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クロスオーバー

双子が登場するバスケットボールの1シーン
『クロスオーバー』 STAMP BOOKS

クワミ・アレグザンダー/作 原田勝/訳
岩波書店
2023

エーデルワイス:『タフィー』(サラ・クロッサン著 三辺律子訳 岩波書店)以来、横書きにも大分慣れた気がします。詩なので時々声に出して読んでみました。12歳双子の一人ジョシュ・ベルの苦悩や葛藤が痛いほど伝わってきました。バスケットの世界ですから最近話題の「スラムダンク」の映画を観ておけばよかったと思いました。近日再上映がありますので観たいと思います。生活を支えている中学校の教頭先生をしているお母さんが、成績、品行方正、良質な食べ物について言うことに対し、元バスケット花形選手だったお父さんは日常がすべてバスケットのこと。ジョシュとJB(ジョーダン・ベル)はなかなか大変と思いました。お父さんが現役時代に膝蓋腱炎の治療をせず引退。さらに心臓が悪いのに病院に行こうとしないことがどうしても理解できませんでした。

きなこみみ:私もバスケ気分を盛り上げようと、「スラムダンク」をネットで見たりしました。弾けて躍動する体のリズムやスポーツを表現するのに、「詩」はちょうどいいジャンルなのかもしれません。翻訳も手が込んでいて、原田勝さんはさすがだなと思いました。これまで、双子として不動のタッグを組んでいた兄弟の間に、ふとしたことでヒビが入って、片方に彼女ができたりして、溝が深くなっていくんですよね。その微妙な心の機微が、バスケシーンの躍動感とともに味わえるのは、アニメやなんかの映像作品に比べて視覚的には弱い文学としての強みだなあと思います。
兄弟の間にひびが入るきっかけである、ジョシュのドレッドヘアが切られてしまうシーンは胸が痛みました。ジョシュが髪を大事にしているのも知っているはずなのに、ドレッドヘアを切ってしまったり、テスト中にメモを回して、カンニングと思われてジョシュが怒られてしまうところとか、密に繋がっていた二人が離れていく、思春期の兄弟ならではの複雑なところ、家族の中で孤独を感じるところが自分の痛みのようで刺さりました。あと、あんなにお父さんの病気が悪化しているフラグが立っているのに、なんで病院に行けなかったのかというのが、最後まで疑問で……。意識を失ったところで、救急車とか呼ばないのかな、とか。アメリカの医療事情もあるのかもしれないですが、なんだかやきもきしました。頑として病院に行かないお父さんの意識の裏には、自分が強いといつも思いたいマッチョな思考があるのかもしれないとも思いますが。
でも、この躍動感のある作品が、バスケが国技のようなアメリカで、ブレイクしたのはわかる気がします。

雪割草:引き込まれて一気に読みました。子どもの頃、兄がバスケが好きで「スラムダンク」の全巻を持っていたので、それを読んだのを思い出しました。構成も、作品を一つの試合に見立てていて、おもしろいと思いました。詩の形式であることで、想像の余地があって余韻が感じられ、胸に迫ってくるような切なさが伝わってきました。作品全体を通じ、父の存在の大きさが描かれています。クロスオーバーの名手であった父。「クロスオーバー」という言葉は、タイトルでもあり、バスケの技の名前でもあり、なにかを超えていくという意味として、主人公ジョシュの成長も伝えていると思いました。

ハル:余韻の残るいい話でした。バスケットは全然わからないので、最初は「わー、これは困った」と注釈を読みながらなんとか読み繋いでいく感じで、ちょっときつかったのですが、だんだん絵が浮かぶようになってきて、後半になると試合の描写にもハラハラできました。バスケットに全然興味ない、という子でも、最初の何ページかを乗り越えて、ぜひ読み切ってほしいです。詩の形態の物語はこの数年で何冊か読みましたが、小説に比べたらまだまだなじみがないので、やっぱり抵抗は残るものの、躍動感やスピード感、主人公の不器用な心情を語るのにも、「詩」の形態の可塑性というか、いろんなことができ
るんだなぁという、それこそ「可能性」を感じました。最後のJBのフリースローは決まったのか決まらなかったのか、にくい終わり方です。

