| 日付 | 2025年07月15日 |
| 参加者 | エーデルワイス、きなこみみ、ANNE、ハリネズミ、花散里、ニャニャンガ、しじみ71個分、さららん、すあま、手鞠唄 |
| テーマ | 好きだから |
読んだ本:
福木はる/作
講談社
2024.11
〈版元語録〉舞台は沖縄。太めの体型を気にしながらも、明るいキャラで乗り切ってきた、萌々(もも)、中学2年生。どんな習い事も続かない帰宅部だったはずなのに、ある日出会った、派手でかっこいい女性に誘われたヒップホップクラスにうっかり顔を出してみることに。 そこにいたのは、クラスメイトから恐れられている孤高の莉愛(りあ)! リズムや韻を考えぬいて、ほんとうの気持ちをぶちかますラップに夢中になっていく二人。
原題:CALL ME LION by Camilla Chester, 2022
カミラ・チェスター/作、櫛田理絵/訳、早川世詩男/絵
小峰書店
2024.10
〈版元語録〉場面かんもく症のため、家族としかしゃべれないレオ。ところが、となりの家に引っ越してきたリカは気にせず話しかけてくる。「リカとなら友だちになれるかも」と勇気を出して、しゃべれないわけを手紙に書くが…。
ピーチとチョコレート
福木はる/作
講談社
2024.11
〈版元語録〉舞台は沖縄。太めの体型を気にしながらも、明るいキャラで乗り切ってきた、萌々(もも)、中学2年生。どんな習い事も続かない帰宅部だったはずなのに、ある日出会った、派手でかっこいい女性に誘われたヒップホップクラスにうっかり顔を出してみることに。 そこにいたのは、クラスメイトから恐れられている孤高の莉愛(りあ)! リズムや韻を考えぬいて、ほんとうの気持ちをぶちかますラップに夢中になっていく二人。
エーデルワイス:おもしろく読みました。今回の課題図書の2冊は、どちらも『ダンス』が主役。表紙が内容によく合っていると思います。ヒップホップの掛け合いで歌うところ、これは詩の世界ですよね。萌々(ピーチ)と莉愛(チョコレート)が学校の文化祭でバトルする場面、言葉がグサグサと心に突き刺さりました。萌々が自分の容姿で笑いをとるところが痛々しい。しかし萌々がどれくらい太めなのか具体的に書かれていないので分かりません。挿絵もありませんし。もしかしてちょっと太めで、自分だけ気にしているのかもと思いました。
偏見ですが、沖縄はアメリカ基地があるので、ハーフの子は珍しくなく、差別もそんなにないと思い込んでいました。内容は作者の体験から見聞きしたことが反映されているのでしょうね。最後p223で萌々が自転車を走らせ、「いつだって、ハンドルをにぎるのはわたしなんだから。」は、さわやかで読後感がいいです。
きなこみみ:文章のテンポやリズムがよくて、どんどん読み進められる感じでした。ふっくら体型にコンプレックスを持っている萌々の気持ちがていねいに描かれていて、とてもおもしろく読みました。多様化、ダイバーシティ、という、自分が萌々の年齢のときには見当たらなかった言葉が、市民権を得た時代のはずなのに、なぜかルッキズムや見た目の違い、こうしなきゃ、という縛りや同調圧力がますます強くなっているように思います。萌々が、ヒップホップと出会うことで、その縛りを解いていく、その過程が自然に描かれていて、とても好感の持てる作品でした。萌々があこがれるクイーンBの私のイメージは、渡辺直美さんでした。いつも、カッコいいなと思って見てるので。
とくにいいなと思ったのは、p70~71で、ヒップホップの発祥と歴史について解説してあるところ。「でもさ、この国にも命削られるくらいきつい思いをしている人たちが、実はたくさんいるよね」「日本は声を上げる文化があまり発展してこなかった」「ひとりで抱え込んでしんどくなっちゃう。そんなとき、ヒップホップは武器にも杖にもなる」という舞さんの言葉です。ジャズ、ファンク、ヒップホップ、アメリカの音楽は常に黒人文化と共にあって、差別や偏見への抵抗の一つとして発展してきたんだ、ということが踏まえられている。そこがきちんと書かれているから、最後の萌々のライブが、胸にくる。最後のライブシーンの盛り上がりもよくて、読後感もさわやかで、よい作品でした。
