『クラバート』
オトフリート・プロイスラー/著 中村浩三/訳 ヘルベルト・ホルツィング/絵
偕成社
1980
原題:KRABAT by Otfried Preussler, 1971

版元語録:クラバート少年は水車場の見習いになり、親方から魔法を教わる。3年後、自由と少女の愛をかちとるため、親方と対決を迫られる。

アカシア:好きな作品です。前に読んで、今回また読んでみたんですけど、独特の雰囲気を持っていますね。伝承の物語を作家が脚色して書いたものですが、子どもの読者にはわからない部分もありますね。粉屋とか水車小屋はいろんな象徴的な意味合いを持っているけれど、日本の子どもだとドイツの子どものようにわからないかなと思いました。雰囲気のおもしろさは日本の子どもも楽しめるでしょうけど。訳に少し補いがあると、その辺のおもしろさがもっと伝わるかな。

レジーナ:小学校6年生のときから、何度も読み返した作品です。アウグスト殿下との密談や、デカ帽伝説など、もとの伝説にプロイスラーがつけ加えた部分は作品全体の流れの中で唐突な印象を与えますが、それでも読ませてしまうのは、物語の力ですね。『闇の底のシルキー』もそうでしたが、これ以上進んだら帰れなくなるというぎりぎりの深さまで突きつめた少年が、最後にふっと現実の世界に戻り、大人としての人生を生き始める物語です。そうした刹那的な危うさに、少年特有の成長のあり方を感じました。

カイナマ:これを読んで最初に思い浮かんだのは、シューベルトの歌曲「美しき水車小屋の娘」です。ドイツ的なお話なんだろうなと思いながら読みました。実際はヴェンド人というドイツ的世界とはまた異なった文化圏の伝説だそうで、おもしろいですね。ストーリーとしては飽きさせずおもしろく読ませると思います。最後は少女とクラバートとの愛。目隠しをされたけれども、心配している心が伝わってこの人だと分かったというのは、いい終わり方だなと感心しました。歴史的には北方戦争の時代の話とか。ちょっと調べてみる必要がありそうです。親方のもう一つ上の大親分の存在など、よく分かりません。最後に予想外のことが起きて、読者をドキドキさせ最後はうまくいくというのは、いい物語のおさめ方だなと思いましたね。

ウアベ:物語としてすごくおもしろい、何年もかけて書いたとありますが、書き込まれた物語だなと思いました。今の日本とは遠い世界のことだけれど、景色とか水車小屋の様子とか情景が浮かんでくるのがよかったです。食べ物にありつけるというので水車小屋に行くんだけれど、親方が魔法使いだということとか、1年にひとりずつ死んでいく意味とか、ユーローの2面性とか、読むうちにわかっていくのがおもしろい。地位にしがみついている親方の、自分中心のあり方は政治家みたいですよね。終わり方が小気味よいというか、娘がよくやってくれたなって、物語として安心できてよかったなって思いました。

タビラコ:たしか1980年ごろに初めて読んだとき、とても感動して、こんなにおもしろい本はないと思ったのを覚えています。今回、なんであんなに感動したのだろうと思いつつ読みかえしたのですが、やはりプロイスラーの卓越した「物語る力」なんですね。それから、自然の描写や、日本ではなじみのないキリスト教のお祭りといったドイツ的なものに魅了されたのだと思います。もちろん、伝説の力もありますけれど、それをこれだけ自分のものにして書き切るとは、やはり素晴らしい作家だとあらためて思いました。いま、ウアベさんから政治家の話が出ましたけど、私も読みながら政治家のあの人やら、この人やらの顔を、親方の顔と重ねていました。二言目には、強い日本とか、いざとなったら戦争も辞さないといいながら、自らは戦地に行くこともないのに若者を戦争に、死に追いやる危険にさらしている人たちのことです。昔話は、いろんなメタファーとして読めることから語りつがれ、読みつがれてきているのだと思いますが、この物語もいつまでも読みつがれていってほしい1冊だと思います。昔は、最後の愛の力で死や悪に勝つという結末に感動したのですが、今回はたぶん歳のせいでしょうか、結末に至るまでの物語に魅せられました。

レジーナ:『夏の庭』には骨を拾う場面がありましたが、『クラバート』は、遺体を埋める文化の中で書かれた作品ですよね。東洋や西洋の死生観が、児童文学の中にどう表れているかを考えていくと、おもしろいのではないかと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2012年10月の記録)