『希望への扉 リロダ』
渡辺有理子/著 小渕もも/挿絵
アリス館
2012.11

版元語録:故郷を追われたマナポがたどりついた、タイの難民キャンプ。なに不自由ないくらしだけど、なにか足りない…やがて図書館員になる中で、民族の誇りと希望をとりもどす。

ルパン:私は、これはなかなか良いと思いました。先に読んだ『かあちゃんのもと』を評価できなかったからかもしれませんが。よくまとまっているし。ただ、最近こういうのが多いな、とは思いましたが。

アカシア:こういうのって?

ルパン:難民の話とか、途上国が舞台の物語です。私はここ3年ほどシャンティの訳語シール貼りをしていたので、親近感をもって読みました。途上国で新たに本を作って出版するのはとても大変なことだと思うので、現地の言葉のシールを上から貼って手渡すのはいいアイデアだと思っています。私がシールを貼った本はこういうところに行って読まれているのだな、と思うとうれしくなりました。お話のなかでよかった場面は、高床式の図書館を作っているときに、中で読み聞かせの練習をしていたら、床の下に子どもたちがたくさん入って聞いていた、というところです。

:現実には、こういう活動にはうまくいかないことも悪いこともあると思うんですけれど、よくできた部分を取り出した報告パンフレットのようでした。日本のNGOのおかげというのが前面に出ているところも。難民の話かと思ったら図書館の話になるんですよね。カレン族とミャンマー族の相克の背景など、もっと深めてほしかったな。難民を描くという点では浅いのではないでしょうか。あと、リロダというのもはじめ何のことだか分からなくて。

ルパン:タイトルにもそうありますし、図書館のことでは。

:(本を見て確認)読みすごしていました。たしかに、ちゃんと「図書館」とありますね。
アカシア:私は内容も記述も教科書的だな、と思いました。書いてあることは悪くないんだけど、表現にもクリシェが多いし、作者自身が難民ではないので今ひとつ迫ってこないのが残念でした。ミャンマーのシャンティはライブラリアンの研修をちゃんとするんだな、とか、人数をかぞえるのに小石を一つずつ箱に入れてもらうのはいいな、とか、そういう発見があったのはよかった点です。貧しい中でも家族が助け合って暮らしている様子も伝わってきました。それからカレン語の訳を、日本や欧米の絵本に貼るのも悪くはないと思いますが、本当はそこの土地の子どもたちが自分が主人公、という気持ちになれる本が必要なのだと思います。その意味では、カレン族の昔話を紙芝居にして、難民キャンプで暮らす絵の好きなおじさんが絵を描いてくれる、というのは、とてもいいと思いました。こういった試みが広がっていくのが理想だと思います。挿絵では、p39の絵だと川幅がそれほどないように思えるので、政府軍のサーチライトをかわすのはこれでは無理なのではないか、と思いました。

ルパン:学校の先生が書いたクラスづくりのおはなしとかに、こういう感じの本ありますよね。

アカシア:うまくいった部分だけを取り上げて書いたものは、ノンフィクションにもたくさんあります。

:成功体験でまとまっているのが多いですね。

ルパン:ただの紹介や説明だと聞いてもらえないけど、物語にしたら読んでもらえるからストーリーにまとめるんでしょうね。

アカシア:最初は木に登って図書館の中をのぞいていた男の子パディゲが、図書館の中に入れて文字も少し教わり、お母さんから認められて小学校に通えるようになる。そしてマナポが働いていた図書館が洪水で流されてしまったとき、このパディゲの家族は、自分たちが別の場所に立ち退くからそこに図書館を建ててほしいと言い出す。この展開は、とてもきれいですが、実際は、そんなにうまくいかない場合がほとんどじゃないかな。学校に行かせない親は、西欧風の価値観に毒されると思ったり、早くから手に職をつけてほしいとか思っている場合が多いでしょうし、そうした考えを変えていくのにはかなりの時間がかかるように思います。

ルパン:あまりわくわく感がないのは、最初から「これを書こう」という枠組みを決めて書いているからじゃないですか。登場人物が自然にいきいきと動き出す、という感じはないですよね。でも、図書館を見たことがない子どもたち、初めておはなしを聞いたときのうれしさ、本が読めるよろこび、というものがすなおに伝わってきて、好感がもてました。成功体験だけをまとめているのかもしれませんが、『かあちゃんのもと』のご都合主義にくらべたらはるかに読後感がいいです。

アカシア:難民キャンプには募金が集まるので図書館がいくつもつくれる。でも、逆に地方の村には図書館がない。この作者は、図書館は絶対的にいいものだという価値観が最初にあって書いているようですけど、ボランティアって本当は安易にするべきものじゃなくて、深く考えてするものだと思うんです。文字の文化も安易に導入すると、声の文化を圧迫して消滅させてしまう結果になる。まあ、この本は小学生向きなので、そう詳しくは書けないでしょうけど、作者がどこまで深く考えているのか、は大事だと思います。

:その言葉を話す人たちに家族を殺されているのに、心理的な抵抗はないのかしら。いつかカレン語で、という願いはありますが、現状への葛藤はあまりないみたい。

レジーナ:石で入館者を数えたり、高床式の建物の床下でおはなしを聞いたりする場面からは、その土地ならではの素朴な温もりを感じました。厳しい環境で生きる子どもが、読書の喜びを知っていく姿に、子どもに本を手渡していく活動は、時代や場所を越えて続いているのだと感じました。第二次世界大戦後、瓦礫の中でミュンヘン国際児童図書館を始めたイェラ・レップマンを思い出しました。それにしても、湿気が大敵の図書館を、川のそばに作ってしまうのには驚きました。難民が一番多い地域は、アジアだと書かれていましたが、これまで知りませんでした。

プルメリア(遅れて参加):この本を読んだ5年生の女子は、『難民って大変なんだな。図書館はどこにでもあると思っていたから、図書館がないところがあることを初めて知りました。』との感想でした。絵もあって、とくに女子にはとっつきやすそうでした。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年3月の記録)