『ぶらんこ乗り』
いしいしんじ/作 荒井良二/絵
理論社
2001.02

<版元語録>ぶらんこが上手で、うまく指を鳴らす男の子。声が出せず、動物とは話のできる偏屈もの。作り話の得意な悪ふざけの天才。もうここにはいない私の弟-。絶望の果てのピュアな世界を描き出した物語。

スズキ:書店では、話題の本としてたくさん積みあげられていましたねえ。でも、結論から言ってしまうと、ついていけなかったです。ぶらんこにそんなに魅せられて、ぶらんこで暮らしちゃうというのもわからなかったし、雹にうたれて声が出なくなっちゃうのもわからなかった。私にはついていけない作品でした。

ウェンディ:ネット書店のbk1には、「現代のファンタジー」と評されてましたよ。

スズキ:なかでも、「ゆびのおと」という名前の犬の話がいやだったんです。「ゆびのおと」
のおなかにメッセージを書くところなんて、もうすごくいやだった。もうこうなると、よくわかんない世界です。うーん、これがファンタジーと言われたら、私にはファンタジーはわからないです。今の話題の本として手にとったので、ニュートラルに読んだつもりだけど、こんなにだめだと思った本は今までにもないです。

ねむりねずみ:出だしから、どうも文章が読みにくくくて、違和感を感じました。で、内容を楽しむというよりも、どういうつくりで物語をつくっているのかということを気にかけて読んでしまった感じです。ちょっと、『木のぼり男爵』(イタロ・カルヴィーノ著 白水社)を思わせるところがあって、なんとも荒唐無稽な設定ですね。ここはいいなあと思う表現や部分も何か所かあったけど、どうも印象がまとまらなかったです。作者は、ところどころに出てくる、弟が書いたお話の部分が書きたくてこの作品を書いたのかなって思ってみたり。最初のほうのぶらんこ乗りの夫婦の話や、p247の、死んだ人をどう自分の心の中で収めるのか収めないのかについて書いているところなどは、なかなかすてきだと思いました。ぶらんこも、中原中也のイメージなんだなって思ったから、すっと入れました。ガラスのような世界で、彼岸にいる人の話として読むにはいいとは思うけど、やっぱり個人的には好きではないな。ぐいぐいとひっぱられて読む感じではない。あんまりもやもやするんで、これはひょっとして、主人公の女の子が現実と折り合う話なんだろうかと思ってみたり。うーん、基本的には好きではないです。

チョイ:昨年、出たばかりのころ、大変好意的な批評が相次いで、楽しみに読んでみたんですが、私はおもしろさが全くわからなくて、どうしようとうろたえました。こんなに時間がかかった本も、ここんとこ珍しいです。この本を持って床に入ると、かくっと眠くなっちゃって、前に進まない。批評家が誉めるその意味すらわからなくて、とにかく皆さんのご意見が聞きたかったです。

オカリナ:私は、近くの図書館にリクエスト出してたんだけど、昨日行っても入ってなかったんです。しょうがないので、今日借りて途中まで読んで。でも、最後まで読まないとなんとも言えないな。雹のところでは、てっきり弟はここで死んじゃったのかとも思ったんだけど。文章はまあまあいいんだけど、何が書きたいのかがわからない。それでも全体のイメージや雰囲気で一つの世界が提示されていれば、それでもいいんだけど、くっきりとしたイメージがどうも浮かびあがってこない。自分の体験なり想像世界と共鳴して一つのくっきりしたイメージを持てる人もいると思うんだけど、そういう人が大勢いるとは思えない。この作品、ファンタジーって言われてるのかもしれないけど、ファンタジー世界を支える客観的なリアリティがないでしょ。たぶんファンタジーでもリアリズムでもなくて、寓話なのではないかしら。私は、子どもの本にはストーリーってとても大事だと思っているので、日常的な夢想をだらだらと書いても始まらないなあ、と思うところもあるし、子どもの本から離して考えたら、もっとおもしろい作品はたくさんあるし・・・。

ブラックペッパー:私も図書館で予約したんだけど、結局まにあわなくて、まだ読んでないんですけど、最後は弟が死んじゃうの?

