マイケル・モーパーゴ『兵士ピースフル』
『兵士ピースフル』
原題:PRIVATE PEACEFUL by Michael Morpurgo, 2003
マイケル・モーパーゴ/著 佐藤見果夢/訳
評論社
2007.08

版元語録:明日の朝6時、運命の「時」はやってくる。それまでに何もかもを思い出しておきたい。起こったことを、起こったとおりに…。第一次世界大戦中のヨーロッパ。ほんのはずみで戦場に行くことに決めた兄弟に、理不尽な運命が襲いかかる。そこでは憎むべき相手は敵だけではなかった…。★第54回・課題図書

クモッチ:いつでもそうですが、戦争の話は悲しいことがわかっているので、避けたくなるようなところがあります。でも、『ジャック・デロッシュの日記』(ジャン・モラ著 岩崎書店)もそうだったんですけど、この作品でも同じ軍隊の中でのある種見せしめのような処刑について書かれていて、他国の戦争とはいえ、まだまだ知らないでいる事実が多いなと思いました。この本のテーマは過酷だけれど、戦争の悲惨さだけでなく、主人公が人間としてどんな人生を生きてきたのかをきっちり積み重ねて描いています。そのおかげで尊いひとつの命を、戦争というものが簡単に終わらせてしまうところが効果的に迫ってくると思いました。この本の構成は、明日の朝に命の終りを予感している兵士の呟きから、過去にフィードバックしていくようになっています。最後に処刑されるのが本人なのではないかと思って読み進めていったので、結末が意外でした。作者のモーパーゴは、この戦時中の事実を知って書かなければと思ったと、後書きに書いていますが、最近は戦争物でも、このような新事実にもとづいた作品を出版するようになってきてると思います。また、戦地を直接描くという方法ではなく、そこで粗末に扱われる命の背景を丁寧に描くことで、戦争で失われる命の重さを表現する作品も多いと思います。

ハリネズミ:最初、構造に気付かないでぱっと読んで、途中でそれに気づいて、もう一度読み直しました。各章の冒頭に現在時間(午後10時5分から翌朝の午前6時まで)の思いがあって、その後に回想部分が続く。うまい構成だなと感心しました。それに、トモが戦場でしたこと感じたことが、リアルに描かれてますね。恐怖に襲われたり、弱虫じゃないんだと自分に言い聞かせたり、心が麻痺したり、新兵に対して先輩面をしたり??いかにも普通の若者らしいリアリティがあるな、と思いました。ジョー兄ちゃんという、脳に障碍をもった兄の存在が全体に深みをもたせてます。弟のチャーリーとトモが、ジョー兄ちゃんを大切にしてるんだけど、いたずら心を起こしてウサギの糞を食べさせちゃうなんていうエピソードも、いかにも子どもらしい現実感が出てます。ピースフルという名字は、象徴的でもあるし皮肉でもありますね。モーパーゴの作品の中でもとてもすぐれた作品なんじゃないかと思いました。今回翻訳ものが2つありましたが、翻訳はこっちのほうがリズムがあっていいですね。

ウグイス:久しぶりに、一気に読まずにはいられない、最後に行くまではやめられないという本でした。主人公の僕は強くたくましくもなく、勇気もないごくごく普通の子なので、国も時代も違うけれど、日本の子どもたちも共感するのではないでしょうか。前半は農村ののどかな生活が描かれるので、後半がいっそう衝撃的。対比が鮮烈で、結末が胸にひびく。そういう書き方がすごくうまいなと思いました。戦争の描き方は、単に敵と味方というのではない、いろいろな角度からの書き方が増えてるんだなと思いました。中学生くらいにすごく読んでほしい作品。

フェリシア:高等学校の部の課題図書です。中学生には少し難しいかもしれません。今回の3冊の中では一番引き込まれて読みました。私も最初、お話の構造がよくわからなくて読んでました。後半の戦争という異常空間で行われる兵士たちの残虐さとむごさに、読みながら目をふせたくなりました。訳も非常にうまいなと思います。前半読んでいくうちは、どうして兵士ピースフルなのかなととても疑問でしたが、前半あっての後半。前半ののどかなっていうよりも、貧しい田舎の生活が、すでに過酷な運命で。それも細かく描かれていたので、僕とモリー、ジョー兄ちゃんとの関係や設定が、読んでいる人にぴったり入っていって、本の中の世界に感情移入できるようになります。ジョー兄ちゃんの存在は、残虐さやむごさと対照的でひとつの救いになっているように感じました。“純粋な善”の象徴として対照的に描いているんだなと。ここに出てくる軍隊の残虐さはどこにでも存在したもんじゃないですか? 中国の日本軍とか。でも歴史の知識として語られるものは迫ってこない気がしますが、これは読者が感情移入できる主人公の目を通して語られるので、目の前に広がってきますね。

ジーナ:私も一気に読みました。構成のおもしろさという話がさっきもありましたけど、確かにそうだなと思います。過去の出来事が一人称で書かれるんですけど、これがとても分析的なんですね。こういうふうに語りをもってきたからこそ、この物語がよけいおもしろく読めると思いました。さきほど、後半の残虐さという話がありましたが、ハンリー軍曹だけではなく、前半にもマニングズ先生とか地主の大佐とか、権力を盾にした気ままな暴力が出てくるんですよね。私は作者は、戦争だけではなく日常の中の戦争の芽のようなことも語っている気がします。頼りにしているチャーリー、みんなが大事にしているジョー兄ちゃんのことなど、兄弟の書き方もとてもよかったです。1か所だけ疑問に思ったところがあって、133ページの後ろから3行目、「この戦場で演じるのは自分自身の人生であること。そして、その多くが死にいたることを。」。原文を見ていないのでわかりませんが、「ここでは、命がかかっている」ではないかなと思いました。

ハリネズミ:読んでいて、ケン・ローチの『麦の穂をゆらす風』という映画を思い出しました。貧しいながらも絆をもって愛し合っている家族が戦争で壊されて行くという点が共通してるな、と。あの映画は、イギリスとアイルランドの間の戦争で、最後正規軍に入ったお兄さんがゲリラの弟を処刑しなくてはならないというすごい設定ですが、戦争の理不尽さが両方ともよく出てる。

クモッチ:前の読書会でも、『屋根裏部屋の秘密』(松谷みよ子著 偕成社)を読んだとき、今の子に読んでもらえる戦争ものとはどんなものなんだろう、という話が出ましたよね。この作品は、戦争以前の人生がきちんと描かれているということですよね。

ジーナ:そうですね。たとえば、お父さんが自分のせいで死んだという負い目が最後までつながっているところなんか、うまいですよね。

ウグイス:そうそう、最後になって「知ってたよ」って言われて解放されるのよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年8月の記録)