アカシア:私は原書を先に見ていたのですが、ラップとかヒップホップのノリを感じて、私にはとても翻訳は無理だと思っていました。なので、原田さんのすばらしい訳を見ても、最初は違和感がありました。また原書の本文のレイアウトはきれいにリズムを作っているのですが、日本語で見ると、違うリズムが聞こえてきてしまって、正直あまりきれいだとも思えませんでした。つまり、日本語版を作るのが、とても難しい本なのですね。ただ、ある時期まではとても仲が良くていつも一緒に行動していた双子のあいだに亀裂が生じ、それぞれの個性もくっきり現れるようになり、そのうち口もきかない状態になり、時間を経てまた仲直りしていく、という状況は、とてもよくわかりました。
アメリカでは映画化もされているようですね。アメリカでは賞もたくさんとり、よく売れた本で、本好きではない男の子も夢中になって読んでいると聞きますが、日本では年齢対象も上がってしまい、そのあたりはなかなか難しいですね。

西山:原書では、本文のレイアウトはどうなっているんですか?

アカシア:違和感のないデザインで、きれいなんです。

アリグモ:以前1回読んで、今回が再読になります。でも、内容をいろいろ忘れていました。最後に主人公が12歳だと知って、前回も多分びっくりしたと思うのですが、今回もまたびっくりしました。中学生とは書いてあるけれど、恋愛関係の部分のせいか、16~17歳くらいをイメージしてしまっていました。さて、本文ですが、詩を巧みに使った物語で、魅力的です。ある言葉の説明にまるごと詩を一つ使ったり、お母さんからのメールを並べる章があったり、いろいろな使い方をしています。気になったのは、病気の部分。お父さんは息子とバスケをやってダンクの瞬間に倒れて、結果的に亡くなる、というストーリーが先に決まっていて、説得力のある病気を探したのかなぁ、などと穿って考えてしまいました。伏線として、高血圧症で、おじいちゃんも同じ病気だった、などと説明はありますけれど、それにしても、プロのアスリートが心筋梗塞で39歳で亡くなるというのは、かなりレアケースのような…。ただ、そう感じるのは日本の医療の感覚で考えているからで、アメリカではそうとは限らないのかもしれませんが。

西山:基本的にスポーツは全方向的に興味がなくて、当然ルールも知りません。スポーツ物の作品はおもしろく読みますけれど、詩の形は、私は読むのはしんどいです。巻末の「訳者あとがき」で「文字で埋まった分厚い本を読むのが苦手な読者にも受け入れられ」とありますし、実際、多く読まれているとのことですが、余白を想像するのは結構難しい読書だと私は思うのですけれど……。でも、原文を声に出せばラップみたいでかっこいいのかな。ラジオドラマならかっこいいのかもなと思いました。遺伝性の病気を気遣ってお母さんが食べさせるヘルシー志向のメニューとかおもしろかったです。ジョシュの出場停止処分で、これは、学校が下した処分ではなかったと思いますが、これまで読んだアメリカの翻訳物で暴力行為やいじめに対する処分が結構厳しいなと感じたことを思い出しました。

アンヌ:スポーツは苦手だし、最初の1ページ目を見て果たしてこれを読めるだろうかと心配したのですが、気がつくと一気読みでした。詩ではあるけれど、読みやすかったしおもしろい試みの連続でした。言葉の例題を出したり、心の中の実況中継をしたりすることで主人公の気持ちや葛藤がわかっていくし、バスケットの規則や見所も理解できるようになるのはすごいと思いました。私は双子の物語で兄弟が同じ女の子を好きになるというパターンが嫌いなのですが、それ以前に二人の違いとかが書かれていたので、JBの恋も思春期での道が分かれる過程として読めました。だから、父親の死を前にした二人の行動の違いを周りも自然に受け入れていて、誰もその態度を責めない。日本のスポーツものなら兄弟一丸となってと書きそうなところですよね。父親が病院になぜ行かないかというお話が出ましたが、家が貧しかったり、日本のように自治体による健康診断がとかなかったりしたせいで医療に縁がなかったのかもしれません。救急車も有料だそうです。でも、スポーツ心臓と遺伝性の高血圧だとしても、もっと早く病院に行ってほしかったと思います。原文がラップ調だというのが反映していないことやp219の短歌が逆に整えられていないのはなぜだろうとか、詩を翻訳する難しさを感じますが、それでも、詩という形式が読む邪魔をせず、言葉が好きな主人公の独特の語りとして読める、とても魅力的な作品だと思います。

