| 日付 | 2025年02月18日(オンライン) |
| 参加者 | ANNE、ハリネズミ、ヤマガラ、雪割草、エーデルワイス、ハル、オカピ、きなこみみ、マリメッコ、さららん、花散里、西山 |
| テーマ | 大切な友だち |
読んだ本:
原題:JACKO by Jeanne Willis, 2023
ジーン・ウィリス/作 山﨑美紀/訳
徳間書店
2024.10
〈版元語録〉1957年、ロンドン郊外の町。少年ミックはケガをしたカラスのひなを助けた。ひなはミックになつき、やがて地域の人気者になるが…。のちにロンドン動物園の主任飼育員となった少年の、実話にもとづく心あたたまる物語。
神戸遥真/著 カシワイ/画
講談社
2024.08
〈版元語録〉コンプレックスから学校にあまりなじめていない中1のさくらは、SNSで同じマンガが好きな中2の男子・ユナと親しくなり、本当の自分を隠してビデオ通話をすることに…。オンラインで生まれた2人の友情を描く、@さくら編。
森に帰らなかったカラス
原題:JACKO by Jeanne Willis, 2023
ジーン・ウィリス/作 山﨑美紀/訳
徳間書店
2024.10
〈版元語録〉1957年、ロンドン郊外の町。少年ミックはケガをしたカラスのひなを助けた。ひなはミックになつき、やがて地域の人気者になるが…。のちにロンドン動物園の主任飼育員となった少年の、実話にもとづく心あたたまる物語。
ANNE:動物好きの少年と野生のカラスとの心温まる交流の物語かなぁと読み始めたのですが、ハッピーエンドではない結末に少し驚きました。もちろん、新しい出会いは描かれているのですが。1950年代のイギリス、ロンドン郊外の町が舞台です。戦後の混乱が収まらない中、主人公の少年も含めて、子どもたちは現代では考えられないような日常生活を送っています。当時の社会情勢や町の雰囲気がなかなか想像できず、万引きや暴力行為が普通に描写されているところが気になりましたが、戦時中捕虜になった経験を持つ父親と少年の心がカラスの保護を通じて通い合うところが心に響きました。あまりいい印象を持たれていない日本のカラスをイメージしながら読んでしまったのですが、あとがきに付けられたニシコクマルガラスの写真はとても可愛かったので、おはなしの冒頭にこの写真があったら良かったかと思います。
ハリネズミ:再読しました。ミックがお父さんが英雄なのかどうなのか、とてもこだわっていて、そのストーリーと、コクマルガラスのジャックをめぐるストーリーが、あまりしっくり噛み合わないような気が最初はしていました。もちろんジャックが死の危険があっても自由に飛べるほうがいいのか、という点と、ナチスの捕虜になっても生き延びるほうがいいのか、ということがかかわっているのはわかったのですが。2度目に読むと、ミックはお父さんから話を聞いて、生きるというのは、そんなに単純なことではないのだということがわかってきたのだと思いました。ジャックの話のほうは、糞騒ぎ、誘拐騒ぎ、列車で遠くまで旅する騒ぎ、行方不明騒ぎなど波乱万丈で、ドキドキしながらとてもおもしろく読めました。人の命も動物の命も軽んじられていた戦争がようやく終わって、怪我をして放って置くと死んでしまうジャックをミックが助け、その気持を地域のみんなも知って応援したりおもしろがったりするところがひしひしと伝わってきて、いいですね。そして作品のモデルになった実話だと、ミックは動物園の飼育係になるのですよね。
