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『思いはつのり、言葉はつばさ』表紙

思いはいのり、言葉はつばさ

木の葉:きれいな本だなと思いました。タイトルも好き。テーマもいいと思います。おもしろいものを見つけたな、と。ただ、まはらさんの作品としては、ちょっと物足りなかったです。私はたぶん中国への関心が高いほうなので、女書(ニュウシュ)というのも聞いたことがありましたが、改めてちょっと検索してみました。女書は湖南省江永地方に伝わるものとのことで、この地域は、漢民族と、少数民族であるヤオ族が混ざり合って暮らしている地区だそうです。ヤオ族は、歌や踊りが上手で女書もヤオ族の影響を受けて七言句の韻文だとのことです。作品の中で、少数民族はハル族という架空のものにしています。そのため、女書という実際のものを使いながら、いい意味でなく、ファンタジーっぽいものになってしまった気がして残念でした。時代設定が明確でないことも、もやもやさせます。それから、人名ですが、多少中国語がわかる人間は、どうしても裏の漢字を探りたくなるけれど、あまり見当がつきませんでした。

さくま:女書(ニュウシュ)については知らなかったので、テーマに興味をもって期待して読んだのですが、内容はちょっと物足りなかったです。ニュウシュのことは男性には(父親にも)知られないようにとさんざん言っておきながら、父親はすぐに認めて筆まで買ってきてくれるし、警察が来た時にはこの主人公は「そこはニュウシュの勉強をするところです」と言ってしまいます。シューインとの仲も、憧れだけで深まらないうちにシューインは嫁入りをしてしまう。またシュウチーとのことも、大変だと思わせておきながら、「ワン」ではなく「ヤン」だという言い訳と、纏足の臭い靴をぶつけられただけで警察は引っ込んでしまう。もう少し綿密に物語世界を構築すれば、もっとおもしろくなったはず。それにニュウシュが役立ってチャオミンが活躍するという場面がないのは残念でした。結婚するシューインに三朝書を書くという場面は出て来ますが、それで辛さそのものが解決されるわけではなく、辛さをまぎらわせるため、となっています。結局、縛りや枠の中でなんとかやっていくということが大事という価値観になってしまっているように思いました。巻末に参考資料が3点上がっていますが、舞台となる場所も見に行かずに他の文化のことを書いてしまっていいのかなあという疑問が残りました。ストーリーが深まっていかないのは、そのあたりにも原因があるのではないでしょうか 。

花散里:まはら三桃さんのこれまでの作品とはちがった印象を受けました。装丁がきれいで美しく、タイトルも印象的で、中国の暮らしなどが分かり、好きな作品でした。女書のことを知りませんでしたので、見返しの模様が女書だとはわかりませんでした。纏足のことも、子どもたちはこの作品で詳しく知ることができるのではないかと思いました。少年、ワン・シュウチーとの出会い。シュウチーがいろいろな事情を抱えていて、後半の展開は興味深く読めました。女の子にすすめたい作品ですが、男の子には難しいでしょうか。

カピバラ:女書という、表舞台には登場しない文化についてとても興味をひかれました。だれにも言えない想いを、言葉につづって相手に伝える、ということは、今このデジタルな時代にかえって新鮮に感じられます。でも物語としては登場人物の造形が通り一遍で深みがなく、展開も盛り上がりに欠けて印象が薄かったと思います。一昔前の少女小説みたいな感じがして、作りものめいたというか、うそくさい感じを受けました。中国の民族間のちがいや文化についても、もうちょっと知りたい気がしたし、フィクションじゃなくてノンフィクションだったらよかったのにと思いました。見返しのデザインが女書だということも、どこにも書いてないので物足りなかったです。

トマト:読む前にネットの情報で、中国で女性だけが使っていた女書という文字のことや纏足を扱うものだと知り、期待して読み始めたのですが、予想していたのとちがい、軽く読める本だという印象でした。

マリンゴ: 私は非常に魅力的な物語だと思いました。辺境の部族のことをよくこんなに徹底的に取材されてるなと思ったら、あとがきで、登場する民族が「一部私の創作」と書かれていて、ひっくり返りましたけれど(笑)。それでも、がっかりという感じではなく、魅力は失われないと思いました。女文字は実在するわけで、事実とフィクションの境目をうまく描いた作品だと思います。ただ、この本の後で、『明日をさがす旅』(アラン・グラッツ/著 さくまゆみこ/訳 福音館書店)を読むと、その境目の描き方がさらにうまいので、違いはあるなと感じました。シュウチーが村に帰っていくシーンでは、ひとりでは抗えないことに対してあきらめないで戦っていくことについてのヒントを、チャオミンが得た気がしました。とてもいい言葉だと思ったのは、p239 「生活をするために必要な分以上のお金は、贅沢のために使うのではない。人の命を救うときに使うんだ」です。

