クワミ・アレグザンダー/作 原田勝/訳
岩波書店
2023
エーデルワイス:『タフィー』(サラ・クロッサン著 三辺律子訳 岩波書店)以来、横書きにも大分慣れた気がします。詩なので時々声に出して読んでみました。12歳双子の一人ジョシュ・ベルの苦悩や葛藤が痛いほど伝わってきました。バスケットの世界ですから最近話題の「スラムダンク」の映画を観ておけばよかったと思いました。近日再上映がありますので観たいと思います。生活を支えている中学校の教頭先生をしているお母さんが、成績、品行方正、良質な食べ物について言うことに対し、元バスケット花形選手だったお父さんは日常がすべてバスケットのこと。ジョシュとJB(ジョーダン・ベル)はなかなか大変と思いました。お父さんが現役時代に膝蓋腱炎の治療をせず引退。さらに心臓が悪いのに病院に行こうとしないことがどうしても理解できませんでした。
きなこみみ:私もバスケ気分を盛り上げようと、「スラムダンク」をネットで見たりしました。弾けて躍動する体のリズムやスポーツを表現するのに、「詩」はちょうどいいジャンルなのかもしれません。翻訳も手が込んでいて、原田勝さんはさすがだなと思いました。これまで、双子として不動のタッグを組んでいた兄弟の間に、ふとしたことでヒビが入って、片方に彼女ができたりして、溝が深くなっていくんですよね。その微妙な心の機微が、バスケシーンの躍動感とともに味わえるのは、アニメやなんかの映像作品に比べて視覚的には弱い文学としての強みだなあと思います。
兄弟の間にひびが入るきっかけである、ジョシュのドレッドヘアが切られてしまうシーンは胸が痛みました。ジョシュが髪を大事にしているのも知っているはずなのに、ドレッドヘアを切ってしまったり、テスト中にメモを回して、カンニングと思われてジョシュが怒られてしまうところとか、密に繋がっていた二人が離れていく、思春期の兄弟ならではの複雑なところ、家族の中で孤独を感じるところが自分の痛みのようで刺さりました。あと、あんなにお父さんの病気が悪化しているフラグが立っているのに、なんで病院に行けなかったのかというのが、最後まで疑問で……。意識を失ったところで、救急車とか呼ばないのかな、とか。アメリカの医療事情もあるのかもしれないですが、なんだかやきもきしました。頑として病院に行かないお父さんの意識の裏には、自分が強いといつも思いたいマッチョな思考があるのかもしれないとも思いますが。
でも、この躍動感のある作品が、バスケが国技のようなアメリカで、ブレイクしたのはわかる気がします。
雪割草:引き込まれて一気に読みました。子どもの頃、兄がバスケが好きで「スラムダンク」の全巻を持っていたので、それを読んだのを思い出しました。構成も、作品を一つの試合に見立てていて、おもしろいと思いました。詩の形式であることで、想像の余地があって余韻が感じられ、胸に迫ってくるような切なさが伝わってきました。作品全体を通じ、父の存在の大きさが描かれています。クロスオーバーの名手であった父。「クロスオーバー」という言葉は、タイトルでもあり、バスケの技の名前でもあり、なにかを超えていくという意味として、主人公ジョシュの成長も伝えていると思いました。
ハル:余韻の残るいい話でした。バスケットは全然わからないので、最初は「わー、これは困った」と注釈を読みながらなんとか読み繋いでいく感じで、ちょっときつかったのですが、だんだん絵が浮かぶようになってきて、後半になると試合の描写にもハラハラできました。バスケットに全然興味ない、という子でも、最初の何ページかを乗り越えて、ぜひ読み切ってほしいです。詩の形態の物語はこの数年で何冊か読みましたが、小説に比べたらまだまだなじみがないので、やっぱり抵抗は残るものの、躍動感やスピード感、主人公の不器用な心情を語るのにも、「詩」の形態の可塑性というか、いろんなことができ
るんだなぁという、それこそ「可能性」を感じました。最後のJBのフリースローは決まったのか決まらなかったのか、にくい終わり方です。
アカシア:私は原書を先に見ていたのですが、ラップとかヒップホップのノリを感じて、私にはとても翻訳は無理だと思っていました。なので、原田さんのすばらしい訳を見ても、最初は違和感がありました。また原書の本文のレイアウトはきれいにリズムを作っているのですが、日本語で見ると、違うリズムが聞こえてきてしまって、正直あまりきれいだとも思えませんでした。つまり、日本語版を作るのが、とても難しい本なのですね。ただ、ある時期まではとても仲が良くていつも一緒に行動していた双子のあいだに亀裂が生じ、それぞれの個性もくっきり現れるようになり、そのうち口もきかない状態になり、時間を経てまた仲直りしていく、という状況は、とてもよくわかりました。
アメリカでは映画化もされているようですね。アメリカでは賞もたくさんとり、よく売れた本で、本好きではない男の子も夢中になって読んでいると聞きますが、日本では年齢対象も上がってしまい、そのあたりはなかなか難しいですね。
西山:原書では、本文のレイアウトはどうなっているんですか?
