アンドリュー・クレメンツ『ナタリーはひみつの作家』
『ナタリーはひみつの作家』
原題:THE SCHOOL STORY by Andrew Clements,2001
アンドリュー・クレメンツ/著 田中奈津子/訳
講談社
2003

オビ語録:12歳の女の子、作家になる!/文章が得意なナタリー。行動派のゾーイ。名コンビの誕生で、夢は必ずかなうはず!

むう:軽くてうまい運びで、とんとんと事が運んでハッピーエンドで、同じ著者の『合い言葉はフリンドル』(講談社)を前に読んだときの印象を再確認した感じでした。でも、いい大人ばかり出てくるし、できすぎだじゃないかな。たとえば『ぼくたち、ロンリーハート・クラブ』なんかだと、子ども固有の世界があるんだなあと思わせられるけれど、これは大人の世界に子どもが従属している気がして、そのあたりもどうなんだろうと思いました。子どもが作家に憧れたり、いろいろな夢を持つ年頃というのはあって、その年頃の子は面白く読むかもしれないけれど、ぐっと引きつけられる作品とは思わなかった。それに、マンハッタンに住んでいて、タクシーで学校に通うような子という設定も苦手でした。

アカシア:これは、ほかの3冊とは趣が違う作品よね。社会についての実地の参考書みたいな位置にある作品といってもいい。クレメンツは、こういうのを書かせると、とてもうまいですね。教科書や普通の参考書だと味気ないですが、本が出版されるまでのさまざまな過程をきちんと捉えて、子どもを主人公にした具体的な物語に仕立て上げている。ペンネームについて説明するにしても、セオドア・ガイゼルをまず出して「なんだろう?」と主人公にも読者にも謎を提供する。その後で、アメリカの子どもなら誰でも知っているドクター・スースのペンネームだと種明かしをする。読者の興味をうまく引き出しながら物語を進めていってる。『こちら「ランドリー新聞編集部」』(講談社)でもそうなんですが、クレメンツの作品の中には大人へのメッセージもこめられているのね。この作品でも、子どもの思いつきにのせられて行動していいのかどうか迷うローラ・クレイトン先生に対して、「子どもを管理するだけでなく、子どもの側に立って一歩踏みだして」と励ましている。一箇所だけ気になったのは、84ページ「はね橋の上に投げ出された、グローブ」っていうところ。決闘するんだから「手袋」を投げるんじゃないですか?

:私は編集の仕事をしているんですけど、わかっているようなことでも、勉強した気になった。大人の立場もしっかり描かれていると思った。

愁童:アカシアさんみたいな読み方としては、なるほどなと思いましたが、文学作品としてはイマイチおもしろくなかった。ナタリーがどういう作品を書いたのかわからないのが残念。

トチ:これは読んでないんですけど、私は同じ作者の『こちら「ランドリー編集部」』が大好き。「新聞の精神」みたいなものをしっかり書いてあって、子どものころ新聞記者に憧れていた私は、胸を躍らせながら読みました。

アカシア:子どもが本を出そうと思うと、次から次へと障害が立ちふさがる。それを一つずつクリアしながら目標に向かって進んでいくわけですけど、それが具体的に書かれているので、読んでいてもおもしろい。

カーコ:私もアカシアさんの感想をきいて、そうだったのかと思いました。読んでいるうちに知らず知らずに知識を得ている、スポーツ漫画みたいな感じですね。だから、エージェントのように日本には馴染みがないものも、子どもは自然と読んで理解してしまえるのかも。ただ、ナタリーが、何もしなくてもうまい作品が書けたという前提のもとに、物語すべてが成り立っているのが気になりました。

愁童:編集者が修正を要求して、この子がどう対応したかが書かれているとおもしろいと思うんだけどな。

アカシア:作家魂について書いているのではなくて、出版の過程をを書いているから、それはないものねだりなんじゃない? ただ、作品の中にナタリーが書いた本『うそつき』の一部が出てきますが、これがもっと面白いと、出版しようとするエネルギーにもリアリティが出てよかったのに。

紙魚:大人を悪く書くことで成りたっている物語もあるけれど、クレメンツの場合、大人もこんなにすてきなのよという姿を見せてくれるところが好き。社会のしくみをわかりやすく見せてくれるし、大人と子どものすてきな関係も見せてくれる。こんなふうに大人と付き合うのも悪くないよと、関係性の雛型になって、読んだ子どもたちに希望をもたせてくれるのでは。

ハマグリ:12歳くらいの子どもたちは、自分の父親や母親の職業が気になる年頃なので、そういう子どもたちにはとてもおもしろいと思います。実際に会社まで行って様子を見るので興味深いと思うし、とても具体的に書いてあるんですね。たとえばエージェントの事務所を借りるところなんかも、どういう用紙に、どんなことが書いてあるか、「希望サービス」としてどの項目にチェックをつけるか、など詳しく書いてあるでしょ。こういう細かいところを子どもはとても興味をもつと思う。挿絵はこんなにマンガチックじゃなくてもいいかな。せっかくのすてきな出版社の部屋などは、もっとリアルに書いてほしかった。また文章の書き方も、子どもにわかりやすい工夫がされている。57ページ、本についての記事を読んで、出版の世界を垣間見たゾーイの頭がぐるぐるまわってしまったところ、去年農場で大きな岩をどけてみたらアリがうじゃうじゃ走り回るミクロの世界に驚いたことをひきあいにだしてきたり、87ページ、「ゾーイになにかを途中でやめてとたのむのは、バナナを食べているチンパンジーに、途中でやめろというようなものなのです」など、この作者が、つねに子どものことを念頭に置いて書いている人だなということがわかる。もっといろいろな職業ものを書いてほしい。

すあま:今、学校では職業について考える授業があるので、そこで紹介できるといい。作家になるナタリーだけじゃなくて、ゾーイみたいに「起業する」ことに興味をもつ子もいると思う。私は『こちら「ランドリー編集部」』よりも、こっちのほうがおもしろかったな。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年10月の記録)