ANNE:勢いがある楽しいお話でした。太めの体型を気にしているももちゃんが憧れる黒人女性ラッパーのクイーンBは、実際に海外で活躍されている日本のコメディエンヌを彷彿とさせました。私自身はラップやヒップホップには本当になじみがなく、韻を踏んでいるというリリックにもなかなか入り込めなかったのですが、ももちゃんとりあちゃんが自分を開放させる手段としてラップに出会えたことは純粋に「良かったね~」と思いました。作者の福木さんは沖縄のご出身とのことで、登場人物の名字や方言、りあちゃんの出自、沖縄特有の季節感を表す「うりずん」など、沖縄らしさがちりばめられた物語でした。文化祭のラップバトルのシーンが本当に盛り上がってとても楽しく読めたので、ラストのゆかいくんの告白は取って付けたような感じがしてちょっと残念でした。
ハリネズミ:私は、おもしろいところもいっぱいありましたが、気になるところもありました。まず設定が漫画チックだと思って、ちょっと物足りなさを感じました。たとえばp93で、新垣さんが自分のことをさらけ出すように語りだしたり、p122で、舞さんをバカにした赤キャップに萌々が対抗してラップでやり返す場面などは、物語の書き方というより漫画の書き方じゃないかと。p145の莉愛が「あんたとはいっしょにやれない。二度とスタジオに来るな!」と言うのも、ずいぶんとオーバーなリアクションですね。茉奈が、「幼馴染ってだけで、由快くんにかまわれてる」からという理由で萌々を貶める落書きをしたりSNS発信をしたりするのも、漫画チック。その後の展開も告白ごっこみたいで、私はうまく入り込めませんでした。さらに、ルッキズムを否定しているようでいて、おデブでもかっこいい男子に想いを寄せられるという展開になっているのが中途半端だと思いました。ラップにしても、社会的な不条理や不都合を告発するわけではなく、個人レベルにとどまっているのが、物足りなかったです。
手鞠唄:気になっていて、でもまだ読んでいない本だったので、今回選書していただけてよかったです。とてもおもしろく読みました。前半は、沖縄が舞台であることが効果的で、その描写にひかれて読みました。日本の児童書って、舞台を特定しないものが多いですけれど、こういうふうに地域色を全開にしていくのはいいなぁと思います。後半は、ラップがテンポよくて吸引力あって、引きずり込まれるように一気に読みました。あこがれのクイーンBのラップもいいですし、文化祭当日のふたりのラップもとてもいい。クラスの子が「刺さる」と言っていたのが説得力あります。ヒップホップやラップの概要をきちんと説明してくれているのもありがたかったです。気になったところは3箇所あります。1つは、冒頭なんですが、1年生の1学期なのか2年生の1学期なのか、あるいは2学期なのか、非常にわかりづらかったです。p7で、いったん那覇に引っ越して戻ってきて、久しぶりに幼なじみに会ったと書いてあるせいかな。この日、久しぶりに会ったのか、前に久しぶりだったのか、わかりづらいなと思いました。もう1箇所は、p31。「目玉焼きのにおいが廊下までたちこめていた」とあるのですが、そんなにたちこめるかな? と気になりました。焦げた匂いなのか、油の匂いなのか、だったらまだわかるんですけども。あと1箇所は、p114のあたり。現れた莉愛の服装をほめつつとても細かく描写していますが、その時、自分が何を着ていたのか、まったく書いていない、というあたりがアンバランスに思えました。
ニャニャンガ: 読みはじめは、「また自分を出せない子の話?」と思ってしまいましたが、文章に勢いがあり、ラップが自分の殻を破るきっかけになったことにとても興味を惹かれてぐいぐい読みました。ルッキズムがテーマのひとつで、体格へのコンプレックスがある萌々とハーフの莉愛が出会い、ラップで本音を開放するのはイマドキでおもしろかったです。ただ、萌々の描写が少なくイメージが少しぼんやりしていたので、『6days 遭難者たち』(安田夏菜作 講談社)に登場する由真みたいかしらと想像しました。一番印象的だったのは、文化祭でステージに立つ際、萌々がマスクをはずしてピーチになる場面で、鳥肌が立ちました。