西山:まず、装幀が美しい! ♯KuTooと絡めて、ちょっと書くつもりだったので、これは外せない作品だ、と嬉しく読みました。よくこんな題材を見つけてきたなと、感心したのですが、編集者からの働きかけだったんですね。まはらさんは、作品ごとにいろんな題材で書いてこられているけれど、本当に目のつけどころがおもしろいなと思いました。ただ、この物語の時代がいつなのかが気になります。前近代イメージで読み進めてきて、p103で「いいアイディアだね」の台詞が出てきて、へっ?! となっちゃったんです。あとで「警察」が出てきて、決定的に、いつの話だ? となってしまいました。「反体制」で警察に追われ、けれど、ジャコウという高価な賄賂でなんとかなるというのは、気になりすぎて、ちょっと物語から気持ちが離れてしまったのが残念です。でも、全体としては、豊かな女性の文化を感じさせてくれるし、「結交姉妹」というシスターフッドが、女同士の支え合いを見せてくれたし、女の子の育ちを応援しようという感じで共感をもって読み終わりました。

まめじか:エンタメとして読んだので、細かいところはあまり気にせずに楽しみました。文字を知り、世界を広げていくチャオミンの姿がすがすがしいですね。気持ちを言葉にしたいという想い、はじめて文字を書いたときの神聖な気持ちと胸の高鳴り、書き終えたあとのつきあげるような喜びが伝わってきました。纏足に象徴されるような、女性が力を奪われた社会にあっても、喜びや悲しみをつづることで支えられ、自由になれるのだと感じました。けして豊かではないグンウイやシュウチーが、貧しいわけでもないチャオミンのために落花生をくれたり、お母さんがチャオミンをあたたかく見守っていたりするのも、読んでいてあたたかな気持ちになりました。

さららん:私もエンタメとして楽しみました。ニュウシュという素材をとりあげ、子どもたちを楽しませながらも、少し考えさせる作品だと思います。文字を書くことで女性が自己表現を知り、生活の辛さから解放されるという要素がよかった――書き方は軽いかもしれないけれど。主人公チャオミンのはずむようなかわいらしさにひっぱられて、読み進めました。フィクションとしての中国は、作り物めいているかもしれない。でも、子どもが安心して中に入っていけるという面もあります。漫画を多く読んでいる子が、本の世界に向かうのにちょうどいい橋渡しになるかも。チャオミンの字がだんだんうまくなっていき、素朴だけれど心が伝わる表現ができるようになるところに、成長を感じました。珊瑚の筆があたたかかった。

コアラ:中国の女書というのは初めて知りました。見返しに飾りのようなものが印刷されていて、最初は単なるデザインかと思ったのですが、読み終わってみると、これが女書かもしれないと気がつきました。とても繊細ですよね。カバー袖の「わたしのちいさなサンゴの筆で、あなたへ言葉を送ります」とあるのも、最初はあまり意味がわからなかったのですが、読み進めていくと、とても思いのこもった手紙の書き出しだとわかって、胸が熱くなりました。日本人が、中国の女書のことを書く、というのがおもしろいと思いました。あとがきを読んで、作者がいろいろ調べたことがわかったのですが、調べて書いたことをあまり感じさせないのが、いいとも言えるし、時代設定をきちんとしていないとも言えると思います。登場人物、特にチャオミンがとても生き生きしているのはいいと思いました。「結交姉妹」というのもいいですよね。年上のお姉様への憧れがよくあらわれていると思います。女書の背景には、女性たちのつらい結婚生活があったということですが、現代の子どもが読むときには、仲間内だけで通じる暗号のようにとらえてもおもしろいんじゃないか、子どもたちが女書のような暗号を作ってみたりしたらおもしろいかも、と思いました。