ヤマガラ:率直な感想をいわせてもらうと、今回の課題書2冊を読んで、『森に帰らなかったカラス』の文学としての圧倒的な厚さと『オンライン・フレンズ@さくら』の圧倒的な薄さにショックを受けました。『森に帰らなかったカラス』のほうは、大戦直後の市井の人々の暮らしが生き生きと描かれていて、主な登場人物だけでなく、パブに来る足の悪い男の人とか、掃除をする人までくっきりと目に浮かぶように書きこんであり、作者に導かれて物語の世界に入っていけました。作者がカラスの飛翔と、主人公ミックのお父さんの戦闘機の話が結びついたときにストーリーが始まったと後書きに書いていますが、その二つがスパークして物語が生まれたというところに、単なる動物物語に終わらせなかった作者の力量を感じました。子どもたちが悪さをしたり、タバコを吸ったりするところに違和感があるというご意見がありましたが、日本での戦後すぐの浮浪児や戦災孤児が身近にいて、大人たちの悔恨と懺悔と憐れみが入り混じった子どもたちへの視線を覚えている身としては、不自然には感じませんでした。主人公がお父さんが捕虜になったかもしれないことを屈辱と思っているところも、戦時下の子どもたちが抱く、ごく自然な感情なのでは? ジャックの最後は悲しいけれど、この場面がないと、ほのぼのした話で終わってしまう。p226の文章、美しいですね。無限の宇宙を飛びまわっているジャックを想像することによって、ミックが慰められ、立ち直っていく姿を見事に描いていて、感動しました。
雪割草:動物との交流を描いた作品が好きなので、おもしろく読みました。ジャックをとりまくあたたかい人たちがいいなと思いました。サンプソンさんなんかはありありと思い描くことができて、サンプソンさんならこうしてくれるだろうなと想像もできるくらい、よく描きこまれていると思いました。ただ、ひとつだけ納得がいかず、もやっとした読後感がありました。それは、ジャックは小さなパイロットだった、大好きなことをして死んだのがせめてもの救いだと表現されるジャックの死と、第二次大戦中に戦死したパイロットの死が重ねるようにして語られていることです。戦死したパイロットは犠牲者なので、ジャックとは全然違うと思います。同類だとまではいっていませんが、文脈上、読んでいると重ねてしまうと思います。上手だなと思ったのは、木箱の使い方です。お父さんが戦争の思い出の品を入れていた木箱は、ジャックの飛行練習のときにミックたちが見つけます。ジャックが自由に飛びまわることができるようになると、お父さんが封印していた戦争の記憶も少しずつ紐解かれていきます。そして、ジャックの死によりその記憶がお父さんからミックに共有され、空になった木箱にジャックの亡骸を入れて埋葬します。最後に、蚕好きとしては、パラシュートが絹でできていたとは知らなかったので興味深かったです。
エーデルワイス:主人公が動物好きで自然に親しんでいることが伝わってきます。ニシコクマルガラスのジャックばかりでなく、さまざまな動物植物の生態が描かれています。両親も愛情深く見守り、パブに集まる人々、町の人たちがみなジャックを好きだという実話に驚きです。写真で見ましたがニシコクマルガラス可愛いですね。日本のハシブトガラスを好きにはなれません。身近で数々のイヤなエピソードがあるからです。賢いですから悪さもたくさんします。私も絹でパラシュートを作っていたことを初めて知りました。ジャックが巣の中に隠していたお父さんの記念のキャタビラーバッジを見つけて、お父さんの戦争体験の話となる件が見事です。原作では「ジャッコ」という名前だったのが、馴染みがないからと日本語訳では「ジャック」になったそうですが、「ジャッコ」のままでもよかったと思うのですが、何かあるのでしょうか?