しじみ71個分:ルッキズムやラップ、ヒップホップといったモチーフに使った作品で、自分にとっては新鮮で、とてもおもしろく読みました。自分も痩せてた子どもであったことがなく、よくデブとかいろいろ言われていましたので、その時のことをやはり思い出しました。外見についてあれこれ言われることで、どうやって傷つかないように自分を守るか、ということに腐心せざるを得ない状況というのにはとても共感しました。思った通りの言葉を口にすることができず、屈折した言葉にできない思いが胸にたまって苦しくて、自分の言葉を求めていたところに、思いをぶちまけて、表現するラップに出合ったという設定も、とても納得できました。自分の経験的にも、心が何かを探し求めているときに、出会ったものに、一瞬で心奪われて好きになってしまうことってあるなと思うんです。これは、私にとってはとても説得力があって、身に沁みました。萌々と莉愛がラップという、好きなものを通じて互いを知り、繋がり合うという物語はとても前向きで、気持ちよかったと思いました。確かに、お母さんの設定が大雑把だったり、書き込みがあまり深くなかったり、という点はあるとは思いますが、気持ちよく読めますし、思春期のあれこれに悩んでる子の気持ちの突破口になりそうな気がします。文化祭のときに萌々が歌ったラップのリリックは、私にはズキュンと刺さってしまい、ちょっとウルウルしてしまいました。言葉に作家の思いが詰まってるなと特に感じたところです。最後に、恋愛でオチをつけたのは、唐突だし、残念さがありましたが、若い人たちの興味のあるモチーフを織り込んで、物語に葛藤を入れて描いているので、そこはいいなと思います。文に勢いとリズム があって、とても読みやすかったのも良かったです。
さららん:私も、ほとんどみなさんと同じような意見です。ルッキズムがテーマになっている本は、読書会でも何度か読んできましたね。この本の主人公の「ももち」は読者が共感しやすいキャラクターになっていますが、YA向けの言葉のリズム、表現に目を見張り、例えばp34の「……そんなカワイイなんか、いらねー。湯気といっしょに消えてなくなっちまえ……」ではびっくり。炊飯器のご飯をお茶碗に入れる場面なので、「湯気といっしょに」という言葉が唐突に出てきたんですよね。女の子の独白に、これほど乱暴な口調はなかなか書けませんが、ふだんの生活にこんな言葉があるからこそ、ラップのリズミカルで、投げつけるような口調も全体の中で調和が取れる。全体にそういう表現が散りばめられていて、YA文学で使える日本語の裾野が広がった感じがしました。ヒップホップの歴史やあり方が、舞さんを通して伝えられる点も自然で好感が持て、ヒップホップによって解放されていく主人公の気持ちを追体験できました。クライマックスの舞台発表では、ももちこと大城萌々が、茉奈に挑むようにヒップ・ホップ・ラップを始めるます。フロウやフック、といったテクニックを使いながらラストスパートに向かう言葉が、ひとつずつおもしろく、「いまここに ルッキズムの墓たてろ!」(p198)なんて大見得をきって、実にカッコイイんですが、自分自身がラップに疎いせいで、リズムの取り方がよくわからず、ラップに聞こえてこないのが残念でした。他の方はどうだったでしょう? 最後の由快と主人公のやりとりは、そんなに引っかからずに軽く読み、「いつだって、ハンドルをにぎっているのはわたしなんだから」(p223)という言葉の意味するものが、作品全体のテーマに重なって、気持ちよく読み終えました。
すあま:デビュー作とのことですが、文章は読みやすかったです。10代の子たちが出てくる場合、会話の文に若者言葉や口調が多用されているものがあって、読みづらくわずらわしく感じることがあるけれども、この作品は適度で自然に読めました。ストーリーについては、本音が言えず相手に合わせていて嘘をつくことが増えている主人公、というよくある設定から、ヒップホップ、ラップを通して本当の気持ちを出すことができる、またお互いに言い合うことのできる友だちができた、という展開はよかったと思います。また、それによって、今まで本音で話せなかった友達との関係も変わっていき、成長していく様子がわかりました。1つ気になったのは、幼馴染のイケメンの男の子の存在は必要だったのかな、ということで、女の子たちだけでも十分に物語が成立しているように思えました。
さららん:沖縄が舞台だけれど、茉奈がダブルだということ以外、沖縄の歴史を感じさせる要素が出てこないのは、ある意味、もったいないかもしれません。
ニャニャンガ:帯文もパンチが効いていますね!
