原題:MIMUS by Lilli Thal, 2003
リリ・タール/著 木本栄/訳
小峰書店
2009.12
版元語録:囚われの王子フロリーンの生きのびる道は、宮廷道化師になることでしかなかった。誇りを捨て、敵の王の笑いを得て活きる。笑いこそが最後の武器に。王子の物語。
タビラコ:途中までしか読んでいないのですが、とてもおもしろかった。家へ帰ってから、絶対に続きを読みます。虐げられていながら、ある意味で宮廷の誰よりも自由であるという道化師の存在そのものが魅力的ですね。ただ、ひとつ不満をいうと、登場人物が多くて名前が分かりにくいのに、登場人物紹介がなかったこと。途中で「誰だっけ?」と何度も前のほうを読みなおさなければならなかったので……。
トム:物語の始まりでたくさんの人物・王国・関係性に混乱してきたので、新しく人が登場したら、ページに付箋添付作戦で行きつ戻りつして、やっとクリア! 物語の舞台になる城や森などの地図が本のどこかにあったらいいのに! べリンガー城の内部などもふくめ自分で想像して描く楽しさを残しておくということもあるけれど...あれこれ考えていると芝居にしたこの物語も観てみたいと思いました。皆から慕われるモンフィール王フィリップのなかにもひそむ弱さ、敵意に満ち残酷極まりない王テオドではあるけれど家族にみせる情、父を救おうと行動するフロリーン王子の、どこかに残る頼りなさ。みな人間くさくて惹かれます。たとえば、フロリーン王子がモンフィール王解放作戦を練るヴィクトル伯爵から同志の名をほんとうに知りたいかと聞かれ、一度は「はい」と答えたものの、すぐに首をふって打ち消し「焼きごてを見ただけで、ぼくは名前をぜんぶ吐いてしまうでしょうから」と断る場面や、拷問のすえ地下牢に閉じ込められたフィリップ王が、王冠とひきかえに明かりと空気と命を恵んでやるといわれて「ここにこれほど長くいると、真実よりもそうした嘘を信じた方がどんなに気が楽か、と思えてくるのだ」という場面などに出会うと、弱さを知ることの方がずっと強い気がしてきます。
道化の存在は深くてつかみきれないですね。「存在が無だってことよ」「神様のものでもねえし、悪魔のものでもねえ」と言うミムスは、謎めいておもしろい! この物語の鍵をにぎっています。
さきいか:すごくおもしろかったです。p534の「邪悪な〜」の所からの2ページはお触れなのか手紙なのか、文書ならこういうところに絵があっても良いかなと思いました。あとは、ミムスとフロリーンの友情、ミムスとヴィンランド王の友情、フロリーンとラドボドの友情、フロリーンとベンツォの友情や絆が描かれているところが良いと思いました。そういったところが辛い環境でも救いになっていて物語の後味を悪くさせないようにしているのかなと思いました。マイスター・アントニウスもちゃんと人間らしい心があって、フロリーンに同情してくれているところもじーんときました。社会人としてはだめな行動なのでしょうが。あと、フロリーンは底辺を少し知ったので、良い王になるんじゃないかなとこれからが楽しみで、今後のストーリーも見たいなと感じました。
紙魚:ドイツの児童文学だったので、もしや思索的で難解なものなのかなと一瞬思ったのですが、読みはじめるととてもおもしろく、エンターテイメント性がありました。とはいっても、やはりドイツの物語。善悪、貧富、愛憎と、相反するもののあいだにうまく主人公を立たせて、考えさせられるところも大いにあります。物語全体をひっぱっていくのは、ミムスの存在。この作者は、きっとミムスという人物を書きたくて、この物語を書いたのでしょう。とくに、ミムスの発言や歌は、毒のあるユーモアにあふれていて、ときにはほっこりしたり、ときにはどきっとしたり、楽しませてもらいました。訳者の方も、原文で韻が踏まれているところなど、歌の訳については、きっとご苦労されたのではないでしょうか。王子がこんなにかんたんに誘拐されるかについては、ちょっと疑問に感じました。この物語は、宮廷のなかについてはリアルに書き込まれていますが、宮廷外の描写はさらっとしていて、隙間があるように感じました。
きゃべつ:語り口は昔話のようで、ドイツの児童文学によくあるように、堅実にらせん状に話が進むのかと思ったけれど、ミムスに出会ってからは、物語も急に生き生きと動きだしておもしろかったです。ミムスのキャラクターが人を惹きつけ、物語のテンポを作っているのだと思いました。この本はあらすじだけを聞くと、とても残酷な話だけれど、それぞれの人物に宿る良心もきちんと描かれていて、それが救いとなっているのだと思います。
関サバ子:分厚い西洋ファンタジーは読まないので、ふだんは絶対に手に取らない本でした。が、読み始めると最初からぐいぐい引きこまれ、寝る間も惜しんで読み切ってしまいました。おもしろかったです! 主役はフロリーンですが、存在感ではミムスが上ですね。宮廷道化師は、王様に見世物小屋の動物のように囲われているのに、王様をからかっても(といっても、高度な笑いと知性、反射神経が要求されますが)首をはねられない唯一の存在であるというのが、すごく興味深かったです。また、「非人間的な扱い=悪」というステレオタイプに陥らず、ミムスはミムスなりの矜持がある、というところは、考えさせられました。フロリーンが空腹にあえぎ、鞭打ちを受けるところは、真に迫るものがありました。こんなふうに、思わず目を覆いたくなる残酷さも逃げずに書いているところは、わたしは好きです。最後まで甘ちゃんらしさが抜けないフロリーンには、歯噛みしたくなる思いもありましたが、それをしのぐ生命力がとても魅力的でした。
