藤巻吏絵/作 長新太/画
福音館書店
2004.07
オビ語録:ひと夏の出会いと、別れ/「美乃里」と「実」——おなじ名前をもつ男の子との、小さな銭湯でのふしぎな出会いと、そして別れ。より深く、よりやさしく、人を知ること、愛することをおぼえはじめたのは、美乃里10歳の夏だった。 切なくも美しい純愛と成長の物語。
ブラックペッパー:こんなにお風呂掃除が好きなんだったら、うちのお風呂も掃除してほしい……。読んで嫌な気持ちにはならなかったけれど、よくわからなかった。このおじいさんは恐い人なのかと思ったら、すぐやさしくなってるし。最後のお手紙のせいか、美乃里ちゃんのナルシス的なものを感じた。須賀君が好きって言ってたけど、「須賀君を好きな自分」が好き、「三角関係に悩む」自分が好きって、結局自分がいちばん好きだったのでは……と思っちゃった。
トチ:「ミノリ」という名前が同じだということに何か意味があるのかと思ってずっと読んでいたけれど、けっきょく何もないのね。それから「実」のほうは、あの世から来た子だと思っていたけれど、最後のところでそうではないと知ってショックだった。だって、あまりにもリアリティがない、幽霊みたいな子なんですもの。
ブラックペッパー:小学校5年生の男の子が、知り合いでもない女の子にハンカチをさっと差し出したりするかしら?
ケロ:私は最初、実は銭湯の精なのかと思ってた。
トチ:もうひとつリアリティがないのは、片腕の不自由な老人がひとりで銭湯をやっているということ。お風呂屋さんってとてもひとりではできないでしょ。番台だけじゃなくって、火をたく係りとか人手がいる仕事なのに。それから、最後の「実」が施設の子どもだと分かったというところ、本当に腹が立った。施設の子どもだと分かったら、主人公は実に会いにもいかないでしょ?かわいそうな施設の子どもは、自分とは違う世界の人間だと思っているのかしら。施設についても、老人ホームについても、あまりにもセンチメンタルで薄っぺらい書き方をしているので、不愉快になったわ。
ブラックペッパー:なぜ木島さんが厳格だったのか知りたかったのに、それが最後までわからなかったのが不満。
ケロ:長新太さんの絵、いいですよね。なんか、新鮮な感じがしました。ぜんぜん関係ないんですけど、家の近くにすごい銭湯があるんです。とても古くからある銭湯のようで、常連さんなんでしょうね、みんなマイロッカー、マイグッズキープ状態に、まずびっくり。お風呂場はきれいなのだけど、外側の壁にびっしり生えているツタが内側の壁にまで入り込んできていて、ジャングル風呂状態なんですよー。なかなか、ファンタジックな世界です。銭湯というのは、シチュエーションとしておもしろいと思うので、もっとそのおもしろさがいかせればいいなと思いました。掃除をおもしろがるのが変、というのも、描き方なのでは? それに、昼に揚げ出し豆腐、ってアリですか? よくわかりませんが、ちゃっちゃと作れる、でもとてもおいしい、というメニューの気がしません。仕事中なんだから、そういうメニューのほうがしっくりくるでしょう? いきなり、お手伝いの子たちにまかせて、80のおじいさんが、まめにいそいそと揚げ出し豆腐作るってのもねー。
それから、これだけ男の子と仲よくなっておいて会えなくなっちゃうことってあるのかな。突然12年後の手紙ってのがねえ。その前に、捜せばいいのに、という感じ。いろんな意味で、よくわからない本でしたね。
ハマグリ:文章は下手ではないのでさらさらと読めるけれど、何か現実感がないというか、銭湯のような日本独特の場所や、揚げだし豆腐とか、旬のみょうがを薬味に、なんていう日本的なものを使っている割に、匂いや空気感が伝わってこなくて、単にこぎれいになってしまっているわね。面白いシチュエーションを作ろうとしているのに、伝わってこない。銭湯の絵の、見えない半分を見るというのは確かにわくわくするけど、ただつながっているというだけだし、それに銭湯に妖精というのもそぐわない。発想はいいけれど、不消化に終わっています。この男の子のあまりの現実味のなさに、私もてっきりこの世の者でないと思っていたから、え、なんだと思いましたね。最後の手紙の部分は、いらなかったと思う。唯一よかったのは、美乃里とお父さんが仲がいいこと。今どきこういう無邪気に仲が良くて、口うるさい母親に対してタッグを組むような父娘の関係を書いているのは珍しい。
