『ヨハネスブルクへの旅』
ビヴァリー・ナイドゥー/作 もりうちすみこ/訳 橋本礼奈/画
さ・え・ら書房
2008.04
原題:JOURNEY TO JO'BURG by Beverly Naidoo, 1995

版元語録:差別を法と力で正当化しようとした,南アフリカのアパルトヘイト──これは,その時代を背景にした,ひとりの黒人少女の物語です。

ショコラ:今までの高学年課題図書に比べて字が大きくなって読みやすいなと思いました。また、そんなに厚くもなく手に取りやすい気がします。人種差別についてあまり知識がない子どもたちには、南アフリカの歴史について話してから紹介したほうがいいかなと思っています。村の生活の様子、2人でお母さんに会いに行く途中でのいろいろな出来事、社会の壁、社会問題など考えさせる内容がたくさん書かれているので、なかなか感想文が書けない子どもにとっては、書きやすい作品だと思います。

ハリネズミ:原著は、まだアパルトヘイト体制が存在したころに出ていて、なかなか力強い、いい作品だと思っていました。でも、今出すというところに、私は疑問を感じています。大人が読めばアパルトヘイトのときの話なんだって思えるんですけど、たいていの子どもは、歴史も何も知らないでこの話を最初から読んでいくんですよね、今の話だと思って、読んでしまうんじゃないでしょうか。帯の言葉もそうだし。あと、実際の南アフリカのアパルトヘイト下の状況と照らし合わせても、翻訳で気になるところがたくさんあって。20ページの「おねがいだから、主人をよばないで」は、「だんなさんをよばないで」じゃないとおかしい。84ページに「ムバタ家の長男は逮捕されてしまった」とあるけど、ムバタという名字は43ページに1回出てきたきりだから、「グレースのお兄さん」ってしないと子どもには伝わらないだろうな。106ページから107ページで、「母親」と「母さん」が混在しているけれど、何を基準に使いわけているのかわからない。あとがきの115ページに「南アフリカには、もともと、サン人やコイコイ人などのアフリカ人が住んでいました」とあって、そのあとアフリカ人(黒人)とあるけど、この二者の関係がわかるようになっていません。118ページの「二冊の児童文学」は、この続編なのでそう書かないと。それは翻訳者の問題というよりも、編集者がもっと気配りをしたほうがよかったですね。

メリーさん:アパルトヘイトのことは聞いたことがあったけれど、こんなことがあったのか…と思いながら読みました。ただ、みなさんおっしゃっているように、どうして今、これを読ませるのかな、とは思いました。創作だから、内容が現在進行形ということはないですが、この物語は時代的には少し前の話ですよね。アメリカで、オバマ大統領が誕生した影響からかとは思いますが、人種の問題を扱うなら、時代背景の説明も含めて、現代の子どもたちへの手渡し方を考えなければならないのでは?

たんぽぽ:本が大好きな6年生が一晩で読んできてくれて、とても嬉しかったんですが、手渡し方を考えればよかったと思いました。

セシ:前に1回読んだときにわかりにくいと思ったので、今回本当にそうなのかなと思って読み返したんですけど、やっぱりわかりにくいと思いました。まず、主人公が黒人であるということが最初に書かれていないんですね。挿絵を見ると想像はつくんですけど。読書力のある子なら、この姉弟が黒人らしいとか、白人と会うと困ることが起こるようだとか、わかるのかもしれないけど、すぐには想像できません。現地の子どもが読めばわかるように書かれているのかな。ナレディがヨハネスブルクに行ったことで、いろいろなことに気付いて、自分のまわりの現実を再認識し、新しい目で見ていくというのはおもしろいんですが。また、赤ん坊が病気だからお母さんをつれてこなきゃという、旅の動機の部分にも疑問が残りました。おばあちゃんがいるのに、なぜ300キロ以上離れたところにいるお母さんを呼びに行かなければいけないと思うのか? お母さんが来ても、どっちみち病院に連れていくだけなのに。そのへんのところが、もっと納得のいくように書きこんであるとよかったと思います。そんなふうに、物語を読み解く鍵になるところでつまずくような気がします。

ハリネズミ:続編を読むと、おばあちゃんっていうのは現状に対してあきらめムードになっていて、おかあさんはがんばろうとするタイプの人だというのがわかるけれど、この本だけでは伝わってこないかも。

カワセミ:病気の妹を助けるために母親を呼びに350キロの道を子どもだけで旅する。その設定だけでも過酷なのに、道中いろいろな差別の現実を目の当たりにしていくわけですね。主人公ナレディのけなげさや、まっすぐなものの考え方に、読者は共感し、早く母親に会えたらいい、早く妹が助かればいい、と願いながら読んでくけれど、現実はなかなか厳しい。読み終わって日本の読者の心に残るのは、なぜこんなことになってしまうのだろう、という疑問だろうと思います。南アフリカも知らないし、白人と黒人のことも日本の読者にはピンとこないわけですよね。それにこたえるものを与えてくれていないのが、すごくもどかしいっていうのか、わからないままに終わってしまう感じがありました。訳者あとがきを読めば多少はわかると思うけど、あとがきは読まない子もいるだろうし、できれば物語の中で、もう少し状況がわかったほうがいいと思う。続編『炎の鎖をつないで』(さくまゆみこ訳 偕成社)と一緒に読むといいけど、こちらは別の出版社で出ているから、この2冊を続きものとして読むってことはよっぽどお膳立てしないとできない。こういう出版状況は読者にとって不幸でしたね。原書も、なんとかの1とか2とか、続きってわかるようになっているのかしら。

ハリネズミ:1巻目と2巻目は、アパルトヘイトをなんとかしないとという時代に書かれたものです。今の南アフリカは、いろいろな人種の人たちが協力し合う虹の国をつくろうとして、がんばってるんですね。人口で大多数を占める黒人の人たちは、一握りの白人にひどい目にあわされて、命を落としたり家族がばらばらになったり、いろいろな悲劇が生まれたんですけど、マンデラが牢獄から出されて大統領になってからは真実和解委員会というのをつくって、様々な罪を明らかにしたうえで黒人の人たちが「許す」という努力をしているんです。あれだけひどいことをされて、「許す」ことができるのかどうか。今の南アの問題、というか、ある意味先進的なところは、そこなんですね。でも、この本のオビを見ると、アパルトヘイトが今でもあるみたいに思ってしまいます。だから、時代遅れというか、アパルトヘイト後の新たな国づくりの努力には目を全然向けていないというか、私はちょっと残念だな、と思って読みました。

カワセミ:南アは、サッカーのワールドカップ開催で注目している子もいると思うから、南ア関連の本がいくつもある中の1冊としてこれがあるならいいかもしれないけど。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年7月の記録)