ハル:チャオミンが覚えたての文字で書く手紙が、まっすぐで、言葉に綴る喜びにあふれていて、初々しくて、絶妙に胸をつき、作家はうまいなと思いました。題材も、お話も、大人の私はおもしろかったのですが、纏足しかり、前を向いて歩き続ける希望や、自由を求めての抵抗ということよりも、つらくてもこっそり文字に綴って耐える、というほうが強く印象に残り、子供が読んだときに「つらいときは書きましょう、歌いましょう」そして耐えましょうと、秘めてたえることが善策なのだと思わないといいなと思いました。

ルパン:おもしろく読みました。私が読んだこの著者の作品のなかでは、これが一番よかった気がします。ただ、『思いはいのり、言葉はつばさ』というタイトルが優等生すぎて、自分からは手に取らなかったかもしれません。中身のほうがずっとよくて、最後までふわっとした感じで読めました。耐えていた女性たちの歴史とか、知らない人のところにお嫁に行ってつらい目にあう中国女性の悲しみとか、ほんとうはつらいことがたくさんあるのでしょうが、少女たちの友情、親子の愛情などで美しいもので包まれている印象です。漢族の中にも貧富の差があったり、ほかの民族に対する差別意識があったり、それぞれプライドがあるのですが、いじめや争いにつながらず、友情で結ばれていくところがよかったです。「軽い」というよりは、本当に「ふわっとした」感じが全編にただよっていると思いました。纏足の靴を投げつけたらあまりの臭さに警察が逃げていく場面で笑っちゃったんですけど、そんなに簡単に脱げたのかな、という疑問が残りました。脱ぐのはたいへんだったんじゃないんでしょうか?

木の葉:時代背景については、近現代だとは思いました。纏足がいつごろまであったのか、というのはひとつのカギかなと。実は清代には禁止されていたものだそうです。清王朝は満洲族なので。ただ、実際には行われていました。辛亥革命後の1912年に纏足禁止令が出ますが、なかなかなくならず、1950年代まで続いたようです。物語に警察も出てきますので、イメージとしては解放前(1949年)ぐらいでしょうか。

さくま:当事者しか作品は書けないとは思いませんが、自分にルーツがない場所を舞台にするときは、やっぱり細心の注意をはらったほうがいいように思うんです。アイヌをとりあげた菅野雪虫さんの『チポロ』(講談社)にも同じような違和感を感じたのですが。ノンフィクションでなくても他者の文化を大事にしながらもっと対象に迫っていってほしいです。おもしろいテーマ、というだけではまずいんじゃないか、と思いますが、考えすぎでしょうか。

西山:歌や衣装は実在の民族のものを下敷きにしてるんですよね、きっと。

トマト:装画がかわいいですね。若い女性が手に取りたくなる本だと思う。この作品は、時代をさかのぼった中国の奥地の村を舞台とし、主人公は漢民族と少数民族の間に生まれた少女なのだけれど、読者はこのイラストのイメージで読んでいき、例えば私が思い浮かべるようなリアルな中国ではなく、中国の雰囲気が漂うふんわりとしたアニメーションのような世界を思い浮かべて読んでいるのだと思う。それはそれで悪くはないのだけれど、少し物足りない気がしています。

マリンゴ: まはらさんの作品だと、徹底的に取材して事実に基づいて書いたもの、と思ってしまうんですよね。

西山:カタカナ名前より、漢字にルビのほうが、その人物と漢字が表す意味が結びついて入っていきやすかったかなと思います。見た目は紙面が黒々としてしまうけれど。それぞれの名前に当てられる漢字が分かるなら知りたいです。

木の葉:ですよね。漢字が見えない。たとえば、「チャオ」というカタカナから考えられる中国語の音は4種類あって、カタカナでは多種類の音を統合してしまいます。昨今は、映画などでも、カタカナ表記が一般的ですが、もともと漢字は表意文字なので、漢字にルビをふってくれたほうが、しっくりきます。

花散里:結交姉妹になったシューインは、美人で裁縫も文字も上手、という魅力的な女性のようなので、どんな漢字なのかと思いました。

西山:「〜さんにわたしは書きます」という手紙の書きだしがなんとも愛らしい! 中国の手紙の書き出しの定型として、こういう形があるのでしょうか?

