原題:CALL ME LION by Camilla Chester, 2022
カミラ・チェスター/作、櫛田理絵/訳、早川世詩男/絵
小峰書店
2024.10
〈版元語録〉場面かんもく症のため、家族としかしゃべれないレオ。ところが、となりの家に引っ越してきたリカは気にせず話しかけてくる。「リカとなら友だちになれるかも」と勇気を出して、しゃべれないわけを手紙に書くが…。
すあま:場面緘黙について、この本を読んで初めて知りました。隣の家に引っ越してきたことで知り合った2人が、実はそれぞれ人には言えない悩みを抱えている。読み進めるうちにいろいろなことがわかってくるので、どうなるのだろう、と思いながら読みました。リカはディスレクシアなのかな、と最初は思っていましたが、家庭環境のせいで言葉を学ぶことができないままだったのか、そのあたりはよくわかりませんでした。ダンスを通して仲良くなった2人が誤解から仲たがいし、ダンスによってまた仲直りをするところ、そして自分が抱えている問題や悩みを乗り越えて成長していく姿が描かれるところは、『ピーチとチョコレート』(福木はる著 講談社)と似ている部分があると思いました。
ニャニャンガ:場面緘黙症のレオと読み書きができないリカが友だちになるという難題をどう乗り越えるのかと心配で、ハラハラしながら読みました。音声デバイスを使う方法になるほどと思いながら、これまで支援が届かなかったリカが気の毒になりました。場面緘黙症の登場人物といえば、「デフ・ヴォイス」シリーズ『龍の耳を君に』(丸山正樹作 東京創元社)に登場する少年の英知を思い出します。同シリーズの児童書版で『水まきジイサンと図書館の王女さま』『手話だからいえること 泣いた青鬼の謎』(偕成社)では主人公の娘、美和と英知が主人公なのでおすすめです。
手鞠唄:魅力的な本で一気に読みました。悪いやつはずっと悪いやつのままなので、勧善懲悪で、ラストはすっきり!します。英語の読み書きができないまま大きくなってしまったというのは、恐怖感は大変なものだろうなと共感しました。ただ、主人公のレオくんが、お隣のリカに大きなヒミツを打ち明けてもらって、初めて対等であるような気がするという流れ、ちょっと引っかかるものがありました。何か大きなコンプレックスやハンデがある人は、同等の人としか分かり合えない、というようにも読めてしまうからです。リカの秘密がすごく小さくてくだらなくて、でも本人はものすごく重いものだと思って悩んでいる、というほうが、おもしろかったんじゃないかなと思いました。なお、私しはこれ、ずっとインドの話だと思って読んでました(笑)。気温が高くて暑い暑いと書いてあるので、イギリスではないだろうと思って。でも、今は異常気象でイギリスもこういう時期があるのでしょうね。訳者あとがきにそういう話題があるかしらと思ったのですが、この物語に登場するワードの説明が中心でした。カミラ・チェスターさんの邦訳書はこれが初めてとのことなので、著者自身の情報や、この作品を書いた経緯をもっと知りたかったなと思いました。
ニャニャンガ:ものすごい暑さからアメリカの物語と思ってしまいましたが、イギリスでもこんなに暑くなっているのですね。
ハリネズミ:レオとミカが隣同士だけどそれぞれ自分の家の庭でトランポリンをしているので、お互いの顔が見えたり、見えなくなったりするという冒頭の設定にまず引き込まれて、おもしろく読みました。レオの兄のダニーと姉のソフィが、それぞれ弟を守ろうとする気持ちが、うまく表現されていますね。場面緘黙症について、私は詳しくないのですが、自分で決意しないと改善しないところなど、かなりリアルに描かれているのかと思いました。唯一リアルではないな、と思ったのは、リカが読み書きがほぼできないことをダニーとソフィアが知った場面です。普通なら、弟が場面緘黙症だということが伝わっていないとわかって、そこをリカに説明するのだと思いますが、この本では、あの手紙をまだ持っているなら、取ってきたら読んであげる、と言うのですね。そこだけちょっと不自然に感じました。原書のタイトルはCALL ME LION。ライオンという言葉がこの本の中では重要な意味を持っているので、そのまま訳しても魅力的なタイトルになったように思います。
ANNE:学校図書館司書として勤務していた頃、場面緘黙症の女子生徒に関わらせていただいたことがありました。言葉が出ないだけで、感性はとても豊かな生徒さんでした。話すことができないだけではなく、レオのように身体も動かなくなるなど場面緘黙にもさまざまな症状があることは知りませんでした。
おしゃべり上手だけど、実は英語が読めないリカに、レオが絵本を使って文字を教えていくシーンが印象的ですが、この絵本には原書があるのかしらと気になりました。レオとリカが踊るのがディスコダンスということで、カバーを外したら現れるというジョン・トラボルタのイラストを、ぜひ見たかったです!(図書館本でしたので…)
ニャニャンガ:ダンスの種類が、現代の子が踊るには古い気がしましたがどうでしょうか。
