須川邦彦『無人島に生きる十六人』
『無人島に生きる十六人』
須川邦彦/著 カミガキヒロユキ/絵 (初版1948)
新潮社
2004

版元語録:大嵐で船が難破し、僕らは無人島に流れついた! 明治31年、帆船・龍睡丸は太平洋上で座礁し、脱出した16人を乗せたボートは、珊瑚礁のちっちゃな島に漂着した。飲み水や火の確保、見張り櫓や海亀牧場作り、海鳥やあざらしとの交流など、助け合い、日々工夫する日本男児たちは、再び祖国の土を踏むことができるのだろうか? 名作『十五少年漂流記』に勝る、感動の冒険実話。

サンシャイン:明治時代くらいの話。流されてから、叡智をつかって、助けられるまで生き延びるというのが、とてもいいなと思いました。すごくよく出来ている話。16人みんな助かるというのもすごい。登場人物の個性はあまり書かれていないのは残念ですが、時代と日本文化の持つ特徴なのかもしれません。集団で協力して無事帰還できるというのは、日本らしい。今の時代と違う状況が書かれていて気に入りました。いい本に出会ったと思いました。

愁童:あまり好きな作品とは言い難いな。自然描写の文体に何か違和感があって、作品世界に入りにくかった。この作者自身の海に対する感動とか恐怖感みたいなものが、あまり感じられないのが物足りなかったですね。

ミッケ:この著者は海のことはとてもよく知っているし、そういう面では違和感はなかったです。ただ、最初のうちは、とにかく時代がかった表現で、講談か紙芝居を見ているみたいで、入りづらいなあって思いました。ホノルルの港に入ったときのことでも、「アメリカ人に感心されたんだ! 日本男児はすばらしいんだ!」という具合で、今の人間からすると、おいおい、といいたくなる。もう、ほとんど見得を切っている感じ。日本がよくてアメリカから帰化した小笠原の人の話もそうだし、いかにも戦前の教育、という感じがしました。でも内容については、知らないこと、びっくりするようなことがたくさんあって、なかなかおもしろかったです。アザラシの肝を薬にするために驚かさないようにしておく話とか、海の水から塩をとる話とか、とても興味深かった。アザラシを殺すと決まった直後に救われるっていうのは、なんか、あまりにもタイミングがよすぎる気がしましたが。

ネズ:私はフィクションではなく、ノンフィクションとして読みました。語り口は、たしかに時代がかっているけれど、祖父や父、それに親戚のおじさんたちに聞かされた戦争体験記??それも、いつも同じ話!??は、みんなこういう語り口だったので、なんだかとてもあたたかくて、なつかしい気分になりました。たいへんな苦労はしたけれど、全員生還してハッピーエンドだったので、こういう語り口になったんでしょうね。不愉快なこと、不都合なことは、たぶん省かれてるんでしょうね。それにしても、次から次へと出てくるおもしろい動植物、それをうまく無人島生活に取り入れていく知恵に圧倒されました。こういう知恵って、当事は海の男だけでなく、町で暮らしている人も農家の人たちも持っていたんじゃないかしら。小笠原に暮らす、帰化したアメリカ人の話もおもしろかった。この本は、「お風呂で読む本100選」に選ばれているけれど、お風呂版を買って、荒海でなく、お湯に揺られながら読みかえしてみたいと思っています。

ケロ:とても新鮮な気持ちで読みました。一つの記録としてとてもおもしろいし、記録にしては表現力があるなあ、と感じました。特におもしろいなと思ったのは、竜宮城の記述のところで、海の下をのぞくのは軽気球に乗って空から見下ろすのと同じ趣きがあると書いてあったところ。以前に、ダイビングをやる人に、とてもきれいな海に潜ると空に浮いているような気がするよ、という話を聞いたことがあって、そんな感じだったのだろうなと思いました。夜の海も光る生物がいっぱいの色鮮やかな世界だと書いてあります。思えば、昔話の「浦島太郎」も、海の中の美しさを知っているから竜宮城を登場させることができたお話だったのだなあと、改めて感心してしまいました。
この作品では、淡々と描かれていますが、恐怖心と戦うというのは、実際はすさまじいことだったのではないでしょうか。ホノルルで、日本人として誇りを持って、など、なんだか肩肘張ったところもあったけれど、そのころの日本は、本当にそんな感じだったんだろうなと思いました。

うさこ:読み始めてすぐに一人称の限界を感じたので、それを差し引いて読みました。漂流もの、冒険ものには、スリルとかワクワク感というのを期待してしまいますが、皮膚感覚で物語を読むことができませんでした。無事に帰ってきたあとにつづった体験記なので、どうしても話がフラットな感じがしてしまって残念。ひとつひとつのエピソードはおもしろいけど。遭難してしまった絶望感や危機感が、そんなに多く書かれていなかったのも残念。食事をどうしていたのかをもう少し詳しく書いてほしかった。これをもとに現代の作家がリライトしたらどうだろうなと思いました。16人のそれぞれの個性があったからこそ生還できただろうし、人と人とのぶつかりあいもあったはず。そのあたりを16人の名前もきちんと出して作品にしたら、おもしろいのではないでしょうか。

げた:サバイバルものにつきものの人間関係の軋轢などはあっさり省略して、今回のテーマ「かしこさ」、すなわち人間の英知を結集して困難をのりこえ、人間ってすごいよということを前面に出しているんですよね。それにしても、自分が無人島に放り出されたら、絶対この本のようにはいかなかっただろうなと思いました。いかだづくりにしても、カメの油の行灯つくりにしても。細かいところは省いてありますが、「無事ご帰還、おめでとうございます」という感じで、それはそれで、読後感としてはよかったですね。これから、自覚的に人生をスタートする中学生には応援歌的なものとしておすすめの本だと思うな。

ネズ:さっき「不愉快なことや不都合なことは省いているのでは?」と言いましたけど、このころの日本人は、本当にこんな風だったのかも……とも思います。今の日本人と、まったく違うのかもしれない……。

ミッケ:海に出る時は、文字通り命がかかっているから、船の中には基本的に絶対服従の指揮系統があって、そういう意味では鍛えられてもいるし、船長も統率力があるはずだとは思います。それもですが、この本は、新潮文庫に入る前、昭和23年に講談社から出ていて、さらにその翌年には著者が亡くなっている。そういうタイミングを考えると、一つには敗戦で日本全体がしょんぼりしているときに、そんなことはないんだ、日本人だってすばらしいんだ、という感じで出た本なのかな、と思ったりします。著者も、きっと、いろいろな思いの丈を詰めたのではないかと。

ケロ:誇りがありますね。いい意味でもそうでない意味でも。それにしても、今遭難して無人島にたどりついても、この本のようにはできませんよね。カメから油なんかとれないしなー。

げた:コンビニをさがしちゃいますね。

サンシャイン:中学生に読ませてみる予定です。「この本で一番驚いたことは何?」と聞きながら子供たちの読みを引き出していきたい。

ネズ:今、テレビで擬似サバイバルのような番組をやっているでしょう? そういうのに慣れ親しんだ子どもたちは、どう思うかしら?

愁童:今の中学生が、「しらしら明け」といった夜明けの表現から、どんなイメージを作るのかな? ちょっと興味あるな。

(「子どもの本で言いたい放題」2007年8月の記録)