戸森しるこ、ひこ・田中、吉田桃子、魚住直子/作
岩崎書店
2022.01
すあま:『マンチキンの夏』の後に読んだせいか、物足りなさを感じました。「日傘のきみ」は、設定はおもしろいと思ったけど、最後になぜ別の傘に乗り換えたのかわからないままで、もう少し長い話であればよかったのに、と思いました。「恋になった日」は、ノートでやりとりした相手が想像通りで、意外性がなかったのが残念でした。「Hello Blue! 」は、ファンタジーで、洋品店の男の子が実在の人物ではないのかと思って読んでいたら、そうじゃなかった。短編なので仕方ないけど、もうちょっと登場人物がしっかり描かれていれば共感して読めるのに、と思いました。多様性というテーマは、短編では語りつくせない難しさがあると思います。
アンヌ:「日傘の君」は、よくわかりませんでした。アリガトウと言ったのは傘なのか谷岡なのか、タピ岡でなくなったのは友情が芽生えたという意味と捉えていいのかどうかとか……。「親がいる」の状況は、実はもう現実にいろいろな家庭で起きている話だと思います。主人公と親の過去の関係が全然見えてこないので、ほんの一瞬を切り取ることで、コロナ下の物語としたのかなと思いました。「恋になった日」は王道の恋物語で、同じものを見るというところから恋は始まるという感じで、すみれ色のテレビ塔の伏線はなかなかうまいと思いました。「Hello Blue!」は完全にファンタジーとして読んだのですが、多様性という意味では一番うまく描かれていると思います。特に帽子の青を空や海の色として説明するところは、目が見えない人でも同じ世界にいて、その人が見えないからといって理解できないわけではないということを見事に語っています。服を拾ったり、強盗に服をあげたりするところも、現実にはあり得ないけれど、お伽話の世界につながっていくような心地よさがありました。
コアラ:4つの短編のどれも、心になにかしら引っかかりを作る感じで、よかったと思います。テレワークで、家で仕事をしている親を見る、というのは、子どもにとっては知らない親の一面を見るという意味で、新鮮な体験だろうなと思ったし、物に恋をするという人の存在を本当に受け入れたら、その物がただの物とは思えなくなる、というのも、リアリティを持って感じることができました。多様性というところではないけれど、「恋になった日」のp105『好きです。』とノートに書いて消す場面が、私はけっこう好きで、中学生の恋心がよく表れていると思ったし、消しゴムで消しても跡が残るところが、ノートに書くということの特性だと思いました。SNSで告白するとしたら、SNSならではの迷いとか言葉の使い方とかの描き方があると思うし、この物語では、ノートに書くという特性を生かしていてよかったと思います。ただ最後、両思いになったときにp113「カバンが、急にずしんと重く感じた。」というのは、ちょっと違うんじゃないか、別の締めくくり方をしてほしかったと思いました。イラストは、全体的に人物が大きく描かれていて、けっこう主張しているように感じました。4人別々の作者の短編集だけど、イラストのテイストが共通しているのが、短編集にまとまりを持たせていて、私はいいなと思いました。男の子なんだけど女の子にも見えるような描き方とか、決めつけない感じにも好感を持ちました。装丁には一言言いたい。図書館から借りてきた本は、背の部分がもう色が褪せてきています。ショッキングピンクは褪色しやすいので、残念に思いました。
まめじか:「日傘のきみ」は、登場人物が対物性愛者というのが新しいと思いましたが、タピ岡の心変わりの経緯がわからず、消化不良でした。「恋になった日」は、好きな人ができた主人公が、「たいせつなこと、考えてた」と言ったとき、友だちの琴子がさみしそうに笑いながら、それ以上なにも聞かないというのに、二人の関係性がうかがえました。「Hello Blue!」では、目の見えない主人公はたくさんのことに気づいていて、それに対し、男の人はスカートをはかないなど、固定観念のある母親には見えないものがあるというのがおもしろかったです。強盗が出てくるのは、ちょっと唐突では……。
サークルK:挿絵がかわいらしく、中学生が手に取りやすい厚さの本だと思います。「多様性を見つめる」という今の時代にふさわしいテーマがどのように語られているのかを楽しみに読みましたが、全体的にふわふわとした感じでとらえどころがないように感じられました。たとえば1作目「日傘のきみ」では、セクション1がポエムのような始まり方で、主人公の出自や両親、ふるさととの関係が紹介されているのに、セクション2以降それはあまり深く掘り下げられることなしに話が進行して、友達が「対物性愛者」であることの衝撃に関心がさらわれて行ってしまいます。2作目「親がいる。」は挿絵の幼さと内容のギャップに驚き、しっくり頭に入らないまま話が終わってしまいました。各掌編の終わりに1行コメントを置き、心に残ったことを読者に考えてもらうような呼びかけがあるのは、おもしろい試みでした。ただ余白が多すぎるのではないかなと少し気になりました。
