ヒトデ:物語のカギとなるビートルズの曲や、ロバート・フロストの詩など、モチーフの入れ方が、とても巧みだなと思って読みました。嫌味なく物語にはまっているというか。こういうのが読めるから、やっぱり翻訳文学っていいなと思いました。「鳥」というモチーフも新鮮でしたし、物語にしっかりハマっていてよかったです。

雪割草:すてきな作品だと思いました。「エリナー・リグビー」がテーマ曲として描かれていますが、知らなかったので調べて聴きました。それで、登校時にエリナーが歌っているこの曲が、悲しい歌詞とメロディーだったことを知り、エリナーのキャラクターをより深く味わうことができました。あとがきにもあるように文章は詩的で、また色でさまざまに表現するところも好きでした。主人公は、自分は鳥だと思っていて、鳥になれば自由になれるのだと、自分の物語(日記)を持ち歩いていますが、ミミズを食べるシーンなどはやりすぎではないか、読者はついていけないのではないかと思いました。ただ、それだけ主人公の傷も深いのだとも思いました。そして、エリナーは献身的で素晴らしい人物だと思いましたが、素晴らしすぎるのではないかと思いました。

カピバラ:デセンバーには、一つ一つの物事がどう見えているのかを、時に詩的な表現を使ってていねいに綴っているのがよかったです。ただストーリーを追うのではなく、一人の少女のものの見方や感受性を共に味わう、といった読書の楽しみがありました。またすべての事柄を鳥の生態や習性と結びつけて考えるのが新鮮でおもしろかったです。オリジナリティがありますね。周りの人々を鳥になぞらえて表現するのもデセンバーならではの見方でおもしろいです。いろいろな辛い体験をしているので、最初はもっと年齢が上の子のような印象でしたが、まだ11歳なんですよね。11歳の身に余るつらい体験を重ねてきたから、自分は鳥なんだと思い込もうとするところが痛ましいです。やっと出会ったエリナーの押しつけがましくない愛情や、シェリルリンのストレートな友情に救われるところはほっとします。あと、意外にソーシャルワーカーのエイドリアンが最後に涙するところは、感動しちゃいました。ずっと見守ってきたんですものね。エリナーが傷ついた鳥を保護して自然に帰す仕事をしているのが象徴的に描かれていると思いました。

さららん:もうすぐ鳥になれると信じ、そのたびに木から落ちて傷つくデセンバー。妄想とか精神障害ではなく、想像を現実とごっちゃにできる、ぎりぎりの年齢として11歳の主人公を設定したのは、正解だったと思います。何が起きているのか見当もつかぬまま読み始めましたが、カウンセラーとの会話を通して、デセンバーが、自分の行動が人から変だと思われることをちゃんと理解している子だと知りました。デセンバーは自分の行動や感じ方を説明するとき、様々な鳥の例を具体的にあげます。その表現がおもしろく、独特な言葉の用法で、ここにしかない世界が作られています。ブルー、ピンクなどの色彩が象徴的に使われ、音楽も聞こえてきました。里親エリナーとデセンバーの気持ちが通じ合うにつれ、エリナーへの共感が増し、飛ぶたびに傷つくデセンバーの姿に、もうこれ以上自傷行為は繰り返さないで!と願う気持ちになりました。大切な友人になるトランスジェンダーのシェリルリンの存在によって、現代に生きる子どもの物語としての厚さが増しています。デセンバーのために、なんとか居場所を探そうとするソーシャルワーカー、エイドリアンの描き方も好ましく、新鮮でした。

まめじか:デセンバーは聡明な面を見せる一方で、空を飛べると思っていたり、自分も剥製にされると思ったりするようなところもあり、そうしたアンバランスな内面がよく描かれていると思いました。ここから飛び立ちたい、自分の居場所を見つけたいという強い思いは、「ある場所に属している」というアカオノスリの学名に呼応し、また渡り鳥の帰巣本能にも重ねられています。餌のネズミをていねいに扱うエリナーを見て、ネズミの運命がわかっているから優しくするのか、自分のことも過去を知っているから優しくするのかと考える場面など、心の動きが繊細に表されています。校長室までデセンバーにつきそってきたシュリルリンが、「あなたはどうしてここにいるの?」と聞かれて、「心のささえになるためです」と答えるのですが、シュリルリンやエリナーやエイドリアンがデセンバーの心に寄り添う姿には胸が熱くなりました。

