日付 | 2010年6月24日 |
参加者 | げた、たんぽぽ、酉三、プルメリア、ひいらぎ、ダンテス、うさこ、タビラコ、すあま、ジラフ |
テーマ | ひみつ |
読んだ本:
朽木祥/著
講談社
2009.03
版元語録:僕らの船は、風の靴になって、どこまでもどこまでも駆けていく。海が空にふれてひとつになり、空が天にとどくはるかな高みまで…仲間と一緒に大海原を駆けた、あの夏の日。少年たちの物語。 *産経児童出版文化賞大賞
原題:THE BOY IN THE STRIPED PYJAMAS by John Boyne, 2006
ジョン・ボイン著 千葉茂樹訳
岩波書店
2008
版元語録:大都会ベルリンから引っ越してきた見知らぬ土地で、軍人の息子ブルーノは、遊び相手もなく退屈な毎日を送っていた。ある日、ブルーノは探検にでかけ、巨大 なフェンス越しに、縞模様のパジャマを着た少年と出会う。ふたりの間には奇妙な友情が芽生えるが、やがて別れの日がやってきて…。
原題:UN SECRET by Philippe Grimbert, 2004
フィリップ・グランベール著 野崎歓訳
新潮社
2005
版元語録:一人っ子で病弱なぼくは想像上の兄を作って遊んでいたが、ある日、かつて本当の兄が存在していた形跡を見つける。禁断の恋。懊悩。そしてホロコースト…。1950年代のパリを舞台にした自伝的長篇。
風の靴
朽木祥/著
講談社
2009.03
版元語録:僕らの船は、風の靴になって、どこまでもどこまでも駆けていく。海が空にふれてひとつになり、空が天にとどくはるかな高みまで…仲間と一緒に大海原を駆けた、あの夏の日。少年たちの物語。 *産経児童出版文化賞大賞
げた:アーサー・ランサムのシリーズみたいにおもしろいと聞いていたので、いつおもしろくなるかなと思って読み進んでいったんですが……。わくわく、どきどき感なしで終わっちゃったってところです。おじいちゃんもかっこよすぎるし、子どもたちも表面的にしか描かれていなくて、期待はずれでしたね。ヨットの専門用語がわかりにくいところなどあったのですが、それはそれとして、もう少し読者をひきつける書き方があったのではと思いました。登場する子どもたちの気持ちが伝わってこないんです。
たんぽぽ:受験に失敗した暗い話ではなく、さわやかに描かれていたと思いますが、航海記の部分など、子どもが楽しめるかどうかなと思いました。朽木さんの作品だと『かはたれ』(福音館書店)はおもしろかったです。去年出た『とびらをあければ魔法の時間』(ポプラ社)もおもしろかったのですが、これはもうひとつ、物足りなかったです。
酉三:賞をとったり、評判がよかったりというので期待して読みましたが、ちょっと……。いろんなことが気になりましたが、たとえば風間ジョーとの出会いなど、子どもたち、こんなに無防備でいいのか? と驚きました。設定がおもしろければ、「リアリティ」とかにこだわらない、という傾向を、最近の大人の本も含めて感じていますが、これもそういう読後感でした。「リアリティ? どうして必要なんですか? 物語って、要は作り物じゃないですか。おもしろければいいんですよ」という反論が聞こえてきそうですが、私はリアリティにこだわります。ゆえにこの本は評価できませんでした。どうしてこれが賞をとったのか、それが今日のテーマである「秘密」なのだ、などと。
プルメリア:私も期待して読んだのですが、甘いなと思いました。主人公が大変恵まれた環境にいて、私が目にしている受験に失敗した少年たちとはまったく違う。現実の子どもたちのなかで、この主人公のようにヨットをあやつれる子どもがどれだけいるんでしょう? 子どもの立場に立ってみると、手に取りにくい作品だと思います。おじいさんが息子に伝えたかったことは、ひしひしと伝わってきました。ネコジャラシが食べられることを初めて知り、やってみようと思いました。(笑)
ひいらぎ:同じようなシチュエーションであっても、アーサー・ランサムの作品とは違う?
