なまくら

吉橋通夫『なまくら』
『なまくら』
吉橋通夫/作
講談社
2005

版元語録:江戸から明治へ、変わりゆく時代の節目、華やかな京の路地裏にたたずむ、7人の少年たち。明日への迷いを抱えつつも、"生きる"ために必死でもがく彼らの青春を描く。時代短編小説。

ハマグリ:新しく出た短編集ね。どれも江戸時代末期から明治にかけて、少年から大人になっていく途中の少年が主人公になってます。短編として最初からぐっとひきつけるものがあり、おもしろく読めました。話の展開もわかりやすい。挿し絵もたくさんあって、理解を助けています。今の子って、江戸時代の話なんか読むのかなとも思うんだけど、ここに出てくる子たちって、時代は違えども今の子どもたちと同じだと思うのね。何が出来るわけでもない、親も目標にはならない、なんとか今の状況を抜け出したいんだけど、何を選んでいけばいいのかわからないというところに立たされている。心情に接点があるだけに、かえって時代を変えたほうが照れずに読める、ということもあるのではないかしら。ただ、どれも似ているので、途中でちょっと飽きる。まあ全部読まなくても、おもしろそうな話をつまみぐいすればいいわけですけど。

紙魚:時代小説のような外観なので、もしかしたら大人の小説? と思わせられますが、やっぱり中身は、子どもの目線にきちんと寄り添っている。抱えている悩みや問題に、きちんとつきあおうとしている作者の姿勢がとてもいいと思います。それから、たとえば中学生くらいの人がこれを読み終えたら、ああ、これまでとはちがった小説を読めたなあという達成感も持てそう。時代小説も読んでみようかな、なんて気になりそうなので、時代小説の入り口にもなって、その後の読書の世界を広げる本になるのではと思います。

カーコ:文学的ではなく、エンターテイメント的な書き方だと思いました。テーマは、今で言う落ちこぼれ。自分ではなかなか何かをやりとおせない少年に、どこかであきらめず見守ってくれる大人がいる。4篇目の「チョボイチ」までで読むのをやめちゃったんですけど。こういうことって、今の中学生・高校生が抱えている問題だと思うので、ふと手にとって読むとおもしろく読めそうです。ただ、短編だから、ある瞬間をぴっと切り取っておしまい。「やっぱりがんばろう」と思うところで終わる良さはあるでしょうけれど、一方で、そこから先の山あり谷ありを描いたものが読みたくなりました。27ページのハモを届けたるシーンで、主人公が「なさけのうて」というセリフは、この子がこんなこと言うかなと、とってつけたような違和感を感じました。

アカシア:私は最初からエンターテイメントと思って読んだせいもあるけど、すごくおもしろかった。同じような問題を抱えている男の子って現代でもいっぱいいると思うんだけど、この物語は時代が昔で、しかも標準語じゃないから、逆に楽しく読めるんじゃないかな。短編ならではのぴりっとしたところもあり、ドラマもあり、読める作品にしあがってますね。私は、「灰買い」という商売だとか、砥石山のようすとか、細かいところもおもしろかった。短編ごとに主人公は違うけど、挿し絵はどれも同じように見えますね。わざとなのかな? このシリーズは、あまり本を読まない子でも読んでほしいというシリーズだと思うんですけど、この作品はそういう読者にぴったりなのでは?

うさぎ:心地よく読めました。汗っぽくてベタっぽいけれど、それでもいい。挿し絵だけ見ると、一人の少年のいろんな話かと思いますが、ちがうんですね。

:すいません。私、辛口です。『鉄道員』みたいな、しかけられてしまった感じ。安物の人情映画をたてつづけに見せられた感じ。私は子どもに対してサービスしすぎず、できるだけ等身大で生きている大人になりたいと思っていて、すぐに伝わらない部分があっても嘘なく表現したいと思っているので、こういうわかりやすいというか、安易な感動はちょっと嫌なんです。でも、150〜200年前までは、発展途上国と同じような状況にいるようなこういう子どもたちが日本にもいたんだなあと、ハッとしました。ただ、子どもに対してはわかりやすいものばかりではなくてもいいのでは、とあらたに思いました。

