『海のなかの観覧車』
菅野雪虫/著
講談社
2024.04

〈版元語録〉ぼくには、5歳の誕生日の記憶がない。親に聞いても「家で寝ていた」と言うばかり。それから時はたち、中3の誕生日を迎えたとき、家に謎の手紙が届く。開けてみると、中には「誕生日おめでとう」と書かれた便箋と、ビニールに包まれた黒い砂が入っていた──。うっすらとある「遊園地に行った」という記憶。黒い砂。その二つがつながったとき、たどり着く真実とは。企業の社会的責任に切り込む衝撃作!

すあま:冒頭を読んでファンタジーなのかと思ったところがサスペンスでびっくりしました。子ども時代に起きた事件の記憶が徐々によみがえり、その真相を探っていくところに興味をひかれて読み進めました。また、グリムの「いばら姫」がモチーフとして使われているのもおもしろかったです。でも、お父さんの描き方が一面的で、一貫して悪い人なのが気になりました。また、有害物質は放射能を連想させるけれど、結局人的被害がなく、何だったのかわからないままでリアリティがなく、そのあたりはしっかりと書いてほしかったです。事件の関係者である双子や犯人と再会するラストについてもすっきりしなくて、もやもやした気持ちになりました。

雪割草:いろんなことが起こるので、私は引き込まれて読みました。「ねむり姫」の物語をどう関係づけたかったのか、一読しただけではわかりませんでしたが、おもしろい試みだとは思いました。「幸島」というネーミングから明らかに、「福島」の原発を想起させたかったのだろうし、さまざまな公害を連想させようとしたのだろうけれど、私は原発のことを書くならもっとしっかり書いてほしかったです。この作品は、主人公が被害者であり加害者の側にもいるから、被害と加害の両方の視点から考えさせようとしたのかなと思いました。加害者側は、透馬の父、社長ですが、韓ドラに出てきそうな巨大会社の社長な感じで、たとえば原発であれば国も絡んできますし、加害者側の描き方にもう少し厚みがあった方がよかったと思いました。犯人の松本のネーミングは、松本智津夫が浮かびました。それにしても、主人公がタフすぎるのではと思いました。いい思い出だったとはいえ、事実を知ったあとに犯人に会いにいけるだろうか。母のケアもしつつ、父とも一定の距離をもって接するのもおとなですごいと思いました。

花散里:母と二人暮らしの中学3年生の主人公が、10年間、身体の経過観察を受けてきたこと、ある日、突然送られてきた手紙。精神的に弱っている母親との暮らし、ヤングケアラーの問題なども感じながら、日本文学の作品としては重厚感があり、読み応えあるサスペンス物語でした。幸島で起きた天然ガス爆発、爆発を起こした会社の社長が父親であることなどから、福島原発事故の放射能汚染、長崎軍艦島での炭鉱事故、水俣病など公害汚染、その賠償責任など、様々な背景を感じました。主人公が5歳のときに誘拐されたこと、その記憶が段々と蘇ってくるなかでの、夏生、青生との出会い、10年間、見守ってきた村野医師との関係など、引き込まれるように読みました。物語の展開、グリム童話集から、「いばらの姫のつづきの話」など、「十二番目」、「十三番目」、「百年の呪い」など、中高生はどのように読んでいくのか、昔話への関心が広がることも願いながら、手渡したいと思いました。

ハリネズミ:5歳のときに何があったのか、という謎で引っ張っていく展開はうまいと思いましたが、物語世界の設定として解せない箇所がたくさんありました。p25で、「眠り姫」の詳細を知りたくて絵本をたくさん借りますが、中3だったら絵本ではなくグリムやペローの昔話を借りるほうが自然です。天然ガスの精製は危険なのでしょうか? 火災や爆発事故を起こすというのは聞いたことがありますが、天然ガスそのものに毒性はないし、すぐに拡散するのでは? 10年も除染が必要なのでしょうか? 事故に触れないようにしてきた父親は、みんなに忘れてもらうために桜並木を植えたり、フラワーフェスティバルを開催したり画策しているのに、この期に及んで犯人を訴えて、子どもにまで証言させようとするのも不思議でした。p205には「この遊園地には、見えない灰のようにガスが降ったのだ」とありますが、降下するガスって何なのでしょう? p237でも、たまたま事故の1か月前に公園で会った透馬とその母親に、松本幸生が「あなたのせいじゃない。あなたは、がんばってる。よくやってる」と言うのは変だし、母親が自分の身の上話を見ず知らずの男に話すのは、それ以上にありえないと思いました。ほかにもいろいろ展開に無理なこじつけがあり、テーマが先走りしているのを感じ、私は楽しめませんでした。テーマありきで、物語世界のあちこちに亀裂が生じているような気がしました。