しふぉん:「日傘のきみ」のタピ岡は、将来結婚したいとも思っていた日傘・キョウコさんの柄に〈イママデアリガトウ〉と彫りつけて、渚とよく会っていた場所にどうして捨てたんだろう? キョウコさんとの出会いがネットショッピングだったからなのかな? そして新しい相手・黒い日傘とはどうやって出会って、恋に落ちたんだろうか? よくわからないまま終わってしまいました。「恋になった日」は、なんだか懐かしい青春時代を思い起こさせてくれました。昔は、駅に伝言板があったり、いろいろな所で伝言ノートを見たような気がします。家庭科室の教卓の中におかれたノートの書き込み。相手がどんな人かもわからずに、書かれている言葉の中に、自分と共通する感性にふれる喜びが伝わってきました。そんな風に恋が芽生えた島本くんと星那がずっとうまくいくといいなあと願いました。「Hello Blue!」はどうしてこのタイトルなんだろう? Blueって元洋品店の子・国崎蒼のことなのかな? だとしたら上手いタイトルだなあって思いました。それとも話の中に、青いシャツ、裏地が青のフェルト帽、青いデニムのジャンバースカートと出てきてくるからなの? お話全体に、この蒼の優しさが溢れていました。莉紗が怒りに任せて公園の屑籠に捨ててしまったジャンバースカートを 拾って洗濯し、糊付けまでしてショウウィンドウに飾ったり、蒼は服が好きなんだろうなと思いました。自分に対してひどいことを言う強盗にまで、食パンや牛乳を出し、服も一式プレゼントして、心もお腹まで満たしてあげて……。そんな中学生がいたらすごいと思います。今は学校に行けてないみたいだけど、とてもいい子なので、服飾関係に進んだりして、蒼の未来が明るいものであればいいなと思いました。
ANNE:見返し用紙が透けていたり、余白が多かったりと、装丁が今風だと思いましたが、背表紙はすぐに抜けてしまう色合いなので、図書館員としては少し気を使うところです。オムニバス形式は私にはちょっと物足りない感じですが、子どもたちには読みやすくていいのかもしれませんね。ひこ・田中さんや魚住直子さんなど、ベテランの児童文学作家さんが、世相に合わせた作品を発表されているところがすごいと思いました。
花散里:中・高校の図書館に勤務していて、中学生が「3分間」や「5分間」で読めるようなシリーズ本を好んで読んでいるので、「ショートストーリー」と題した短編小説だったので関心を持って読みましたが、全体的にとても物足りなかったです。読み終わってから、しばらくするとどんな物語だったか記憶に残っていないような読後感でした。作者はそうそうたる方たちですが、こういう短編シリーズの依頼が来た時にどのように取り組まれているのかと思いました。本のタイトルは「読んでみたい」と思わせましたし、多様性を取り上げていて、テーマは斬新だと思いましたが、どの作品にも魅力は感じられませんでした。絵がどの作品も同じなのも受け入れられませんでした。図書館員として手渡したいと作品と、実際に好まれ、読まれている作品とのギャップについて改めて考えさせられました。
シア:非常に読みやすい本なので中学生の朝読書などにいいかもしません。絵も本の薄さもかなり中学生好みにしている感じがしました。色の褪せやすいショッキングピンクですが、書棚でも本屋でも目に入りやすいと思います。内容も薄めだし、退色したら捨てるくらいの消費物的な本だと思います。本の読めない子、嫌いな子がアクセスしやすい本だと思うので、不読者対策としてこういう軽めな本が出回るのは仕方のないことかもしれません。こういった本から入って、しっかりとしたものまで読めるような呼び水になればと思いますが、厳しい内容のものも多く、選ぶのは困難を極めます。さて、この本なんですが、1作目がかなり人を選ぶ話なので、ここでつまずく子どもが出そうです。なぜこれを1作目に持ってきてしまったのか……。対物性愛者の話は珍しいですが、タピ岡が日傘を捨てる心境に至った理由をテスト問題にしたら誰も答えられないと思います。でも、4作目の洋服で繋がる友達というのは良かったです。服というアイテムは多様性を表しやすいし。ただ、やけっぱちになっていたとはいえ、男のしたことは犯罪なので、そんな男に一番価格が高くなるワンセットをあげてしまうというのはなんだか釈然としませんでした。個人的には2作目が一番おもしろく読めました。コロナ禍を扱った物語は多いけれど、テレワークで両親の仕事をしている姿を垣間見て世界の広がりを感じるという観点の本はあまりなかったと思います。身近な人間の働いている姿を間近で見ることは、子どもの視野を広げるという意味でとても重要だと感じます。紛らわしかったのは、1作目のタピ岡と4作目の国崎蒼が挿絵も似ていることもあって同じに見えてしまったことです。日傘が好きなのは服屋さんだからかと妙な納得をしていたんですが、よく考えたら名前も違う別人で、作者も違いましたね。