木の葉:私は、歌なのではないか、と思いました。

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エーデルワイス(メール参加):美しい文体です。「ニュウシュ」は文字や書というよりなんだか模様のようですね。女性同士で手紙を交換していたなんて、子どもの頃に読んだ吉屋信子の少女小説(母世代のベストセラー作家)を思い出しました。女学校の憧れの先輩に「お姉様になって」と告白するなんていうこと、書いてありましたよね。漢族の女性は『纏足』するけれど、ハル族の女性は『纏足』をしないとか、民族によって違うのですね。それにしても痛そう。切ないけれど爽やかな読後感でした。

(2020年02月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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『わたしは女の子だから』表紙

わたしは女の子だから〜世界を変える夢をあきらめない子どもたち

『わたしは女の子だから〜世界を変える夢をあきらめない子どもたち』をおすすめします。

私は、教科書的に教えようとする本はあまり好きではないので、この本も最初は敬遠していたのだが、読んでみたらなかなかよかったので紹介したい。

ネパール、ジンバブエ、パキスタン、フィリピン、南スーダン、ウガンダ、ペルー、カナダと、世界のさまざまな国で暮らす女の子たちが、自分が抱えている問題をそれぞれに語っていく。

例えばネパールのアヌーパは、貧困な家庭に生まれ親が借金をしていたので学校に行けず、7歳で奴隷のようなカムラリになる。そして8年間家事労働を毎日させられたあげく、解放されて国際NGOの支援を受け、起業家になる勉強をして、動物用医薬品店を経営している。南スーダンで生まれたキャスリンは、両親が留守の間に近所で銃撃戦が始まり、弟たちを連れて200キロも歩いて国境を越え、ウガンダにある難民キャンプまで逃げる。今はそこで弟たちの面倒をみながら、両親と再会できる日を夢見ている。

ここに出て来る国際NGOとは、プラン・インターナショナルという団体で、世界の女の子たちが、十分な食事をあたえられずに家事労働をさせられ、10代で結婚・出産させられ、収入も発言権もない状態におかれている現状を変えようとしている。

ちなみに2018年の男女平等ランキングを見ると、日本は149か国中110位で、世界平均よりはるかに下だ。この本に登場する国をこのランキングで調べても、日本より下にあるのは、148位のパキスタンだけである(南スーダンはこのランキングに含まれていないが、あとは8位のフィリピンから105位のネパールまですべて日本より上)。つまり私たちの国は、衛生面や教育面ではましかもしれないが、女の子たちが不自由な概念や労働条件などに縛られているという点では、この本に登場する少女たちと共通する問題も抱えている。

ところで、本書は原書のレイアウトをそのまま使っているらしく、横書きの文章がずっと続く。私は日本語は縦書きのほうが読みやすいとおもっているのだが、若い世代は横書きの長い文章にも抵抗はないのだろうか。

(トーハン週報「Monthly YA」2019年6月10日号掲載)

キーワード:少女、貧困、難民

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スーザン・ヴァーデ文 ピーター・H・レイノルズ絵 さくまゆみこ訳『みずをくむプリンセス』表紙

みずをくむプリンセス

西アフリカのブルキナファソ出身で世界各地で活躍するファッションモデル、ジョージー・バディエルさんの子ども時代を描いた絵本です。主人公はジージーという少女。ジージーはお母さんやお父さんからプリンセス・ジージーと呼ばれていますが、朝早くに起こされて、ティアラのかわりにつぼを頭にのせ、お母さんと一緒に遠くの川まで歩いて、水をくみに行かなくてはなりません。そして、水をくむとまた、お母さんと一緒に歩いて家まで戻ります。

新型コロナウィルスの感染防止策として、手をアルコールで消毒したり、石けんでよく洗ったりするようにと言われていますが、アルコールも石けんも水もすぐそばにはない子どもたちも世界にはいます。この機会に、そう言う子どもたちにも思いを寄せてみませんか。アメリカ図書館協会のnotable booksに選定されています。

ジョージー・バディエルは今、カナダの「ライアンの井戸」という組織と一緒に、アフリカ各地に井戸を作るプロジェクトを進めています。

『てん』(あすなろ書房)、『っぽい』(主婦の友社)などの絵本で日本でも有名なレイノルズさんが、アフリカを舞台に絵を描いているのも、見所です。

さ・え・ら書房は、オビ(今見たら、作者名がすっかり隠れているけど、いいのかな?)にSDGsの指標を入れているのですが、それによると、4(質の高い教育をみんなに)、5(ジェンダー平等を実現しよう)、6(安全な水とトイレを世界中に)、8(働きがいも経済成長も)に該当する絵本のようです。

(編集:佐藤洋司さん 装丁:安東由紀さん)