しじみ71個分:今回の選書係としてこの本を選んだきっかけは、図書館の書棚に並んでいるのを見て、表紙の装丁が素敵だなと思って手に取ったのでした。読んで本当に良かったと思います。前回読んだ『スーパー・ノヴァ』(ニコール・パンティルイーキス著 千葉茂樹訳 あすなろ書房)と内容は似ていて、家族がいなくて里親を転々とし、最後に家族を得るという点は共通しています。スーパー・ノヴァでは主人公は自閉症で、求めているのは最愛の姉でしたが、この本は失われた母親で、その母親が主人公を虐待して大怪我を負わせていなくなるというより厳しい内容でした。里親になるエリナーの名前の由来は、The BeatlesのEleanor Rigbyで、その歌の寂しい雰囲気が物語を通底していると思い、イメージが広がりました。とても切ない歌詞で、教会で結婚式でまかれる米を拾う老婆エリナー・リグビーをはじめ、すべての孤独な人々を歌っていますが、この寂しさを極めたような歌が物語のカラーになっていると思います。里親になるエリナーが娘を亡くし孤独を抱えた人であり、デセンバーも孤独で、孤独な人同士が探り合い、最後に寄り添うというイメージは美しいと思いました。デセンバーが鳥になって飛ぶことに取り憑かれているのも、そういうふうに思わざるを得ないほどに追い込まれた、11歳の体につまった悲しい思いであって、自分を虐待した人でも母と思って慕う姿は読んでいてもつらかったです。お母さんも連れ合いを亡くして精神的に不安定で、それゆえにネグレクトと虐待をしてしまった、ある意味支援の手の足りない人だったのも切ないです。文章が詩的で美しく、言葉からのイメージをたくさん受け取れた物語でした。

アンヌ:最初は本当に「鳥になる」物語かと思っていたのですが、これは飛ぶ話ではなく繰り返し木から落ちる話で、何度も自殺未遂を見させられているようで、読み進めるのが苦痛でした。種しか食べない偏食を自分に課しているデセンバーに、アイスクリームを山盛り食べさせてくれるエイドリアンとか、ゆったり構えて無理強いをしないエリナーとか、まっすぐに友情を示してくれるシェルリリンとか、良い人たちとの出会いがあるけれど、その裏に母親の虐待の事実が少しずつ現れたり、学校のいじめが描かれたりする。その構成は本当に見事だと思うけれど、読んでいてつらいものがあって、後半を読み進めながら、ここでもう一押し誤解があってそれから木から落ちるのかと思うと、つらいなあ、長すぎるなと感じました。詩的表現が心を打つ場面も多いので優れた作品だとは思いますが、読み進められる年齢層はどれくらいなのでしょうか?

アカシア:今日読んだ作品で比べると『いちご×ロック』(黒川裕子著 講談社)が図式的だったのに対して、これは個性をきちんと描き出していると思いました。文学って、こういうもんなんじゃないかな、と。読んでいてたしかにつらいですが、こういう子どもがいるというのは確かなので読んで心を寄せたいと、私は思います。木に登って飛ぼうとするのはこの子の無意識の自傷行為だと思ったし、最後で自分は人間だと何度も自分に言い聞かせているところで、それだけこの子の心の傷が深かったのだと思い至りました。欲を言うと、新人ならではの部分もなきにしもあらずです。たとえば冒頭はどういう状況かつかみにくいし、p54で「剥製にされるんじゃないか」と主人公が本気で思うところで、私はついていけなくて、最初に読んだ時はそこでやめてしまいました。今回もう一度読んだら、作品の深さもわかってきたのですが。それと、里親のエリナーが出来すぎですよね。つらい子どもを受け容れるには、こんなにすばらしい人じゃないとだめなのかと思ってしまいます。

虎杖:同じ訳者による『スーパー・ノヴァ』に設定が良く似てるなと私も思いました。千葉茂樹さん、同じ時期に訳されたのなら大変だったろうなと思ったり、さすがだなと感心したり……。ただ、『スーパー・ノヴァ』の主人公は、お姉ちゃんにとても愛されていたという経験があるのに、この作品のデセンバーにはそれがない。愛されなかったことをナシにしようとおそらく無意識に思いつめたことが、「自分は鳥になる」という思いにつながる。そこのところがなんとも悲惨ですね。作者のあとがきには、実際にいろいろな人に話を聞いたと書いてありますが、このデセンバーもモデルがいたのかなと推察しました。それにしても、色彩にあふれた詩のような文章が素晴らしい。パンプキン畑の描写が特に美しい映画を見ているようで印象に残りました。ただ、エリナーはちょっと出来すぎというか、作りすぎというか……。『おやすみなさい、トムさん』(ミシェル・マゴリアン著 中村妙子訳 評論社)のように、守られている子どもと守っている人が、お互いに影響しあいながら変わっていく様子が見たかったなという気がしました。『スーパー・ノヴァ』の表紙も好きだったけど、この本の表紙もすてきですね!

