『笑わっしょんなあ』
廣畑澄人/作 佐藤真紀子/絵
国土社
2003

版元語録:漫才師をめざす転校生の高砂充と漫才作家の父を持つ北野望。高砂の頼みで二人は漫才コンビを組むのだが・・・。充と望の友情物語。

アサギ:私ね、作品をいいとか悪いとかいうまえに、こういうお笑いの世界が理解できないの。お笑いは「きらい」だというと、うちの子どもたちは、「それは、わからないってことだよ」って言うの。だから、テーマが非常に遠くて公正に評価できなかったような気がする。さーっと読めちゃうけど、感銘を受けたわけではない。私は関西とまったく接点がないしね。それにしても、こんなにルビが必要なのかしらね。

紙魚:まず、笑いって、文章で表現するのって難しいですよね。おもしろい! というところまでは、残念ながら行きませんでした。ちょっと時代的に古い気がします。今の子どもたちにとっては、漫才ってもう古典に近い感覚だと思うんです。子どもたちを振り向かせるには、今のバラエティ番組の笑いを、書くか書かないかは別として、もうちょっと研究してほしいなと思いました。それから、高砂が、主人公のコネを使ってオーディションに受かろうとするところは、あまり好きになれませんでした。私、好きなものや好きなことに向かって進んでいくのって、すてきなことだし、実際の子どもたちもそうしてほしいなと思うのですが、できれば、自分の力で好きなことをつかみとっていくという姿勢を見せたいと思う。

カーコ:図書館司書の人に薦められて手にとりました。『笑わっしょんなあ』は「笑わせるなー」という意味ですよね。今の子どもたちが自分の将来を考えていくために、どんな物語があるかなって考えることがあるんですが、この本はそういうきっかけになる本の1つかなと思います。簡単すぎるかもしれないけれど、何かのきっかけで1つのことにうち込んでいくというのがよかった。お母さんとお父さんの関係、兄姉の関係が、昔風だけどやわらかというか、ゆるやかにつながっている家族像があって、両親が見守っている感じもいい。こういう日常の物語は、読む子はけっこう読んで日々の栄養にしていくと思うので、書き手の方にがんばってほしいですね。私は関西育ちだから、ぱっと読めますが、関東の人はどうでしょうね?

むう:私はずっと関西にいたので、違和感なかったです。ごくふつうの人が笑いをとりにいくという感じは、とてもよくわかる。ありそうだなと思いながら読んでいました。ただ、なんとなくお行儀がいいというのかな、おさまっている感じがしました。作者の意図とかそういう枠を超えてあふれ出すものが感じられない。児童文学としておさまりかえっているような。あちこちに、日本語として変だな、という違和感がありました。それにしても、『ビート・キッズ』(風野潮作 講談社)もそうだけど、関西弁というのは独特のノリがあって、それだけで感じががらっと変わってしまうんですね。

:私は、けっこうすいすいとおもしろく読みました。大阪ってボケとツッコミの世界。こんなしゃべり方は普段からしてるんだろうし、物語の流れも自然で、お父さんとの距離もよかった。「コネを使わないほうが」っていう意見もあったけど、夢のためなら、のしあがるためなら、手段を選ばずというのはよくわかった。コンビ別れするときも、コーンさんと組むためにあっさりバイバイするのも、この二人の熱の違いがわかって、その後の二人の近づき方を楽しめながら読めた。それから、学校の先生がおもしろかった。

トチ:昔だったら映画俳優に憧れていたところを、いまの子どもたちは「お笑い芸人」に憧れる。そこをテーマにしているところはおもしろいと思いました。ただ、お笑いがテーマなのに文体が生真面目で、重苦しくって、ちっとも笑えないのよね。「児文協的」っていうか。物語って最初の1行がとっても大切だと思うのに、主人公が朝起きたときからじわじわっと始まっていく。エイダン・チェンバーズは、いかに書くかということはテーマと同じくらい大切だから、この内容をどういう書き方で書くか、1つの作品について5年くらい考え、それぞれ違う文体や構成で書くって言ってる。そういうことって、とっても大事だと思うのよね。お笑いの世界を書くなら、それなりの文体や、手法があるんじゃないかな。
もう1つひっかかったのは、主人公が2世議員みたいにお笑いの世界に強力なコネのある子だってこと。なんかフェアじゃない気がする。もうひとりの、コネなんか何もない、ハングリーな子のほうを主人公にしてもらいたかった。
関西のお笑いの世界って独特の歴史があると思うんだけど、そこのところを書き込んでいってくれれば、もっと深いものになったんじゃないかしら。そこは残念。1つの職業についての話って、大人にも子どもにも興味のあることだし、特に子どもの本には大切な要素だと思うのよね。後書きの「横山やすし」だけじゃ物足りない。関西弁については、特に気になりませんでした。

アカシア:けっこう軽快に読んだんですけど、いちばん気になったのは、充がどうして漫才をやりたいのか動機や理由が書いてなかったこと。そこが原動力になって、まわりが動いていくんだろうのに。私は、望のコネは気にならなかった。『笑わっしょんなあ』っていうタイトル、東京人にはアクセントわからないから言いにくいし覚えにくかったけど、関西の人はそうでもないの? 図書館で借りようとしても、正確なタイトル思い出せなくて。あと、挿絵描いてる佐藤真紀子さんは、『バッテリー』(あさのあつこ作  教育画劇)にも描いてた人ですよね。違う人のほうが、この作品には合ってるんじゃないかな、と思いました。

ケロ:漫才とかお笑いとかのコンビを組んで友情をあたためあうって、パターンとしてあると思うんですね。書きやすいモチーフでいろんな人が書いているけど、そのなかで、この本がどういうふうにいいのかはわからなかった。ただ主人公がまじめでいい子だなという感じはするんだけど、お笑いがもつ力が出てなくて、平坦な印象でした。

(「子どもの本で言いたい放題」2003年11月の記録)