きなこみみ:場面緘黙の少年レオの内面が、とても豊かに描かれていて、共感するところがたくさんありました。場面緘黙の子どもが出てくる作品を探したことがあるんですが、あまり無いんです。後書きにあるように、500人に1人の割合で場面緘黙の子どもたちがいるのであれば、珍しいことではないので、もっと取り上げられてもよいと思います。そういう意味で、この作品は、同じように場面緘黙の子どもたちにも刺さるでしょうし、人前でうまく話せないと引け目を感じてしまう子どもたちの「声」としても、よい作品だなと思います。リカは、難読症(ディスレクシア)かと思ったのですが、環境的な要因が大きかったのかもしれませんね。リカの年齢まで、読み書きができないことがバレずに過ごすことが出来るのかな、とそこは少し疑問でしたが、学校生活のなかで、自分だけ読み書きできない、というのはさぞかし辛かっただろうと思います。p100で「なにもかもできる人間なんていない」とレオが考えるところがありますが、こんな当たり前のことでも、きちんと肝に銘じるのは難しいですし、つい子どもたちに何もかもさせたくなりがちなのも、考えものだなと思いながら読みました。言葉に困難を抱えている二人が出会うシーンが、トランポリン。言葉を必要としないコミュニケーションからはじまって、ダンスという身体表現の楽しさを、それこそ言葉で書いているのにひかれます。レオの家族、とくにお姉さんのソフィがいい。そして、世代的にジョン・トラボルタのポーズがめっちゃわかるのがツボでした(笑)アースウインド&ファイヤー、スライ&ザ・ファミリーストーンとか、めっちゃ世代です。今、昔の音楽がリバイバルではやることがありますが、今はYouTube もあるので、たとえジョン・トラボルタを知らなくても、検索すればすぐに動画も見られますし、音楽は世代を、世界を超えて、いろんな壁を越えていくんだな、と思います。芸術に壁はなくて、こういうのが児童文学の醍醐味だなと思います。
ニャニャンガ:リカの父親はイギリスの人なので移民ではないですね。
エーデルワイス:表紙カバーを外すと、ピンク色の表紙と裏表紙にレオとリカのディスコダンスのイラストが散りばめられていて、とても楽しいです。主人公レオの「場面緘黙症」については初めて知りました。心優しい本当にいい子です。友だちになったリカの字が読むことのできない秘密をあくまで守ろうと、また力になります。二人の友情が素敵です。最後リカが自分から校長先生に自分のことを言うまでにすることが素晴らしいです。日本では本人の意思を待てないのでは?二人の踊るダンスがなぜディスコなのかと思いますが、現代ではかえって新鮮なのかも。
最近、絵本『ぼくたちがディスレクシアとわかったときのはなし』(濱口瑛士作/絵 埼玉福祉会LLブック)を頂きました。ここ20年ほどで『ディスレクシア』が知られるようになりました。知らない世界を分かるように導いてくれる児童書の役割を痛感しました。
さららん:「場面緘黙」という障害だとわかって初めて、「なんだ、こんなことできるはず、簡単じゃない」という周囲の無理解に抗することができます。自分が「場面緘黙」だと、レオ自身が認識できてるのはいいことだと思いました。その一方で、「レオにはなんでこれができないんだろう?」と納得できず、一読者として自問自答する自分もいて、苦しみました。ちょっと頭でわかっただけじゃ、ほんとにわかったことにならないんですね。レオが友だちになったリカは、ポジティブな子で、レオはネガティブというか内向的な子です。会話のなかに、そのコントラストが効いてて、楽しい読書でした。しんどいときは自分以外のことは見えないものだけれど、自分がしんどいからこそ、レオは字が読めないリカのしんどさをすぐに理解できたんですね。トランポリンで飛び跳ねていたレオが、リカに初めて会う場面に、「長い黒髪が、びっくりマークみたいに宙に残った」(p8)という描写があり、「あれっ?」っていうレオの気持ちがよくあらわれています。新しい表現だなあと思って、メモしました。ジョン・トラボルタの「サタデー・ナイト・フィーバー」とか、昔、流行したものでも、ユーチューブのおかげで若い人たちは意外によく知っていて、そういう点では時代が変わってきてるし、おもしろいと思ったら、逆に新しく刺激的なものとして、今の子どもたちは素直に取り入れてしまうのかもしれません。