ハル:私も雪割草さんと同じで、「エリナー・リグビー」がタイトルでピンとこず、読み終わってから調べて「ああこれかぁ!」と思ったので、先に調べてから続きを読めばよかったです。これは失敗でした。作品全体としては、実はちょっとトラウマになりそうなくらい陰鬱な部分もある作品ですよね。たとえば、いじめっ子に追い詰められてミミズを食べる場面とか、繰り返し木から飛び降りる場面とか。それでも、構成力や表現力、人物の魅力で、ぐっと物語に引き込む力をもった作品で、読後はいいお話を読めたという深い満足感がありました。YAとしては、やや読解力を必要とするタイプの作品かなぁと思います。

ネズミ:いい物語を読んだという満足感がありました。心にしみるお話です。鳥がこの子にとっての鎧であり、逃げ場だったのだろうなと思って、胸が痛くなりました。表現のひとつひとつがとても繊細だと思いました。「わたし」が「わたしたち」に変化していくことに象徴されているものがあったり。11歳にしては、全体に大人っぽい感じがしますが、p143からの魔法の杖で遊ぶ場面は、シェリルリンといることから子どもっぽい部分が引き出されているのか、とても印象的でした。タイトルは感じがいいですが、ミスリードしないかなとも思いました。「鳥になる」のが目標なのかと思って読み進めてしまったのですが、そうではなかったので。原題のExtraordinary Birdsというのは、訳すのが難しそうですね。作者の〈謝辞〉に「中級学年むきの作品を書くべき」と言われたとありますが、日本の子どもが読むなら、この作品は中学年より高学年ですよね。

アカシア:日本ではページ数が多いだけで、高学年向けとかYAになってしまうのではないでしょうか。

カピバラ:翻訳もののほうが、設定になじみが薄い分、グレードが高くなるのかもしれませんね。

マリンゴ: 非常に魅力的な本でした。デセンバーが、エリナーのもとに来て、信頼関係を結んでいく物語なのだろうなと、序盤で容易に想像つくのですが、それでも、複数の不安定な要素があって、どういうふうに着地するのか、と引き込まれました。冒頭だけは読みづらくて、数ページ読んでから、人間じゃなくて鳥が主人公の物語なのかな、といったん最初まで戻って読み直してしまいました(笑)。鳥にまつわるさまざまな蘊蓄が随所にあふれていておもしろく、また鳥の一生と人間の人生を重ねている部分なども、説得力があってよかったです。特にp130に出てくるシャカイハタオリという、世界で一番大きな巣をつくる鳥が気になって、調べました。なぜかミサワホームのホームページにくわしい情報が出ていましたよ。デセンバーは、8歳か9歳くらいの幼さを見せるときと、12歳以上の知性を見せるときと、ばらつきがありました。それは、デセンバーのPTSDの深刻さを意図的に見せているのだろうな、というふうに受け止めました。敢えて言えば、エリナーの人柄があまりに優れていて忍耐強いので、デセンバーのような子の信頼を得るためには、里親はここまで頑張らなければならないのか、とちょっとしんどさもありました。なお細かいことですが、「リーキ」という食べ物が登場しますけれど、この呼び方はあまり日本ではなじみがない気がします。ニラネギ、もしくはポロネギと訳してもらったほうが、イメージが湧きやすいかなと思いました。

西山:最初は読みにくかったですね。だんだん加速していって後半は途中で止められなかったのですが、それは、デセンバーに何が起こったのか、その不幸な過去を知りたいという興味で読み進めていて、我ながら、それはちょっといやしい読み方だなと思っています。読みにくかったのは、例えば、鳥が好きなのだったら、ヒメコンドルが不細工だと言ったりする(p38)のかなとか、デセンバーという少女の像が一本に結べず、ついていきにくかったからかと思います。過去の過酷な体験が原因で、彼女の感情面の振幅が激しいのかとも理解しますが、それが読みにくさになっていたかなと。ソーシャルワーカーのエイドリアンが好きでした。デセンバーが彼の心遣いをしっかり受け取っているから、それが読み手に伝わったのだと思います。

(2021年9月の「子どもの本で言いたい放題」より)