夜中に犬に起こった奇妙な事件

マーク・ハッドン『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
原題:THE CURIOUS INCIDENT OF THE DOG IN THE NIGHT-TIME by Mark Haddon,2003
マーク・ハッドン/著 小尾芙佐/訳
早川書房
2003

版元語録:ひとと上手くつきあえない15歳のクリストファーは、近所の犬が殺されているところに出くわす。シャーロック・ホームズが大好きな彼は、探偵となって犯人を探しだすまでを、一冊の本にまとめようと決める。勇気を出して聞きこみをつづけ、得意の物理と数学、そしてたぐいまれな記憶力で事件の核心へと迫っていくクリストファーだが…冒険を通じて成長する少年の姿が多くの共感を呼び、全世界で舞台化された感動の物語。

トチ:評判の本なので、読んでみたいと思っていたところでした。でも、青山および武蔵野地区の本屋はどこも品切れだし(PARCOも)、図書館は予約者多数ということで原書を買いました(といっても、洋販発行のもの)。おもしろくて、一気に読みました。一気に読めた牽引力となったのは、犬を殺したのは?というミステリーと主人公のミステリアスな心の動きだと思います。犬を殺したのは?というミステリーが、次第に両親と隣家の夫婦の関係は?というミステリーに変わっていくところなども見事だと思います。アスペルガー症候群というのは自閉症で知的レベルが高い人たちの症状をいうのだそうですが、主人公のモノローグが時にはユーモラスで、時にはあまりにもピュアで感動しました。個人的な体験ですが、以前に住んでいた家の隣の男の子が自閉症でした。お母さんがその子を連れてせっせと武蔵野日赤病院に通っていたのですが、「お母さんの育て方が問題だって言われるんですけど……」と、いつも困惑した顔で言っていたのをおぼえています。2,30年前までは、子育ての失敗によるものだと言われていたんですね。

:産経の賞をもらったときに、絶賛の評がのっていたでしょ。あれには、『すべての小さき者のために』のあとがきみたいに違和感を覚えたんですね。著者はヒューマンなものを伝達しようとしているわけではなく、ずれのおもしろさ、おかしさ、数学的な工夫で読者をひっぱっていこうとしている。私自身はもっと全体の構想をクールに距離をおいて読んでしまったので、絶賛している書評に、違和感をもちました。訳は、もっと若い訳者がしたほうがいい。誤訳も見つけてしまったし、お父さんの粗野な言葉遣いもちがう。ヒューマンな方向にもっていくのであれば、親子の関係をテーマにしていくしかない。ただし親子関係については書けてない。とくに父親の造型が弱くて、統一したイメージを持てなかった。また大人の世界の勝手さで犬が死んじゃうのは、いただけなかった。この本だって、障害をもつ人にとっては、不愉快な部分があるんじゃないかな。辻褄があわないことは、「障害」に逃げているように思いました。

ハマグリ:アスペルガー症候群が認知されてきたのは最近だから、そういう人たちがどういうものの見方をするのかについては勉強になった。人の顔色から感情を読み取ることができず、表面に見える服装やしぐさから、何を意味するかを、過去にインプットされた情報にあてはめて推理するとか、そういうことはよくわかったんですけど、私にとってはそういう見方で描写されてもどういう人物か把握しにくかった。ほかの文学の人物描写と違うので、登場人物がつかみにくいと思ったんですね。それから、すべての物事を論理的に考えることに途中で疲れてしまいましたね。『すべての小さき者のために』もそうですが、ひじょうに特徴ある作品だけど、あまりおもしろいとは思えなかった。書名がすごくおもしろそうだったから心ひかれたんだけど、肝心の犬に何が起こったのかがわかると、あとは違う方向に行っちゃってはぐらかされた。お父さんもお母さんもとんちんかんなんだけど、彼らなりに子どもを愛しているところは伝わってきた。

