古内一絵/著
小峰書店
2016.09
版元語録:女子率100パーセントのフラダンス愛好会に集められた4人の男子高校生。その目的は男女混合によるフラガールズ甲子園出場だった! 震災から5年後の福島を舞台に描くとびきりの笑顔と涙の青春ストーリー。
アンヌ:言葉でダンスや歌を説明するのは難しいことですが、この物語では、ハワイアンの奇声のような掛け声とか踊りの用語とかを知らないままに、まるでSFを読んでいる時のようにどんどん想像して読んでいくことができました。部活動で、男子のいない部に男子を強引に勧誘する場面等も、あるあるなどと思いながら読みました。ただ、読み直してみると、詩織の母親との関係や、木原先生の話などいらないと思う場面もいくつかあった気もします。私が一番心を打たれたのは、マヤが犬のジョンのことを悲しむ場面です。文学にできることは、こういう論理的に説明したり解決できない何かについて書くことじゃないかと思っています。心にいいものが残る小説だと思いました。
コアラ:文章がおもしろかったです。26から27ページの転入生柚月宙彦の自己紹介の場面とか、13から14ページの会話とか。あと薄葉健一の発言の書き方、53ページの12行目とか、聞き取れない小さな声を小書き文字で表現していて、あの年頃の男の子の言葉が全部「いいっス」みたいに「ス」が付くのも表していて、すごくおもしろかったです。フラガールズ甲子園で、詩織が観客席にきっといると信じて、戻ってこいと踊りで呼びかけるシーンが感動的でした。ただ、装丁がキョーレツで、手に取ることをためらわせるのでは、と思ってしまいました。もっとかっこいいほうがいいと思います。
げた:工業高校の生徒たちが、仲間同士小競り合いをしながら成長していく物語ですよね。フラダンスって、今や地域でも職場でもすっごく流行っているんです。高校生がスポーツとしてやってるのはとっても新鮮でした。とってもユーモラスなキャラクターが登場する話なんだけど、震災と原発がずっと裏に流れているんですよね。高校生たちが震災と原発によって歪んだ社会をなんとかしようとしている姿に感動しました。それにしても、原発は無くならないものでしょうかね。皆が生活を一段切り下げれば原発が無くたってなんとかなると思うんだけど。
ピラカンサ:原発の方が電気代はかえって高くつくことがわかってきたのに、辞められないのは利権に群がる人たちがいるからですよね。
げた:ラストで仮設の老人が咽び泣く詩織の背中に掌をそっと添えたってとこはよかったな。
ピラカンサ:この作品は、何よりもユーモアがあふれているところが素晴らしい! あちこちで笑えますけど、その中で福島の原発事故の影響なども描かれていて、考えさせられます。たとえば85pには「以前なら気軽に聞き合えた質問を、同じ福島県に住む穣たちはできなくなっている。互いの過去の重さの予測がつかないからだ。ほとんど被害のなかった自分が気軽に問いかけたことが、相手を深く傷つけてしまう場合だってある」とあります。父親が東電に勤めているという健一の視点も出てきますね。ストーリーには意外性も随所にあって、うまいですね、この作家。私はユーチューブで男子のフラダンスというのを見てみたんですが、本場のは体格のいい人がやっていて立派なのですが、日本の男子はほとんどの人が細身で、しかも腰に大きな飾りをつけてたりするので、とてもユーモラスでした。表紙も、中を読んでから見ると、とてもおかしかった。フラダンスは笑顔が大事ということで、みんな笑顔なのですが、その笑顔にそれぞれのキャラクターの思いが入っている気がします。キャラクターの書き分け方も、喜劇的なラインに寄ってはいますが、うまいですね。
マリンゴ: 毛色の変わったスポーツ小説に、原発や福島の問題を絡ませる……そのバランスがとてもいい本だと思いました。印象的なシーンとしては、85pの「うかつな質問はできない」以降の部分。高校生って傍若無人でいい時期なのに、まるで社会人のように、相手のプライバシーに踏み込みすぎないようにしていて、気苦労が伝わってきます。全体的によかったのですが、一部、芝居がかった文章が気になりました。たとえば180p。「だがこのとき穣は、まだ少しも気づいていなかった。〜衝突を生もうとしていることに。〜プラズマが潜んでいたことに」と、煽りすぎていて、そんなに煽らなくても続きはじゅうぶん気になってるから大丈夫なのに(笑)と思いました。またクライマックスでは、詩織が来ているかどうかまったく確認していないまま、みんなで演技をします。連ドラの最終回だったら、こんなふうに詩織が来るか来ないか!と煽りがちですけど、現実だったら、事前に来るかどうかだけでも確認するとか、来るように仕向けるとか、なんらかの行動を起こすかと思います。そのあたりが少しイメージ先行な気がして、最後の演技の部分、後味はよかったのですけれど、感動とか泣くとか、そういうふうにはなりませんでした。