ハリネズミ:私も同じ意見です。ジャッコのままでいいのに、と思いました。
ハル:この少年は、のちに動物園の飼育員さんになるんだなと思いながら、楽しく読みました。時代感としては映画『スタンド・バイ・ミー』の少年たちに近いですかね。ギャングとか、モラルとか、お父さんが戦争でヒーローだったことを自慢するところとか。でも、時代感の違いや登場人物の多さ(ときどき、誰が誰だかわからなくなるので、登場人物ももう少し整理できそうだなと思いながら)から、ちょっと読みづらさはありました。戦争が残した傷やお父さんの秘密と、カラスを育てることとは、うまく絡んでいるようで絡んでいないというか、私はちょっとどっちつかずになったような印象もありました。
オカピ:拾った鳥を育てる主人公の物語はよくありますが、この作品には、実話に基づく強さがあります。さらに、戦争が残したものとどう折り合いをつけるかというテーマが入ってくるのが、ほかの物語とくらべて新鮮でした。
きなこみみ:カラスのジャックとミック少年の日々が魅力的で、昨年読んだときは動物好きのミックの心情にシンクロしながら読んだんですけど、2回目に読んだ今は特に、ミックの周りの大人たちから立ちのぼる戦争の気配がとても興味深い作品だなと感じました。ミックの父はランカスター爆撃機で33回出撃した空軍の飛行軍曹なんですけど、戦争の話をミックには全くしなくて、ミックはそのことがずっと心にひっかかってもやっとしていて、その謎がこの物語の通奏低音になっていると思います。子どもらしく、自分のお父さんのことを英雄だと思いたいからなんですね。爆撃機というと、私はロバート・ウェストールの『ブラッカムの爆撃機』(宮崎駿 編 金原瑞人 訳 岩波書店)をどうしても思い出してしまうんですが、まず33回出撃して命があったというのは、奇跡に近いようなことだったのではないかと思います。あまりにも致死率が高いので、米英空軍の爆撃機の乗組員は30回出撃すれば前線から引き揚げることができたらしいのです。しかし、乗組員の3分の2は30回の出撃を生きて終えることは出来なかったというのを読んだことがあります。当時の爆撃機は、この本にもあるようにあっという間に炎上する危険なもので、あまりにもたくさんの若者たちが死んでいったんです。帰ってきた者たちも、体や心に深い傷を負ってしまったと思います。小さなカラスのジャックを、帰還兵が集まるミックの父の店の人たちや大人たちが可愛がったのは、そんな痛みが背景にあるのだろうなと思ったんですね。
ジャックが事故で死んでしまったとき、駅長のサンプソンさん、私はこのサンプソンさんがとても好きですが「またひとつ、大事な命が失われてしまった……」(p245)って言うんです。サンプソンさんは奥さんを亡くしているんで、そのこともあるのでしょうけれども、ジャックの死に、奥さんの死だけではなく、いろんな思いが重ねられているんだろうなと思いました。イギリスは戦勝国なんだけども、華々しい英雄譚ではない、影の部分をみんなトラウマとして抱えていたんじゃないでしょうか。ジャックの、国旗に包まれた立派な弔いは、まるで若い兵士を悼むようだなと思ったんです。でも、ジャックの死の痛みを共有することで、お父さんはミックに戦争の経験を話すことができて、自分の感情も解き放つことができた。
日本でも戦争の話を日本に帰ってから家族に語った人は、あまりいなかったんです。でも、そのトラウマは大きく深く日本の社会に刻まれているのではということが最近クローズアップされていますが、そう思うと、ジャックという、動物ならではの無垢な存在というか、人間が介在したことで、命永らえて、でも、人慣れしてしまったから、列車の事故で早く死んでしまった存在の不条理というか、だからこその愛しさや悲しみがもっと深くなるようでした。動物と暮らしている私には、ジャックがいなくなったり、アクシデントに巻き込まれたりするたびに、胸が千切れるほど心配するミックの気持ちがわかりすぎて、読むのに時間がかかってしまいましたが、よい本でした。