雨蛙:時代小説好きのおじさんの一人として、ひかれる本だなあと思いました。お話ひとつひとつは、児童文学。だけど、児童文学にはなじみがなくても、時代小説をよく読むおじさんも抵抗なく入れるし、読めば、子どもに勧めたくなる。口下手なお父さんが息子に「ほら、読んで見ろ」と渡せる本。短編集だし表紙や造りからはかたさを感じないので、渡された子も、興味がなくても、一編二編は読んでみるのではないかと思います。短編としてのトリッキーなところはないけれど、これはこれであり。最初から最後まで、子どもたちへくり返してエールを送っている本なのだと思った。道徳的なにおいがしなくもないですけど、時代小説風にすることで、こういうストレートなエールも、子どもたちから敬遠されることなく、手にとりやすくしているという点で成功している。たしかに、何篇か読んでいくと、また同じような展開かという印象があるけれど、エールのあたえ方にバラエティを持たせれば、もっとずんずん引き込まれる。この話のなかに出てくるような大人が今はいないのかな。

紙魚:時代小説好きの大人でも、いいねえと言ってくれる本ですよね。

むう:とても読みやすくておもしろく、テンポよく楽しめた。でも、読み終わってみると、なんだか道徳の本みたいだと思った。いろいろと素直になれない男の子がいて、それがようしがんばるぞと思い直すという設定自体は、今の男の子に通じるところもあるし、悪くない。いかんせん、全部同じような印象になっているのが難点。もっと変化をつけてほしい。男の子が、成長の過程で先が見えなくて、まわり見てもいろいろとうまくいかなくてといった部分をとりあげるのは大賛成。でもね、と思う。がんばるぞ、の後のほうがもっと大変なわけで、短編でそこまで書くのは無理なのかもしれない。それにしても、七つの作品のうちのたとえば二、三個が違う形になっていれば、こんなに全体の印象が道徳臭くならないのではと感じた。もともと男の子の成長とか父と息子の関係を書いた作品には大いに興味がある上に、この著者の作品は読ませるテンポがいいし楽しめた分、全体の印象の平板さが残念。

アカシア:主人公の年齢はどれも13〜14歳で、名前も夏吉、矢吉、半吉、風吉、長吉、ドジ吉(正吉)なのよね。意図的に同じような作品をそろえたんじゃないのかな。

むう:結末を悲劇にしろとか、そういうことじゃないんです。でも、七つ全部が基本骨格が同じというのは、やはり単調になる。構成に変化をつけるための作品というのが、あってもよかったんじゃないか。そのほうが本全体としてのインパクトが増したんじゃないかと思う。

アカシア:主人公を助けてくれる人っていうのは、短編ごとにそれぞれちがうんですよね。そのあたりは変化がありますよ。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年9月の記録)

なまくら

吉橋通夫『なまくら』
『なまくら』
吉橋通夫/作
講談社
2005

ハマグリ:新しく出た短編集ね。どれも江戸時代末期から明治にかけて、少年から大人になっていく途中の少年が主人公になってます。短編として最初からぐっとひきつけるものがあり、おもしろく読めました。話の展開もわかりやすい。挿し絵もたくさんあって、理解を助けています。今の子って、江戸時代の話なんか読むのかなとも思うんだけど、ここに出てくる子たちって、時代は違えども今の子どもたちと同じだと思うのね。何が出来るわけでもない、親も目標にはならない、なんとか今の状況を抜け出したいんだけど、何を選んでいけばいいのかわからないというところに立たされている。心情に接点があるだけに、かえって時代を変えたほうが照れずに読める、ということもあるのではないかしら。ただ、どれも似ているので、途中でちょっと飽きる。まあ全部読まなくても、おもしろそうな話をつまみぐいすればいいわけですけど。

紙魚:時代小説のような外観なので、もしかしたら大人の小説? と思わせられますが、やっぱり中身は、子どもの目線にきちんと寄り添っている。抱えている悩みや問題に、きちんとつきあおうとしている作者の姿勢がとてもいいと思います。それから、たとえば中学生くらいの人がこれを読み終えたら、ああ、これまでとはちがった小説を読めたなあという達成感も持てそう。時代小説も読んでみようかな、なんて気になりそうなので、時代小説の入り口にもなって、その後の読書の世界を広げる本になるのではと思います。

カーコ:文学的ではなく、エンターテイメント的な書き方だと思いました。テーマは、今で言う落ちこぼれ。自分ではなかなか何かをやりとおせない少年に、どこかであきらめず見守ってくれる大人がいる。4篇目の「チョボイチ」までで読むのをやめちゃったんですけど。こういうことって、今の中学生・高校生が抱えている問題だと思うので、ふと手にとって読むとおもしろく読めそうです。ただ、短編だから、ある瞬間をぴっと切り取っておしまい。「やっぱりがんばろう」と思うところで終わる良さはあるでしょうけれど、一方で、そこから先の山あり谷ありを描いたものが読みたくなりました。27ページのハモを届けたるシーンで、主人公が「なさけのうて」というセリフは、この子がこんなこと言うかなと、とってつけたような違和感を感じました。

