原題:JESSICA'S GOAST by Andrew Norriss, 2016
アンドリュー・ノリス/著 橋本恵/訳
徳間書店
2019.02
<版元語録>ファッションに興味を持つ中学生のフランシスは、「男のくせに」とからかわれ、学校で孤立していた。ところがある冬の日、校庭のベンチでひとりで昼休みを過ごしていると、ノースリーブの女の子が同じベンチにやってきた。フランシスが紅茶を差し出すと、女の子は驚いたようにいった…「わたしが見えるの? ……あなたも死んでるの?」 幽霊の少女との友情を通して変わってゆく少年と仲間たちの姿を描く、ちょっと不思議な、あたたかい物語。
彬夜:まず、タイトルが変だなと思いました。ぼくだけって? ほかにも見える子がすぐに見つかるのに、なんでこういうタイトルにしたのでしょうか。それから、表紙の絵のジェシカ。最初の登場がモノトーンのミニドレスとあって、あれ?と思いました。その後、この服、いつ出てくるのかな、と。文章的にもところどころ引っかかるところがありました。たとえば、p20「そんなふうに動けるのは、けっこう楽しめたはずだった」とか、p106「恐怖心はなくなり、興味津々になってきた」とか。ほかにも何ヵ所か「?」と思うところがありました。アンディのことを母親が「暴れんぼ」と呼ぶのも、違う言葉がなかったのかな、と。人名で、ローランドとローナというのは、音が重なるので(元の言語では別の音なのかもしれませんが)、違う名前の方が読みやすかったと思います。まあ、翻訳だから仕方ないんですけど。ストーリーは、開かれていく痛快さがあるので、それなりに読み進めることはできましたが、フランシスたちが自殺を考えるような子には見えなくて、全体的に粗っぽい物語だな、という印象でした。ストーリーだけでなく、人物も、特に親たちの造型が粗いな、と。最大の謎は、ローナになぜジェシカが見えなかったかということ。それから、ラストの後日談的な部分はいらないのではないかと思いました。作者のあとがきによれば、普段は筋立てを決めて書くが、この作品ではストーリーの行き先を決めずに書いた、と言っていますが、この物語は、しっかり決めて書いたほうがおもしろくなったかもしれませんね。
須藤:読後感はよかったんですが、ちょっと地味というか、ページをめくらせていくような力が弱いように感じました。まあただ、子どもにとって、学校で嫌なことをされたときにどう対処したらいいか、とか、あるいはみんなから笑われるかもしれない心配、というのは切実な問題なんですよね。そこをテーマにしていて、それは大事なんだと思うんですが・・・・・・。親をやっていて思うのは、子どもが小学校に上がってそういう問題に直面した時に、なかなか有効なアドバイスを与えられない。要するに、あんまり気にしなくていい、とか、ある意味タフに、大人になれ、とか、大したことは言えないわけです。で、この本は、そうした「子どもにとって切実な問題」をテーマにしてはいるんですが、しかし、この本を読んで子どもがどこまで共感して、自分の問題に引きつけてくれるのかくれないのか、ってことは気になりました。子どもにとって「役に立つ」本であり得るんでしょうか。『西遊記』みたいにいじめや鬱といったテーマとも何も関係ない、ただおもしろい本のほうがあるいは救いになるのかもと思ってしまいました。
ぶらこ:鬱や自殺といった重いテーマを扱っていますが、人間関係がドライで、軽く読める作品だと思いました。でも、p209の「不思議なことに、こっちがまわりの目を意識しなくなると、まわりもたいてい、かわっていてもとやかくいわなくなった」というメッセージは、本当に鬱になるくらいいじめで悩んでいる子には響かないような・・・・・・。それよりももっとライトな層に向けて書いているのかな、という印象でした。子どもたち同士の友情によって人生を楽しむ力を獲得していくお話だけど、もう少しまわりの大人との関係性も読んでみたかった。子どもたちの母親のキャラクターがどれも似て見えてしまったのは残念でした。ファッションについての会話などは楽しく読みました。