一同:うーん、行方不明。

チョイ:担当者も帯に何を書いていいかわかんなかったんじゃないかな。「衝撃的に新しい初の長編小説」ってなってるけど・・・。

トチ:これはわからなかったわね。あまりにもわからなかったので、私は文学がわからないのかと不安になったくらい。明確なメッセージや、しっかりしたストーリーがない作品でも、なにか読者がついていけるような、一篇を貫く「棒のごときもの」がほしいと思う。「ぶらんこ」だから、一貫したものはいらない、ぶらぶらゆれているところに、この本の味があるんだといわれれば、それまでだけれど。この本を貫いている「棒のごときもの」が唯一あるとすれば、それは「自虐」だと思うのね。弟が作った物語のなかの「鳩玉」や、お酢をのんでサーカスに入るといった話もそう。現代の心象風景とマッチしているのかな。こういう物語をファンタジーというのか、現代文学というのか、私にはわからないけれど、ファンタジックな作品であればあるほど、現実とかけ離れたことを書くときに、読者を納得させる、ひっぱってついてこさせる力が必要なんじゃないかしら。分かる人だけついてきてくれればいいよ・・・というのは、気分が悪い。だいたい、おじいちゃんは日本人なの? 外国人なの? どうして、弟にだけ雹が当たるの? 吐き気がするほど変な声を弟が出すからといって、しゃべらないままにさせておくのを、主人公はかわいそうだと思わないの? どうして犬を外国に簡単に連れていけるの? 弟は死んでるの、生きてるの? 全部が主人公の夢想なの?
それから、表記についても気になったところが何点か。漢字とひらがなの使い分けがまず読みにくい。女の子の口調、「そうなんです、わたし」っていう標準語もへん。いかにも、東京生まれでない「男性」が、「東京の女の子の言葉」を書いたって感じ。でも、この女の子の言葉は標準語ではあっても、生き生きした本物の東京の女の子の言葉ではないわね。当たり前の話だけど、東京の言葉と標準語は似て非なるものだし、標準語というのはちっとも美しくもないし、魅力的でもない。もっと、作者自身が自由にあやつれる、魅力的な言葉で書いてくれると良かったのに。

ウェンディ:私もまさにそう思いながら読んでました。私一人わかってなかったらどうしようかと思って。とにかくわからなかった。リアリティなんてどこにもないし・・・もっとも、リアリティを求めて読んじゃいけない本なんだろうけど。弟が書いてるお話は、いかに天才少年でも、いくらなんでも幼児にはありえない概念じゃないかと思う。小学校低学年なんでしょ。ちょっと無理じゃないかな。語り手の女の子は、当時は小学生で、高校生になった時点で振り返って書いているという設定なのかな。弟を思って書いている感じじゃないと思いました。

チョイ:私もそもそも弟は初めからいなかったのかとも想像しました。主人公が過酷な現実を乗り越えるために作り上げた存在かなとも思ったりした。

ウェンディ:ああー、なるほど。寓話なんでしょうね。すべてはぶらんこが揺れているところに象徴されているのかな。ガラスのイメージと重ねあわせてて、いなくなった弟を美化しているみたい。投げ込みに、いい本に大人向けも子ども向けもない、みたいなことが書いてあったけど、大人の本とか子どもの本とか分けない、というのは構わないけれど、これを児童文学として出す意味はないのでは。

すあま:うーん、図書館泣かせな本ですね。

一同:(笑)

ウェンディ:児童文学の要素が感じられません。これは、雰囲気を楽しむ小説なのでしょうか。

トチ:そういうのが楽しい人にはね。

ウェンディ:もうちょっと、弟が書く話が読みやすければ、入っていけたとは思うんですよね。内容は難しいこと言ってるのに、ほとんどかな書きだから、そのギャップが気になって、すごく読みづらかったです。

トチ:でも、この子にまれな文才があるんだったら、漢字書けてもいいわよね。

ウェンディ:それに、こんな概念を幼児が持っていたら、おかしいし恐い。

ねむりねずみ:弟は生まれた時からエイリアンのような存在、彼岸の存在なんですよ。最初からそのような整合性を求めちゃいけないの。

ブラックペッパー:そうすると、ぽわんとした夢のような世界を楽しむって感じ?