アカシア:違和感のないデザインで、きれいなんです。
アリグモ:以前1回読んで、今回が再読になります。でも、内容をいろいろ忘れていました。最後に主人公が12歳だと知って、前回も多分びっくりしたと思うのですが、今回もまたびっくりしました。中学生とは書いてあるけれど、恋愛関係の部分のせいか、16~17歳くらいをイメージしてしまっていました。さて、本文ですが、詩を巧みに使った物語で、魅力的です。ある言葉の説明にまるごと詩を一つ使ったり、お母さんからのメールを並べる章があったり、いろいろな使い方をしています。気になったのは、病気の部分。お父さんは息子とバスケをやってダンクの瞬間に倒れて、結果的に亡くなる、というストーリーが先に決まっていて、説得力のある病気を探したのかなぁ、などと穿って考えてしまいました。伏線として、高血圧症で、おじいちゃんも同じ病気だった、などと説明はありますけれど、それにしても、プロのアスリートが心筋梗塞で39歳で亡くなるというのは、かなりレアケースのような…。ただ、そう感じるのは日本の医療の感覚で考えているからで、アメリカではそうとは限らないのかもしれませんが。
西山:基本的にスポーツは全方向的に興味がなくて、当然ルールも知りません。スポーツ物の作品はおもしろく読みますけれど、詩の形は、私は読むのはしんどいです。巻末の「訳者あとがき」で「文字で埋まった分厚い本を読むのが苦手な読者にも受け入れられ」とありますし、実際、多く読まれているとのことですが、余白を想像するのは結構難しい読書だと私は思うのですけれど……。でも、原文を声に出せばラップみたいでかっこいいのかな。ラジオドラマならかっこいいのかもなと思いました。遺伝性の病気を気遣ってお母さんが食べさせるヘルシー志向のメニューとかおもしろかったです。ジョシュの出場停止処分で、これは、学校が下した処分ではなかったと思いますが、これまで読んだアメリカの翻訳物で暴力行為やいじめに対する処分が結構厳しいなと感じたことを思い出しました。
アンヌ:スポーツは苦手だし、最初の1ページ目を見て果たしてこれを読めるだろうかと心配したのですが、気がつくと一気読みでした。詩ではあるけれど、読みやすかったしおもしろい試みの連続でした。言葉の例題を出したり、心の中の実況中継をしたりすることで主人公の気持ちや葛藤がわかっていくし、バスケットの規則や見所も理解できるようになるのはすごいと思いました。私は双子の物語で兄弟が同じ女の子を好きになるというパターンが嫌いなのですが、それ以前に二人の違いとかが書かれていたので、JBの恋も思春期での道が分かれる過程として読めました。だから、父親の死を前にした二人の行動の違いを周りも自然に受け入れていて、誰もその態度を責めない。日本のスポーツものなら兄弟一丸となってと書きそうなところですよね。父親が病院になぜ行かないかというお話が出ましたが、家が貧しかったり、日本のように自治体による健康診断がとかなかったりしたせいで医療に縁がなかったのかもしれません。救急車も有料だそうです。でも、スポーツ心臓と遺伝性の高血圧だとしても、もっと早く病院に行ってほしかったと思います。原文がラップ調だというのが反映していないことやp219の短歌が逆に整えられていないのはなぜだろうとか、詩を翻訳する難しさを感じますが、それでも、詩という形式が読む邪魔をせず、言葉が好きな主人公の独特の語りとして読める、とても魅力的な作品だと思います。
しじみ71個分:2014年刊の原書がニューベリー賞を受賞したというニュースを2015年くらいに読み、それ以来ずっと読みたいと思っていた本でした。受賞の評に、詩で書かれた物語という言葉があり、詩の形式で書かれた物語の存在を認識したのがその時だったと思います。バスケで詩ならラップ、リズムはヒップホップだろうと思ったのですが、いったいどんな本なのか、翻訳できるのかな、など思いを巡らせていましたが、ニュースから9年越しで、やっと読むことができました。訳者の原田さんに心からありがとうと言いたいですし、今回みなさんと一緒に読めてうれしいです。