しじみ71個分:2014年刊の原書がニューベリー賞を受賞したというニュースを2015年くらいに読み、それ以来ずっと読みたいと思っていた本でした。受賞の評に、詩で書かれた物語という言葉があり、詩の形式で書かれた物語の存在を認識したのがその時だったと思います。バスケで詩ならラップ、リズムはヒップホップだろうと思ったのですが、いったいどんな本なのか、翻訳できるのかな、など思いを巡らせていましたが、ニュースから9年越しで、やっと読むことができました。訳者の原田さんに心からありがとうと言いたいですし、今回みなさんと一緒に読めてうれしいです。
で、読んでみた感想ですが、普通に詩を翻訳すること自体がとても難しいのに、英語のラップ、ヒップホップのリズムを日本語で表すのは難しいのかなぁと、まず思いました。訳文からリズムが聞こえてくるかというと、そこはちょっと期待と違ったかもしれない……。ですが、本のテーマになっている思春期の心や家族の問題という内容が生々しく迫ってきて、とてもおもしろくて一気に読んでしまいました。ジョシュは勉強もできるし、バスケの将来を嘱望されるような男の子なのに、どこか幼稚でバスケのことしか考えていなくて、でも双子の兄のJBに彼女ができてうらやましいし、JBがバスケより女の子に夢中なのも許せないし、やっかみやら何やらグチャグチャ、モヤモヤが高まっていく様子にはハラハラしました。高まったイライラが爆発して、とうとう危険なパスでJBに怪我をさせてしまう場面は読んで胸が苦しくなりました。加えて、尊敬するダ・マン(ただ一人の男という意味でいいんでしょうか?)と称されるほどのバスケ選手だった父親が病に倒れ、遂には亡くなってしまうことで砕けるジョシュの心模様は、読んでいて本当につらかったし、読み応えがありました。感情に迫るというのは詩の真骨頂というところでしょうか、胸に刺さりました。
それと、とても作者がうまいなぁと思うのは、普通の会話だけでブラックカルチャーが浮かび上がってきたところ。息子はカニエ・ウェスト、父はコルトレーンやらマイルス・デイビスなんて具合に自然に触れられていて、心憎い演出だと思いました。待って、読めて本当によかったです。原書はいったいどんな感じなのか見てみたいです~。
蛇足ですが、ネットでアメリカの中学生バスケの映像を見てみましたが、これは中学生ですか?という感じでした。それから、本の表紙ですが、私は原書のちょっと重い感じの絵がよかったなぁと思っています。最後に、「クロスオーバー」というタイトルですが、ディフェンスを左右に揺さぶるバスケの技の名称でもあり、向こう側へ越えていくなどの意味もあり、ちょっと奥深そうで気になります。続編も楽しみです。

花散里:STAMP BOOKSは出版されると読んでみたいと思う作品が多いのですが、この作品を手にしたとき、バスケットボールのことがまったく分からない上に、ジャズやラップなどの音楽についても余り知識がないので読みにくいと思いました。そして韻を踏んだ横書きの詩物語であること、活字の字体、字の大きさが大から小に変わったり、斜めだったりするのも読みにくいと感じました。「訳者あとがき」で「分厚い本を読むのが苦手な読者にも受け入れられ」っと、記されていることには、果たしてそうだろうかと疑問に感じました。
もうすぐ13歳の双子の兄弟の生活、女の子のことや両親について、日常のことなども、日本の中学生よりも年上のように感じられました。後半、父親が亡くなる場面、兄弟間の確執が解消されていくところは惹きつけられように読めましたが、日本のヤングアダルト世代に手渡すのには難しい作品かなと思いました。