ウェンディ:こういうのをおしゃれって思う人はいるんでしょうかね。ファッションとして読むとか。

チョイ:ファッションとして読むというより、ファッションとして持ってるんじゃないかしらね。

ねむりねずみ:たしかに時々、あれっていうようないい記述があるんですよね。ところどころに入っている。でも、それらがつながっているんじゃなくて、ぱらぱらになっているので、物語の世界に入りにくい。

トチ:じゃあ、メインストーリーはいらなかったんじゃない。もしこれが大人の作家じゃなくて、ティーンエイジャーが書いたとしたら、ちょっと危ないと思うな。

紙魚:私は、皆さんよりは好印象を持っているとは思います。ここで読む本に選ばれる前に、作家や装丁にひかれてすでに読んでたんです。そういえば、前にちらっと読書会のときにこの本のことが話題にのぼって、みなさんがどういう印象をうけたのか、もっとつっこんでききたかったくらい。きらきらっとするところがちりばめられている。弟の文章も、確かに読みづらいけど、なかなか筆力があるなあと思わせられる。でも、どうしても、きらきらしたものが結実しない感じが残っていたので、今、みなさんの感想をきいて、ちょっとホッとした。嫌な感じは受けなかったけれど、もっと理解したいと欲求不満になったので、3回くらい読み、ほかのいしいさんの著作も読んでみたんです。そうしたら、何かわかるかと思って。でもやっぱりわかりませんでした。わかろうとしちゃいけないのかな。
ただ、この人はびっくりさせるのが好きな人なんだなと思いました。爆発的な発想力の持ち主ではありますよね。ほかの人が思いもつかないことを考えたり、考えついたことを、またほかのことに結びつけていくのが上手。きっと、自分の中にたくさん温泉が沸くようなのでしょう。この作品では、今までの作品以上に、思いのたけをぶつけたのではないかと思います。それぞれの源泉はとってもいいのだけれど、それが一つの世界としてばらばらに投げ出されたときに、どこから理解していいかわからないという世界になっている。ほかの作品は誰しもが理解できて、おもしろいと思いそうな本なのに、この本に限っては、薄皮を重ねてできた世界が、危ういバランスのままになっている。どういう意図でこの本を出したのか、ご本人がどう思っているのか聞きたいと思った。発想やアイディアは決して表面的なものではなく、奥行きがある。かんたんに書けるものではないと思います。
この本を読んで、『ポビーとティンガン』(ベン・E・ライス著  アーティストハウス)という本を思いだしました。やはり兄弟の話で、妹にしか見えない行方不明になった友だち二人を、町中の人が探すという話。妹は、その架空の友だちがいることを信じているんだけど、兄をはじめほかの人たちは信じられない。ちょうど扉に「オパールの色彩の秘密は、その不在にある」と書かれているんです。この『ぶらんこ乗り』もそういうことに似ている感覚なのかななんて思いつつ、うーん違うかなと思いながら読みました。リアルなものは追ってこないし、不在性のようなものを書こうとしたのかな、とずいぶん一所懸命に、いしいさん側に立って考えようとしてみたわけです。

チョイ:いしいさんは、前の本で、外国でドラッグをやったようなことを書いてましたが、もしかして、そういう状態の時に書いたのかなとさえ思いました。

紙魚:あー、ありましたね。普通の論理構造ではなかなか思いつきそうもないですもんね。もしかして、常軌を逸したところが評価されたのかな? 物語の構造はすごく変わっていて、ほかに見たことがないし。もう、うなるしかない、奇妙な読後感でした。

もぷしー:私は、3冊の中でいちばん最初に読んだんですけど、今回初めての参加だったので、いつもこんな本を読むのかなあ、いったいどんな会になるんだろう、哲学的に語られるのだったらどうしようと心配になりながら来ました。初回だったこともあって、何かわからなくてはと思って読んだんですが、わからない時分に読んだ村上春樹のようでした。異空間のつくりかたと不安定な部分が似ていると思います。なぜぶらんこ乗りなのか、と言ってしまったらどうしようもないんですけど、そのぶらんこの震えがわからないです。人間と動物の対比とか、美と残酷さのような対比や、理由がつけられるものと理不尽なものという対比が描かれているんですよね。動物サイドに残酷さ、理不尽さが描かれている。主人公たちは、何かのはずみで安心して生きていこうとするところから逸脱したのかなというようなことを考えました。でもやっぱり、あーそうなんだとしっくりきたわけではなくて、「ゆびのおと」など、ディテールをみていくと受け入れにくい部分があります。その受け入れにくさが、ファッションとまではいかなくても、どうせ人間なんて、とか、おれなんてみたいなことが多くて、そういう世界をぶらんこのようにいったりきたりしているのかなあ。イメージは残ったんですけど、なんだか読むのはつらかったです。

愁童:ぼくは読んでなかったので。

一同:えーっ、愁童さんの感想聞きたかったー!!

(2001年03月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)