ハリネズミ:ルッキズムについては、もう少しつきつめてほしかったなあ。それから沖縄出身のAwichという女性ラッパーがいるのですが、その人は個人的なことだけではなく、沖縄がおかれた状況についても歌っています。
さららん:さっき、「もったいない」と発言してしまったのですが、逆に沖縄はこう書かないと、という見方こそ、一種の偏見かもしれないです。
しじみ71個分:もしかすると、実際に生活している人々にとっては、沖縄であるが故の問題というのは、日常の中のリアルとして、日常の一部として定着していて、いつも重たい認識ばかりが前面にあるというわけでもないということはないでしょうか。いつも、薄く認識されているというか。歴史的には、沖縄戦という非常に重たい、過酷な、非人道的なことが行われて、今でも沖縄の米軍関係施設の一極集中なんてもちろん異常なことですが、そこで生まれた若い人たちにとっては、生まれた時からの前提条件として、ナチュラルに受け止めているということもあるかもしれないなと想像します。
ニャニャンガ:続編が出たら、沖縄の歴史にもからめて書いていただけるかもと思いました。
ハリネズミ:この作品って、沖縄を舞台にする必要は特になかったのでは?
すあま:ヒップホップ、ラップが題材になっている物語では、『アンチ』(ヨナタン・ヤヴィン作 鴨志田聡子訳 岩波書店 2019)を思い出しました。全体としてはおもしろかったけれども、ちょっと物足りなさを感じました。
花散里:前半に、沖縄の「うりずん」について表記はありますが、全体的にこの物語が、沖縄の中学生たちを描いているということは伝わってこないように思いました。自分の体形にコンプレックスを持っている主人公、萌々と、母親同士が仲良しで、誕生日までもが一緒だという同級生、由快との会話などは内容が薄くて、由快を取り巻く女の子たちの様子も軽い印象で心に残りませんでした。後半、主人公がヒップホップと出合うところから、ヒップホップのことをよく知らなかったので、その流れと歴史などについては興味深く読みました。由快の萌々への思いなど、物語のまとめ方はどうなのかという感じで、タイトル、表紙絵とともに読後感はあまり良くありませんでした。
(2025年07月の「子どもの本で言いたい放題」より)
ダンス★フレンド
原題:CALL ME LION by Camilla Chester, 2022
カミラ・チェスター/作、櫛田理絵/訳、早川世詩男/絵
小峰書店
2024.10
〈版元語録〉場面かんもく症のため、家族としかしゃべれないレオ。ところが、となりの家に引っ越してきたリカは気にせず話しかけてくる。「リカとなら友だちになれるかも」と勇気を出して、しゃべれないわけを手紙に書くが…。
すあま:場面緘黙について、この本を読んで初めて知りました。隣の家に引っ越してきたことで知り合った2人が、実はそれぞれ人には言えない悩みを抱えている。読み進めるうちにいろいろなことがわかってくるので、どうなるのだろう、と思いながら読みました。リカはディスレクシアなのかな、と最初は思っていましたが、家庭環境のせいで言葉を学ぶことができないままだったのか、そのあたりはよくわかりませんでした。ダンスを通して仲良くなった2人が誤解から仲たがいし、ダンスによってまた仲直りをするところ、そして自分が抱えている問題や悩みを乗り越えて成長していく姿が描かれるところは、『ピーチとチョコレート』(福木はる著 講談社)と似ている部分があると思いました。
ニャニャンガ:場面緘黙症のレオと読み書きができないリカが友だちになるという難題をどう乗り越えるのかと心配で、ハラハラしながら読みました。音声デバイスを使う方法になるほどと思いながら、これまで支援が届かなかったリカが気の毒になりました。場面緘黙症の登場人物といえば、「デフ・ヴォイス」シリーズ『龍の耳を君に』(丸山正樹作 東京創元社)に登場する少年の英知を思い出します。同シリーズの児童書版で『水まきジイサンと図書館の王女さま』『手話だからいえること 泣いた青鬼の謎』(偕成社)では主人公の娘、美和と英知が主人公なのでおすすめです。