西山:ほんとにおもしろかった!「3・11」から5年目の福島であることが、必然の物語だと思います。テーマを取って付けたような分裂がなくて、ひとつの小説として大満足の読書となりました。210pの真ん中あたり、「震災を経てから、自分たちは家族や出身地について明け透けに語ることを控えるようになった。」というところなど、実際にあるんだろうなと胸を突かれました。傷が生々しすぎる時期、もちろん語れないということも理解できる。でも、語れないことで、傷がいつまでもじくじくしているということもあると思うから、これは、本当に、何度も言うようですが、「5年目の福島」を言葉にしてくれていると思います。一方で、ほんとに笑える! 羊羹の一本食いとか……。それでいて。203pの羊羹を切るシーンで、実は意外にも繊細に扱われていたと分かるところなど、本当におもしろく読みました。こういうところが何か所もあって、読書の快を満喫しました。他に例えば258pの「成人よ、責任を抱け。」とか、共感できる価値観がいくつも言葉になっているし、よい1冊でした!
ネズミ:とてもよかったです。福島の人々、高校生みんながこういう問題を抱えているということを、部活を切り口に説教臭くなく伝えています。3人称だけど限りなく1人称に近い書き方で、主人公の穣の気持ちによりそって読者をひきこんでいます。あらゆる立場の部員が集まってるというのはフィクションらしい設定だけれど、あざといと感じはせず、気持ちよく読めました。一人一人が、この物語のどこかでとてもいいところを見せるのもいいなと。健一くんが、甲子園に「うまくなったから出たい」と主張するところとか。いいなあと思う文章もちらほらありました。125pの「別にどこかに出ていかなくても、意外なところに世界を広げるヒントは隠れていたのかもしれない」とか、255pの「少しだけ、男子だらけの工業高校に通う女子の気持ちが分かった気がした」とか。113pの「ナナフシから瀕死のマダラカミキリのようになった健一や」では爆笑。
レジーナ:登場人物が生き生きしていて、ユーモアがあって、何度も読みかえしたくなる本です。読んでいてすがすがしく、一人一人を応援したくなりました。羊羹を丸かじりする大河も、底抜けに能天気な浜子も、いちいち芝居がかったしゃべり方の宙彦も、これだけ強烈な人間はそうそういないし、フラガール甲子園で詩織が舞台に上がる場面も、現実だったらこんなにうまくはいきません。でも登場人物の心の動きや、福島の人たちが抱えている想いにすごくリアリティがあって、胸がいっぱいになりました。ひとくくりに福島と言っても、その被災状況はさまざまで、踏みこみすぎないように被災者同士気をつかったり、震災のことを話さないように学校で指導されたり、そういうどこにも出口が見つからない閉塞した状況も透けて見えます。原発事故で突然土地を奪われる理不尽さは、ハワイの歴史と重なりますね。弱い立場の人を切り捨てるあり方に作者が疑問をもっていることが、水泳部のいざこざをはじめ作品全体を通して伝わってきました。
さららん:引用しようと思ったところは、みなさんからもう出ているので、あまり言うことがないです。原発事故後の、分断化され、どこに住んでるのかさえ気軽に聞けない現実の重苦しさを、福島で暮らす高校生の、ありのままの重さにして書いているのが見事だと思いました。読者を笑わせながら、すうっと福島の問題に移れるのは、人物が人間として動いているから。テーマなんてものではなく、登場人物たちのおなかを通した言葉として「今」が語られているからなんでしょう。クライマックスで、サークルのみんなが大会の舞台で踊りながら、詩織を呼ぶシーンを電車の中で読んでいて、泣いてしまいました。『ウォーターボーイズ』や『フラガール』といった映画もあり、決して新しい素材ではないけれど、読者を楽しませつつ、考えさせる虚構の作り方の巧さに感心しました。
