『なおこになる日』
岡田なおこ/著
小学館
1998

版元語録:脳性マヒで体の不自由な著者が、家を出て、作家として自立するまで。「自立とは他人と共に生きること」という温かいメッセージに満ちた作品。

トチ:この作品の前半、小説仕立ての部分は読むのが辛かった。後半のエッセイを読んで、なぜ辛かったか分かりました。作者は、エッセイでは書きにくいところを小説にしたんですね。その中途半端感が、読んでいて居心地が悪かったんです。けっきょく、小説部分を、文学を期待して読んだ私が悪かったのかもしれないけど。でも、エッセイにしろ小説にしろ、読者に読んでもらいたいと思ったら(特に子どもの読者には)もうひと工夫も、ふた工夫もいると思うのですけど。

紙魚:選書のときから、前の2冊に合わせて日本の作品を選ぶのが難しかったんです。日本の創作では、やはり、まずは障害のことから始めましょうとなっているものが多いんですね。その点、岡田なおこさんは、その先にある自分自身の物語を語ろうとしているので、選びました。しゃべるのが自由ではないからか、書くとけたたましいくらいに饒舌ですね。こんなふうに、小説のなかでおしゃべりになれるというのは、作家としても、とても幸せなのではないでしょうか。

カーコ:「へー」と思うところがたくさんあって、著者のたくましさを感じました。YAというより、大人の本のよう。エッセイの部分のほうが印象深かったですね。

きょん:出たときに読んだので、細かいことはおぼえていないんですけど、そのときの印象は、障害が爽やかにさらっと描かれていて好感を持ちました。作者はノーマライゼーションを書きたかったんだなと思いました。

むう:ほかの2冊と違って、文学を読むという感じではなかったです。小説ということになっているけれど、前半もエッセイという感じに近かった。知らないことがいろいろあって、そういう意味では面白かったし勉強になった。この人が前向きで、内にこもっていかないから読めるんだと思います。たとえばエッセイの1を読んで、本当はたいへんなことなんだなあと思ったりしました。どこまでも前向きだから、障害を持っている人の親だって聖人ではないというようなことも書ける。そこがいいと思いました。ともかく明るい家族ですよね。今の日本では、大人も子どもも障害者と接することが少なすぎる。学校も別学になっていて、障害者の実際を知らない人がほとんどですよね。障害者を囲いこんでいる現実があるから、そこをつなぐというか、啓蒙する本としてはいいと思いました。

:生活の中の工夫が面白かった。さらっと書いているけど、とてもたいへんなんだろうな。手が硬くなってしまうというのが一番ショッキングだった。小説とエッセイを分けたというのは? 日本の場合、障害者がものを言うことについては寛容ですよね。でも、障害者でない人が障害者を書いた本は出にくいのでは?『夜中に犬に起こった奇妙な事件』のようなものが日本でも出るといいけど、受け入れられないかもしれませんね。

紙魚:障害者ではない書き手だと、障害に対して想像力を働かせるのが難しい。

ケロ:『夜中に犬に起こった奇妙な事件』には、手法がある。障害者について理解させようとして書いているわけではないし。

紙魚:「障害」について書かれたものの中には、読んで反省させられる本があるんです。『なおこになる日』はどっちかというとそっちで、読んで自分の理解がまだまだだなあと思いました。『夜中に犬に起こった奇妙な事件』のほうは、主人公を好きになる本という感じです。

:当事者が書いたものについては、批判してはいけないと思ってしまうからでは?

紙魚:反省は、厳密には感動とちがうんですが、一瞬混同するカタルシスがあるような。

アカシア:二次障害などについては、そんなことがあるのかとびっくりしました。それに、自立していく過程が書かれていたのがよかった。さっきもエディターシップについて言ったけど、この本についても、エディターが助けてあげてほしかった。50ページの藤崎の記述は、ふつうに読んでいたら流れが伝わらない。どんなつきあいだったのかを言うべきところ。いろいろなところで言葉はひっかかった。たとえば143ページ「ギシギシとひしめきながら子育て」とは言わないでしょう。148ページ「私が電話しそこなって」というのは、電話をしそびれたように勘違いしそう。166ページ「バーチリ」は誤植? おもしろかったのは、姉妹とのやりとり。妹も屈折した思いを持ちながら、三人が対等に向き合ってる。言葉で伝わらない部分をイラストが代弁しているのもよかった。

ケロ:小説「なずな」って始まるのに、結局内容は、作者の「なおこ」とイコールなのかな、というくらいの感じを持って読んでしまいました。そう思わせるところが、小説としては甘い。だからエッセイをつけたのかな? とか、意地悪な見方をしてしまう。もっと、大胆な小説を読みたいなーと思いました。

きょん:ちょっときれいごと?

:戦争・差別・障害のことって、ケチつけちゃいけないように感じて私は苦手なんです。単純にはおもしろがれない。すごくがんばっているのは伝わるけど、「がんばってないよ」とがんばっている感じは否めなかった。

アカシア:「かんばってないよ」と言いながらがんばっていても、それはそれでいいと思うけど。嫌味に感じるの?

:重いのかな?

カーコ:フィクションとしては達成できていないということかしら。丘修三さんの作品なら、そういうふうには思わないのでは。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年6月の記録)