの本で言いたい放題」より)