マリメッコ:この物語は実話をもとにしていて、それが強いな!と思いました。フィクションで、カラスがこんな死に方をしたら、作者に八つ当たりしたくなりそうですが(笑)実話ならしょうがないですね。動物との触れ合いがいきいきと描かれているのはもちろん、大人の人間たちとの交流も、素敵だと思いました。両親がやっているパブに現れる常連たちや、なんでも無理難題を聞いてくれるすごい包容力のサンプソンさんや、ツンデレのハーベイさんなど、それぞれキャラが立っています。カモ猟に連れて行ったブライアンなど、悪い大人もいて、いい人たちばかりじゃないのもポイントです。主人公のミックが、そんな大人に見守られて、同年代の友情もあって、健やかに育っていく様子がわかるので、読んでいてノスタルジーを感じるというか、惹き込まれました。お父さんのことをヒーローだと思いたいけれど、戦争捕虜になった事実を知ります。それは名誉なことではないと感じますが、最後にお父さんが生き延びた瞬間の凄まじい状況を知り、戦争とはヒーローの物語ではないのだと悟ります。少しずつ大人に近づいていくミックを感じました。
さららん:読み始めたときは文章に戸惑い、なかなかカラスが出てこないので、読み通せるかと思ったけれど、物語の世界に入ったらどんどんページが進みました。脇役にはブライアンのようなワルや、少年院に入ったという兄弟も出てくるし、そもそも主人公のミックが肉屋から白ウサギを助けだす(逃がす?盗む?)ところからお話が始まります。ジャックの親友のケンも最高にいいやつなのに、タバコをくすねたりするし、ミックの父さんの経営する店には、ガスのような少し障碍のある人物もやってきます。けれども、人と人とが分断されがちな今の世の中とちがって、戦争の傷跡が残るこの時代のイギリスには、ちゃんとコミュニティがあるのですね。ジャックの存在を核にして、それがいっそう生き生きとしてくる。大人も子どもも生きることに精一杯ななか、いい子悪い子を峻別せず、障碍もおおらかに受け入れる人たちだからこそ、カラスのジャックも等しく仲間として受け入れている。その背景には、戦争で死んだ人たちへの贖罪の意識があるのもよくわかり、ジャックのお墓に戦死者を悼むポピーの種をまいたことも象徴的です(p273)。この物語のもう一つのテーマは「父さんの秘密」で、英雄だと思っていた父さんが戦争捕虜になっていたことを知り、ミックは悩むのですが、「おまえの父さんは自殺しなかった……英雄なんてもんじゃない。とんでもない超人だ」というサムの言葉にミックは救われます(p287)。そんな会話がわざとらしくなく、説得力ある形で入っているところや、父さんが夜中、一人公園で悲しみの声を上げるところを、ミックはおそらく家で聞いていたのだけれど、それをはっきり書いてはいないところ(p283)もうまいなあ、と感心しました。最初は登場人物の多さや細かい描写に足を取られていたのに、最終的には読み込めば読み込むほど面白い作品で、イギリス児童文学の厚みを感じました。
花散里:近所の森でケガをしたニシコクマルガラスのひなを見つけた少年ミックが両親や、親友とともに手当し、ジャックと名づけられたカラスと交流していく様子がていねいに描かれていて、子どもたちに手渡していきたい良い作品だと思いました。第二次世界大戦の傷跡が残る1950年代のイギリスで、戦争捕虜であった父親への少年の思い、サンプソンさん、パブの雇人、カラスの落とし物に文句言う掃除婦とのやり取りなど、カラスを愛する地域の人たちとの交流が伝わってきて、動物の命を大事にすることの大切さなど、爽やかな読後感でした。ロンドン動物園元主任飼育員の少年時代の実話に基づく物語であることも納得できました。登場するカラス、ジャックは、私たちが日本で目にしている黒いカラスではないことが、「あとがき」に記されていますが、写真とともに最初に表記されていたほうが、子どもたちが読むときに、良いのではないかと思いました。
さららん:ニシコクマルガラスや新聞記事の写真をタイトルページの前にもってきたほうが、わかりやすいかと思ったのですが、完全なNFではないし、印象が強くなりすぎるとかえって読者を混乱させますよね。やはり、この位置(本の最後)が正解だと思います。
ハリネズミ:普通のカラスだとイメージが悪いけど、かわいいコクマルガラスなのだから、前もってわかっておいたほうがいいというふうに聞こえますが、それはちょっと違うのでは? それもルッキズムにつながる考え方じゃないかな。これが普通のカラスでも、ミックならきっと助けたでしょうし、表紙にはちゃんとニシコクマルガラスが描かれています。
オカピ:去年、絵本作家のとうごうなりささんが赤ちゃん絵本のシリーズを出されていて、そのうち1冊はカラスの絵本なのですが、日本ではカラスが好意的に受けとめられないことがあるので、それで3冊セットの中の1冊に入れたと聞いたおぼえがあります。
ヤマガラ:カラスは昔からやっかいな存在だったかもしれないけど、身近な鳥として愛されてもいたのでは?