しじみ71個分:気持ちの温かくなる物語でした。場面緘黙については、言葉としては知っていましたが、具体的にどんなことが起こるのかなどは知りませんでした。気持ちがどんなにあっても、体が言うことをきかないとか、話すことができないというのは、本当に辛いだろうと思いました。そういった、生活上の困難のある子の気持ちを分かりやすく伝えていると思います。この物語が特にいいなと思った点は、場面緘黙のレオは文字でしか気持ちを伝えにくい、リカの方は文字が読めないので、音声でしかコミュニケートできないということで、最初から二人は普通なら理解し合えない、ディスコミュニケーションの間柄という設定になっていて、この二人がコミュニケーションの欠如をどう乗りこえていくかというところからスタートしているところです。その結果、お互いのことを好きなのに、コミュニケーション手段の欠如から関係が一度クラッシュしてしまうわけですが、そこは本当に胸が痛いところでした。リカとレオの関係を兄姉が心配して、レオのことを心配するあまり、本人に手紙を読んであげようか、と言ってしまって、二人には何の罪も悪意もないのに、二人の関係が崩れてしまったのを、大好きなダンスの力で乗り越えていく、繋がりたい気もちが、一度こわれた関係を修復していく、という展開には、希望があって、温かくて、とてもよかったです。二人とも音声や文字という言語表現に壁があるけれども、身体的なコミュニケーションで通じ合うというのも良い設定だと思いました。 トランポリンの場面はとても象徴的で、新鮮で美しいなと思ったのですが、トランポリンで跳ねている様子だけで、「この子はできる」と瞬間的に通じ合うものがあったんじゃないでしょうか。身体表現もコミュニケーションの一つですし、仲間と知り合う方法はいろいろあるんだよなと、可能性の広がりを感じました。もしかして言葉がうまく話せなかったり、通じなかったりして、一見、目立たない、地味な子と思われたとしても、隠れたタレントがあるかもしれないというのも、子どもたちの希望になるんじゃないかなと思いました。あと、ものすごくいいなと思ったのが、最後のところで、レオがリカの耳に、「ぼくのことライオンってよんで」とささやくように言うところが、とてもくすぐったいような、身体的な、親密な感じがあってとてもよかったです。それまでは、家族にしかささやくように話したりできなかったわけで、リカに直接、声で話しかけられるようになったということは、二人の仲良しの関係が深まったということがよく分かる表現でした。先ほど、原題は「Call Me Lion」だと教えてくださって、そうか、この最後のところの、この関係性の深化がタイトルになったんだなぁと思うと、いいタイトルだなと思いました。改めて分かると胸に沁みますね。
図書館の仕事で、小学生の団体の見学を担当していますが、中国やベトナム、ネパール、ウクライナの子などに会いました。日本語を読むのが難しいというので、その子の国の言語の絵本を紹介したりしたのですが、どちらもあまり読めないと言われて、自分の認識が浅かったなと思いました。外国生まれの子ならその国の言語の文字が読めると思っていたが、大きな誤解でした。小さいときに移住してしまうと、どちらの文字もわからなくなってしまうこともあるのですね。リカが脳の機能の問題で読めないのか、環境的な問題で読めないのか、分かりませんが、大事なのは、早くから適切なサポートが受けられるということだと思います。そういう意味で、携帯の機能なんかのテクノロジーを使って解決できるということが物語に書いてあるのも良かったなと思いました。もっと、溝を超えて、互いを理解し合うようになっていく物語が、たくさん出されていくといいなと思いました。
手鞠唄:そういえばタイトルなのですが、『ダンス★フレンド』の星は黒星なのですね。白星にして『ダンス☆フレンド』で検索すると、書店のホームページはヒットしますが、図書館ではヒットしませんでした。タイトルって難しいなと思いました。
しじみ71個分:今は、目録規則だと標題紙から書誌情報を取るのではなかったかなと思います。書誌の納入業者さんが★で取っているのかもしれないですね……
さららん:デザイナーさんが、★を入れたんでしょうか?
ハリネズミ:★がついている書名はほかにもありますが、書誌事項をどうすればいいのか、で困るケースなのですね。
リカはインド系だけどイギリスでずっと育っているのですよね。転校が多いので読み書きができなくなったとは考えにくいので、やっぱりディスレクシアの要素があったのかな。
それと、絵本ですが『やましたくんはしゃべらない』(山下賢二文 中田いくみ絵 岩崎書店)が場面緘黙症の子どもを主人公にしていて、印象に残っています。
ニャニャンガ:原書の表紙と邦訳の表紙では、リカの肌色がまったくちがうのですね。インドのお母さんとイギリス人の父親と持つリカの肌の色を考慮してほしかったです。せっかくいい絵なのに、もったいないなと思いました。
花散里:2024年の海外児童文学の作品の中では、障害を持った子どもたちや、その兄弟、多様性をテーマにした作品が多かったのですが、今回、本作を読み返して、改めて良い作品だと思いました。場面緘黙症のレオと、読み書きができないインド系移民の子リカ、「言葉」でそれぞれ苦労する二人が共通の楽しみであるダンスで惹かれ合っていくところが心に残りました。文字の読めないリカとともに絵本を読んでいくという様子も印象的でした。リカが文字を読めないということですが、学校に通っていて、これまで、学校の先生や周囲の人たちが、気が付かなかったのだろうか、ということは疑問に感じました。場面緘黙症のことをよく知らない子どもたちもいるのではないかと思いますので、この作品を手渡したいと思いました。
(2025年07月の「子どもの本で言いたい放題」より)