紙魚:いちいちくどいけれど、けっこうこういう文体って好きなんです。カート・ヴォネガットみたいで、途中からはまりながら読みました。「障害者」ってくくったうえで書いているのではなくて、障害者にも変な人がいて、その個人の個性を書いています。だから、どんどん主人公が愛らしくなりました。それにしても、『博士の愛した数式』(小川洋子著 新潮社)もそうですが、数学と物語って相性がいいんですね。それから、箇条書きがふんだんに出てきても、ユーモアがあって、楽しませ方がうまい。

カーコ:「光とともに」というテレビドラマを見て一番印象に残ったのが、自閉症児の親の辛さ。子どもが反応を返してくる喜びがなかなか得られないんですね。「『自閉症』という名のトンネル」(日向佑子著 福音館書店)にも、抱きかかえられたり触られたりがだめというのが出てきました。だから、主人公のお母さんがよその男に走り、お父さんが少し離れるようにして子どもを見守るというのがリアルでした。言語治療士の友だちが、「自閉症という語は、自閉的という意味と混同して誤解されることが多いが、自閉症は一種のコミュニケーション発達障害」と説明していました。たとえば、赤はいいけど黄色はだめという主人公の男の子の感性や、独特の現実のとらえ方は、今まで知らなかった世界を読者に見せてくれるのではないでしょうか。

きょん:私は苦痛で、152ページまでしか読めなかった。ただ、この障害については具体的に書かれているので、なるほどとは思いました。先生が具体的に指示を出すくだりからも、この障害の子どもの思考回路がどうなっているのかがよくわかりました。

むう:去年の今ごろイギリスに行ったときには、書店のエントランスロビーはこの本一色でしたね。私はとてもおもしろく読みました。アスペルガー症候群の人たちがどういうふうにものを見て、考えているのかを見せてくれる気がして、どきどきしながら読みました。主人公がロンドンの地下鉄の表示を見るときの感じとか、いろいろなこだわりが、なるほどそうなんだろうなあと納得できた。確かに犬のミステリーなどで引っぱっているのだろうけれど、わたしにとってはミステリーは二の次、三の次で、ともかく主人公の心の動きや行動のしかたに目が行っていました。ただ、帯には『アルジャーノンに花束を』を越える感動みたいに書いてあるけれど、『アルジャーノンに花束を』とはまるで違う。あの本は感動させるために作られた本だけど、この本はそういう本ではない。感動を期待していると、最後なんか拍子抜けする。でも、こういう子の目から見たら、この結末のほうがずっとリアルなわけで、そこがこの本のいいところだと思います。この子の場合、親子の情感や交流だってほとんど表に出せないわけで、そのあたりもとてもリアルだと思います。向こうでは大人向けに出ていたようですが、大人はどういう読み方をしたのか興味ありますね。

ハマグリ:子ども向けと大人向け、両方出たんじゃない?

むう:子どもの棚と大人の棚の両方に、同じ本がありましたよ。私は原書も読んだんですけれど、訳では両親の言葉遣いが乱暴すぎるように思った。原文は、主人公の言葉づかいは文法的にそれほど変ではないと思います。訳では、障害が際だつように変な日本語にしたのかな、でもそこまでしない方がいいんじゃないかと思いました。

ブラックペッパー:ふつうなら「。」で終わるべきところが、「、」になっていたりするのは?

むう:原書では、「,」でずっと続く文が多いですね。わたしは訳書はちょっと読みにくいな、と思いました。わざわざ読みにくくしなくても、この子の障害についてはきちんと心の動き方でわかるんじゃないかな。読みにくくしたことが逆に読者にとってはハードルになるんじゃないか、障害者のステロタイプ化につながるんじゃないかと思いました。

ハマグリ:それが疲れちゃった原因かな。本来「〜で、〜」というところを、わざわざ「〜です、〜」としちゃったってことね。

:アスペルガー症候群を理解するうえではよかったんですが、どんどん読みたいという作品ではなかった。さっき話に出た『自閉症という名のトンネル』だと読者が狭くなるので、物語としてこういう本があるのはいいと思う。

:障害をもった子どもの親はどう読むんでしょう?