ハリネズミ:最初に読んだときは読み飛ばしていたのですが、2度目に読んだときは、ケンのすてきなところもよくわかりました。たとえばp288で、ケンがしょっちゅうおしっこがしたいと言って木陰に駆け込むのですが、これは、またジャックのように傷ついたひながいるんじゃないかと探しているんですね。それを説明せずに、こういう行動だけで表現しているが作家の腕のよさでもあると思います。
さららん:この物語はもともと実話から発想しているので、NF的な要素が強いのですが、ポエティックなところや、笑いを誘う部分もあり、すごく豊かな本ですよね。
(2025年02月の「子どもの本で言いたい放題」記録)
オンライン・フレンズ@さくら
神戸遥真/著 カシワイ/画
講談社
2024.08
〈版元語録〉コンプレックスから学校にあまりなじめていない中1のさくらは、SNSで同じマンガが好きな中2の男子・ユナと親しくなり、本当の自分を隠してビデオ通話をすることに…。オンラインで生まれた2人の友情を描く、@さくら編。
オカピ:性別や顔のあざが、オンラインだとわからないというのは、なるほどと思いました。一つの物語を二人の視点から、2冊に分けて描いているのが新しいですね。それで本が売りにくいということはあるのでしょうか。
きなこみみ:神戸さんの物語は読みやすくて、かつ繊細で面白くて、基本いつも一気読みしてしまいます。この物語もSNSという、今や子どもたちの暮らしの大きな部分を占めているものをテーマにしていて興味深く読みました。日常で繋がっていない、SNSの付き合いだからかえって心を開きやすいというのは、功罪ありながらも真実で、私もSNS繋がりの友だちがやはり、います。だからこそ、SNSならではの怖い面もあるのですが、神戸さんはそのあたりの事情や付き合い方などもうまく紹介しながら、人の視線が気になるさくらの気持ちを、とてもうまく描き出しているなあと思って読みました。顔にあざがあることを気にするなと言われても、それはどんな年齢でも性別関係なくいろんな感情が胸のなかで渦を巻いてしまう。だから誰もが共感できるし、見た目がいちばん気になる思春期の子どもたちの気持ちにも刺さる物語だなと思いました。
読みどころは、さくらとお母さんの確執で、これもまた思春期の永遠のテーマですが、柔らかい心の描き方が神戸さんはとてもうまくて、私のなかの少女の心がチクチクします。SNSという新しい波に翻弄されてはいても、やっぱり人間の心というのは変わらなくて。でも、そう思いながらも、SNSというものをもうちょっとよく知りたい、若い人たちがどんな風に使っているのか、情報源や人付き合いのツールとしての機能が、どんどん変わっていくんだろうなと思うと、やはりむずむずしてしまう気持ちです。
さららん:ネットの友達と現実の友達は違うのか、という素朴な問いかけが物語の底にずっと流れていて、それはSNSを使いながら普通に暮らす今の子どもたちみんなが直面する切実なテーマです。主人公のそんな悩みに答えるp139~p140の麻実ちゃんの言葉を読んで、ホッとする読者も多いでしょうね。またお母さんがちょっと未成熟な感じがして……現実のお母さんっぽいのかも。お化粧であざを隠してチャットしていた娘に対して、「みっともない顔をして」(p144)とつい言ってしまう。自分で自分を納得させている論理を娘に押し付ける母親像にぞっとする一方で、「でも、ああ、子どもの気持ちに鈍感な点では私も同罪かも」と思わされました。そして、未來(みく)のお姉ちゃんがとてもいい人で、お母さんの気持ちを代弁してフォローしてくれます。ちょっと、お姉ちゃんが便利に使われている感じはしますが、そして登場人物の造型は『家に帰らなかったカラス』(ジーン・ウィリス作 山﨑美紀訳 徳間書店)に比べると軽いスケッチのようですが、今の日本で生きる子どもたちにとって役立つ知識も入った、身近で、必要とされる物語なのだと思います。新しい機器による、新しい認識の形に切り込み、たとえ画面を通してでも、「――ちゃんとここで、つながってる。」(p189)ことの大切さが、自然に感じられました。