プルメリア:ランサムとは、人間関係の書き方がちがいます。挿絵は、きれいでしたが。
ダンテス:たまたま子どもがヨットに乗っている姿を見て、作品のイメージがわいたとどこかに書いてありましたね。作者はヨットを動かすということ自体を書きたかったのかなと思いました。鎌倉は詳しいので、あの辺の描写だな、などと思いながら読めました。ヨット関係の横文字が多いですね。正直言って、ていねいに読む気はあまり起きませんでした。おじいちゃんがちょっとかっこよすぎますよね。風間という青年との出会いの設定が不自然です。挿絵や装丁はきれいに出来ていると思いました。
うさこ:本のタイトル、ちょっとおかしみを含んだ章タイトル、二人の絵描きさんに描いてもらった絵、装丁、登場人物の名前、船の名前など、隅々まで、この作家さんのこだわりが感じられる作りの本だなと思いました。でも、子どもの本としてはちょっと重厚ですね。私は、船やヨットなどの経験がないので、そういう点では興味深く読めたし、おもしろかった。海の描写などもきれいだなと思ったけど、海のべたべたした塩っぽい感じは伝わってこなかったですね。物語の核となるものをきちんとすえて書き込んであるので、ある意味わかりやすい文学作品だなとも思いました。ただ、神宮先生の原稿のあとに、作者のあとがきがありますが、なにかの授賞式で語られるならいざ知らず、ここまで本を書いた背景を書いてあったら、読者はどんな感想を持つのかなと思いました。かっこいいけど、かっこよすぎる物語ですね。
タビラコ:みなさんがおっしゃったように、私もなかなか話の中に入っていけませんでした。ひとつには、主人公の少年が抱える「悩み」なるものが、少しも切実に迫ってこないので、どんどん読みたいという気持ちになれないのだと思います。それでも我慢して読んでいるうちに、キャンプファイアでネコジャラシなどを焼いて食べる場面が出てきて、ああ、こういうところは子どもが魅かれるだろうなと思いました。おじいちゃんが遺してくれたヨットをあやつることで、自分は自分なりに道を見つけて生きればいいんだと主人公が気づくというお話だと思うのですが、これって、なんだかありきたりだなあと。それに、おじいちゃんの遺言らしきものが、ビンの中から出てくるのですが、ほとんどがほかの人の詩の翻訳だったのにはがっかり。1行くらいの引用ならまだしも、こういうのは作家としてちょっとどうなの? おじいちゃん、どんなことを言い残しているのかなと、読者は期待して読むところなのに。それから、みなさんのおっしゃるように、風間の登場は「ちょっと怖い」と思いました。大人の私だって怖いのだから、子どもたちの恐怖はいかばかりか……と思うのだけれど。その辺の緊迫感がないので、絵空事だなあという感じがしてしまうのだと思います。凝った文章できれいに書かれている点(時には、子どもには難解だと思う言葉も使っているけれど)、大人の眉をひそめさせるような箇所がない点が評価されて、受賞したのかも。マイナス点がないというところで。p259の訳注で誤植があるのは、マイナスですけどね。
ひいらぎ:注目している作家ですけど、個人的には『かはたれ』(福音館書店)や『彼岸花はきつねのかんざし』(学習研究社)といった、ほかの作品のほうが好きだし、おもしろいと思います。この作品は描写はていねいなんだけど、ていねい過ぎてちょっともたつく感が。場面転換にスピード感がなくて。ご本人は、ヨットに乗った時の爽快感を書きたかったとおっしゃっているようで、それは書かれていると思いますが、おじいさんがかっこよすぎ。湘南だし、子どももいいとこの子で成績も悪くはないし、親に問題があるわけじゃない。ランサムなら、ある意味「外国」だからと了解することもできますけど、これは舞台が日本なので、普通の子どもが読んでどうなんでしょう? へたすると、異世界ファンタジーになっちゃうのでは? それと、私も風間の出し方には疑問を感じました。話の本筋に関係ないし、リアリティがない。大島の方に行くのに大人が必要なので出してきたんでしょうか? それから、後ろ見返しに地図がありますが、どうせ出すなら本文に登場する地名も書いてあるとよかったんじゃないかな。朽木さんは台詞もうまい作者だと思いますが、たとえばp258の風間のセリフはちょっとくさい気がするし、ジェンダー的にもこれでいいんでしょうか?