紙魚:でも、障害を持った人ひとりひとりにも、ストーリーがある。それを書いたり読んだりするのは、すてきなんじゃないかな。

アカシア:私はとってもおもしろく読みました。障害者としてくくるのではなく、こういう個性をもったひとりの人を書いているというところがポイントじゃないかしら。お父さんがせっぱつまって犬を殺すところもリアリティがありますよね。お母さんだって、自分の時間がほしいと思ったときに駆け落ちぐらいはするだろうと思ったし。そういう意味でも、父親も母親も「障害者の親」ではなくひとりの個性をもった人間としてリアルに描かれている。さっき、むうさんが文体について触れたけど、いま原書を見てみると、主人公の言い方は文法的には普通の文章ではないですよね。だから、この訳もうまく日本語に移し替えているのではないかしら。「です」「だ」が交じっているのも逆にリズムが出ていて、慣れると抵抗なく読めます。私はすらすら読み進むことができました。『すべての小さき者のために』はリアリティがなくて入り込めなかったけど、これは、入り込めた。

:子どもの読者には、どうなの?

アカシア:YAですよね。中学生以上だったらおもしろく読めると思う。「アスペルガー症候群の」というよりは「別の視点をもった人」から見ると世の中どう見えるかということでしょ。読むほうがその視点に立てれば、興味深く読めると思います。

紙魚:先入観があっても、この子がいとおしくなる作品なのでは。

ケロ:主人公と同じ気持ちにさせてくれるくらい具体的に状況が描かれているから、私はおもしろかった。一人称で書く話というのは、下手な人が書くと主人公がわからないことは書けない、という限界を感じることがあります。でも、この本は、主人公の特徴から、見たことを写真のように切りとって書いてくれるので、読者なりに判断しやすい。大きなストレスを背負っているお母さんの気持ちも、状況説明からひしひしと感じることができるし。一人称なのに、なんて上手に書かれているのだろうと思いました。

ブラックペッパー:この本は、「くらくらっ」とはしないで、3分の2くらいまで読みました。「レインマン」みたいですよね。障害なんでしょうけど、ぜんぶ合わせて個性だと思って楽しく読める。ストーリー展開もよくできてますよね。これはおもしろく読んでるところ。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年6月の記録)

夜中に犬に起こった奇妙な事件

マーク・ハッドン『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
原題:THE CURIOUS INCIDENT OF THE DOG IN THE NIGHT-TIME by Mark Haddon,2003
マーク・ハッドン/著 小尾芙佐/訳
早川書房
2003

トチ:評判の本なので、読んでみたいと思っていたところでした。でも、青山および武蔵野地区の本屋はどこも品切れだし(PARCOも)、図書館は予約者多数ということで原書を買いました(といっても、洋販発行のもの)。おもしろくて、一気に読みました。一気に読めた牽引力となったのは、犬を殺したのは?というミステリーと主人公のミステリアスな心の動きだと思います。犬を殺したのは?というミステリーが、次第に両親と隣家の夫婦の関係は?というミステリーに変わっていくところなども見事だと思います。アスペルガー症候群というのは自閉症で知的レベルが高い人たちの症状をいうのだそうですが、主人公のモノローグが時にはユーモラスで、時にはあまりにもピュアで感動しました。個人的な体験ですが、以前に住んでいた家の隣の男の子が自閉症でした。お母さんがその子を連れてせっせと武蔵野日赤病院に通っていたのですが、「お母さんの育て方が問題だって言われるんですけど……」と、いつも困惑した顔で言っていたのをおぼえています。2,30年前までは、子育ての失敗によるものだと言われていたんですね。

