日付 2008年11月28日
参加者 サンシャイン、もぷしー、ジーナ、ハリネズミ
テーマ 動物たちの冒険

読んだ本:

松浦寿輝『川の光』
『川の光』
松浦寿輝/著
中央公論新社
2007.07

版元語録:『読売新聞』大人気連載の単行本化。川辺の棲みかを追われたネズミ一家が、新天地を求めて旅に出る。小さな命の躍動を余すことなく描き出した冒険物語
『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち(上・下)』
原題:WATERSHIP DOWN by Richard Adams, 1972
リチャード・アダムズ/著 神宮輝夫/訳
評論社
2006.09

版元語録:やっとたどりついた理想の地ウォーターシップ・ダウン。だが、そこには…。次々と襲いかかる困難に、勇気と知恵と友情で立ち向かうウサギたち。小さくも勇敢なウサギたちの感動の物語。待望の〈改訳新版〉。


川の光

松浦寿輝『川の光』
『川の光』
松浦寿輝/著
中央公論新社
2007.07

版元語録:『読売新聞』大人気連載の単行本化。川辺の棲みかを追われたネズミ一家が、新天地を求めて旅に出る。小さな命の躍動を余すことなく描き出した冒険物語

サンシャイン:かわいらしく書けていると思いました。子どもの目でみるとドキドキすることもあり、最後までまあ、よくできているんじゃないかなと思います。作者が楽しみながら書いたんでしょうね。地図も入れて、ネズミの視点だと人間よりずっと遠くまで冒険するって感じも出ています。

もぷしー:私はちょっと厳しく読んでしまいました。『ウォーターシップダウンのウサギたち』のほうを先に読んでいたので、よけい厳しい目で読んでしまったのかもしれないですけど。主人公たちが努力をしながら生き抜くという話である割に、幸運に救われる場面が多いな、と。幸運に恵まれるなら、そこで得たものを生かして次の危機にのぞんでくれるとお話としてつながっていきますけど、「新しいところで、新しいだれかに救われる」が繰り返されているのが気になってしまって。タータが、自分が救われたようにスズメの子を救ってやろうとするシーンもあったけれど、生き延びるための冒険を描く物語としては、自力で解決する要素がもうちょっと強調されてもいいんじゃないかと思います。でも、作者はとってもいい方で、世の中には他人を助ける人がこんなにいるんだよと伝えたいんだろうな。
あと気になったのは、もとが連載だったからだと思うんですが、イベントがものすごく頻繁に入ってくるところ。一難去ってまた一難。もうちょっと一つ一つのドラマを大きく組立て直して単行本化することもできたんじゃないかと思います。導入の部分はとてもいいと思ったんですよ。たとえば6pのところなんですけど、「そんなことはできないに決まっているけれど…行ってみるといいと思う」の描写は、読者をネズミの世界にすーっとひきこんでくれる、とても素敵な表現でした。ただ、後半に向けて、作者が読者を引っ張る感じがたまに強引。234p、獣医の田中先生のところ。「田中先生はこんな人」という説明が地の文としてずいぶん長く続くけれど、そういうことは、作家の説明より物語のエピソードでわからせてほしかった。ほかに、349pでタミーが去っていったシーン。「友だちって、いいね」と繰り返されていますが、単行本内でタータとタミーの接点は「友だち」になりきれるほどたくさんは描かれていないように思います。「友だちって、いいね」という言葉が、物語を飛び越えた作者の生の意見のように思えてしまいました。最後に366pのあたり、突然作者登場という感じがして、後書きのような印象。ここまで直接的に作者が読者に語りかけるなら、前半から、作者が登場するようなリズムを作っておかないと、この章だけ浮いてしまう印象でした。と、いろいろ言ってしまいましたが、本や物語のあたたかい雰囲気には好感が持てました。

ジーナ:私ももぷしーさんに近い感想でした。今回『ウォーターシップ・ダウン〜』と比べ読みしたのはおもしろかったです。『ウォーターシップ・ダウン〜』は完全にウサギの視点で描かれていますが、こちらは作者の視点、人間の視点があちこちで混ざってくるので、完全にネズミの視点になりきって読むことができませんでした。本当は仲良くない動物との友情も、一組くらいなら自然に入れますが、ここではあちこちで出てくるし、病院のケージから逃げだすときにピンを使うという、習性からするとありえないことが出てきて、ややさめてしまいました。タータとチッチは子どもらしいキャラクターですが、子ども心がある書き手が書いたというよりは、子どもってこんな感じかなと大人が想像して書いている感じがしました。特にタータが妙に幼く描かれている部分と、もう一人前のように書かれている部分があって、どれくらいの経験を積んだネズミのイメージなのか、つかみにくかったです。大人が読むにはいいのかもしれないけれど、子どもにすすめるなら別の本があるかなと思いました。