カワウ:とても力のある、ずっしりした作品で、一気に読んでしまいました。登場人物のひとりひとりがしっかり描けていて、厚みがありました。福島のことを描いているのは明らかで、周辺に住んでいる、あるいは住んでいた母親たちも、主人公の母親と同じ悩みを今でも抱えていると思うと、胸が痛みます。この本の場合は被害の原因がガスということですが、おそらく作者の頭には戦時中、秘密裏に毒ガスを作っていた大久野島のこともあったのでは? いまはウサギの島として知られていますけど、戦争の加害の側面を知るために、修学旅行で訪れる小、中学校もあると聞きます。被害者に対する周囲の人々の反応は、水俣とか、薬害スモンなども連想しますし、犯人像は安倍前総理殺害事件の犯人や、連続企業爆破事件で長いあいだ逃亡をつづけ、死の間際に自首した人物のことも頭に浮かびます。作者のいいたいことを書いた物語というより、あなたはどう思うかと読者に問うている作品だと思います。翻訳ものと日本の本の2冊を取り上げるこの読書会で、翻訳の本は中身が厚く重いのに、日本の作品は半径1キロのことしか書いてなくて薄っぺらいと悪口をいってきましたが、今回は作者にも、版元の講談社にも感謝しています。ただ、5歳の子どもを保護者なしで参加させるサマーキャンプは無いのではと疑問に思いましたが、年齢などを変えると、物語全体が崩れてしまいますからね……。

西山:おとなに対する怒りの書だと読みました。呪いの原因を作ったことに対して「そのせいで、王女は眠り続けることになる。親が軽んじた者のせいで、決して、軽んじてはいけなかったのにー」(p26)とあるところに、その怒りは端的に現れていると思います。「何冊もの少しずつ違うが同じような展開の絵本を読んでいると、まるで何度も失敗するタイムトラベラーのやり直しを見ているみたいだった」(p25)というのも、再話の特性をすごくうまく取り込んでいると思います。東日本大震災が、過去完了の出来事ではなくて、現在進行形の被害として直接間接の影響が盛り込まれていることに強く刺激されました。熱が出ただけでもオロオロする母親、補償金による分断、フラワーウォッシュ、などなど、原発事故の罪深さ、企業のやりくちのいやらしさなどへの怒りがたたきつけるように書かれていると思います。天然ガスなら10年間も全島避難したりはしないのでは?という意見が出ていましたが、私は、天然ガス採掘の島でなにやら危険な生成物を出してしまったと勝手に解釈していたので、ひっかかりはしませんでした。朝鮮人労働者にも言及があって、(軍艦島のドラマには、この点はまったく触れられませんでしたね)、ほんとうに、いろんなことをぶち込んでいることを、私は肯定的に受けとっています。中高生がどう読むかという問題ですが、 現実の「3.11」に関連する知識がない場合、この作品を読んで、私たちのように、現実のあれこれと重ねあわせる読みは出てこないと思いますが、逆に、この作品を読んだあと、現実に目を戻したとき、今まで見えていなかったことが見えてくる可能性があるのではないかな、社会問題を扱った作品にはそういうベクトルもあるのではないかと考えています。あと、「いばら姫のつづきの話」の「家族を返せ!」「時間を返せ!」「あるはずだった暮らしを返せ!」は、峠三吉の詩「にんげんをかえせ」ですよね。

エーデルワイス:本格的なミステリーの児童書を読んだと思いました。加害者と被害者の狭間が分かって、自分だったらどう考え行動するかと、問題提起されているように思いました。ヤングケアラーのことも具体的に書かれていました。主人の透馬、双子の夏生と青生が生き延びたことに安堵しました。透馬が「いばら姫」の結末を自分で創作するところがいい。昔話の創作といえばイギリスの振付師マッシュボーンのバレエ舞台『眠りの森の美女』の映画版を観たことがあります。いばら姫の眠りは現代まで続き、助けられた王子の間に子どもも生まれていました。この本を読めてよかったと思いました。作者の「菅野雪虫」のペンネーム素敵と思っていました。

ハリネズミ:辛口で申し訳ないですが、私はせっかくのおもしろいテーマなのだから、もうちょっと細かいところまで目配りをして作品世界をきっちり構築したうえで書いてもらいたかったです。そうじゃないと、ほかのエンタメメディアに太刀打ちできなくなるのでは?

(2025年04月の「子どもの本で言いたい放題」より)