:産経の賞をもらったときに、絶賛の評がのっていたでしょ。あれには、『すべての小さき者のために』のあとがきみたいに違和感を覚えたんですね。著者はヒューマンなものを伝達しようとしているわけではなく、ずれのおもしろさ、おかしさ、数学的な工夫で読者をひっぱっていこうとしている。私自身はもっと全体の構想をクールに距離をおいて読んでしまったので、絶賛している書評に、違和感をもちました。訳は、もっと若い訳者がしたほうがいい。誤訳も見つけてしまったし、お父さんの粗野な言葉遣いもちがう。ヒューマンな方向にもっていくのであれば、親子の関係をテーマにしていくしかない。ただし親子関係については書けてない。とくに父親の造型が弱くて、統一したイメージを持てなかった。また大人の世界の勝手さで犬が死んじゃうのは、いただけなかった。この本だって、障害をもつ人にとっては、不愉快な部分があるんじゃないかな。辻褄があわないことは、「障害」に逃げているように思いました。

ハマグリ:アスペルガー症候群が認知されてきたのは最近だから、そういう人たちがどういうものの見方をするのかについては勉強になった。人の顔色から感情を読み取ることができず、表面に見える服装やしぐさから、何を意味するかを、過去にインプットされた情報にあてはめて推理するとか、そういうことはよくわかったんですけど、私にとってはそういう見方で描写されてもどういう人物か把握しにくかった。ほかの文学の人物描写と違うので、登場人物がつかみにくいと思ったんですね。それから、すべての物事を論理的に考えることに途中で疲れてしまいましたね。『すべての小さき者のために』もそうですが、ひじょうに特徴ある作品だけど、あまりおもしろいとは思えなかった。書名がすごくおもしろそうだったから心ひかれたんだけど、肝心の犬に何が起こったのかがわかると、あとは違う方向に行っちゃってはぐらかされた。お父さんもお母さんもとんちんかんなんだけど、彼らなりに子どもを愛しているところは伝わってきた。

紙魚:いちいちくどいけれど、けっこうこういう文体って好きなんです。カート・ヴォネガットみたいで、途中からはまりながら読みました。「障害者」ってくくったうえで書いているのではなくて、障害者にも変な人がいて、その個人の個性を書いています。だから、どんどん主人公が愛らしくなりました。それにしても、『博士の愛した数式』(小川洋子著 新潮社)もそうですが、数学と物語って相性がいいんですね。それから、箇条書きがふんだんに出てきても、ユーモアがあって、楽しませ方がうまい。

カーコ:「光とともに」というテレビドラマを見て一番印象に残ったのが、自閉症児の親の辛さ。子どもが反応を返してくる喜びがなかなか得られないんですね。「『自閉症』という名のトンネル」(日向佑子著 福音館書店)にも、抱きかかえられたり触られたりがだめというのが出てきました。だから、主人公のお母さんがよその男に走り、お父さんが少し離れるようにして子どもを見守るというのがリアルでした。言語治療士の友だちが、「自閉症という語は、自閉的という意味と混同して誤解されることが多いが、自閉症は一種のコミュニケーション発達障害」と説明していました。たとえば、赤はいいけど黄色はだめという主人公の男の子の感性や、独特の現実のとらえ方は、今まで知らなかった世界を読者に見せてくれるのではないでしょうか。

きょん:私は苦痛で、152ページまでしか読めなかった。ただ、この障害については具体的に書かれているので、なるほどとは思いました。先生が具体的に指示を出すくだりからも、この障害の子どもの思考回路がどうなっているのかがよくわかりました。

むう:去年の今ごろイギリスに行ったときには、書店のエントランスロビーはこの本一色でしたね。私はとてもおもしろく読みました。アスペルガー症候群の人たちがどういうふうにものを見て、考えているのかを見せてくれる気がして、どきどきしながら読みました。主人公がロンドンの地下鉄の表示を見るときの感じとか、いろいろなこだわりが、なるほどそうなんだろうなあと納得できた。確かに犬のミステリーなどで引っぱっているのだろうけれど、わたしにとってはミステリーは二の次、三の次で、ともかく主人公の心の動きや行動のしかたに目が行っていました。ただ、帯には『アルジャーノンに花束を』を越える感動みたいに書いてあるけれど、『アルジャーノンに花束を』とはまるで違う。あの本は感動させるために作られた本だけど、この本はそういう本ではない。感動を期待していると、最後なんか拍子抜けする。でも、こういう子の目から見たら、この結末のほうがずっとリアルなわけで、そこがこの本のいいところだと思います。この子の場合、親子の情感や交流だってほとんど表に出せないわけで、そのあたりもとてもリアルだと思います。向こうでは大人向けに出ていたようですが、大人はどういう読み方をしたのか興味ありますね。

ハマグリ:子ども向けと大人向け、両方出たんじゃない?

