『スロットルペニー殺人事件』
ロジャー・J.グリーン/著 宮下嶺夫/訳
評論社
1998.03
原題:THE THROTTLEPENNY MURDER by Roger J. Green, 1989(イギリス)

<版元語録>1885年のイギリス、雇主を殺した罪で13歳の少女ジェニーは死刑を宣告される。同級生の少年への愛だけを支えにした彼女は、有罪なのか。死刑の恐怖、罪の意味とは何かを問いかける、力強い物語。

ウォンバット:私はものすごく怖かった。前半は表現がくどくどしてて、盛り上げようとしすぎの観アリだけど、でもひたひたと迫りくる恐怖を感じた。ジェシーがスロットルペニーの罪をノートに書きつけているところ、彼女はそうしなくては耐えられないくらい苛酷な毎日を送ってたんだと思うんだけど、私も同じような秘密のノートを書いているから、どうも他人とは思えなくて、もうジェシーの気持ちになりきって読んだのね。「罪の本」は、私にとっては、このうえなく恐ろしい小道具。ふとんの中で本を読むのが私の至福の時間なんだけど、この本を眠る前に読んでたら、怖い夢を見てしまった。それからは、電車の中で読むようにしたの。

ひるね:私も、読んだあと怖い夢をみた! 自分が殺人を犯す夢、昔からよくみるんだけど……。

ウォンバット:犯人は、エマ・ブリッドンが手を洗うところですぐわかったから、あとはもうジョンが助けに来るのか来ないのかだけが心配で……。ジェシーへの愛というより「良心が勝つのか」「自分かわいさが勝つのか」ということだと思うんだけど、もうどきどきしちゃった。

愁童:重苦しい雰囲気がよく描けている。重苦しい時代の雰囲気というのかな。登場人物も、くどいくらいにしっかり描きこんでいるし。謎ときは、途中でわかっちゃうんだけど、犯人を推理することに主眼をおいてるわけではないんだよね。

オカリナ:この話は犯人捜しではなくて、サスペンスなのね。

愁童:今のイギリスにも残ってる労働者階級と上流階級の差を単純化して、わかりやすくしてる。よく考えられていると思うね。でもさ、これハンサム・ジャックも冤罪だったわけでしょ。走っていった牧師も刑の執行には間に合わなくて、結局証拠の手紙を破るんだけど、読者はこれをどう解釈するか、問われてると思う。まあジェシーが助かったからいいような気もして、破って捨てられちゃっても、ぼくはそんなにくやしくなかったんだけどさ。読者に対する挑戦かな。死刑廃止を訴えているとも、とれるよね。

オカリナ:この作家は死刑反対を訴えてるかどうかは定かでないけど、死刑に疑いをもってることは、たしかだよね。

愁童:それとも、人が人を裁くのは、簡単なことではないという暗喩なのか。

オカリナ:現世で人が一人もう死んでるわけだから、それで十分だっていうことじゃない? 牧師だからさ。

ウォンバット:死刑になったのは一人だけど、みんな罪の意識に苛まれて苦しむでしょ。ジェシーもジョンもエマ・ブリッドンも。ハンサム・ジャックだって酔って暴れたりしてて、もし死刑にならなかったとしても、この先以前のように戻れるとは思えない。だからみんな責めは負ってるんじゃない?

ひるね:みんな気の毒よね、たいへんな思いして。スロットルペニーは、最初に死んじゃって一番楽だったかも。

愁童:考えはじめると、アタマが痛くなるよ。でもさ、真犯人がわかるようにちゃんと計算されてるところがすごいよね。

ひるね:少年少女も容赦なく死刑にされる19世紀ならではの物語。とてもおもしろかった! 設定も登場人物もしっかりできてる。私は、死刑廃止を訴えたのではなくて、純粋にエンターテイメントとして書いたんだと思うな。でも、これだけのものを読めるなんて、イギリスの子はいいわね。でもどうして訳文を「ですます調」にしたのかしら。読んでて、かったるかった。原文は19世紀調の迫力あるものだったでしょうに。基本的に小学校高学年以上のものは、「ですます調」でないほうが、いいと思う。途中から自分で「だ調」に翻訳しながら読むようにしたら、すごくよくなった。The Times Educational Supplementには「時代の雰囲気をよく伝えている。働いて働いて、それでも貧しさや苦しみから逃れられないという当時の子どもたちの暮らしを、今の子どもたちも知ることができる。この本の教訓は『大人は頼りにならない』ということ。11〜15歳くらいの子どもたちの共感を得ることができるだろう」と書いてある。それにしても、冤罪で死刑になるジャックは気の毒ね。後味が悪い。最後は子どもが助かるっていうところが、やっぱり児童文学。

オカリナ:この本、表紙がこわい。この表紙では自分から手にとることはなかったと思う。こういう機会でもなければ読まなかった本だけど、読んで本当によかった。なんといっても、人物像がしっかり描けている。私は、上流階級と労働者階級という区別とは思わなかったんだけど。上流階級の中にもいろんな人がいて、たとえば自分の名誉のために裁判を利用しようとする人なんかも出てくるでしょ。そういう個々をきちんと描いていると思うから。「良心がささやく」というのは、宗教がある国だからこそよね。日本では成立しにくいテーマ。ジャックの死も、逆にリアル。あの看守のミセス・サッグも、すごいよね。「たぶん、いまから百年後、1985年には、少女たちは、少年たちの言うことを、いまほどは信用しなくなっているだろう・・・」って、ジョンをにらみつけたりしてるの。『十一月の扉』とは、なんたる違い! 百年後の物語であるはずの『十一月の扉』の女の子は、いまだに夢のような疑似恋愛なんてしてるんだもん。人物の描き方の対比という意味で、『十一月の扉』と一緒に読む価値あったね。

(2000年03月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)