タビラコ:『かはたれ』なんかは、文章に叙情的な湿度があって、それが好きだったんですけど、この作品はなんだか乾いているわよね。
すあま:さわやかすぎます。悩みがあるようでまったくないし、主人公がどこで成長したのかわからない。困難なこともあまりなくて、せいぜい動揺したくらいでしょうか。家出の後にもかかわらず、親も温かく迎えてくれています。実際の家出だったらもっと大ごとになると思うので、ちょっとうまくいきすぎなのではないでしょうか。主人公たちは中学生ですが、小学生の冒険物語のような感じがします。安心して楽しく読めるということで、受賞したのかな?
タビラコ:「白いTシャツに、洗いざらしのリーバイスをはいた長い足を組み、“色つき水”を片手にデッキチェアでくつろいでいる」ヨットをあやつり、『オデュッセイア』やら『ガリア戦記』やらを読むおじいちゃんなんて、ちょっとかっこつけすぎじゃない? なんだか、リカちゃん人形の家族みたいで……。関節痛とかリューマチとかなかったのかしら? 頭がちょっと禿げてたりしなかったの? おばあちゃんと時にはすごい夫婦喧嘩をしたり、どこかに隠し子がいたりしなかったのかしら?
酉三:読んで安心、というのがこの本の受賞理由かもしれない。いや、真面目に言っているんです。登場してくる子ども、大人、みんな「よい人」ばかり。安心して子どもに薦められる本。そう考えるとちょっと納得できる。
タビラコ:本当におもしろい作品は、書いているうちに作者のコントロールがきかなくなってくるんですよね。
ひいらぎ:これは隅々までコントロールされている感じがしますね。
(「子どもの本で言いたい放題」2010年6月の記録)
縞模様のパジャマの少年
原題:THE BOY IN THE STRIPED PYJAMAS by John Boyne, 2006
ジョン・ボイン著 千葉茂樹訳
岩波書店
2008
版元語録:大都会ベルリンから引っ越してきた見知らぬ土地で、軍人の息子ブルーノは、遊び相手もなく退屈な毎日を送っていた。ある日、ブルーノは探検にでかけ、巨大 なフェンス越しに、縞模様のパジャマを着た少年と出会う。ふたりの間には奇妙な友情が芽生えるが、やがて別れの日がやってきて…。
ダンテス:伏線がたくさんありました。マリア、お父さんの発言、おばあちゃんなど、引っ越した先で父親の仕事がいかなるものか、読む人にはわかります。あやしいな、という風にしておいて、フェンスの向こうとこっち側で、同じ誕生日の男の子との出会う。この辺でこれは作り話だなということがわかりました。お話としては、ちょっと鼻につきました。9歳の子が物事をわからなさすぎる。わからないままにフェンスの向こう側にパジャマを着て入っちゃった。ユダヤ人を殺す立場のお父さんと息子が反対の立場になってしまったんですね。後半、フィクションであるということがわかりつつも、読むのはつらかったです。アウシュヴィッツ関連の作品は読んでいてつらいです。作品として受け入れていく自分自身もつらい。そういうことも含めてこの作品だといえば、そうですが。ユダヤ人虐殺関連の作品は書き続けられていますね。これはちょっと新しいタイプのホロコースト文学と言っていいのでしょうか。
げた:あとがきから読んでしまったので、子どもが塀の外と中を出入りできるなんて、実際はありえないことだと、フィクションなんだ、ということを承知しながら読みました。それにしても、あまりにもブルーノが何も知らなくて、嘘っぽいんだけど、そこに逆にわかりやすさがあると思うんですね。今の子どもたちに読んでもらう意味では、こんな書き方もあるのかなと思います。現実にたくさんの子どもたちが収容所へ送られて、殺されたんですものね。子どもたちも現実を承知しながら、フィクションはフィクションとして読んでくれるに違いないと思います。