むう:子どもの棚と大人の棚の両方に、同じ本がありましたよ。私は原書も読んだんですけれど、訳では両親の言葉遣いが乱暴すぎるように思った。原文は、主人公の言葉づかいは文法的にそれほど変ではないと思います。訳では、障害が際だつように変な日本語にしたのかな、でもそこまでしない方がいいんじゃないかと思いました。

ブラックペッパー:ふつうなら「。」で終わるべきところが、「、」になっていたりするのは?

むう:原書では、「,」でずっと続く文が多いですね。わたしは訳書はちょっと読みにくいな、と思いました。わざわざ読みにくくしなくても、この子の障害についてはきちんと心の動き方でわかるんじゃないかな。読みにくくしたことが逆に読者にとってはハードルになるんじゃないか、障害者のステロタイプ化につながるんじゃないかと思いました。

ハマグリ:それが疲れちゃった原因かな。本来「〜で、〜」というところを、わざわざ「〜です、〜」としちゃったってことね。

:アスペルガー症候群を理解するうえではよかったんですが、どんどん読みたいという作品ではなかった。さっき話に出た『自閉症という名のトンネル』だと読者が狭くなるので、物語としてこういう本があるのはいいと思う。

:障害をもった子どもの親はどう読むんでしょう?

紙魚:でも、障害を持った人ひとりひとりにも、ストーリーがある。それを書いたり読んだりするのは、すてきなんじゃないかな。

アカシア:私はとってもおもしろく読みました。障害者としてくくるのではなく、こういう個性をもったひとりの人を書いているというところがポイントじゃないかしら。お父さんがせっぱつまって犬を殺すところもリアリティがありますよね。お母さんだって、自分の時間がほしいと思ったときに駆け落ちぐらいはするだろうと思ったし。そういう意味でも、父親も母親も「障害者の親」ではなくひとりの個性をもった人間としてリアルに描かれている。さっき、むうさんが文体について触れたけど、いま原書を見てみると、主人公の言い方は文法的には普通の文章ではないですよね。だから、この訳もうまく日本語に移し替えているのではないかしら。「です」「だ」が交じっているのも逆にリズムが出ていて、慣れると抵抗なく読めます。私はすらすら読み進むことができました。『すべての小さき者のために』はリアリティがなくて入り込めなかったけど、これは、入り込めた。

:子どもの読者には、どうなの?

アカシア:YAですよね。中学生以上だったらおもしろく読めると思う。「アスペルガー症候群の」というよりは「別の視点をもった人」から見ると世の中どう見えるかということでしょ。読むほうがその視点に立てれば、興味深く読めると思います。

紙魚:先入観があっても、この子がいとおしくなる作品なのでは。

ケロ:主人公と同じ気持ちにさせてくれるくらい具体的に状況が描かれているから、私はおもしろかった。一人称で書く話というのは、下手な人が書くと主人公がわからないことは書けない、という限界を感じることがあります。でも、この本は、主人公の特徴から、見たことを写真のように切りとって書いてくれるので、読者なりに判断しやすい。大きなストレスを背負っているお母さんの気持ちも、状況説明からひしひしと感じることができるし。一人称なのに、なんて上手に書かれているのだろうと思いました。

ブラックペッパー:この本は、「くらくらっ」とはしないで、3分の2くらいまで読みました。「レインマン」みたいですよね。障害なんでしょうけど、ぜんぶ合わせて個性だと思って楽しく読める。ストーリー展開もよくできてますよね。これはおもしろく読んでるところ。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年6月の記録)