ベーラ・バラージュ『ほんとうの空色』
『ほんとうの空色』
原題:AZ IGAZI EGSZINKEK by Balazs Bela, 1925
バラージュ・ベラ/著 徳永康元/訳
岩波少年文庫
2001

版元語録:貧しい母親と2人暮らしの少年フェルコーは絵が得意だが、絵具を持っていない。ある日、野原の花のしるで青い絵具をつくり、空を描いた少年は、つぎつぎと不思議な出来事にめぐりあう。少年の淡い恋を描く、みずみずしいハンガリーの名作。

むう:なんか、懐かしい気がした。昔、こういう本があったなあと思わせる雰囲気があります。ある種、古きよき子どもの本だと思う。シルクハットのなかで雨が降る話とか、主人公が聖人になりすますところとか、子どものころに読んだらおもしろがったはず。ただ、最初のところで、主人公が意地悪な金持ちの息子とかんたんに仲間になったのには、あれ?と思いました。そんなにすんなり仲間になっていいのか?、もっといろいろあるだろう、という感じで、そこは物足りなかったな。訳は古いと思います。

雨蛙:私も好きな作品で、最初読んだときに、こんな絵の具があったらいいなと思って、だんだん絵の具がなくなっていくのにハラハラ。結局、「空色」はズボンについたしみだけになってしまう。女の子に言われてそのズボンも手離してしまうけれど、その子の瞳のなかに「空色」を見つけるというのが、うん、いいなあ。だいぶ前に書かれた作品なので、女の子の会話の文体とか、母と子の関係とか、今の子たちは違和感を覚えるところもたしかにあるけれど、いっしょになって空想を楽しめるおおらかさがある作品。青い鳥文庫版の解説を今江祥智さんがつけているんですが、今読むと、ちょっと語りすぎかなって思います。

:この作品は、いつまでも心の隅に残っていそう。強烈な印象はなかったのですが、それは自分がすれてしまったせいかと、物悲しく思いました。子どもの本は大人が読んでもすばらしいと言われますが、これは子どものころに読んでおきたかった作品。最後に、少年が大事な絵の具をなくす瞬間が、肩透かしをくらった感じでした。

アカシア:映像的で、箱の中の夜空といったイメージもきれい。でも、映像なら自分で想像する余地が少ないので問題にならないかもしれないけど、文章で読むとこっちも細かく想像していくわけだから、あれっと思うところもありました。たとえば主人公のフェルコーが箱の中に隠れていると箱を探しにきて持って行ってしまう人たちが出てきます。そして持っていった箱を全部燃やそうとする。この人たちは何がしたかったんでしょう? わざわざ薪にするためだけに箱を集めていたとは考えにくいし…。私は物語中のリアリティを求めるほうなので、こういう所は気になりました。それに、主人公は空色の絵の具の作り方がわかっているのに、だんだんなくなっていくことを悲しんでいるだけで、作ろうとはしない。一度だけ試みてうまくいかなかったら、もうあきらめている。今の子どもだったら、もっと作ればいいじゃない、と思うんじゃないかしら。それから103ページに「紳士は耳にわたをつめていたので、ツィンツのことばがきこえませんでした」とありますけど、この紳士はどうして耳に綿をつめていたのか、知りたくなります。
今、日本だと、フェルコーほど貧乏な子どもはなかなかいないから、貧乏物語の部分は絵空事になってしまいそうですね。ダールの『チョコレート工場の秘密』には極端に貧乏な少年が登場しますが、あれはパロディー。今では貧乏物語はノスタルジックな世界になってしまっているかも。

カーコ:子どもがおもしろがって読める作品だなと思いました。どの場面も明るい色彩が感じられて好きな作品でした。絵の具をなくしてドキドキするところや、チョコレートボンボンを隠しておいてちょっとずつ食べるところなど、読者が共感できそうです。確かに、先生のシルクハットの中では雷が鳴っているのに、フェルコーの箱の空は大丈夫など、あれっと思うところもあるけれど、ほんとうの空色の絵の具は、ドラえもんのポケットみたいに魅力的。聖者のふりをしたり、もらってきたものをお母さんに渡すのに一工夫したり、この子はちゃっかりしたところもあっておもしろかったです。

紙魚:『おわりの雪』の主人公がどうしてもトビが欲しかった気持ちって、わかりますよね。大人になってから見るとどうでもいいものでも、子どものときって、異常なほどこだわりとか執着心をもっていたりしました。ほんとうの空色の絵の具もそうで、そういう気持ちを作者が忘れずに書いているところがよかったです。ただ、ところどころのアイディアに、どうしてそうなっているのかという裏付けがなくて、今の子どもたちがどう読んでいくのかは疑問。正直なところ「愛あふれる悪気ないご都合主義」という感じがしました。

ハマグリ:最近人にすすめられて読み、とてもおもしろかった本。母と二人暮らしの貧しい子どもがいる→窮地に陥る→魔法の力のあるアイテムをゲットする→謎めいた人物に助けられる→不思議なことが次々に起こる、というように、まるで昔話のような構成で、「おはなし」を読む楽しさを味わえます。夜になると筒状に巻いた紙の内側から光がもれてきたというような、美しい場面も印象に残ります。この本は、「子どもの頃に読んで忘れられないのだが、書名を忘れたので調べてほしい」という質問が図書館に寄せられることがとても多かったんですって。子ども心に残るシーンが多いからでしょうね。その昔「5年の学習」の付録冊子にもこの話が入っていたらしいのね。60年代、70年代に東京創元社、講談社から文学全集の1編として出て、1980年に講談社青い鳥文庫、2001年に岩波少年文庫に収録されたという経緯。復刊ドットコムでも票を獲得していたようです。岩波少年文庫では対象年齢を小学4・5年以上としていますけど、物語の内容からいうと、少し下げたほうがいいかもしれませんね。

アカシア:5年生だと、もっと現実的なものに目が向いてしまうから、難しいですよね。矢車草からほんとうの空色の絵の具をつくるというのも、男の子ならそっぽを向きそう。

紙魚:『ほんとうの空色』というタイトルはすごくいいですよね。タイトルだけでぐっとひきつけられる。

うさぎ:子どものときに読んだ風景と、大人になって読む風景ってちがうんじゃないかと思うんですね。シュールな終わり方がいいのかなと思ったんだけど、子どもの頃はもっとちがうふうに読んでいたのかもしれない。お話としてはおもしろく読めたんですが、インパクトがないというか、ご都合主義的でうまく助けが来てハッピーエンドで終わっているのには、こんなんでいいのかなと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年9月の記録)