アンニ・スヴァン/作 ルドルフ・コイヴ/絵 古市真由美/訳
岩波書店
2023.10
雪割草:おもしろかったです。言葉が美しく、語りもたくみで引き込まれました。一方で、全体に自然の掟の厳しさが描かれています。たとえば、「波のひみつ」というお話では、水の王が掟を破ったからと娘を容赦なく追放します。あと、思い出したのは、河合隼雄著『物語とふしぎ』(岩波書店)で、子どもがお母さんに、なんでセミは鳴いてばかりいるのかたずねて、結局、子どもが自分で「お母さん、お母さんと言って、せみが呼んでいるんだね」(p6)とこたえて納得するエピソードです。河合氏は、「『そのときに、その人にとって納得がいく』答は、物語になるのではないだろうか」(p7)といいます。この本のお話は、そんな「物語」として私のなかに入ってきました。物語の生まれるところに立ち合えたような気持ちになり、またひとつ、私の世界が豊かになりました。この作品をいま、紹介してくださった訳者に感謝したく思います。また、あとがきに書かれているように、「生きてゆくことの真実をまっすぐに見つめるまなざし」(p265)が感じられ、主人公たちが自分で決めて幸せも不幸も引き受けていく姿が、心に残りました。原書のタイトルはアンニ・スヴァンのお話集などのようですが、日本語はだいぶちがうので、どんなふうに決めたのか知りたいと思いました。
ハリネズミ:アンニ・スヴァンという作家を日本の子どもは知らないので、子どもの目と心をもっと引き付けるタイトルにしたいと思ったんじゃないでしょうか。
エーデルワイス:昔話の形式の創作が、作者独得の世界観をもっていて、おもしろく読みました。絵も素敵です。p19の挿絵ですが、背負っている籠からから鏡がでてきますが、この籠を実際に見てみたいと思いました。p159に1889年春フィンランドを支配して帝国ロシアが、フィンランドをロシア化しようと厳しい施策をとり始めたとありました。この時代背景を知って読む「春をむかえにいった3人の子どもたち」は趣が全く違います。フィンランドにおける公用語フィンランド語とスウエーデン語の事情もわかり、今まで知らないことばかりだったと思いました。この短編集から何か選んでストーリーテリングをしてみたいと思いました。
きなこみみ:短編集なのですが、ひとつひとつの話の味が濃くて内容が深くて、歴史的なものといいますか、神話とか、その土地に根付いている物語のエッセンスだとか、いろんなものが深く織り込まれていて、物語の厚みを感じました。深読みすればどこまでも深く読めそうな気がします。焚火のそばで、古老がひとつひとつを語ってくれているような、そういう雰囲気もあって、はじめて読んだのですが素敵でした。ひとつひとつの物語の根底に流れている価値観ていうのか、子どもにこれを語り伝えたいんだという確固たる姿勢を感じました。例えばひとつめの「お話のかご」だと、3人息子がいて、それぞれに成功するんだけれど、世間的な成功よりも、お話がたくさん生まれて、それを皆で楽しむところに喝采が送られていたり、「山のペイッコと牛飼いのむすめ」では、牛飼いの娘に山のペイッコが言い寄って、宝石やドレスという物質的なものを差し出しても、自分は自由に駆けまわったり、牛の世話をしたりするほうがずっと幸せなの、という自分の価値観をつらぬいたり。世代を超えて子どもたちにこれを伝えたいんだよ、っていう作者の声が作品の中から聞こえてくるようで、共感しました。後書きで、「春をむかえにいった三人の子どもたち」の背景には、ロシアの占領下にあったフィンランドのことがあると読んだのですが、それもまた、今の時代ともとても重なりますね。子どもたちに戦争のことを直接的に伝えるのは、子どもたちには辛かったり、荷が重かったりすると思うんですけど、その時にはすぐ気が付かなくても、心の中に撒いてずっと育っていく種のようなものがこの作品からも感じられて、今の時代だからこの作品を訳したかったという古市さんの気持ちもわかるような気がしました。挿絵もおもしろくて、p156の春の女神が、私のイメージしていた「春の女神」とは違っていて。女神というと、ふわあんとした、ボッティチェリのプリマヴェーラのようなイメージだったんですけど、この挿絵の女神はとてもたくましくて、大きな翼を持っていて、子どもたちをぎゅっと腕に抱きかかえていて、この物語にふさわしいと思いました。何度も読みたい作品集でした。
サークルK:初めてこの短編集を読みましたがとても楽しかったです。登場する精霊にも良い霊と悪い霊がいましたが、悪い霊でもペイッコやヒーシといった名前がかわいらしくて、どこか憎めないところもおもしろかったです。子どもたちにも名前がなじみやすいし、「悪い子のところにはペイッコが来ちゃうぞ」なんて言われて、フィンランドの子どもは育つのでしょうね。そんなペイッコの誘惑を頑としてはねつける牛飼いの娘は頼もしかったですし(『山のペイッコと牛飼いのむすめ』)、誘惑に負けて波の秘密を話してしまうメリヘルミ(『波の秘密』)が父王から罰を受ける厳しいエンディングもあり、土台となっている昔話の豊かさを感じました。
「お話のかご』は聖書の放蕩息子のエピソードを彷彿させられましたが、何と言っても心に残ったのは『少女と死の影』です。タイトルにまともに「死」の文字が現れていることで、読み始める前からドキドキしますし、病気の母親を置いて、鏡の前でドレスに着替えながらダンスに出かける誘惑に負ける様子は『白雪姫』の鏡の前の呪文や『赤い靴』の靴を脱げなくなって踊り続けなければならなくなる女の子が思い出されました。p233の挿絵には恐ろしい死神に立ち向かう様子が描かれ、p235の挿絵ではお母さんの今にも消えそうな小さな命を「わたしが守るのだ」という強い意志を感じ、決してこの女の子がわがまま勝手なだけのむすめではないことが表現されていて、短いながらも深い展開に感じ入りました。
ハリネズミ:創作ですが、昔話を土台にしていて、子どもたちに伝えたいことが寓話的に入っていますね。自然の厳しさと、楽しさの両方が伝わってきます。冬が厳しいので、春になると浮き立つようなうれしい気持ちになったりね。『少女と師の影』はおもしろいですね。北国だからかもしれませんが、精霊やもののけには冷たい心しかなく、人間にだけあたたかい心があるという設定も興味深かったです。
すあま:アンニ・スヴァンの作品を、久しぶりに読むことができて良かったです。フィンランドの自然と昔話を元にした創作物語で、非常に楽しく読みました。楽しい話、悲しい話、怖い話、冒険ものなどを選んで編纂してあるので、子どもが読めば好きな話が見つかるのではないかな。アンデルセンの作品のように、様々な感情が描かれているので、共感しながら読めるのではないでしょうか。フィンランドの自然を描写しているため、リアリティがあって、作品の世界に入り込めました。「春をむかえにいった三人の子どもたち」のように、フィンランドの当時の情勢が背景にあるような話もあり、大人も子供も楽しめるし、短編集なので読みやすく、薦めやすいと思います。私はこの中では「お話のかご」と「夏のサンタクロース」が好きです。
(2025年03月の「子どもの本で言いたい放題」より)