手鞠唄:魅力的な本で一気に読みました。悪いやつはずっと悪いやつのままなので、勧善懲悪で、ラストはすっきり!します。英語の読み書きができないまま大きくなってしまったというのは、恐怖感は大変なものだろうなと共感しました。ただ、主人公のレオくんが、お隣のリカに大きなヒミツを打ち明けてもらって、初めて対等であるような気がするという流れ、ちょっと引っかかるものがありました。何か大きなコンプレックスやハンデがある人は、同等の人としか分かり合えない、というようにも読めてしまうからです。リカの秘密がすごく小さくてくだらなくて、でも本人はものすごく重いものだと思って悩んでいる、というほうが、おもしろかったんじゃないかなと思いました。なお、私しはこれ、ずっとインドの話だと思って読んでました(笑)。気温が高くて暑い暑いと書いてあるので、イギリスではないだろうと思って。でも、今は異常気象でイギリスもこういう時期があるのでしょうね。訳者あとがきにそういう話題があるかしらと思ったのですが、この物語に登場するワードの説明が中心でした。カミラ・チェスターさんの邦訳書はこれが初めてとのことなので、著者自身の情報や、この作品を書いた経緯をもっと知りたかったなと思いました。
ニャニャンガ:ものすごい暑さからアメリカの物語と思ってしまいましたが、イギリスでもこんなに暑くなっているのですね。
ハリネズミ:レオとミカが隣同士だけどそれぞれ自分の家の庭でトランポリンをしているので、お互いの顔が見えたり、見えなくなったりするという冒頭の設定にまず引き込まれて、おもしろく読みました。レオの兄のダニーと姉のソフィが、それぞれ弟を守ろうとする気持ちが、うまく表現されていますね。場面緘黙症について、私は詳しくないのですが、自分で決意しないと改善しないところなど、かなりリアルに描かれているのかと思いました。唯一リアルではないな、と思ったのは、リカが読み書きがほぼできないことをダニーとソフィアが知った場面です。普通なら、弟が場面緘黙症だということが伝わっていないとわかって、そこをリカに説明するのだと思いますが、この本では、あの手紙をまだ持っているなら、取ってきたら読んであげる、と言うのですね。そこだけちょっと不自然に感じました。原書のタイトルはCALL ME LION。ライオンという言葉がこの本の中では重要な意味を持っているので、そのまま訳しても魅力的なタイトルになったように思います。
ANNE:学校図書館司書として勤務していた頃、場面緘黙症の女子生徒に関わらせていただいたことがありました。言葉が出ないだけで、感性はとても豊かな生徒さんでした。話すことができないだけではなく、レオのように身体も動かなくなるなど場面緘黙にもさまざまな症状があることは知りませんでした。
おしゃべり上手だけど、実は英語が読めないリカに、レオが絵本を使って文字を教えていくシーンが印象的ですが、この絵本には原書があるのかしらと気になりました。レオとリカが踊るのがディスコダンスということで、カバーを外したら現れるというジョン・トラボルタのイラストを、ぜひ見たかったです!(図書館本でしたので…)
ニャニャンガ:ダンスの種類が、現代の子が踊るには古い気がしましたがどうでしょうか。
きなこみみ:場面緘黙の少年レオの内面が、とても豊かに描かれていて、共感するところがたくさんありました。場面緘黙の子どもが出てくる作品を探したことがあるんですが、あまり無いんです。後書きにあるように、500人に1人の割合で場面緘黙の子どもたちがいるのであれば、珍しいことではないので、もっと取り上げられてもよいと思います。そういう意味で、この作品は、同じように場面緘黙の子どもたちにも刺さるでしょうし、人前でうまく話せないと引け目を感じてしまう子どもたちの「声」としても、よい作品だなと思います。リカは、難読症(ディスレクシア)かと思ったのですが、環境的な要因が大きかったのかもしれませんね。リカの年齢まで、読み書きができないことがバレずに過ごすことが出来るのかな、とそこは少し疑問でしたが、学校生活のなかで、自分だけ読み書きできない、というのはさぞかし辛かっただろうと思います。p100で「なにもかもできる人間なんていない」とレオが考えるところがありますが、こんな当たり前のことでも、きちんと肝に銘じるのは難しいですし、つい子どもたちに何もかもさせたくなりがちなのも、考えものだなと思いながら読みました。言葉に困難を抱えている二人が出会うシーンが、トランポリン。言葉を必要としないコミュニケーションからはじまって、ダンスという身体表現の楽しさを、それこそ言葉で書いているのにひかれます。レオの家族、とくにお姉さんのソフィがいい。そして、世代的にジョン・トラボルタのポーズがめっちゃわかるのがツボでした(笑)アースウインド&ファイヤー、スライ&ザ・ファミリーストーンとか、めっちゃ世代です。今、昔の音楽がリバイバルではやることがありますが、今はYouTube もあるので、たとえジョン・トラボルタを知らなくても、検索すればすぐに動画も見られますし、音楽は世代を、世界を超えて、いろんな壁を越えていくんだな、と思います。芸術に壁はなくて、こういうのが児童文学の醍醐味だなと思います。