伊万里:最近のアンソロジーは、テーマで勝負する方向が強くなっていて、その結果、極端というか過激というか、怖いお話を集めていたり、驚かせるような強めのテーマが多くなったりしています。そのなかで、このアンソロジーは、「ちょっと気になるあの人」という、ゆるめのテーマなのがいいなと思いました。戸森さんの作品は、非現実的にも思えますが、後から頭に絵が残る作品だなと感じました。ひこ・田中さんの作品は、コロナ禍のリアルを取り上げています。親の別の一面を見る展開が、地味ではありますが好きでした。魚住さんの作品も、童話とリアルの境目のようなところが興味深かったです。吉田さんの作品は、ほのぼのしてますが、島本くんをいったん否定して、けれどやっぱり島本くんだった、とわかったときに、サプライズ感のまったくないところが少し残念でした。
アカシア:「日傘のきみ」ではp26で「お前なんかよりも日傘の方がたよりになると、見限られたような気がした」という表現が出てくるのですが、この段階では主人公は谷岡に思い入れがあるように書かれていないので、「見限られた」という表現が浮いてしまっています。「親がいる」は暮らしの表面をなぞっているだけで、インサイトがもっとあればいいのにと思いました。「恋になった日」は、p95に「いびつな文字」とか「右上がりになるくせのある文字」と文章にはあるのにp94の挿絵はどちらも書体が同じ。こういうのって、入り込んで読んでいた読者を裏切ることになるので、もっとちゃんと考えて本造りをしてほしいです。島本くんを好きでも嫌いでもいいのですが、言ってみれば花占いのような短編を読まされて、読者の子どもは何かがわかったりするのでしょうか。クリシェに寄りかかっていて意外性がなくて、新しい世界は見えてきません。「Hello Blue」はちょっとおもしろいと思ったのですが、泥棒が出てこなくてもいいように思いました。短編は一面しか描けないとしても、もっとその奥がうかがえるような書き方だったらおもしろいと思うんです。でもこの本は、そうそうたる作家さんたちの良さも生かされていなくて、編集者の気配が感じられません。どれも文章や表現に緊張感がありません。さっき「不読者対策が必要」という声もあり、それはわかるのですが、ただ短い時間で読めるというだけでは、本のおもしろさを知って読者になっていくということにつながらないと思います。もっとちゃんと本をつくってほしいです。
エーデルワイス:1つのテーマで複数の作家が短篇を書くのは大変なことと思いました。また作家の力量がでますね。テーマに沿った内容はもちろん織り込みつつ、独自性をだすのですから。文学の香りもほしいです。『日傘のきみ』が好きです。『Hello Blue!』さすが魚住直子さんと思いました。「多様性」ということを子どもたちに知って読んでもらうには、このような本の作りは効果があると思いました。けれど子どもたちはゲーム、コミック、アニメなどから「多様性」がすでに浸透しているような気がしています。
ハル:戸森さんの「日傘のきみ」以外は、「多様性」のテーマに答えているのかどうか、ちょっとよくわかりませんでした。サブタイトルにはあっていますけどね。それで「日傘のきみ」は、さすが戸森さん、一歩先に進んでいるなぁと思ったし、文学としてはおもしろかったのですが、おそらく道徳的な狙いでつくられたこの企画としては、それに応えられているのかどうか……。愛していたキョウコさんの柄に文字を彫るのはありなのかなとか、この感覚も「◯◯性愛者」だとくくってしまってはいけなくて、人によって違うのかもしれません。対物性愛とか、動物性愛とか、小児性愛とか、どこまでが多様性なのかもちょっと考えてしまいますが、とにかく、共感できなくても理解はしようとする姿勢は、どんなケースにおいても必要なのかもしれません。
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さららん(メール参加):どの話も日常の中でほんの少し視点をずらすことで、まったく見えなかったことが見えてくるところが、マンチキンとつながると思いました。でも描き方は全く別。本の作りも、挿絵がたくさん入っていて、子どもたちが手に取りやすい工夫を感じました。本を返してしまって、また借りるのが間に合わなかったので、あまり細かく書けないのですが、戸森しるこさんの対物性愛者(と呼んでいいのか)のお話は、それほどいやらしさはなく、目の前にこんな人がいたらちょっとたじろぐけれど、これを読んでいたら、少し受け入れやすくなるかもしれない、と思いました。短編ならではの「落ち」を生かした書き方でしたね。どれも良かったのですが最後の魚住さんの「Hello Blue!」の男の子の話は、物語性で読ませます。『自分を生きるのは自分』という言葉はきっと子どもたちに届くと思います。
西山(メール参加):読んだことを忘れていました。全部読み始めたら思い出しましたけれど、また忘れそうです。
(2023年01月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)