柏葉幸子/著 さいとうゆきこ/挿絵
講談社
2015.09
版元語録:会ったこともない親戚の下にいく萌花と、夫の暴力から逃れてきたゆりえは、大震災の後不思議なおばあさんと家族に。だが狐崎では邪悪なものも解き放たれ…。
マリンゴ:東日本大震災を描き、その心の痛みを正面から取り上げた骨太な作品です。発売された直後から気になっていて、みなさんの意見もいろいろ聞いてみたいと思いました。見知らぬ3人が出会って、一緒に暮らし始める序盤部分はとても魅力的でした。ただ、後半に行くにつれ、ちょっと要素が多すぎないかな、と感じました。もとは連載作品だったので、読者が楽しめるよう、サービス精神を発揮されたのかな。カッパ、狛犬、地蔵さま、そして遠野にも行くし……。それでも、メッセージはとても伝わってきました。特に、人の後悔、さびしさ、やりきれない思いを、アガメと海ヘビは喰らって化け物になっていく、という部分はひびきました。
パピルス:好きな作家さんですが、自分にとって柏葉さんの文章は独特で、慣れるまでに時間がかかります。本作も冒頭から言い回しに慣れなくて何度も読み返してしまいました。慣れたらどんどん世界に入り込めて、夢中で読みました。震災を物語として伝えようとしていますが、岩手の伝承と相まって深く心に刺さりました。
ヴィルト:柏葉さんの作品では『つづきの図書館』(講談社)が大好きです。本作は地元新聞に連載された作品ということで、震災を経験した子どもたちが辛い経験を乗りこえられるよう、被災地を舞台にしたのだろうなと想像しました。個人的には震災はまだ生々しいので、津波の場面など子どもたちは辛くないのかな?と心配になりました。おばあちゃんはとてもお元気そうなので、冒頭で遠野から老人ホームへ入居することになったといういきさつに少し違和感がありました。他の参加者からのご指摘により、核となる登場人物の3人とも、被災した地元の人たちではなく、たまたまその場にいて被災民になったんだとあとから気づきました。これだと、被災地に根差した物語とはちょっと違うような……。実は、挿絵がとても残念な印象を受けました。
ルパン:おもしろく読みました。残念なのは挿絵。物語の不思議感に合っていません。挿絵がよければ、もっと独特の世界をイメージできたかもしれないと思うと気の毒です。私には、この作品は震災を正面から捉えたものとは思えません。主人公3人のうち、一人はDVから逃げた横浜の人。一人は関東から来た女の子。おばあちゃんは遠野の人。3人とも震災とは関係ない孤独な人です。震災の時に居合わせたことによって出会うので、この3人にとっては、震災はむしろ都合が良かったことになります。これは被災地の人が読んで、いい気持ちのするものではない気がします。私自身は、この作品は不思議なものが存在する世界を描いたファンタジーだと思って読みましたが、ところどころ現実に引き戻される描写もあり、盛りだくさんすぎて何を書きたいのかがぼやけてしまっているところが残念です。
アンヌ:『遠野物語』(柳田国男著 岩波文庫他)が好きなので、手元に置いて読み進めました。まず「マヨイガ」の話がおばあさんの昔話として語られます。河童や、座敷童が出てきたり、動物系の妖怪たちにおばあさんが「ふったちさん」と呼びかけたりします。これも『遠野物語』に「ふったち(経立)」は獣が年を経て異様な姿や霊力を持つ姿になったものを表すと出てきます。こんな風に、その土地にある不思議な話、怪談や伝承をもう一度語り直して伝えていくということに、物語の力を感じます。明治時代に柳田国男が危惧したように、怪談なんていうものは、時代とともに消えてしまうかもしれません。だから、作者がこのようにその土地にある怪談や伝承を、物語の中に再編することには意味があると思っています。物語の中で、もう一度言い伝えを語り、語る者の解釈を付け加える。そうやって怪談や伝承は再構築され、読者に伝わっていくと思います。前半は津波の話や避難所の話で、題名と作者名がなかったら、読み続けられなかったかもしれません。最後に、家族がいったんはバラバラになっても、ひよりとおばあちゃんが「不思議を見る力」で繋がっているから、この不思議な世界は続いていくのだろうなと思わせて終わるのが、とても嬉しく、物語を伝えることの素晴らしさを感じさせる見事な作品だと思いました。気になったのは挿絵で、河童が本文の描写と違って、とても子供っぽく描かれていることです。
アカシア:河童はいろんな絵が伝わっていますよね?
アンヌ:ここでは、いろいろな川の主のような形で河童が書かれているので違和感がありました。ただ、地図があるのは良いですね。
アカシア:遠野は私も好きな場所です。物語の舞台になっている地域は、震災や津波の被害で大勢が亡くなっています。大きなトラウマを抱えている子もいます。柏葉さんはそういう子どもたちの心の傷をどうやったら癒せるのかと考えて、恐ろしい魔物に対して子どもや河童や地蔵や動物たちが力を合わせて戦って勝利をおさめるという、この物語をつくったのだと思います。そういう意味では激しい戦いのシーンも必要だったんでしょう。読んだ子どもたちが物語の主人公に気持ちを合わせて一緒に戦い、勝って魔物を退治するという展開が必要だと思われたのではないでしょうか。震災と正面から向きあってないとさっきどなたかがおっしゃいましたが、それは時間がたたないとできないことだし、傷が深いうちはなかなかできないことだと思います。これは、柏葉さんなりの子どもへの寄り添い方で、私は大きな意味があると思いました。挿絵は、ある意味目を引きすぎて、物語に集中できなくなるようで、そこは残念。それに、被災地の子どものことを考えずに純粋に物語だけを見ると、いろんな要素が入りすぎかもしれません。だけど私は、血のつながりのない者たちが家族をつくっていくという展開も好きです。
アカザ:読んでいる時はおもしろかったし、柏葉さんでなければ書けない作品だと思いました。つぎつぎに登場してくる妖怪たちも魅力的だし、血縁のない3人が新しい家族として暮らし始めるところも良かった。でも、読み終えてから2、3日たつと、おばあちゃん+妖怪たちの連合軍に対するウミヘビが哀れに思えてきてなりませんでした。なまじアガメとウミヘビの背景が描かれているだけに、なんだか可哀そうで……。そう思うと、夜空を飛んで出撃(?)していく光景が、空爆を思わせたりして。村上春樹がパレスチナ問題について語ったときでしたか「わたしはいつも弱者や少数者の側に立ちたい」と言っていたのを思い出しました。
(「子どもの本で言いたい放題」2015年12月の記録)