ウーリー・オルレブ/作 母袋夏生/訳
岩波書店
2014.12
版元語録:1941年,ロシア占領下のポーランドに暮らしていた5歳のエリューシャと家族は、戦争で故郷を追われた。母や姉弟とともに、たどり着いたのはカザフスタンの小さな村。少年は新しい友だちをつくり、言葉をおぼえ、狩りをならい、たくましく成長していく。終戦後イスラエルへ渡るまでの波瀾の歳月を、実話をもとに描く。
ハイジ:途中で終わっちゃった感じがしちゃって、えっ?て思いました。けっこう長く読んで来たのに、ここでいきなり終わるのか、って。あとがきを読まなかったらよくわからないところでした。あとがきにイスラエルのことが書いてありましたが、イスラエルではどうだったのかな、と思いました。あと、お父さんが死んだところをはっきり書いてもらいたかったです。戦争で殺されたのではないらしいのだけど、なぜ死んだのかよくわかりませんでした。
アンヌ:読み始める前には、悲惨な難民生活の物語だろうと思っていたのですが、バラライカの音が聞こえてくるような生き生きとした物語でした。特に、お母さんが魅力的で、子どもたちを守って食料を手に入れたりして生き抜くための手段が、音楽だったり、タロットカードの占いや薬草の薬づくりだったりして、魔女のようなところがおもしろかった。子どもたちも遊びながら働いていて、牛糞を拾ってきて乾かし壁上に積み上げて燃料にする。それだけではなく、そこへカッコウが巣を作り、そのヒナを手に入れて食料にする。思いがけない生活があって、とてもおもしろかった。ただし、お父さんという人については、いろいろわかりづらかったと思います。その頃のスターリン信望者の人たちのこととか、粛清とか、歴史的背景がないとわからないことが多いと思います。全体の印象としては、ゆっくり丁寧に書いてあるという気がするので、惜しいなと思いました。
アカシア:楽器が弾ける人とか、絵が描ける人は、どこへでも行って生活できそうですよね。
ルパン:歴史をよく知らないと、理解が難しいなと思いました。子どもたちは理解できるんでしょうか? お父さんはスターリンに心酔していて、お母さんは批判的なのですが、根拠がよくわからずどちらにも共感しにくかったです。でも、お母さんはなかなか魅力的ですね。私はタロット占いをしてもらって、気味悪いくらい当たったことがあるので、そのあたりは不思議なリアリティを感じました。
アカシア:私はフィクションっぽくないなあ、と思って読みました。フィクションならもっとメリハリをつけてもいいし、起伏を大きくしてもいいのに、それをしていない。ノンフィクションみたいな書き方ですよね。ところでお父さんもユダヤ人なんでしたっけ?
アンヌ:お父さんはポーランド人じゃないかと思います。p31の結婚の物語のところで、お祖父さんが土地持ちの資産家とあったので、ユダヤ人ではないと思いました。
アカシア:なるほど。この家族はポーランドから中央アジアに行くんですけど、そういえばシュルヴィッツの『おとうさんのちず』(さくまゆみこ訳 あすなろ書房)でも、確かユダヤ人の作者はポーランドから逃れて中央アジアで極貧の暮らしをするんでしたね。私はそっちも見ていたので、ああそうかと納得しましたが、そうでないと、どうしてそんなに遠くまで行くのかと不思議に思ったかもしれません。お父さんの死については、もう少し説明があってもよかったかな。スターリンの粛正ということを知っていれば想像はつきますが、知らないとここもよくわからないかも。あとね、後書きを読んで気になったのですが、ひとりでに紛争が起こっているわけではなくて、イスラエルが起こしているんですから、このような書き方でいいのかと疑問を持ちました。いちばんよかったのは、主人公の男の子が時には危険な目にあいながらも子どもらしく成長していく様子が、生き生きと描かれている点ですね。