キーワード:アフリカ、水、女の子

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エレン・クレイジス『その魔球に、まだ名はない』

その魔球に、まだ名はない

アンヌ:表紙が妙に女の子っぽくて奇妙な気がしました。少し全体的にいろいろな要素が見えるのに物足りない感じがしました。お母さんだけではなくお姉さんの物語があってもいいのに、とか。昔、女子野球があったことに気づいてからは、わくわくと楽しかったのですが、資料を送って来てくれた人との交流が少ない気もしました。後半は資料負けした気もします。

彬夜:まず気になったのは、タイトルです。どうしてこういうタイトルにしたのかが、よくわかりませんでした。5章の章タイトルと同じなんですね。物語の冒頭部分で、注意深く主語を書いてません。p15になって、「わたし」と出てきますが、こういうところ、原文はどうだったのかな、と思いました。女子が「女子らしくない」ことをやる物語は嫌いじゃないです。とはいえ、リトルリーグが女子に門戸が閉ざされているという認識を持ってないはずもなかろうと思うと、ちょっと設定が不自然だな、と。それを言ったら始まらないのですが。前半、物語に入りづらかったのは、2章の経緯説明がごちゃごちゃしていることも原因の一つかもしれません。p16~20にかけて時系列が入り組んでいて、時期をあらわす言葉がたくさん出てきます。「事の発端は去年の夏休み」「それから一週間」「野球といえば、七歳のときから」「去年の六月からは」「こうして去年の夏は」「九歳の誕生日の一ヵ月前」「四年生に進級するころには」「今年の夏休み」これが出てくる順。ほかにも引っかかった箇所がけっこうありました。p16の「ジュールズ本人は背が低くて、運動神経が鈍い。ピアノだけは例外で、ピアニストとしては優秀だが、スポーツは苦手だ」というのも不思議な文章。p17に「男子が空き地で野球をしていた」とあるのですが、これはピーウィー・イシカワ1人だったんでしょうか。p18の「良い意味で、バイキングに似ている」「髪も目も黒くて、見た目はコミックのキャラクターのようだ」というのもよくわからないです。p21に「ジュールズのママは専業主婦で、テレビに登場する母親のようにエプロンをして料理する」というのは、ふつうエプロンはしない、ということなのかな、と思ってちょっとおもしろかったです。p31「韓国で従軍したぼくのように兵役にもつけない」とあって、なぜ可能形なのかな、と。これは、従軍を肯定的に捉えてのことなのでしょうか。でも、このセリフで、ああ、ハーシュバーガー先生は朝鮮戦争に参加したのか、と思うと、ふいに物語が近づいてきたようで、ハッとなりました。と、前半は乗れなかったのですが、後半はおもしろかったです。こういう風に物語が展開するの? と。いい意味での裏切られ感がありました。p234の「そのときには、この手紙も、野球界の貴重な歴史の一ページとなる」というのがいいと思いました。お母さんはちょっとかっこよすぎるでしょうか。いやなやつも登場しますが、基本的には善意に支えられた作品ですね。物わかりのいい人とそうではない人ときっぱり別れすぎかなという気がしないでもなかったですが。

すあま:アメリカのメジャーリーグ、しかも時代が古いので、日本の今の子どもにはわからないのではないかと思います。これが日本の話だったら、王さんや 長嶋さんが出てくるような感じかな? 日本では当時のアメリカのことがわかるような大人じゃないと楽しめないかも。途中、主人公が元選手の人たちにインタビューして、いろんな人がいろんな立場で話をするところは、おもしろいけれども、物語全体の中ではちょっと長く感じて飽きてしまいそうになりました。主人公は女子でそのクラスメートは日系人、アフリカ系アメリカ人など、この時代のアメリカでは不自由な思いをしている人たちを代表しているところはよくできていると思いました。この本を薦めるとしたら、アメリカの野球が好きな子で中学生以上、そして本をよく読んでいる子。読み手を選ぶ本だと思いました。

まめじか:タイプライターやアンゼンハワー大統領の時代って、今の子は簡単にイメージできるのでしょうか。p67で、戦時中、爆弾の製造に関わったと母親が誇らしげに言うのが、アメリカの物語らしいですね。チップのお母さんの言葉づかいが、「わかるんだい」「聞かしとくれ」など、やけにぞんざいなのが気になりました。原文のスラングをそう訳したのかもしれませんが、わざわざこんな言い方をさせなくてもいいのでは。p224で、お父さんが「ご主人さまのご帰還だぞ!」と言うのもひっかかりました。いくら昔の話でも、読むのは現代の子どもだし。女の子が社会の不平等に直面する物語にも合わないですよね。