プルメリア:嘘っぽいけど、本の世界に入りこんで読みました。戦争に対して反対している祖父母と戦争賛成派の父、家族のなかでも賛成、反対があり、それぞれの生き方が描かれているところは、真実味がありリアリティを感じよかったです。戦争に対して悲惨な立場で書かれている作品が多い中、逆の立場で書かれている作品を読んだのは初めてかも。住んでいる家の中の様子がわかりやすく書かれていました。表紙は服と同じ縞模様でわかりやすいですが、シュムエルがグラスを磨いているのが、医師なのになんでお手伝いさん?と不思議に思いました。小学校は無理だけど、中学生だったらいろんな感想が出てきそう。
ひいらぎ:医師に医師の仕事をさせないのは、人格をおとしめるっていうのも、ナチスの意図だったからじゃないかな。それに、収容所では医者はいらないんじゃないですか。みんなガス室に送ろうとしてるんですから。
プルメリア:悲惨ですね。
ダンテス:何の作品だったか、音楽家なんかは、収容所からドイツ人の家に呼ばれていって演奏し、オレンジをもらって収容所に帰ってから仲間に分けるなんていう話もありました。
ひいらぎ:「ライフ・イズ・ビューティフル」の映画にも、収容所で音楽を演奏する場面がありましたね。現実をおおい隠すために音楽が使われていたみたいですね。
たんぽぽ:高校生の読書感想文課題図書で、感想文にしたら、とても書きやすい作品ですよね。読んでいて、つらい作品でした。
ジラフ:児童文学作品を読んだのは久しぶりで、入りこみました。先に「訳者あとがき」を読んだので、フェンス越しの友情なんて、本当はありえないシチュエーションだ、ということはわかっていましたが、そのうえで、男の子の大人を見る目や、感情がすごくリアルに立ち上がってくるのを感じました。親友と離ればなれになって、友だちのいない毎日がどんなにつまらないか、そのことが9歳の少年の人生のなかで、どれほど大きな比重を占めているかとか、お姉さんにムカつく気持ちなんかが、よく描かれていると思います。きつい結末ですが、終始、少年の目線にシンクロして、フィクションとして楽しみました。読みながら、アイルランド出身で、アイルランドで教育を受けた1971年生まれの作者が、どうして、アウシュヴィッツに題材を取ったこういう作品を書こうと思ったのか、そのことはずっと気になっていました。主人公のお祖母さんがアイルランド系だ、というくだりがありますが、アイルランドにかかわる部分はそこだけですよね。あと、「待遇のよすぎるメイド」とか「点が染みになり、染みがかたまりになり、かたまりは人影になり、人影は少年になった」とか、各章のタイトルのつけ方がうまいな、と思いました。
ひいらぎ:BBCのポッドキャストで作家の声が聞けたんですけど、この人は友情が書きたかったって言ってました。自分はユダヤ人ではないんですね。
酉三:ホロコーストというまことに大きくかつ重い史実をどう語り継いで行くか、というのは大きなテーマでしょう。そのなかで、どれほど史実を離れることができるか。それが気になりました。アウシュヴィッツの鉄条網に、くぐり抜けることが可能な場所があったことなど考えられないし、監視塔の盲点があったという設定もありえないことでしょう。そういうありえないことを組み立てて、お話を作っていいのか? もっとも、読んでるときは、完全にもってかれてましたけれど。
すあま:これは、以前ブックトークで紹介されたんですが、内容を知ってしまったためにかえって読めなくなった本です。でも課題の本だったので仕方なくこわごわ読みました。今回のテーマの「ひみつ」が生んだ悲劇の物語ですね。大人も子どももお互いに秘密にしていたために、起きてしまった出来事が描かれています。他の方と同じで、この主人公の年齢で知らないということがあり得るのか不思議に思いました。本当の話のようで現実にはあり得ないことが書かれているので、これを戦争の本として手渡すのはちょっと怖いですね。説明が必要かもしれない。書かれていないために恐ろしい場面がたくさんある。パジャマは縦縞なのに表紙のデザインはなぜ横縞なんでしょう? タイトルを入れるには横縞の方がいいのかもしれませんね。
