『オックスフォード物語〜マリアの夏の日』
ジリアン・エイブリー/著 神宮輝夫/訳 杉田比呂美/挿絵
偕成社
2009-06
原題:THE WARDEN’S NIECE by Gillian Avery, 1957

版元語録:女子校を逃げだしたマリアは、おじのもとへ身をよせます。19世紀末の大学街を子どもたちがかけまわる、とっておきの英国児童文学!

シア:『マルベリーボーイズ』のほうを先に読んでしまったので、派手な展開もなく、少し眠くなってしまいました。主人公には知的好奇心もあるし、当時の子がやらないことをやったような子なんでしょうけれど、時代をはるか隔てて読むとなると、大きな謎とか山がないと。ちょっと『秘密の花園』っぽくて、盛り上がりを期待してしまったんですが。外国の児童文学ってよく子どもの行動がだいぶ制限されていますよね。この作品はミステリー仕立てだし、コプルストン先生という大人を出してくることで、それを破っているのかなと思いました。女性に専門的な教育をほどこすことをあまりよしとしない時代に、大学の教授になりたいという主人公をもってきたことには、女性作家の意気込みを感じました。表紙がかわいいですけれど、ペーパーバック版原書の表紙もかわいいですね。

セシ:私は、これは苦手でした。寮を抜けだしてオックスフォードに行ってしまったり、少年の謎を追って屋敷に行ってしまったりするマリアの大胆さは、シアさんもおっしゃっていたように、この本が出た当時の子どもたちにはとても魅力があったと思うのですが、今読むと、しょっちゅう出てくる歴史的知識や難しい言葉にさえぎられて、なかなかストーリーにのっていけない気がします。マリアやスミス兄弟、家庭教師のコプルストン先生の型破りな様子は、当時のオックスフォードの様子がわからないと浮かび上がってこないし、物語のおもしろさもわかりにくいのでは? 最後の「あんなやりかたは二度とできません。そして、コプルストン先生にいろいろみつけていただくくらいなら、なにもわからないままでいます、わたし」というマリアのセリフも、ピンときませんでした。

プリメリア:出版されてすぐに読んで、すごくおもしろいと思ったんですけど、2度目に読むとそれほどでもなかったですね。最初は、マリアののびのびとした行動と利発さ、性格がそれぞれ個性的に描かれた3兄弟、コプルストン先生の型にはまらない性格などがおもしろいと思ったんです。大学に牛があらわれるようなオックスフォードのとてものどかで牧歌的な感じや風景描写もていねいで、時代背景がよくわかりました。謎の少年の絵と家にあった銅版画をキーワードとしてストーリーを組み立て、マリアが謎を解いていく展開はおもしろかったですが、子どもはどういうふうに読むのかなと思うと、なかなか難しいですね。とりまく人々はやさしくて、両親のいないマリアに寂しさを感じさせない。マリアが明るく楽しく生きていく姿は、読む子どもたちの共感を得るかもしれません。

アカシア:この時代のオックスフォードはどうだったのか、とか、先生たちはどんな暮らしをしていたのか、などに興味がある人ならおもしろいですが、今の子どもがお話として読むには難しいんじゃないかな。時代を先んじていたマリアを出してくるのは、当時のイギリスの子どもにとってはおもしろいとも思うんですが。訳者がわざとそうしていらっしゃるんでしょうが、翻訳がちょっと昔の文体ですね。それに、いちばん下の弟がお兄さんに対して、「きみたち」なんて言うんですね。名前が似ているだけに、この子はいったいだれだったかなと、とまどってしまいました。彼とか彼女という指示代名詞もたくさん出てきますが、今の子どもたちにはどうなんでしょうか?