ヤマネ:時間がなくてちょっと急ぎめで読んでしまったのですけど、急いで読める内容ではなかったのでもっと時間をとるべきだったと反省です。歴史や国のことなど知らないことがたくさん出てきたので引っ掛かるところも多くありましたが、冒頭に舞台が分かる地図があったので理解の助けになりました。一家は大変な状況に置かれているけれど、終始明るく描かれているのが良いなと思いました。主人公の男の子は、母親に外に出るなと言われても勝手に出て行ってしまったり、好奇心が旺盛で、とても子どもらしいと思いました。男の子が約束を破って外に出てしまったり他の人と関わってしまっても、食べ物を持ち帰ると家族が全く怒らず、喜ぶ場面に、食べるものに本当に困っていた暮らしぶりがうかがえました。牛糞のトルテやペチカがどんな感じなのかがなかなか想像できなくて気になりました。子どもたちに手渡すときには、子どもたちが読んで分からなかったところを大人がちゃんと答えられるよう勉強しなければいけないなあと思いました。
アカシア:ここに出てくるペチカは、ただの暖炉じゃなくて、オンドルみたいに上で寝られるようになってるんですね。
ルパン:私はまるっこい家を想像したのですが…それだと「中庭」がわかりにくいですね。挿絵があったらよかったのに。ペチカとかも。
レジーナ:日本語版で省略されている部分は、ドイツ語版で読みました。ドイツ語版は本文が280ページありますが、そのうちのp220以降は日本語版にはありません。主人公はイスラエルに行って、敬虔なユダヤ教徒をはじめて目にしたり、中東の食文化に馴染みがないのでオリーブの実を好きになれなかったり、冬にオレンジの実がなるのに驚いたり、様々な新しい経験をします。周りの人が、主人公は収容所から生還してキブツに来たと思う箇所や、スターリンや戦争に対して、キブツの養父母が異なる意見を持っているところからは、同じユダヤ人でも、人によって背景や政治的見解は随分違っていて、ひとくくりにできないことがよくわかりました。庭の手入れや動物の世話など、大人も子どもも役割を担い、何でも自分で作るキブツの生活や、村や家の描写も興味深く読みました。1947年のパレスチナ分割決議のニュースをラジオで聞いた人々は、喜びにわきますが、すぐに次の戦争が始まります。イスラエルに着いてハッピーエンドになるのではなく、それがまた新たな紛争の歴史へと続いていく。そういう想いが作者にあって、生まれた物語だと感じました。そう考えると、最後の部分は日本語版でもやはり必要ではないかと……。なぜ日本語版では削られたのか、みなさんのご意見をうかがいたく、今回みんなで読む本に選びました。それまで都会に住んでいたのに、文化も風習もまったく違う地にやって来て4人の子どもを育てるお母さんは、たくましいですね。バラライカを弾き、占いや薬草療法で稼ぎ、テルアビブではすっかり都会的な服装になります。家に押し入ろうとするブタの鳴き声で目覚めたり、言葉が通じない中で友情を育んでいったり、難民としての生活にも喜びや楽しみがあって、そうしたすべてを経験しながら成長していく姿に、子どものしなやかな力を感じました。普通の暮らしの尊さが丁寧に描かれているので、政治や戦争でそれが壊され、家や生活を失った時の痛みがひしひしと伝わってきますね。
レン:おもしろく読んだけど、物語として起承転結がないからか、最後を省略してあるからか、読後の満足感が今ひとつ。でも、一つ一つの描写は手触りがあって、どれも生き生きとして楽しめました。実感がある。主人公の少年が母親との約束を守れず、親の見ていないところで冒険をしたり、牛糞タルトの間からとったカッコーのひなを料理したら、弟が骨をしゃぶっていたり。多民族がいっしょに生きている感じが伝わってくるところもいいなと思いました。p157で、ムスリムの人とユダヤ人とで、服喪の習慣が同じようだと言うところだとか、p177で、お母さんのバラライカでロシア、ポーランド、ウクライナ、カザフスタンの歌を歌ったり、混ざり合っている感じが出ていておもしろかったです。お母さんのたくましさもよかったです。主人公もいろんなことを体験しながら成長していって、物がなくても工夫していくし。お話の筋を楽しむタイプの本ではないと思いましたが。最初に手ばなしてしまったクルマのことが最後に決着するというのは、いい仕掛けだと思いました。
(「子どもの本で言いたい放題」2015年3月の記録)