ニャニャンガ:リカの父親はイギリスの人なので移民ではないですね。
エーデルワイス:表紙カバーを外すと、ピンク色の表紙と裏表紙にレオとリカのディスコダンスのイラストが散りばめられていて、とても楽しいです。主人公レオの「場面緘黙症」については初めて知りました。心優しい本当にいい子です。友だちになったリカの字が読むことのできない秘密をあくまで守ろうと、また力になります。二人の友情が素敵です。最後リカが自分から校長先生に自分のことを言うまでにすることが素晴らしいです。日本では本人の意思を待てないのでは?二人の踊るダンスがなぜディスコなのかと思いますが、現代ではかえって新鮮なのかも。
最近、絵本『ぼくたちがディスレクシアとわかったときのはなし』(濱口瑛士作/絵 埼玉福祉会LLブック)を頂きました。ここ20年ほどで『ディスレクシア』が知られるようになりました。知らない世界を分かるように導いてくれる児童書の役割を痛感しました。
さららん:「場面緘黙」という障害だとわかって初めて、「なんだ、こんなことできるはず、簡単じゃない」という周囲の無理解に抗することができます。自分が「場面緘黙」だと、レオ自身が認識できてるのはいいことだと思いました。その一方で、「レオにはなんでこれができないんだろう?」と納得できず、一読者として自問自答する自分もいて、苦しみました。ちょっと頭でわかっただけじゃ、ほんとにわかったことにならないんですね。レオが友だちになったリカは、ポジティブな子で、レオはネガティブというか内向的な子です。会話のなかに、そのコントラストが効いてて、楽しい読書でした。しんどいときは自分以外のことは見えないものだけれど、自分がしんどいからこそ、レオは字が読めないリカのしんどさをすぐに理解できたんですね。トランポリンで飛び跳ねていたレオが、リカに初めて会う場面に、「長い黒髪が、びっくりマークみたいに宙に残った」(p8)という描写があり、「あれっ?」っていうレオの気持ちがよくあらわれています。新しい表現だなあと思って、メモしました。ジョン・トラボルタの「サタデー・ナイト・フィーバー」とか、昔、流行したものでも、ユーチューブのおかげで若い人たちは意外によく知っていて、そういう点では時代が変わってきてるし、おもしろいと思ったら、逆に新しく刺激的なものとして、今の子どもたちは素直に取り入れてしまうのかもしれません。
しじみ71個分:気持ちの温かくなる物語でした。場面緘黙については、言葉としては知っていましたが、具体的にどんなことが起こるのかなどは知りませんでした。気持ちがどんなにあっても、体が言うことをきかないとか、話すことができないというのは、本当に辛いだろうと思いました。そういった、生活上の困難のある子の気持ちを分かりやすく伝えていると思います。この物語が特にいいなと思った点は、場面緘黙のレオは文字でしか気持ちを伝えにくい、リカの方は文字が読めないので、音声でしかコミュニケートできないということで、最初から二人は普通なら理解し合えない、ディスコミュニケーションの間柄という設定になっていて、この二人がコミュニケーションの欠如をどう乗りこえていくかというところからスタートしているところです。その結果、お互いのことを好きなのに、コミュニケーション手段の欠如から関係が一度クラッシュしてしまうわけですが、そこは本当に胸が痛いところでした。リカとレオの関係を兄姉が心配して、レオのことを心配するあまり、本人に手紙を読んであげようか、と言ってしまって、二人には何の罪も悪意もないのに、二人の関係が崩れてしまったのを、大好きなダンスの力で乗り越えていく、繋がりたい気もちが、一度こわれた関係を修復していく、という展開には、希望があって、温かくて、とてもよかったです。二人とも音声や文字という言語表現に壁があるけれども、身体的なコミュニケーションで通じ合うというのも良い設定だと思いました。 