ハル:いまの時代、ネットで出会う=悪! 詐欺! の一辺倒ではいかないでしょうし、リアルな世界以外はすべて虚構だとは言えないだろうと思っていたところで、この物語をとおして、子世代の事情に思いを馳せることができました。通話中にお母さんが入ってきた場面なんて、私もむかっときましたし(笑)。ただ読者に寄り添って「親ってわからずや」だけではもちろん終わらせず、そこで立ち止まり、踏み込んで考えて、一歩前進する姿も見せてくれるところがいいなあと思いました。ぜひこの世代の読者にすすめたい本です。ただ、展開としては、ユナが男の子なんだろうなというのは早い段階から予想ができてしまったこともありますが、いくら性別は関係ないといっても、性別や年齢などの基本情報に誤解があったとなると、ほんのりトラブルの気配も漂ってくるので、ユナ側の秘密は基本情報とは別のところにあったほうがよかったかもなぁとも思いました。そのあたりは「@ユナ」で解消されるのかもしれませんし、ぜひユナ編も読みたいです。
エーデルワイス:『オンライン・フレンズ@さくら』『オンライン・フレンズ@ユナ』どちらも読みました。『〜@さくら』の方から読みましたが、ユナが男の子だということは全く分かりませんでしたので、終盤で「えー!」と驚きました。2冊対になっているところが面白いです。同じ場面を読み返して確かめたりしました。現在の子どもたちはSNSを使いこなしてすごいと思います。私は全くダメです。SNSを使うことについての注意事項もうまく散りばめられて感心しました。さくら=未來がユナに会いに行く時、父親についてきてもらうところもいいです。SNSで自分の歌声や、描いた絵をアップする。子どもたちは可能性をたくさん秘めていると思いました。そしてやはり直に会って、自分の言葉で話し合わなければお互い理解できない、としているところに好感をもちました。ユナと母親の関係を考えたとき、テレビドラマ「バニラな毎日」の中のある場面を思い出しました。母親は愛情深く、障がい者の娘を心配して過剰に構い過ぎる。娘は母親のことを愛しているのですが、鬱陶しく思い自立を目指している。そこの解決場面がとても爽やかでした。観ていない方ごめんなさい。
雪割草:読者の年ごろの感覚で書けていて、すごいと思いました。また、オンラインのいろいろを問題を含めてわかりやすく書いていて、感心しました。ただ、こういう作品は息苦しくなるというか、あまり得意ではありません。「さくらはさくらでしょう」(p175)とあっても、10代なら違ったかもしれませんが、そうかなと思ってしまう。実際にあまり使わない台詞だからか、話に引き込まれていないせいか、少し浮いて感じられました。「ちゃんとここでつながっている」(p185)にも私はそうかなと思ってしまう。今の子どもの感覚に疎いところはあるので、ユナの視点で書かれた作品も読んで、勉強したいと思います。
ヤマガラ:ユナが主人公の本を借りられず、読んでいないので、中途半端な感想になると思いますが、お許しください。これは、ぜひとも両方買わせようという販売戦略なのでしょうか? 主人公の気持ちはとてもていねいに描かれているし、読者の子どもたちにとって身近な問題なので、夢中になって読むのではと思いました。「オンライン・フレンズ」の怖さというか注意すべき点もていねいに書かれていて、良かったと思います。でも、とても狭い世界の噂話のような感じで……。ムーシカ文庫という文庫活動をやっていた作家のいぬいとみこさんが、小学校5,6年になると、身近なことばかりを書いた作品に夢中になる子が出てきて、そういう子は文庫から離れていき、読書自体をしなくなるけれど、ファンタジーとか物語世界に厚さと広がりのある本を読む子は、ずっと本とつながっていくと話していたのを思いだしました。あと、ゴミが落ちているのを知りながら拾わない子より、落ちているのを気づかないほうが悪いというようなたとえが出てきますが、どういうことなのか、私にはピンとこなかった。どなたか、教えてください!