タビラコ:この作品は、ずいぶん前に読んで、後味が悪い話だなあと思ったのですが、何週間たっても忘れられない。それだけ強い力を持っているのだと思います。たしか、作者自身が「これは寓話だ」と言っていたように思いますが、寓話として考えれば訳者が後書きで書いている、必ずしも歴史的な事実と同じではないという点や、ブルーノがピュアすぎて不自然だという点もクリアになるのでは? いろいろな見方、感じ方ができる、おもしろい作品だと思います。
ひいらぎ:著者が語っているのを聞くと、小さな子どもでも、すぐには殺されなかったというケースはあったようです。使い走りをさせられたり、ペットがわりになったりと。それから、著者は、ユダヤ人からは批判は受けていない、むしろそれ以外の人たちからの批判があるというふうに言ってました。
うさこ:フェンスの向こう側とこちら側、フェンスというのを大きなキーにしてかかれた物語だなと解釈しました。フェンスの向こう側は想像もつかない世界。こちら側はあまりにも平和で幸せボケしていて、向こう側のシュムエルに思いをいたらすことができない。ブルーノは、今の私たちの現実にも重ねあわせる要素が多い。胸がつまる思いで読みました。9歳のブルーノがあまりにも無知でシュムエルと交流が深まっていっても、フェンスの向こう側に対しての想像力が弱い人物として書かれています。この人物描写については、読み進めていくにつれ自分のなかに違和感が広がっていったんですが、作者はあえて、ブルーノに気づきや成長や変化する姿を与えず、ブルーノという「個人」を描いたようにして、実は「マス(大衆)」の姿をそこに描いていたのではないかと思えてきたとき、この物語がストンと自分のなかに落ちてきました。この作者は、この物語を一つのきっかけとして、読者が自分の力で学んだり考えたりしてほしいと望んだのかもしれないとも思いました。
ひいらぎ:入り込んで読みました。訳もいいですね。ホロコーストをめぐる、いろいろな立場が描かれています。ブルーノの祖母は、「あなたたち軍人なんてそんなものなのよ。…新しい軍服が『すてき』に見えるかどうかしか頭にないんだから。そして、きれいに着飾った姿で、世にもおぞましいことに手を染めるのよ…」と、軍に反感をもっています。ブルーノの父親は、冷血漢ではないけれど、りっぱに出世することに心を砕いています。ブルーノの母親は、最初は夫の出世を喜んでいたのが、やがて家族がおかしくなっていくことに気づきベルリンに戻ろうとします。姉のグレーテルは、ナチスの教育に洗脳されていきます。一つの家族なのに、あえてさまざまな立場に立たせているんでしょうね。ブルーノが子どもらしい無邪気さで周囲の状況に好奇心をもって迫っていくのも、私はリアルなんじゃないかと思いました。ただ最後だけひっかかりました。これでは、イスラエルがパレスチナに対してやっていることを隠蔽したり、今現在あちこちで同じような暴力的な行為が行われていることから目をそらさせる結果になると思って。BBCのWorld Book Clubでは、著者は皮肉をこめたと言ってましたが、日本語で読むと、それが十分に伝わってきませんね。
ある秘密
原題:UN SECRET by Philippe Grimbert, 2004
フィリップ・グランベール著 野崎歓訳
新潮社
2005
版元語録:一人っ子で病弱なぼくは想像上の兄を作って遊んでいたが、ある日、かつて本当の兄が存在していた形跡を見つける。禁断の恋。懊悩。そしてホロコースト…。1950年代のパリを舞台にした自伝的長篇。
プルメリア:話の展開が意外でした。次が知りたくて一気に読みました。話がおもしろいというより、内面的に書かれている筋がおもしろかったです。戦争の時代に生きている人間のもろさと強さがわかりやすく書かれていました。戦争中で大変な状況でも体を鍛えているのは国民性の違いなのかなと思いました。自然描写や人物の様子がよくわかりました。短い話でしたが、人間の葛藤も描かれており3作の中で一番重みがありました。