ハリネズミ:一気にさーっと読んだんですけど、366pのところでえっと思いました。これって大人の本なんだ、と思ったんですね。子どもも読めるのと子どものために書いているのは違います。小さい動物がたくさんいて、いろんなことをしようとしているんだけど、人間はそれに気を留めることなく地球をどんどん壊していっているというのが著者のメッセージだと思いますが、作品の中で登場する人間は田中病院の先生くらいなので、子どもが読んだら伝わりにくいんじゃないかな。そういえば図書館でも大人の本の棚にあったんですね。そう思って見直すと、子どもの本のつくりじゃないですね。ネズミたちの冒険そのものはとてもおもしろいので、子ども向けにも書いてくれたらよかったのにな。

ジーナ:そうですね。川がなくなるなど、生物が住めない環境を人間がつくっていくことへの告発はこの本の大きなテーマだと思いますが、それを子ども向けに書くなら、ネズミやイタチが住む場所を移すだけではなく、もっといろいろな生物が具体的にどうなるかなどにも触れてほしかったですね。

もぷしー:主人公がネズミだったのが厳しかったのかな。ネズミは都会でも暮らせるから、田舎や川辺にすみたいという目的が、生死の問題ではなく好みの問題になってしまうし。

ジーナ:このネズミたちは川暮らしなのに、ハンバーガーだとかポテトだとか、よく知っているんですよね。

ハリネズミ:この著者はケネス・グレアムの『たのしい川べ』が好きだそうですね。あれも、川ネズミやモグラやヒキガエルが旅しますからね。この本の中の川の描写にも、グレアムの文章を彷彿とさせるところがあります。著者は、大人として、そういうのを書きたかったんじゃないかな。牧歌的な暮らしにあこがれて、それが可能な場所をとどめておきたいって気持が強いかもしれませんね。ネズミを主人公にしたのは、弱い動物の象徴として出しているのだと思いますけど。雌犬のタミーが「ぼく」なんていうところは、大人にはおもしろいけど子どもにはどうなんでしょう? ドブネズミの帝国は、『ウォーターシップ・ダウン〜』をヒントにしたのかなと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年11月の記録)


ウォーターシップ・ダウンのウサギたち(上・下)

『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち(上・下)』
原題:WATERSHIP DOWN by Richard Adams, 1972
リチャード・アダムズ/著 神宮輝夫/訳
評論社
2006.09

版元語録:やっとたどりついた理想の地ウォーターシップ・ダウン。だが、そこには…。次々と襲いかかる困難に、勇気と知恵と友情で立ち向かうウサギたち。小さくも勇敢なウサギたちの感動の物語。待望の〈改訳新版〉。

サンシャイン:上巻が読みにくかったですね。名前をメモして読みましたが、なかなか覚えきれませんでした。どのウサギも植物などの名前のようですが、カタカナでは実感がわきません。後半になってくると、話も一つの方向ではっきりしてきてテンポよく読めましたが。正直、あんまりおもしろくは読めなかったです。ウサギだけの視点でお話は統一されていましたが、人間の世界を反映させているんだろうなと思いつつ読みました。壮大なウサギの世界観が作者にあるんでしょうね。最後まで読み終われてよかったっていう感じです。

もぷしー:人間のことを、うまくウサギにのせて表現しているところに著者の力量を感じました。天敵を助けたりするなど現実を超えたところもあるんですけど、それにしても、情で助けているのではなく、助けた後の見返りを期待するなど利害関係を前提にお互いに助け合っている。そういうむき出しの関係は日本では嫌われるかもしれないから、この物語の好き嫌いは別れると思うけど。でも、そのむき出しな様子が物語のリアル感をアップさせてる事は間違いありません。人間から感じ取られることをうまくウサギに載せて語ってます。巣穴の中のようすや作りをすごくリアルに描いているし、糞のこととか、病気の治し方、病気が蔓延しないよう気にするところなど、野生動物の暮らしを想像させてくれて楽しい。自分と他者を助けられるようになるために自分の力を磨き、他者の特長を認めてお互いを生かしていくという骨の部分が、この物語に説得力をもたせていると思います。描写に関して巧みだなと思った事を二つ。一つは、作者が言いたい教訓的な部分はエル・アライヤーの物語として神話的に語ることで、物語の中に自然にとけ込ませている点。もう一つは、「安心した」などの直接的な表現のかわりに、風の吹き具合や、鳥の声、食べ物の味や食べるスピードで、仲間同士がどのくらい安心して暮らしているかを表している点。五感を使った描写がとてもていねいだと思いました。作者は従軍経験があることのこと。その時の経験をいっぱい書いているんじゃないかと想像させられます。自分が生き抜くこと、集団として生き残るということを、きれいごとですまさず、つきつめて考えた経験がある人ならではのブレのない厳しさが、この物語にあらわれているんじゃないかと。そのひたすら厳しいというところで、やっぱり好き嫌いは別れると思うけど。本づくりで思ったのが、ウサギの名前は日本語に直すとこんな意味だよとか、どこかに一覧を出してくださると、キャラクターのイメージがもっとつかみやすくなると思いました。あと、下巻185pの戦いで最高に緊迫しているシーンでバーンと地図が出てきて、ここで物語が分断されて頭がもとにもどってしまうのがもったいない。地図は前付として載せていてもいいんじゃないかな。