アカシア:先ほど、原書のイメージはどうなのかというご質問がありましたが、かなり違うんですよね(原書の1ページを見せる)。

参加者:うわぁ、原書のイメージはやっぱり全然違いますね。レイアウトも似せているのに、ひらがなと漢字で表すとなんだか見た目が違ってしまいますね。うーん、普通の文章のレイアウトでよかったのかもしれないですね……
参加者:“moving & grooving” “popping and rocking”とか、sizzling、drizzlingとか、かなり韻を踏んでいますね。これで文にリズムが出るんでしょうね。すごいな。これは日本語にできないような気がします……

(2024年07月の「子どもの本で言いたい放題」より

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5番レーン

『5番レーン』表紙
『5番レーン』
ウン・ソホル/作 ノ・インギョン/絵 すんみ/訳
鈴木出版
2020.09

西山:本作りはきれいだけど、どうにも読みにくくて入って行けませんでした。冒頭の3行ですでにつまずいて……。「ナルは5番のスタート台にあがった。……ひとつだけちがったのは、ナルのレーンが5番じゃなかったということ」タイムが速い順に4番、5番なのかということがなんとなくわかって、なんとか理解はしましたが……。部活や学外のスポーツクラブの在り方が日本と全く違うのだなと、こういうことを知ることができるのが翻訳作品のおもしろさだなとは思いました。

コアラ:おもしろかったです。ただ、韓国のことをあまり知らなくて、いろいろわからないまま読み進めて、いろいろひっかかりながら、少しずつわかっていく、という感じで読みました。名前では、誰がどういう人なのかわからなくて、例えば、主人公のナルと仲のいいスンナムについては、p23で「オレが買った」とあったので、男子だったのかとようやくわかりました。年齢と学年についても、最初のほうで、小学校の水泳部でナルは小学6年生と出てきますが、p19の最後のほうで13歳となっています。日本でいうと中学1、2年生かと思いましたが、p44の中ほどの括弧で「(韓国は生まれたときを一歳とする数え年)」とあって、結局日本と同じ、小学6年生の12歳だとわかりました。これがわかるまで、年齢と学年はひっかかりになっていました。あと、小学校の水泳部とありますが、日本でイメージするような、ただの学校のクラブ活動でなく、オリンピックを目指す選手がお互い切磋琢磨するような、すごくハイレベルなところだとわかってきます。それから、水泳のこともよく知らなかったので、5番レーンの意味もよくわからないままでした。たぶん、4番レーンが予選で1位だった人、5番レーンが予選で2位だった人、ということなのかな、とは思いましたが、はっきりとは書いていなかったように思います。読み飛ばしてしまったかもしれません。それでも、いろいろわかってくると、すごくおもしろくなったし、p132の3行目の恋の始まりの表現など、すてきな表現がいくつもありました。ただ、どちらかというと大人びた表現のある物語なのに、絵がとても幼く感じられて、そこに違和感を感じました。絵が全部カラーで贅沢なつくりだし、きれいな本だとは思います。

アマリリス:ひたむきなスポーツ小説かと思ったら、ナルが水着を盗むシーンがあって、そっちの方へ行くのか! と度肝を抜かれました。そこからの展開は非常に読み応えがありました。幼馴染のスンナムが実はチョヒと付き合い始めていた、というオチもおもしろかったですね。チョヒが、もっとイヤな子なのかと思ったら意外と素敵なライバルとして描かれていたのが印象深かったです。子どもたちがそれぞれ、過去に盗んだものの話をして主人公を励ますのもよかったと思います。ただ文章自体は、ツッコミどころが多い気がしました。以前、すんみさんの別の翻訳を読んだときはスムーズに楽しめたので、今回の作品は原文に問題があるのでしょうか。特に気になったのは、三人称のブレ。ナルとテヨンの視点が、章ごと、段落ごとに入れ替わるぶんにはいいのですが、1行ごとにブレている場面がありました。あと、最初にチョヒの水着の描写があったとき、色は書いてなかったように思うのですが、途中から急に「ピンクの水着」と出てくるので、同じ水着の話をしているのか、遡って確認作業をしなくてはなりませんでした。午後の練習時間の長さもはっきりわかりづらいんですよね。放課後に練習を始めるけれど、毎日夕方6時に公園で月を見ることはできるなら、練習時間は短いのかしら、と気になりました。ところでカラーのイラストが文中にたくさんあるって素敵ですよね。これ、印刷のコストはかなり高いのではないでしょうか。