ジラフ:この作品は、フランスの「高校生の選ぶゴンクール賞」に選ばれたものだそうですが、その賞のしくみについて、フランス語翻訳家の辻由美さんが、『読書教育 フランスの活気ある現場から』(みすず書房)という本のなかで、くわしくドキュメントしているのを読んだことがあります。選考過程がすごくエキサイティングで、おもしろかったのをおぼえています。この『ある秘密』にしてもそうですが、高校生がこういう作品を推してくるところに、フランスの十代の子どもたちの、歴史や社会とのコミットメントの深さを感じました。わたしの身近にはこの年代の子どもがいないので、フランスの高校生は、日本の高校生は、とあまりステレオタイプのイメージで語ってはいけないんですが、実際、日本の高校生だったらどうだろう、と思いました。
酉三:今回の課題の3冊のなかで、一番よかったと思います。お話の骨の部分は「事実」で、それを著者が想像力で肉付けしていった、ということでしょうが、「事実」と言われると、重いですね。お話のあまりに劇的な展開に「ひょっとすると、これは事実に基づいているのか?」と、思わず途中で「あとがき」を読んでしまいました。
すあま:最初読み始めたときに、どんな秘密なのか予想がつきませんでした。主人公が実は両親の子どもじゃないのか、などといろいろ考えたんです。主人公は、秘密を知ってしまってから、荒れたりしないで、逆にそこから成長して大人になっていく。そして秘密について話すことで親の心を開放してあげる。そこが、高校生に支持されたところではないでしょうか。元の奥さんが自殺行為をして連れて行かれるという秘密の物語よりも、主人公の成長物語として読んでおもしろかったです。上質な文学作品だと思いました。
タビラコ:読みはじめてしばらくしたら、登場人物の名前がごちゃごちゃになってわからなくなり、また最初から読み直しました。一口に言って、おもしろかった。少年が成長していく過程も念入りに書かれていますが、なによりこういう体制下にいた人々のさまざまなエピソードを知り、感じるものがありました。アンナのエピソードは、夫に対する復讐、仕返しではなく、絶望として読みました。フランスやフランス文学をよく知っているわけではありませんが、愛や恋をなにより高いところに置いているのが、フランス的だと思いました。最後の、主人公が父親を許すところも、感動的でした。ただ、どこまでがフィクションで、どこからがノンフィクションなのか曖昧で、すっきりしないところもありました。「高校生が選ぶゴンクール賞」に選ばれた作品ということで、フランスのYAの読者たちはこういう作品を読んでいるのかと、その点も興味深かったです。
ひいらぎ:フランスではYAで出てるんでしょうけど、日本では明らかに一般書として出版されているし、日本の中・高生にはわかりにくいですよね。フラッシュバックが多用されている点や、どこまでが想像で、どこまでが事実なのか、境目がはっきりしない点など、読み慣れていない読者にとってはきびしい。主人公は、秘密を知る前に家族のことを想像している、一部知ってまた別の想像をする、秘密がわかってまた新たな家族像を構築する、という風に話が進んでいきますが、日本語だとどこからどこまでが何なんだか、よくわからない。原著は時制などからわかるようになっているんでしょうか? 日本語の時制はフランス語ほどはっきりしていないので、訳は難しいですよね。日本語だと過去の話に現在形が出てきたり、現在の話に過去形が出てきたりするわけですから。それから、児童文学なら、主人公が屋根裏でぬいぐるみの熊を見つけてシムと呼ぶところから、親の奇妙な顔を察して秘密がふくらんでいく、という形にすると思うんですけど、この本では、最初から主人公は兄がいる気持ちになっています。そこも、フランス的と言えばフランス的ですが、ストーリーラインがくっきりしない感じが残ります。アンナがナチの将校につかまる場面ですけど、私は自殺しようとしたわけじゃなくて、まだホロコーストの実態がわかっていなかったんだと思うんです。じゃないと、息子は連れていかない。
