『北のはてのイービク』
ビーパルク・フロイゲン/著 イングリッド・ヴァン・ニイマン/絵 野村ひろし/訳 
岩波書店(少年文庫)
2008.5
原題:IVIK:Den Faderlose by Pipaluk Freuchen, 1945

版元語録:極北のグリーンランド.狩猟の名人だった父を失ったイービクの一家は,飢餓におちいる.少年は,母や祖父,幼い弟妹たちを救うため危険な旅に出て,白クマと命がけで戦う.

ジーナ:ストーリーはおもしろかったけれど、文章が読みにくくて、対象年齢としている小学4、5年生に読めるのかしらと思いました。あとがきに「エスキモーの生き方や考え方がが感傷をまじえずに客観的に描かれている」とあって、ああそういうことかと思いましたが。たとえば、124ページの2行目の、犬をあげるシーンのせりふなど、この回りくどさがおもしろいんだけれど、そういうものだということがわかるまで時間がかかりそう。あと、わかりにくいところがちょこちょこあって、たとえば9ページの6行目、「それもまずいほうのがわへ」という部分、どうまずいのか、具体的にどちら側なのかよくわからない。こういうところをもう少し親切に書いてくれるといいのにと思いました。

フェリシア:このたどたどしい訳はなんだろう?と、はじめ思いました。昔の本かなと思って、奥付を確認したら出版されたばかりだった。復刊でもなく。訳の文体がすごく古めかしい。訳者がご年配だったので、そのせいかもしれないと思いました。でも途中から、それが心地よくなってきました。淡々と語られるので、事実をそのままレポートされているような感じで。でも、今の子供たちにはどうなのかな? 読みにくいかもしれませんね。後半はとても楽しかった。特に、イービクが一人で旅に出るところから、エスキモーの価値観などがよくわかってくる。特に、人間関係のとり方がおもしろかったです。環境が厳しいために、ストレートな言い方はしないとか、他人に対する思いやりとか…。それが新鮮で、今の子どもたちにメッセージとしてひびくところもあるだろうし、現代社会も学ぶところがあるように思います。解説を読むと、現在はエスキモーの人たちにとってもそんな価値観は過去のものになっているようですけど。どこの国も変化は避けられないのですね。

ウグイス:始まってたった5ページ目でいきなりお父さんが死んでしまうというのは、とても惹きつけられる出だし。最初からすぐに物語が動き出すので、一体どうなるんだろうって、先を読まずにはいられないでしょ。一文が短いので、確かに文章がぶっきらぼうな感じだけど、イービクが今やらなければならないことがとてもわかりやすく描かれていると思います。最後に「父をなくしたイービクがクマを殺し、そして一家を養った話は、これでおわり」で終わるけど、まったくその通り、それだけが書かれている。ぶっきらぼうな語り口が、むしろこのプリミティブな世界をよく表現しているのでは? ひもじくて犬のひもをちょっとずつ噛んでいるところなど、今の子どもたちも目を丸くするのではないかしら。人間が食べて生きていくという基本的なこと、文明社会では忘れているようなことが描かれてます。大人と子どもの世界がきちんと分けられている秩序も興味深かったし、親戚の男の人のほめ方も独特でおもしろかった。頼りなかったイービクが大人のような活躍をして、大人に認められたという誇らしい気持ちがわかりやすく伝わり、読者を満足させてくれると思う。家族のもとへ帰って感激の再会をする最後のいい場面の途中に、唐突に「エスキモーはこんなくらし方をしている」という見開きの挿絵がはいっているのは、気がそがれてしまった。暮らし方も興味あるけど、今はいいところなんだからちょっと待ってよ、って感じ。どこかほかに入れたほうがよかったのではないかしら。(章と章の間に入れればいいのにという声)

ジーナ:68、69ページの皮のひもをかじるところなんか、すごくリアルですよねえ。

ハリネズミ:大人の私としては、エスキモーの伝統的な暮らしぶりがまずおもしろかったです。野村さんの訳は今まで読みにくいと思ったことはなかったんですけど、この本では、学者風というか原文に忠実なあまり、おもしろさに欠けるのかもしれませんね。「北のはて、グリーンランドの北部は、今が夏の盛りである」で始まりますが、「である調」は、子どもにはしんどいかも。それと、たとえばイービクの目の前でお父さんが死にそうになってる場面では、「今イービクがしなくてはならないいちばん大事なことは、なんとかしておとうさんを助けることだ」とあります。正しい訳なんでしょうけど、「わっ、たいへん」と思う読者の緊迫感との間に落差があるように思います。それにしても、主人公は何歳なんでしょう? お父さんに狩りに連れていってもらえる年齢って、何歳なのかな? 挿絵ではずいぶん小さく見えますが。

フェリシア:10歳くらいなんですかね。

クモッチ:描かれているのは過酷な世界なのですが、舞台がちょっと離れたところだし、挿絵のタッチともあいまって、おかしいなと思いながら読みました。イヌイットの生活がとてもうまく描かれていると思います。特に、イヌイット同士の会話がとても間接的なのがおもしろかったです。このように自然が過酷な場合、人間同士の会話もストレートになるのではないかと思っていたのですが、自然が過酷だと、仲間に対する気遣いがさらに必要なのかもしれませんね。男の子がだんだんと一人前になる自信をつけていく過程が、独特な口調で語られていておもしろかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年8月の記録)