アカシア:私は最初からエンターテイメントと思って読んだせいもあるけど、すごくおもしろかった。同じような問題を抱えている男の子って現代でもいっぱいいると思うんだけど、この物語は時代が昔で、しかも標準語じゃないから、逆に楽しく読めるんじゃないかな。短編ならではのぴりっとしたところもあり、ドラマもあり、読める作品にしあがってますね。私は、「灰買い」という商売だとか、砥石山のようすとか、細かいところもおもしろかった。短編ごとに主人公は違うけど、挿し絵はどれも同じように見えますね。わざとなのかな? このシリーズは、あまり本を読まない子でも読んでほしいというシリーズだと思うんですけど、この作品はそういう読者にぴったりなのでは?

うさぎ:心地よく読めました。汗っぽくてベタっぽいけれど、それでもいい。挿し絵だけ見ると、一人の少年のいろんな話かと思いますが、ちがうんですね。

:すいません。私、辛口です。『鉄道員』みたいな、しかけられてしまった感じ。安物の人情映画をたてつづけに見せられた感じ。私は子どもに対してサービスしすぎず、できるだけ等身大で生きている大人になりたいと思っていて、すぐに伝わらない部分があっても嘘なく表現したいと思っているので、こういうわかりやすいというか、安易な感動はちょっと嫌なんです。でも、150〜200年前までは、発展途上国と同じような状況にいるようなこういう子どもたちが日本にもいたんだなあと、ハッとしました。ただ、子どもに対してはわかりやすいものばかりではなくてもいいのでは、とあらたに思いました。

雨蛙:時代小説好きのおじさんの一人として、ひかれる本だなあと思いました。お話ひとつひとつは、児童文学。だけど、児童文学にはなじみがなくても、時代小説をよく読むおじさんも抵抗なく入れるし、読めば、子どもに勧めたくなる。口下手なお父さんが息子に「ほら、読んで見ろ」と渡せる本。短編集だし表紙や造りからはかたさを感じないので、渡された子も、興味がなくても、一編二編は読んでみるのではないかと思います。短編としてのトリッキーなところはないけれど、これはこれであり。最初から最後まで、子どもたちへくり返してエールを送っている本なのだと思った。道徳的なにおいがしなくもないですけど、時代小説風にすることで、こういうストレートなエールも、子どもたちから敬遠されることなく、手にとりやすくしているという点で成功している。たしかに、何篇か読んでいくと、また同じような展開かという印象があるけれど、エールのあたえ方にバラエティを持たせれば、もっとずんずん引き込まれる。この話のなかに出てくるような大人が今はいないのかな。

紙魚:時代小説好きの大人でも、いいねえと言ってくれる本ですよね。

むう:とても読みやすくておもしろく、テンポよく楽しめた。でも、読み終わってみると、なんだか道徳の本みたいだと思った。いろいろと素直になれない男の子がいて、それがようしがんばるぞと思い直すという設定自体は、今の男の子に通じるところもあるし、悪くない。いかんせん、全部同じような印象になっているのが難点。もっと変化をつけてほしい。男の子が、成長の過程で先が見えなくて、まわり見てもいろいろとうまくいかなくてといった部分をとりあげるのは大賛成。でもね、と思う。がんばるぞ、の後のほうがもっと大変なわけで、短編でそこまで書くのは無理なのかもしれない。それにしても、七つの作品のうちのたとえば二、三個が違う形になっていれば、こんなに全体の印象が道徳臭くならないのではと感じた。もともと男の子の成長とか父と息子の関係を書いた作品には大いに興味がある上に、この著者の作品は読ませるテンポがいいし楽しめた分、全体の印象の平板さが残念。

アカシア:主人公の年齢はどれも13〜14歳で、名前も夏吉、矢吉、半吉、風吉、長吉、ドジ吉(正吉)なのよね。意図的に同じような作品をそろえたんじゃないのかな。

むう:結末を悲劇にしろとか、そういうことじゃないんです。でも、七つ全部が基本骨格が同じというのは、やはり単調になる。構成に変化をつけるための作品というのが、あってもよかったんじゃないか。そのほうが本全体としてのインパクトが増したんじゃないかと思う。

アカシア:主人公を助けてくれる人っていうのは、短編ごとにそれぞれちがうんですよね。そのあたりは変化がありますよ。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年9月の記録)