ダンテス:訳がおかしいなと思うところが何カ所かあったんです。日本語として読みにくいです。兄弟の間のやりとりも不自然だし、敢えてそういうふうに訳したんだなと思えばいいんでしょうか。生硬な文体って感じがします。

セシ:わからない言葉、ありますよね。たとえば、182ページのパーラーメイドとか。

ダンテス:この本は、きっと調べ物の過程がおもしろいんでしょうね。この子は、相当な発見をしたんでしょう。マリアの知的好奇心の高さへの賛歌なんですね。そして最後に、講演をやっておくれという話も出てきますから、立派な学問的探求の成果として評価されるべきということなんでしょう。訳語ですが、英語の本文に出てきた単語をそのままに訳してるんでしょうか。

セシ:確かに、たとえば32ページですが、「ウォーデンは」、「大おじさんは」、「ハドン大おじさんは」と出てきて、全部同じ人なのに、迷ってしまいますよね。

ダンテス:ウォーデンは、学寮長じゃだめなんでしょうかね。

バリケン:フィリップ・プルマンの『黄金の羅針盤』では、学寮長になっていますね。私は、この本の原書を持っているのですが、「ウォーデンの姪」というタイトルがなんとも地味で読む気がしなかったので、今回読むことができてうれしかったです。とても厚い本ですし、読者を選ぶと思いますが、お話についていける子どもなら、主人公が研究成果を発表する喜びというのを、じゅうぶんに感じとって感動するのではないかと思いました。というのも、私自身子ども時代に『サーカスの少女』(アボット/著)というアメリカの本を読んで、その中に出てくる作家の女の人の生き方に憧れをいだいて、「ああ、こういう未来もあるんだなあ!」と子ども心に思った経験があるので。マリアのような女の子たちの願いや思いが積もり積もって、やがてオックスフォードに女子だけのカレッジができたりしていったのでしょうね。イギリスの読者が読めば、そういう感慨もあるのかと……。日本版のタイトルにも、そんな思いが感じられました。

メリーさん:原書の出版が1957年で、けっこう古いなと思いました。読んでいて、以前とりあげた『時の旅人』(アリソン・アトリー著 評論社・岩波少年文庫)を思い出しました。あの時も、外国の歴史がからんでいるような本は、今あまり読まれないという意見があったのですが、100人のうち1人くらいは、こういうものも好きなのではないかな。自分が歴史の一部分に触れていると感じる、知的好奇心をもつ子もいるでしょう。分量も多いし、物語が動き出すのは後半なのですが、その後半までくれば、あとは400年の時代を越えた謎解きにひきこまれます。題材がすごくいいし、イギリスの雰囲気が出ていて好きな本ですが、今、子どもに向けて出すということに関しては、読む子を選ぶなと思いました。

バリケン:児童書の歴史の本にはよく出てくる本なので、これまで邦訳が出なかったのは、日本の読者には難しいと思われたのかも。

アカシア:編集者はだいぶ躊躇したでしょうね。主人公が11歳でしょ。その年齢だと、こんなに小さい活字の本はむずかしいし、かといって、高校生はつまらないと思うでしょうし。

シア:中学生や高校生で世界史をやっていれば、わかるんでしょうけれど、9ページですでに注が出てきちゃうんですね。それが衝撃でした。子どもに手渡したら、フォローしていかないといけない本ですね。

プルメリア::青い鳥文庫で出ている『ご隠居さまは名探偵!』などタイムスリップ探偵団のシリーズは、聖徳太子や卑弥呼なども出てきて、歴史が苦手な子どもでも作品を読んで歴史に近づきますね。

シア:今の子はゲームが好きなので、戦国時代のことはゲームをやることでかなり詳しくなっていますね。「週刊少年ジャンプ」に載っている『銀魂』(空知英秋作)とか、『恋する新撰組』(越水利江子著 角川つばさ文庫)とか、斉藤洋さんの『白狐魔記』(偕成社)とかはよく読んでます。部分的に入って横に広がっていくんでしょうか。

(「子どもの本で言いたい放題」2010年3月の記録)