アカシア:長さんの絵はいいですね。例えば13ページの絵の美乃里も、いかにも背が高いのを気にしている少女の感じがよく出てる。いっぽう文章となると、とにかくリアリティがなさすぎ。スポーツ少年の須賀君が女の子二人とと交換日記なんかします? それに、まだ夏休みに入ってないのに、この学校の生徒ではない実君がなんで校庭にい合わせるわけ? ここで、だれもがファンタジーだと思っちゃいますよね。銭湯の掃除だって、最初は面白いかもしれないけれど、夏中してたら、よっぽど惹きつけるものがないかぎり飽きるでしょ? だって小学校5年生なのよ! 木島さんが千代子さんと突然一緒になる、という運びにもびっくり! 私は木島さんが銭湯を休むところで、実君を引き取ろうとしてるのかな、と思ったの。それに、そもそも千代子さんは体の具合が悪いんだし、孫の実君は掃除でもなんでも一所懸命やる子なんだから、実君を施設から引き取って一緒に暮らすほうがリアリティがある。
192ページの実君の手紙も、この年齢の男の子が書いた手紙とは思えない。しかも「とつぜん、さよならしてごめんね、美乃里ちゃん。美乃里ちゃんにいうと心配すると思ったんだ。ただ、ぼくはすごく楽しかったんだ……」なんて、施設の子だから楽しかった、と作者が言わせてるみたいで、嫌な感じ。感傷的な憐れみのようなものが感じられて、すごく不愉快です。こんなものがリアリスティックフィクションとして、伝統ある出版社から出されているなんて! 最後の手紙もナルシズムの固まりだし、ディテールもちゃんと立ち上がるように書いてほしい!
トチ:多分、銭湯なんかも調べてないと思うよね。
アカシア:美乃里と実が手伝いにくるまでは、老齢の木島さんが銭湯の仕事も毎日の暮らしも何もかも一人で切り盛りしてたなんて、ファンタジーよね。この本のどこがおもしろいのかなあ。
むう:ほとんど、みなさんのおっしゃったことで尽きている気がします。私も、はじめからずっと、この少年はこの世の存在ではないように感じていました。『トムは真夜中の庭で』(フィリパ・ピアス著 岩波書店)じゃないけれど、この少年がおじいさんの少年時代で、時間がぐちゃぐちゃになるファンタジーでもおもしろいかなって思ったけれど、結局は実在の子だったので、なんだあと思ってしまいました。
ハマグリ・アカシア:そういう設定だったら、おもしろい作品になったのにねえ。
むう:全体にふわふわした作品で、最後にこの手紙が来ることで、さらにべたべたに甘い印象を残して終わっていますね。全体として思わせぶりな本でした。
ハマグリ:せっかく新人が出てきたのに残念よね。
むう:木島さんの戦争で受けた傷の話とか、老いの問題とか、いろいろなことを盛り込んでいる意図はわかるんですけどね。たとえば、田舎の盆踊りで少しぼけたおばあさんが主人公の浴衣を自分のだというエピソードは、老いを取り上げたつもりなのだろうけれど、しっかり書けていなくて、ちょっと出してみましたレベルで終わっている。だから、それぞれのエピソード立体的にきちんと組み合わさってこない。ところで、この本の帯には「成長と純愛」とあるんですね。
ハマグリ:げーっ。
アカシア:オヤジ編集者のコピーですかね?
むう:強いていえば、花火をふたりで観るところがそういう感じなのだろうけれど、これは純愛じゃなくて,憧れですよね。
ハマグリ:自分の発想に酔ってるだけ。
トチ:お風呂屋さんならお風呂屋さんで徹底的に調査して書けば、おもしろかったのに。これでは単なる飾りになってしまっている。
ハマグリ:頭の中だけで書いているのね、きっと。日本の作家になかなかいい人が出なくて,困ったわねえ。福音館は、どこがいいと思って出したのかしら?
(「子どもの本で言いたい放題」2004年10月の記録)