トランポリンの場面はとても象徴的で、新鮮で美しいなと思ったのですが、トランポリンで跳ねている様子だけで、「この子はできる」と瞬間的に通じ合うものがあったんじゃないでしょうか。身体表現もコミュニケーションの一つですし、仲間と知り合う方法はいろいろあるんだよなと、可能性の広がりを感じました。もしかして言葉がうまく話せなかったり、通じなかったりして、一見、目立たない、地味な子と思われたとしても、隠れたタレントがあるかもしれないというのも、子どもたちの希望になるんじゃないかなと思いました。あと、ものすごくいいなと思ったのが、最後のところで、レオがリカの耳に、「ぼくのことライオンってよんで」とささやくように言うところが、とてもくすぐったいような、身体的な、親密な感じがあってとてもよかったです。それまでは、家族にしかささやくように話したりできなかったわけで、リカに直接、声で話しかけられるようになったということは、二人の仲良しの関係が深まったということがよく分かる表現でした。先ほど、原題は「Call Me Lion」だと教えてくださって、そうか、この最後のところの、この関係性の深化がタイトルになったんだなぁと思うと、いいタイトルだなと思いました。改めて分かると胸に沁みますね。
図書館の仕事で、小学生の団体の見学を担当していますが、中国やベトナム、ネパール、ウクライナの子などに会いました。日本語を読むのが難しいというので、その子の国の言語の絵本を紹介したりしたのですが、どちらもあまり読めないと言われて、自分の認識が浅かったなと思いました。外国生まれの子ならその国の言語の文字が読めると思っていたが、大きな誤解でした。小さいときに移住してしまうと、どちらの文字もわからなくなってしまうこともあるのですね。リカが脳の機能の問題で読めないのか、環境的な問題で読めないのか、分かりませんが、大事なのは、早くから適切なサポートが受けられるということだと思います。そういう意味で、携帯の機能なんかのテクノロジーを使って解決できるということが物語に書いてあるのも良かったなと思いました。もっと、溝を超えて、互いを理解し合うようになっていく物語が、たくさん出されていくといいなと思いました。
手鞠唄:そういえばタイトルなのですが、『ダンス★フレンド』の星は黒星なのですね。白星にして『ダンス☆フレンド』で検索すると、書店のホームページはヒットしますが、図書館ではヒットしませんでした。タイトルって難しいなと思いました。
しじみ71個分:今は、目録規則だと標題紙から書誌情報を取るのではなかったかなと思います。書誌の納入業者さんが★で取っているのかもしれないですね……
さららん:デザイナーさんが、★を入れたんでしょうか?
ハリネズミ:★がついている書名はほかにもありますが、書誌事項をどうすればいいのか、で困るケースなのですね。
リカはインド系だけどイギリスでずっと育っているのですよね。転校が多いので読み書きができなくなったとは考えにくいので、やっぱりディスレクシアの要素があったのかな。
それと、絵本ですが『やましたくんはしゃべらない』(山下賢二文 中田いくみ絵 岩崎書店)が場面緘黙症の子どもを主人公にしていて、印象に残っています。
ニャニャンガ:原書の表紙と邦訳の表紙では、リカの肌色がまったくちがうのですね。インドのお母さんとイギリス人の父親と持つリカの肌の色を考慮してほしかったです。せっかくいい絵なのに、もったいないなと思いました。
花散里:2024年の海外児童文学の作品の中では、障害を持った子どもたちや、その兄弟、多様性をテーマにした作品が多かったのですが、今回、本作を読み返して、改めて良い作品だと思いました。場面緘黙症のレオと、読み書きができないインド系移民の子リカ、「言葉」でそれぞれ苦労する二人が共通の楽しみであるダンスで惹かれ合っていくところが心に残りました。文字の読めないリカとともに絵本を読んでいくという様子も印象的でした。リカが文字を読めないということですが、学校に通っていて、これまで、学校の先生や周囲の人たちが、気が付かなかったのだろうか、ということは疑問に感じました。場面緘黙症のことをよく知らない子どもたちもいるのではないかと思いますので、この作品を手渡したいと思いました。
(2025年07月の「子どもの本で言いたい放題」より)