ハリネズミ:でも、冒頭に出したら、ネタばれになってしまうんじゃない? この章の後ろでもいいですよね。

ジーナ:最後まで読めていなくて、すみません。ウサギの視点で描かれる物語の構造や、それぞれのウサギの名前や性格をのみこむのにしばらく時間がかかって。最初は読みにくかったのですが、登場人物の関係がつかめたら、ウサギの宇宙に入りこんでどんどん引きこまれました。ウサギの視点で描かれているけれど、目線と高さの違いによる人間とウサギの見え方の違いなども説明されているのが、子どもの本として行きとどいている感じがしました。ただ、登場人物の名前やウサギ語が覚えにくいですね。ウサギ語は、章末に注がついているけれども、注のところに元の言葉を書いていないので、「なんだったけ」と後からはなかなか行きつけないのが残念でした。ウサギの神話が盛り込まれて重層構造になっているところが、大人の近代小説を読んでいるような感じ。ただ、ウサギ同士の話し言葉がかしこまっている気がしました。とてもていねいに訳している感じ。挿入された神話にはぴったりですが、話し言葉としては古めかしくて入りにくいかな。ただ、今はやたら子どもにわかりやすく、わかりやすくという本が多いので、こういう、わからないところが残る書き方も、それはそれでいいのかも。上下巻の色がきれいで、感じのいい表紙ですね。今はソフトカバーが流行りなのかしら?

ハリネズミ:ハードカバーだとかさばるし、重くなるので歓迎しない子どももいるようですよ。

ジーナ:私たちが高校生のころ(30年くらい前)、図書室に並んでいて、よく貸し出されてましたよね。

ハリネズミ:私は72年に旧版が出たときすぐに読んで、とてもおもしろいと思いました。今回は新版を読んで、最初はちょっと読みにくいなと思ったんです。もしかするとそれは、今の創作児童文学の軽い文章に慣れすぎてしまったからかもしれませんね。でもいったんこの文体に慣れてしまえば、どんどん読めますね。世界がしっかり構築されているので、安心して読める。この作品については、イギリスでも称賛と批判と両方あったと聞きます。能動的なのはすべて男性で、女性はついていくだけというのがジェンダー的によくない、という声もあったそうです。ウサギの名前については、たとえばタンポポではなくダンディライアンとした理由が訳者後書きに書いてあります。でも英語圏の子どもはこの名前を聞いてタンポポのイメージも思い浮かべるだろうし、語源にもあるライオンも思い浮かべるでしょう。でもダンディライアンでは日本の子どもにはなんのイメージも浮かばないという不便さがありますね。ヘイズルという名からもイメージは浮かびにくい。ヘイゼルならまた違うでしょうけど。こういう名前は、なるべく原書通りにするのか、それとも瀬田貞二さんみたいに、思い切って日本語にしてしまって(たとえば『指輪物語』でStriderを馳夫とするなど)日本の子どもにもわかりやすくするのか、悩ましいところですね。中学生くらいから読める作品なのに、名前ばかりでなくウサギ特有の言葉遣いも出て来て、カタカナ表記の多さで読者を遠ざけているのが気になります。ジェンダー的な問題は感じませんでしたか?

サンシャイン:ローマの建国の時に隣の国から女性たちを連れてきてしまうというのがありましたっけ。その話を下敷きにしているのかなと思いました。女性の意思を無視して連れてきたりしてるわけじゃないので、気になりませんでした。

ハリネズミ:上巻p47のリーマスおじさんについての注はよくわかりませんね。

サンシャイン:旧版はどんな版だったんですか?

ハリネズミ:私はペーパーバックで読んだような気がします。読者対象は高校生から上で、中学生は無理だったよね。

ジーナ:何がきっかけで新版を出したんでしょうね?

ハリネズミ:新旧を比べてみると、おもしろそうですね。

サンシャイン:アニメは角川だから、日本でも公開されたんでしょうね。

ハリネズミ:装丁は新版の方がずっときれいですね。このころのイギリスのファンタジーは、きちっと世界観を作って描いているから、重厚ですよね。

サンシャイン:実際に実在している場所を使って、地図も載せて、そこでお話作っています。

ハリネズミ:ウサギって、犬や猫と比べて表情がないし、ペットとしてはコミュニケーションがとりにくいイメージ。そういうのを野生の中において、作家がイマジネーションを膨らませて細やかに描いているのがおもしろいですね。

ジーナ:イギリスって、ウサギが多くて身近なんでしょうか? ピーターラビットもいるし。

ハリネズミ:エジンバラの町の中だって普通にいましたよ。

ジーナ:ヘイズルたちはラビットですか? それともノウサギ(ヘア)?

ハリネズミ:ラビットですね。イギリスでは肉屋さんでもウサギの肉を売ってます。

サンシャイン:ローマの話は、建国当時隣の国から女性を奪ってきて、後から奪われた方の国の男性が攻めてきたけど、女性たちがとりなして和解させたという話だったかと記憶しています。絵の題材にもなっています。この本の戦闘シーンの中の地図は、塩野七生さんの「ローマ人の物語」にある戦場の地図に似ています。作者は戦争経験者だし、そこにパッと戦場の様子を地図として入れたくなったんでしょうか。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年11月の記録)