よもぎ:『チア男子!!』とか『ウォーターボーイズ』みたいな話かなと思って読みはじめたのですが、福島のいろいろな立場の子どもたちの心情が、きめ細かに書かれていて、おもしろいだけでなく深みのある作品だと思いました。これだけ登場人物が大勢いるのに、「これ誰だっけ?」と思わせずに、見事に描きわけている。本当に上手い作家だと思いました。思わず吹きだしながら最後まで読み、フラダンのクラブも順調にいきそうだし、敵視されていたおじいさんからも花束を贈られ、「良かったね」で終わりそうなのですが、「でもね……」という「もやもや感」が残る。その、どうにも解決できない「もやもや感」が現実の福島の姿なんじゃないかな。そこまで描けているような気がします。
しじみ71個分:さっき表紙がどうも、という意見がありましたが、私はこの表紙がすごく好きです。裏表紙の二人の顔の絵も意味深で、何で、何で?と、本筋ではないながら興味を掻き立てられながら読み進められて、うまい装幀だと感心しました。『セカイの空がみえるまち』の後、これを読んだのもあって、福島の問題をよくぞここまで貫徹して書いたなと作者の強い意志に感動しました。同じ県内でも被災しなかった地域の子、被災して帰宅困難地域から避難してきた子、加害者の立場にある父を持つ子、犬を置き去りにしたことで悲しんでいる子など、いろんな立場の子を通して、福島の今の問題にきちんと話の筋を返していこうという作者の意図が素晴らしいと思いました。また、言葉のセンスがすごくいい。言葉のうまい人だなと思いました。特に、主人公の穰が心の中で入れる突っ込みの言葉などは非常におかしくて、笑いを誘われました。著者の古内さんは、日大の映画学科を出たということですが、そのせいか表現が非常に映像的で、どの場面も映画のように画像が思い浮かびますし、穰が老人ホームで最初の男踊りを披露したときに、健一の背中に塗ったドーランですべって大コケするところとか、細かい描写が非常に場面を想像する助けになりました。あとがきに、実際の高校のフラダンス部に取材したとありましたが、ダンスのテクニックの詳細が書いてあって、『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著 講談社)の表現にも通じるかと思いますが、スポーツやダンスの様子に非常にリアリティを感じられたのも良かったです。福島の原発のせいで生じた閉塞感の中で苦悩しながら、部活に懸命に取り組む中で世界観が広がっていく過程を描くことで、非常に明るい希望を持てる作品になっていると思います。子どもたちに本当に薦めたいです。最後のフラガールズ甲子園のところは、仮設住宅に住まうおじいさんが花束を持ってきてくれたりして、和解につながるなどは少々都合よい場面と思うところもありましたが、それも含めて良い映画を見るように気持ちよく読めました。ヤンキーな浜子のキャラクターも良かったですし、男の子たちがお弁当を交換する場面で、宙彦がパクチーについてデトックスになると言ったのを健一が言葉尻を捕まえて「福島だから?」と鋭い質問を入れるところなども表現に緊迫感があり、宙彦が言葉に詰まるところを穰が救うところなども、高校生なりに難しい問題を語るときのもどかしさをうまく表現していたと思い、感心しました。
ルパン:まだ2017年が始まったばかりなのに、すでに「今年のイチオシ!」と言いたくなるような作品でした。これは傑作だと思います。3・11後の福島という場所にいるいろんな立場の子どもとおとなが描かれていて、すばらしいと思いました。特に、「原発問題後の福島にいる東電社員の子ども」である健一君のいたたまれない思いが非常にうまく書かれていると思います。でも、ちゃんとそこに寄り添う友だちもいて、心があったかくなります。情景描写もすごい。踊りを文章で表すのは難しいと思うのですが、地味なメガネ女子のマヤちゃんが、フラダンスを始めると「キエエエエ!」って掛け声をかけるあたりなど、目に浮かぶようでした。動いているものとか目に見えないものを文章にするのはすごい筆力だと思います。大絶賛です。268pの歌の歌詞で、「踊り上手なあなたに……」「踊り手がそろったら……」というところは、何度読んでも泣けてしまいます。
エーデルワイス(メール参加):福島原発の事故で、故郷に住めなくなった方や仕事をなくした方、そして子どもたちがどんな思いでいるかを、きちんと書いていると思いました。福島のフラダンスは有名ですが、笑わせてくれるところもたくさんあって、おもしろく読みました。自分の中では今年度読んだ本のベストの中に入ると思います。p241「・・本当にリーダーになれるのは一番弱い人のことまでちゃんとかんがえられる人だもの」p249「・・自分の悲しみを人と比べることなんてないんだよ」っp250「この世は自分たちの手には到底負えないほど大きくて深い悲しみと理不尽さでできている」などの名台詞もよかったです。
(2017年1月の言いたい放題の会)