ニャニャンガ:当初は一部の挿絵を使う予定だったのが、すばらしい絵なので、すべての挿絵を使うために担当編集者が頑張られたと伺っています。

シア:冒頭の「テイク・ユア・マーク」の一文が真っ先に目に飛び込んできて、クールさにしびれました。訳さずにそのままなんですね。よく文章内でフルネームで呼ばれていますが、これはどういう意味合いなんでしょう? 日本やアメリカではフルネームはわりとネガティブな印象なので不思議でした。物語の内容以前に、国の教育レベルが全然違うことに衝撃を受けました。PISA調査でも結果は出ていましたが、日本は世界から完全に後れを取っていることを改めて突き付けられました。小学生のうちからこんな高度な特別チームで一生懸命練習をしていて、中学に入る前の時点でふるい落とされる……それが国全体でのレベルを上げるということなんでしょうね。p 221「国旗が描かれた名札」をつけるなど、強化選手でもないのに仰天なのですが、国を挙げて教育しているんだなと感じました。『スクラッチ』を読んでからこちらを読んだので、余計に日本の部活システムが子どもだましに思えました。部活なんかでお茶を濁しているのにオリンピックでメダルだなんて、日本は負けましたと言っているようなものです。日本でもプロを目指している子はそもそも部活には入らずに、地域のチームに所属しています。素人の教員(ほぼ無償)が指導する部活なんていります? 熱い思い出だけじゃ、世界と肩を並べる力になりませんよ。この作品に出てくるコーチは精神的な暑苦しさがなくて冷静でまさにプロです。揺れ動く子どもたちに余計な口出しもあまりしません。青少年育成のために運動をさせるなどという名目もありますが、世界を見据えるなら早急に考え直していただきたいです。部活動というものにメスを入れるために、学校関係者はぜひ『スクラッチ』とあわせて読んでほしいと思いました。とは言ったものの、小学生なのに古典的な恋愛模様を繰り広げていて、さすが韓ドラの国だと笑ってしまいました。挿絵はかわいらしいのに、トレンディドラマのようなシーンの数々に少々居心地が悪くなります。水着事件の際、一生を棒に振る覚悟で大騒ぎするような年齢相応の子どもなのに、色恋沙汰はレベルが高く、韓国は本当にいろいろ進んでいるなと思いました。

アカシア:こう来たか、と、私はまず本づくりに感動しました。新しい風が吹いてきた感じがします。絵やレイアウトもすばらしいです。韓国は、児童書に対しての国のバックアップがすごいんですよ。それで、こんなに勢いがあるんでしょうか。文章にはそんなにひっかかりませんでしたね。小学校6年生らしい子どもたちが登場して、その心理がとてもうまく書かれています。おとなは、出来心で盗ってしまったなら謝って早く返せばいいじゃないって思うけど、この年齢の子どもだから悩むんですね。恋愛も初々しい感じだし。p111に「だったらお姉ちゃんもいかせない、とアタシが水着をかくしたりしたから」は、みごとな伏線になっていますね。