で、読んでみた感想ですが、普通に詩を翻訳すること自体がとても難しいのに、英語のラップ、ヒップホップのリズムを日本語で表すのは難しいのかなぁと、まず思いました。訳文からリズムが聞こえてくるかというと、そこはちょっと期待と違ったかもしれない……。ですが、本のテーマになっている思春期の心や家族の問題という内容が生々しく迫ってきて、とてもおもしろくて一気に読んでしまいました。ジョシュは勉強もできるし、バスケの将来を嘱望されるような男の子なのに、どこか幼稚でバスケのことしか考えていなくて、でも双子の兄のJBに彼女ができてうらやましいし、JBがバスケより女の子に夢中なのも許せないし、やっかみやら何やらグチャグチャ、モヤモヤが高まっていく様子にはハラハラしました。高まったイライラが爆発して、とうとう危険なパスでJBに怪我をさせてしまう場面は読んで胸が苦しくなりました。加えて、尊敬するダ・マン(ただ一人の男という意味でいいんでしょうか?)と称されるほどのバスケ選手だった父親が病に倒れ、遂には亡くなってしまうことで砕けるジョシュの心模様は、読んでいて本当につらかったし、読み応えがありました。感情に迫るというのは詩の真骨頂というところでしょうか、胸に刺さりました。
それと、とても作者がうまいなぁと思うのは、普通の会話だけでブラックカルチャーが浮かび上がってきたところ。息子はカニエ・ウェスト、父はコルトレーンやらマイルス・デイビスなんて具合に自然に触れられていて、心憎い演出だと思いました。待って、読めて本当によかったです。原書はいったいどんな感じなのか見てみたいです~。
蛇足ですが、ネットでアメリカの中学生バスケの映像を見てみましたが、これは中学生ですか?という感じでした。それから、本の表紙ですが、私は原書のちょっと重い感じの絵がよかったなぁと思っています。最後に、「クロスオーバー」というタイトルですが、ディフェンスを左右に揺さぶるバスケの技の名称でもあり、向こう側へ越えていくなどの意味もあり、ちょっと奥深そうで気になります。続編も楽しみです。
花散里:STAMP BOOKSは出版されると読んでみたいと思う作品が多いのですが、この作品を手にしたとき、バスケットボールのことがまったく分からない上に、ジャズやラップなどの音楽についても余り知識がないので読みにくいと思いました。そして韻を踏んだ横書きの詩物語であること、活字の字体、字の大きさが大から小に変わったり、斜めだったりするのも読みにくいと感じました。「訳者あとがき」で「分厚い本を読むのが苦手な読者にも受け入れられ」っと、記されていることには、果たしてそうだろうかと疑問に感じました。
もうすぐ13歳の双子の兄弟の生活、女の子のことや両親について、日常のことなども、日本の中学生よりも年上のように感じられました。後半、父親が亡くなる場面、兄弟間の確執が解消されていくところは惹きつけられように読めましたが、日本のヤングアダルト世代に手渡すのには難しい作品かなと思いました。
アカシア:先ほど、原書のイメージはどうなのかというご質問がありましたが、かなり違うんですよね(原書の1ページを見せる)。
参加者:うわぁ、原書のイメージはやっぱり全然違いますね。レイアウトも似せているのに、ひらがなと漢字で表すとなんだか見た目が違ってしまいますね。うーん、普通の文章のレイアウトでよかったのかもしれないですね……
参加者:“moving & grooving” “popping and rocking”とか、sizzling、drizzlingとか、かなり韻を踏んでいますね。これで文にリズムが出るんでしょうね。すごいな。これは日本語にできないような気がします……
(2024年07月の「子どもの本で言いたい放題」より