キャサリン・アップルゲイト『願いごとの樹』
『願いごとの樹』
原題:WISHTREE by Katherine Applegate, 2017
キャサリン・アップルゲイト/著 チャルズ・サントソ/挿絵 尾高薫/訳
偕成社
2018.12

<版元語録>わたしはレッド。樹齢二百十六年の木だ。町の人たちは年に一度、わたしに願いごとをむすびつける。この町は昔から、あらゆる国の移民を受け入れてきた。しかし、最近ひっこしてきた少女サマールのようすが気にかかる。長年、人間に話しかけてはならないという掟を守ってきたわたしだが、サマールの願いごとを知り、行動を起こすことにした―。米国ニューベリー賞受賞作家による、希望に満ちた物語。

マリンゴ:樹の1人称の物語ということで、非常に興味深く読みました。序盤、1つの章が短くて読みやすいなと思いました。p174、175の白黒反転や、p192、193の全面見開きのイラストなど、レイアウトも工夫されていて、物語の盛り上げに一役買っています。樹が切り倒されるかも、という主軸の話のなかに、ひとりぼっちの女の子の友情の話など、他の要素も入ってきて多層的ですね。気になったのは、p9「クラスの全員が『マイケル』という名前だったら、と想像してごらん」の部分。いくら人間の話をよく聞いて博識とはいっても、樹が1人称で語る比喩としては、自然ではないと思い、そこでちょっと引いてしまいました。あと、メイブの日記帳に何が書かれていたのかが示されていない。それが少し物足りなく思いました。

西山:最初はちょっと読みにくかったです。表紙から得た印象ではYAかと思って読み始めたので、童話的なテイストとのギャップに戸惑ったという感じです。今のアメリカの排他性を憂えている人たちの存在を思うと、切実すぎて切ない感じがしました。でも、しっとりしんみりという空気で覆うのではなくて、ユーモアが覆っていてそれは好きでした。カラスのボンゴの「ムリー」と「カワイー」の使い方や、動物ごとの名前の付け方とか、仕返しが「落とし物」だったり、世界を柔らかくしていてかなり好きです。ただ、まぁ、長さ的に無理とは分かりますが、本のつくりとして、もっと違ってもよかったのではと思ってしまいます。p192、193の見開きの挿絵はじめ、絵の主張も強いし、ずっと文章を刈り込んで、絵をもっとふやして、寓話的なきれいな大判の絵本でもあうだろうなぁなどと。

ネズミ:私はちょっとお話に入りにくかったです。樹が声を出すことで、物語が動くというのになじめませんでした。願いごとの樹、動物が住んでいる樹のイメージが先行して、物語ができたのかなと。人間の心の変化そのものは、あまりつっこんで書かれていないようで、やや物足りませんでした。

まめじか:レッドもコミュニティも、いろんな人、いろんな動物を受けいれ、ときに軋轢が生まれるのを見ながら歴史を重ねてきました。レッドとサマールの想いは、「ここにいたい」という願いに結晶化されていきます。居場所をもとめる切実さが、この物語の底にありますね。アイルランド系のメイブのところにイアリア系の赤ん坊が来て、その子が家庭をもって、というふうに、異なる人たちが家族になって連綿とつづいてきた、命のつながりが描かれているのもいいです。少年が「去レ」という言葉を樹に刻んだのは排外的な風潮からですが、その子のバックグラウンドが少し気になりました。あえて書いていないんでしょうけど。

彬夜:とても好きな作品でした。私は、今回読んだ3冊の中ではこれが一番よかったです。寓話的な作品ってなかなか日本の今の作家は取り組まないようですが、もっとあっていいのかもしれません。この物語の静かで、でもどこか人間くさい(樹なのに)語り口が好きです。からすのボンゴとの会話もいいですね。イスラムの女の子の背景については、もう半歩書いてほしいような気がした一方、そうすると物語の良さを壊してしまうのかも、という思いがあります。日記が出てきた時点で、これが、樹が切られてしまうのを防ぐのかな、という風に予測が立ってしまいました。実は、そこの箇所を読む前に樹に動物たちが集まっている挿絵がちらっと見えてしまって、オウンゴールをしてしまったみたいな気分でした。自責のネタバレですね。ああ、動物たちが助けるのね、と。それから、樹が切られるという方向の物語ってありえたかな、というのもちょっと夢想してみました。

アンヌ:ファンタジー好きとしては楽しみに読んだのですが、樹に話をさせたところで拍子抜けしてしまいました。ここは樹が語らなくても、子どもたちに日記を読ませても樹の成り立ちを伝えられるので話す必要はないと思います。樹の代弁者としてのカラスのボンゴもいますから、日本の作家なら樹のそよぎや気配で書ききるかもと思いました。フランチェスカが家族の言い伝えを思い出さないのも不自然ですし、日記を読むというのが当日だというのも駆け足な気がします。ただ、双方の家族がこれだけ奇跡的な状況なのにまだ溶け合わないとしているところは、現実も描いているなと思いました。

ハリネズミ:おもしろく読みました。ただ日本の読者を考えると、もう少しわかるように出してくれるとよかったと思いました。たとえば、レッドに彫られた「去レ」という言葉ですが、日本だと「出て行け」くらいの言葉かなあと思ったり、レッドが2軒の家のまん中にあるので、どうして家じゃなく、樹に彫るんだろうとも思いました。原書の読者は、サマールという名前が出て来たとき、イスラムっぽいとわかるのかもしれませんが、「去レ」がサマールの一家に向けられているということが日本の読者にも最初からすっとわかるでしょうか? アマゾンで一部を見ただけですが、原書には、願いごとを書いた布がいっぱい樹に巻き付けられている絵がありましたが、日本語版にはないんですね。どうしてなんでしょう? ヘイトの行為として、卵を樹にぶつけるという場面も出てきます。樹に?と思いました。

まめじか:p52で、サマールの家に生卵を投げていますよ。そのあと樹にぶつけるから、サマールの家族に対してだとわかったのかな。

ハリネズミ:家にぶつけるのはわかりますが、2軒の間に立っている樹にぶつけるでしょうか? いいところは、樹を主人公にしている読み物という点がおもしろいと思いました。樹が人間だけでなく動物にとっても大きな存在だということが伝わってきます。それと、動物と樹のやりとりにユーモアがありますね。絵も助けになっています。p202に「とはいえ。」とありますが、ここは句点でいいんですか?

彬夜:「とはいえ。」といった書き方をしてみたくなる時はあります。が、誤植に思われそうで結局辞めてしまうかもしれません。

花散里:サマールの思いがよく描かれているところがよかったと思いました。この本は樹に語らせているのが大切なことだと思います。とても情感豊かな作品だと思います。こういう作品を子どもに手渡したと思いました。主人公の樹の思い、去年読んだ本の中でも忘れられない1冊です。本の創りがとても良いなと思いました。白抜きの箇所、挿絵も作品のよさを支えていると感じました。

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エーデルワイス(メール参加):樹を主人公にして、カラスやリスなど動物たちが登場し、ファンタジーのように思えますが、じつは移民をテーマにもしている奥の深い作品だと思いました。美しい文章だが、全体的に少しわかりにくいのが残念でした。

(2019年04月の「子どもの本で言いたい放題」)