サークルK:みなさんおっしゃっているように、たくさんの挿絵がとても素敵でページをめくるのが楽しかったです。全部カラーなんて贅沢ですよね。表紙をめくった見返しのところが水玉で(裏の見返しは緑色の水玉に変えてあって、おしゃれすぎます!)さわやかなソーダ水のようです。放課後の水泳部は決して甘いものではありませんが、友達との関係やほのかな恋心などが、重たくなりすぎず展開していくことを示してくれているみたいでした。私が特に気に入っているのは、ナルの姉ボドゥルです。水泳から飛び込みに競技変更した姉に対しナルは納得がいかず、ひどい言葉で姉をなじりますがそんな妹に対して素敵な言葉で今の自分の気持ちを語ります。「競技をやめたって世界は終わらない」(p192)、「あたしはやれることを全部やったから、もう心残りがないの……」(p193)、「水に落ちてるわけじゃないの。……自分で飛んでるの」(p194)、「自分の力で進んだなら、思ったのとちがって下に下に向かってしまったとしても、それは落ちてる事じゃなくて、飛んでることになるわけだから」(同)、これらの言葉はこの作品にとどまらず、手帳に書き留めておきたいくらいの珠玉の言葉と言えるでしょう。「飛び込み」は競技のひとつではありますが、いわゆる「飛び込み」は「死」を連想させる言葉にもなりえます。この本を手に取る子どもたちが、ボドゥルの前向きな「落ちてるんじゃなくて飛んでるんだ」という言葉に救われると良いなあとも思います。また、ナルの友だちテヤンが書く手紙(p 210)にある「僕はいつもナルの味方だよ。ナルが自分の味方になれないときでもね。わかった?」という言葉もこれ以上の励ましはないほどの温かい心のこもったもので(ラブレターと言ってしまっては陳腐な表現になってしまうので、あえてそうは言いたくないのですが)、落ち込んでいる人にはこんな言葉をかけてあげられる人になりたいものだ、と思いました。最後に、この本の中で扱われているテーマの一つに「成長期の子どもがはまり込むスポーツの弊害」もあるような気がします。最近読んだ平尾剛氏のコラムを思い起こしましたので以下をご参照ください。「勝つたびに『俺は特別だ』と思い込む…巨人・坂本勇人選手のような『非常識なスポーツバカ』が絶えないワケ」(PRESIDENT Online https://president.jp/articles/-/63326?page=1 2022年11月14日15:00)

アンヌ:まず挿絵が素晴らしいなと思いましたが、人物については線が柔らかすぎて、体形がスポーツマンというより、ふんにゃりして幼い気がしました。実は私は水泳部に少しだけいたことがあるので、主人公からプールのにおいがしたり、コーチが、p124で「一番遠くにある水を引っ張ってくると考えて」というところなど聞き覚えがある気がして、懐かしい気持ちがしました。p70のお姉さんがサイダーで飛び込みをたとえるところなど、想像できて美しいです。韓国と日本との部活の意味の違いとかに興味を持って読み進んでいたのですが、ナルが自分と勝ち負けだけにこだわっている子なので、だんだん飽きてきてしまいました。それでも、周囲の人々はみんな優しく、彼女を見守っていてくれるおかげで物語は進んでいきますが、もう一つ釈然としないまま、スポーツマンとして成長していこうというナルの意思が語られて終わったなあという感じでした。

ネズミ:私は最初からナルのキャラクターにひきつけられて読みました。水泳のことばかり考えていたナルが、テヤンが現れたことや、姉の変化などを通して少しずつ変わっていく微妙な心理が描かれていてとてもよかったです。はしばしの描き方もよかったです。p104の三日月を見るシーンで、「ああ、でも……月に行っても泳げる?」とナルが言い、テヤンが宇宙の知識を出してくるところ、それぞれの性格が会話の中にそれとなくにじみでています。p133の1行目「いいよ、いいね、どうしよう。このうちどれが、いまの気持ちにぴったりなのかがわからない」と思って、結局スタンプを送るなど、心の動きがうまく表現されているなと。

エーデルワイス:表紙、挿絵が水色と黄緑色を基調とした綺麗な本です。読む前にページをめくって楽しみました。以前リモートの「オランダを楽しむ会」に参加してオランダと日本の小学校教育の違いを丁寧に説明していただいて、どちらが良いとか悪いとかではない、というお話が心に残っていましたので、『5番レーン』を読んで、韓国と日本の教育や部活の違いを考えてしまいました。小学生のまだ体ができていないときに、過酷なトレーニングはどうなのだろうか? 英才教育も大事だけれども、仲間と共に楽しむ部活もいいのではないか? 全国のそんな部活の中から才能のある子たちが出てくるのでは? 世界的バレエコンクールで日本のバレリーナが毎年のように上位に入賞するのは、日本国内に大小たくさんのバレエ教室があるためと聞いたことがあります。子どもたちは楽しんでバレエレッスンしてその中から才能ある子が伸びてくるのだそうです。ナルたちがスマホでやりとりしていますが、日本の小学生はまだスマホは持てないと思うので(それともキッズ携帯?)、どうしても中学生のような設定の物語に思えます。11月15日付日経新聞に「お隣の韓国で、初の絵本が出版されたのは1980年代末。ソウル五輪のころ経済成長をとげ、言論や出版の自由が広がったのが背景だという。日韓の絵本を紹介する、千葉市美術館で開催中の展覧会で知った。大正期から100年超の日本とくらべ歴史の短さに驚く。」(春秋 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65984750V11C22A1MM8000/ 日本経済新聞 2022年11月15日2:00 ※会員限定記事)という記事がありました。韓国での児童書に対する手厚い保護については聞いたことがありますが、なるほどと思いました。