マリンゴ: 女子が野球を続けられない状況に陥って、闘ったり葛藤したりする物語なのだろうとは想像ついたけれど、その闘いの方向が意外でした。自分で調べてみる。過去の歴史をさかのぼってみる。その結果、アメリカのプロ野球界に女子選手がいたことなど、私自身知らなかった事実がいっぱい出てきました。調べる、学習する、知識を得るということが大きな武器になる過程が描かれいます。人はなぜ勉強するのか、という問いに対する、1つの答えが出ている作品なので、読む価値があると思います。以前読んだ『変化球男子』(M.G.ヘネシー作 杉田七重訳 鈴木出版)では、主人公がスーパーガールで、そのすごさに説得力が欠ける気がしたのですが、この本では、そのあたりもリアルに感じました。野球の物語というより、何かを学んでいく物語だとも思いました。

ハリネズミ:私も、女の子がただ男の子と張り合うというだけではなく、調べていくところがおもしろかった。ただ、いろいろな資料に当たって調べていくので、ある程度のスピードで読める子じゃないと、根気が続かないかもしれません。アメリカはいろいろな手を使ってジェンダーの問題を取り上げていますが、こういうふうに実証的に書いていく本もいろいろ出ていて、興味深いです。

西山:公民権運動の渦中にあった50年代末のアメリカの物語だとは、途中までわからなかったので、一瞬とまどいましたが、ものすごく興奮しながらの読書となりました。最初から時代背景を言わないほうが、いまの問題として感じられるからいいのかも、と思うに至っています。学生と読み合いたいと思います。#Me Too, #With You的今日性に血が騒ぐ1冊でした。

彬夜:野球の常識が日米では違いますよね。日本では、中学生以下は軟式が多いんじゃないかと思うので、ちょっと戸惑うかも。

すあま:著者紹介に、この物語の前日譚にあたる作品があると書いてあったので、読んでみたいと思いました。お母さんの話なのかも。

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エーデルワイス(メール参加):1957年のアメリカで、リトルリーグに女子を入れないのはおかしいと、断固として引き下がらないケイティ・ゴードンと、図書館で調べるところがいいですね。(「ニューヨーク公共図書館」が、やっと私の市でも上映され、見たばかりなので興奮中です)女子野球の存在を浮き彫りにしているが、内容が盛りだくさんでした。もうこれ以上の母親はいないと思うほどの素晴らしい母親は、挫折を味わいながらも自分の仕事に誇りを持っているキャリアウーマンで、夫と離婚しても子どものことでは連絡を取り合っています。ケイティの二人の姉のうち一人は養子だというのも素晴らしい。

オオバコ(メール参加):アメリカの女子野球には、150年もの歴史があるんですね! 主人公のケイティの物語かと思ったら、途中から女子野球の歴史の話のほうがメインになっていきますが、どっちにしても「男しかできなかったことを、初めてやった女の子の話」って、痛快で、おもしろい。『ライディング・フリーダム:嵐の中をかけぬけて』(パム・M・ライアン作 こだまともこ訳 ポプラ社)も、死ぬまで女だということを隠して幌馬車の御者をしていた人の実話でしたが、「初めてやった女の子の話」のシリーズがあったらおもしろいと思いました(もう、あるかもしれないけど)。

ルパン(メール参加):タイトルがとても魅力的でいいと思いました。でも、「魔球」と話のテーマがどう結びつくのか、とまどいました。「まだ名はない」というところが、「まだ女子は出ていない」という意味なのかな。子どもにわかるでしょうか。子どもにわかるかといえば、はじめ、いつの時代の話かわからず、それもとまどいました。私の認識だとp51に「1957年」という年号が出てくるまではっきりしないと思うのですが。アメリカの子なら野球チームの名前ですぐにわかるでしょうし、日本人でもおとななら黒人差別のところで「あれ?」と思うかもしれませんが、子どもは今の話だと思って読んでいて混乱するかも。はじめ『変化球男子』とかぶりましたが、知られざる女子メジャーリーガーの話でおもしろかったです。しかも、話の舞台は50年以上前ですが、今もまだ続いている問題で、あきらめない気持ちや今後の課題など、本から得るものがたくさんあると思いました。

(2019年10月の「子どもの本で言いたい放題」)

 

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