私は訳はそううまいとは思わなかった。たとえば、p52には「ぼくが15歳になるまではルイーズも秘密を守りぬいた」とありますが、p53には「小学校を卒業し、地元の中学校に通った」とあって、3,4年戻った感じになる。そしてp55はまた15歳。真ん中の部分の訳をもう少し工夫すれば、流れが途切れた感じにならなかったのにな、なんて思いました。それから最後の部分がこの訳ではよくわからなかった。本がお墓になるのか、お墓に本を置くのか、どっちなんでしょう? 原文どおりに訳されているんでしょうけど、それだけではよくわからない。
ダンテス:ホロコースト文学として見事だな、と思いました。ユダヤ人が連れ去られた事実が、大人の恋愛とからめてよく書かれている、と思いました。日本語訳で、不自然なところがありましたが、おそらくフランス語の接続法で、時制がフランス語でよくかき分けているんだろうと推測しました。文体的に工夫があるのでしょう。自然な日本語にならないのはしょうがないですね。フランス文学にある、人間の赤裸々な心情がよく書かれていて怖いような印象があります。「高校生が選ぶゴンクール賞」に入るという話もすごいです。フランスの高校生はこんなに違う。
タビラコ:日本にも高校生が選ぶ賞があったらいいのに。
すあま:「高校生が選ぶ直木賞」みたいな?
ひいらぎ:『ジャック・デロシュの日記?隠されたホロコースト』(ジャン・モラ/著 横川晶子/訳 岩崎書店)も同じ賞を取ったんだじゃなったですか? あれもホロコーストものですが、日本の高校生には難しいですよね。
タビラコ:日本の高校生が選ぶと、『武士道シックスティーン』(誉田哲也/著 文藝春秋)みたいなものになるんじゃないかな。
ひいらぎ:この作品、ダンテスさんのところの生徒さんだと、どうですか?
ダンテス:人間の情念の部分などがわかるのは、もう少し年齢が上じゃないですか。中学生くらいでは「あ、不倫だ」という程度の興味で終わってしまうかも。ホロコースト文学をベースにして読むのと、それがなく読むのとではまた違いますしね。戦争や歴史関連ですと、『あのころはフリードリヒがいた』(ハンス・ペーター・リヒター/著 上田真而子/訳 岩波少年文庫)を読ませています。
げた:文章が短くて、淡々とノンフィクション的に書いてあり、読みやすいですよね。ただ、名前がいろいろでてくるので、ごちゃごちゃになっちゃうところがありますね。でも、自分の家族にあてはめて読んでみたんですよ。そうすると妙に生々しい。一つの家族の悲劇と民族としての悲劇が、それぞれ互いに作用しながら展開していく様子が比較的淡々と語られている感じがよかったですね。アンナがナチの将校につかまる場面ですけど、緊迫感があり、そういう意味ではおもしろかったな。
酉三:母親は、今の夫との結びつきに強い罪悪感を感じていて、それが虚弱な息子を生むことにつながり、卒中で美しい肉体とことばを失う結果にもなったように思います。でも親父の方は、ひたすらボディービルで、やがて己の肉体が衰え、病故に妻の肉体が衰えると、心中しちゃう。なんかアホなやつですね。そういう父をもつ息子はたいへんだと思いますが、でも、どなたかが言っておられたように、秘密が語られることが、彼をたくましくしてゆく。息子が不要にためこんでいた罪悪感が昇華されたんでしょう。ただ、両親がひたすら肉体にこだわる人たちだった、というのは、「事実」ではなく、フィクションなのかもしれないですね。この作品は、精神分析家である著者が、自分のクライアントに向けて書いた「癒しのメッセージ」という側面もあると思うのです。そういうことからすれば、「ナルシスムという迷路」への警告ということが、この両親のありようを通じて語られているようにも思えます。
ひいらぎ:私は現代のフランス文学は、あんまり好きじゃないんです。一筋縄でいかないのがいい、ストレートなのはおしゃれじゃない、みたいなスノビズムが感じられて。
タビラコ:フランスにいい児童文学が生まれないっていうのも、その辺に問題があるかもしれませんね。
(「子どもの本で言いたい放題」2010年6月の記録)