ハリネズミ:『〜@さくら』のほうだけ読み終わって、私は何か物足りない気持ちでした。それで、『〜@ユナ』のほうも読んでみたら、細かいところがうまく複合的に重なって見えてきて、おもしろい作品だなあと思いました。神戸さんの作品は『ぼくのまつり縫い』シリーズ(偕成社)と『笹森くんのスカート』(講談社)しか読んでないんですが、エンタメの中に社会的な視点もうまく取り入れることのできる作家さんだなあと思っていました。今回は人と人とのつながりが、リアルとSNSとの両面から書かれていて、興味深かったです。今の時代、子どもたちはもうSNSと無縁の暮らしはできなくなっている。ならば、いいところも危ないところもエンタメの中で伝えていこうというのは、作家さんの親心かもしれません。そして、両方をうまく使うことによって、人間関係が深まるのを見せていくんですね。オンラインで友だちになることの危うさについての忠告もいっぱい入っています。もしかすると、SNSについてのアドバイスがたくさん書いてある実用書より、こっちのほうが子どもの心に届くかもしれません。
ANNE:まず表紙のカシワイさんのイラストがとても好きです。正面を向いている女の子の頬に桜の花びら。物語を読み進めると、その意味が繋がって「なるほど~!」と思いました。お互いに秘密を抱えた二人の中学生の友情が、現代のSNSや押し活といった子どもたちになじみ深い背景と共に爽やかに描かれていて、さらさらと読むことができました。セットで発表されたもう1冊『オンライン・フレンズ@ユナ』を合わせて読むと、同じ場面でお互いがどう感じていたかが理解できて、また楽しいと思います。
西山:『オンライン・フレンズ@ユナ』の方を先に読みました。そのせいか、『オンライン・フレンズ@さくら』の方がより面白く読めたのですが、これは、逆もまたしかりなのか、これから「ユナ」を読む方の感想が気になります。「さくら」の方をテキストにした理由に「ルッキズム」の問題が出ていることもあると聞きました。両方読んで、「オンライン・フレンズ」というテーマとしては「さくら」の方がよりテーマに合っていると、選書に納得です。人は見た目じゃないといいながら、初対面の人はぱっとアザを見る、その視線を受け続けているさくらを主人公にして、うまく設定と題材がマッチしていたと思います。ゴミのたとえは、説明しろと言われたら説明できるほどピンときていないかもしれませんが、どきんとしたのは確かです。問題に気づかない、ある存在がまったく目に入らない人への厳しい批判として受け止めました。2巻に共通するラストは、おとな世代はどうしても「実際に会った友達じゃないとね」という感覚をもってしまうように思うのですが、作者は、オンラインの友だちを否定しない、そういう出会いを肯定する姿勢であるということをはっきり表明しているラストだと理解します。
マリメッコ:さくらの視点の本と、ユナの視点の本、1冊に前編後編でまとめることもできそうですが、それを2冊に分けたところが、この作品の特徴ですね。逆の視点から読む楽しさを読者は味わえると思います。『オンライン・フレンズ@さくら』では、単純性血管腫の主人公が、オンラインで知り合ったユナに相談しながら、少しずつ現実世界で友人を作って視野を広げていきます。メイクをやってエフェクト機能を使って、というあたり、今っぽさがありますね。お母さんの存在がけっこうリアルだと思いました。最初は、あざをどうにかできないか必死に調べたりして、でも難しいとわかると、今のままのさくらでいい、と未來本人にも押し付けてくるあたりです。迷惑な行動ですが、お母さんの気持ちも伝わってきました。p186「リスペクトって、多分、すごく一方的なのだ。自分のなかにある理想を押しつけすぎると、その人自身が見えなくなる」は、いい言葉だなと思いました。女の子の一人称で甘めな文章ですが、これはもう1冊の『オンライン・フレンズ@ユナ』と違いをはっきりさせるためかと思います。ユナの方は、落ち着いた堅めの文章になってます。ユナは、男の子です。合唱部に入っていることもあって、声変わりに対してとても抵抗があります。友達だと思っていた子に告白されたのがトラウマになっていて、女子に近づきづらく、だからさくらとの会話に安らぎを見出しています。最後は、さくらと直接会う場面があって、サボり気味だった合唱部をやっぱり頑張ろう、と決意します。どちらの巻から読んでも、もう一つの巻につながっている面白さを中学生は感じるのではないかなと思いました。
(2025年02月の「子どもの本で言いたい放題」より)