さららん:思うようなタイムを出せず、今までの地位から落ちたカン・ナルは、自分で自分を受け入れられない葛藤を抱えています。そんな閉塞感とは対照的な、透明感のある広々とした空間のある絵が、物語の風穴になっているのかもしれないと思いました。そして幼馴染で水泳部部長のスンナム、親友サラン、転校生で水泳部に入ってくるテヤンをはじめ、群像がよく描けています。焦っているカン・ナルと反対に、テヤンは前向きでマイペース。ナルの姉ボドゥルも、葛藤を経てきたはずなのに、とにかく明るい。ナルの母親も、自己実現のために子どもに何かをさせている親ではありません。そんな周囲の人々が重いテーマの救いになっています。p224で、ナルは苦しい秘密をチームメートに告白しますが、みんなが「とにかくごはんを食べよう」と誘ってくれるところなど典型的です。またテヤンが科学者になりたいと思っていたり、ナルとスンナムとテヤンが公園に1か月通って、月の観察をしたりする章があることで、水泳がテーマの物語に思いがけない奥行が出ています。泳ぐことと空中遊泳の類似など、宇宙への広がりを覚え、気持ちのよい部分だなあと思いました。気になったのは、視点のギアチェンジが時々ぎくしゃくするところです。テヤンと交互に話が進むのかと思いきや、主人公はやはりカン・ナル。ほぼカン・ナルの気持ちに寄り添って読めるのですが、ただその視点が大きく揺れることがあるのです。例えばずっとナルの心理に寄り添った描写だったのに、急に突き放すような「八年の友情に危機がおとずれた」(p45)」という客観描写があって……「八年の友情もこれで終わるのだろうか」と書いてあれば、ついていけたのですが。

ニャニャンガ:ご近所なのに、あまり知らない韓国の学校事情がわかり興味深く読みました。水泳部の女子エース、小6のカン・ナルの目を通して、本気で水泳をすることの厳しさが伝わってきます。ライバルの水着を盗んでしまう場面にはドキドキしましたが、きちんと始末をつけていさぎよかったです。挿絵が豊富にあるおかげで読み進められる読者もいるのではと思いました。

まめじか:物語全体をとおして、ナルは水の中でもがきながら、前へ前へと進もうとします。競泳から飛込に転向した姉が、「自分の力で進んだなら、思ったのとちがって下に下に向かってしまったとしても、それは落ちてることじゃなくて飛んでることになる」(p194)とナルに語るのが、心に響きました。ボーイフレンドのテヤンやチームメイトとの関わりもよく描かれていますし、あたたかみのある絵がいいですねえ。最後の行にある「見てろ」は、日本語で読むと少し強いというか、闘争心をストレートに感じました。

ハル:私は、何人かの方がおっしゃっていたような、大人っぽさは感じませんでした。恋愛も、初恋の初々しい範囲かなと思います。それに、大人の私でも、もし自分がライバルの水着をとってきちゃったとしたらと考えると、それをいろいろ言いつくろって自然に返せる自信はないなぁ。シューズとかラケットとかだったらまだ「間違えちゃった」でごまかせるかもしれないけれど。なので、ナルが「もう水泳もできないかもしれない」というくらいに追い詰められたのも理解できます。全体的にはいいお話だったけれど、デビュー作だからなのか、皆さんがおっしゃるように、読みにくいところはあって、もう少しブラッシュアップできそうだなと思いました。そもそも、4番レーンと5番レーンの説明ってありましたっけ? 予選でいちばん速い子が4番レーンを泳げるんですよね? たぶん。その説明は、必要だったと思います。

(2022年11月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)

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