骨格は典型的な貴種流離譚だと思いますが、フロリーンの成長を、ミムスが直接父親のように促すというより、あたかも触媒のように促している距離感がよかったです。最後、城が破壊されて国が制圧されているのに、形勢逆転できたのは、不自然な感じを受けました。
レン:途中までしか読めませんでした。西洋の伝統にのっとって物語が進んでいきますが、日本の読者は西洋的なものには受容度が高いことを改めて痛感しました。道化は、馬鹿なふりをしながら、本当は自分のほうが相手を見下すといった複雑さを持っているので、その重層性がおもしろみになっていますね。
ハリネズミ:よくできた物語だと思いました。表紙がチビミムスと老ミムスの違いをよく表していますね。ちびミムス(フロリーン)のほうは、まだ子どもだし育ちもいいので、まっすぐで単純な顔をしている。逆に老ミムスのほうは、知恵も悪知恵も身につけて、多面的で一筋縄ではいかない、いかにもトリックスター的な姿をしている。対照的な存在だということが、表紙からもわかるように描かれているんですね。老ミムスは、どっちに転ぶかも、誰をだますかもわからない。だからこそ、おもしろい。ハッピーエンドは児童文学の限界か、という話が出ましたが、怨みの連鎖を断ち切るというのは、現在の世界状況を見渡している著者の願いなのだと思いました。理想を提示するのは児童文学の一つのかたちで、限界というのとはまた違うように思います。あまりにもとってつけたようなハッピーエンドだとまずいですけど。訳は少し引っかかるところがありました。フロリーンが師匠であり年もずっと上のミムスを「きみ」と呼んでいるのがいちばん気になりました。「ご紳士」「ご勘定」っていうのも変では?
シア:装丁も設定も良さそうで、期待していた一冊です。しかし、本の分厚さに少し気後れして、3冊目として読みました。読んでみて、映画になりそうな、おもしろい物語だと思いましたが、Y.A.としてみると残酷な描写が多すぎるような気もしました。4章からずっと飢えと寒さと辛い展開で、重い話が長いかなと。キャラクターの数は多かったですが、一人一人キャラが立っていて、読んでいてわかりづらいということはなかったですね。
とてもおもしろかったのですが、実は3冊中一番納得がいかない作品でもありました。とくにエピローグが蛇足だったかなと。ミムスをすぐに自国へ連れて行かなかったヴィンドール側の行動が腑に落ちません。ミムスのテオド王への微妙な忠誠心の理由や、チビミムスのアリックス姫への恋心も、姫が綺麗だから惹かれているように思えるところもあり、もっと掘り下げてほしかったですね。アリックス姫がチビミムスにある程度の情けをかけてくれたとはいえ、無知で高飛車なお姫様という印象の方が強かったです。それにこんな扱いを受けているのだから、王同士の確執がもっと根深いものでも良かったような気もしますし。このラストでは、殺されたたくさんの重臣たちが浮かばれません。自国も滅茶苦茶です。せめてテオド王の首くらいもらわないと、釣り合いが取れません。それに、ミムスは結局何をしたかったんでしょう? 何を目指して自分がどうしたいのか、あまり見えてきませんでした。
Y.A.にしてはダークですし、大人向けとしては無理に大団円に持ち込むようなシビアさに欠けているところもあり、本当におもしろかったのですがそれだけに望みが高くなりすぎて、納得のいかない点が多い作品でもありました。ところで、作者のことを調べたら素晴らしい人でした。児童文学であっても、時代背景をかなり調べて書いたことが分かりました。
ルパン:おもしろかったです。最初は悲惨ですごく読むのがつらかったのですが、読み進めるほどにだんだんミムスの魅力が分かってきました。映画『E.T.』のように外面の醜さを内面の魅力が補って、さいごはすっかり愛着がわいてきました。復讐の連鎖をミムスの一言で止めたところが凄いなと感じました。王の命を救ったミムスへの褒美は毛布一枚とありましたが、本当はもっと丁重に扱われたんだと思いたいです。気の強いお姫様がチビミムスを好きなことは随所に感じられました。私は、このお姫様、なかなか好きです。ストーリーにもひとひねりあってよいと思いました。つっこみどころが何か所もありましたが、とても良い作品です。
プルメリア:とってもおもしろかったです。長文ですが話が進むのはゆっくり、だけどすごくひきこまれる内容です。とてもていねいに書かれていると思います。ミムス2人は名前がマスターミムスとチビミムスに分かれていて子どもは好きそう。戦う敵もそれぞれ理由があり納得、終わり方もハッピィエンドすごく良かったです。さるのピラミットには驚きました。いろいろな技がいっぱいでてくるけど、教え込むのは大変だろうなと思いました。最後に、「たくさんの鈴がついた服を着た王冠をかぶった若い男。頭からはロバの耳が生えている」という、フロリーンが作ったモンフィール王位継承者の印章が心に残り印象的です。ページ数は多く分厚い本ですが、本を手に取ると見た目よりも軽く表紙の絵も良かったです。小学6年生の男の子が一人読んでいました。
(「子どもの本で言いたい放題」2012年2月の記録)