コアラ:読んでいる途中では、あまり印象に残らないような内容だな、と思っていましたが、読み終わってしばらくしても、案外印象に残っています。ファッションに興味があって裁縫が得意という男の子が主人公なので、そういうものに興味を持っている男の子の励ましになると思いました。後半は自殺がテーマになってきますが、悩んでいる本人に役立つというよりは、周りで悩んでいる人がいる子にとって、接し方など参考になるかもしれないとも思いました。装丁がなんとなく女の子向けのように感じますが、男の子にも読んでほしい本です。136pからp138までで、「学校に行かないと法律違反」というような会話があって、「え?」と思ったのですが、「訳者あとがき」にそのことについて触れられていたので、その点は良かったと思います。
ハリネズミ:さっき須藤さんが「おもしろくない本でも役に立つのか」と疑問を出されたのですが、私は、おもしろくない本は読まれないので、結局役に立たないと思っていて、子どもの役に立てようとする本ほどおもしろくしないといけないと思っています。この本は物語世界のつくり方が中途半端かな、と思いました。原題は「ジェシカの幽霊」ですが、日本語タイトルは「ぼくだけに見えるジェシカ」。ぼくだけじゃなくてすぐ他の子にも見えるようになるので、どうなんでしょう? それから、この物語では、ジェシカは、自分と同じように穴に落ちて死を考えるようになった子に見えるという設定だと思いますが、それならローナにも見えるはずじゃないかな? また、ジェシカの声は他の人に聞こえないので、人がいない場所で会話をしているはずですが、p32では、みんなのいる教室で会話をしています。それと、ジェシカのミッションは自殺を思いとどまらせることだとすると、そんな子はいっぱいいるでしょうから、永久に成仏できなくなります。そんなこんなで、物語世界の決まり事をきちんと作ったうえで、それを最後まで守って物語を進めてほしいな、そこが残念だな、と思いました。引きこもりのローランドが追いかけて来てp103では「あの、ごめん、きみの言うとおりだ。ものすごく失礼だった」と言うんですが、日本のひきこもりの問題を抱えている子たちは、普通はこんなふうにすぐ出て来た謝ったりしないですよね。それからアンディという子が男の子っぽい格好をしているんですけど、友だちができたりローランドとつきあうようになったら、普通の女の子っぽい服装になるのはつまらない、と思いました。
マリンゴ: 私はおもしろく読みました。今回の課題本としてまとめて読んだことで、『レイさんといた夏』(安田夏菜著 講談社)と比較できて興味深かったです。幽霊のスペックや目的が似ていますよね。この本は、キャラが立っていて引き込まれました。幽霊の本のわりに明るいですね。クラスで浮いている子、はみ出している子が実は魅力的なのかも、と読んでいる子どもたちが気づくといいなと思います。ただ、ファンタジーって、最初に作った設定を守らないといけないはずなんですけれど・・・・・・クライマックスでそれが破られているのが残念です。ジェシカは、死にたいと思った子に見えて、そうじゃない人には見えない設定のはず。でも、クライマックスでは、自殺しようとしている子には見えない。主人公たちを活躍させるための“言い訳”に思えるのです。そして逆に、今まで見えなかったはずのおばさんが、急にジェシカの存在を“感じる”ようになる。これもストーリーの都合ですよね。それが残念でした。最後まで楽しく読むことはできたのですが、架空の世界の作り方と守り方は大事だと思います。
アンヌ:以前から題名だけ知っていて読むのを楽しみにしていた作品だったのにp47で「ぼくにだけ」どころかアンディにまで見えてしまって、がっかりしました。ここから、フランシスとジェシカの物語ではない話がドタバタと始まって行きます。アンディはカッとなったら暴力を振るってしまう問題児のはずが、転校先では冷静な武闘家のように効果的に暴力を振るって問題解決をする。自殺寸前まで落ち込んでいたようには見えません。ローランドについても同様です。さらに自殺寸前のローナにジェシカが見えないというのも奇妙です。学校の行事で展覧会に行った時に、いじめに遭っているローナにジェシカが見えていないのもおかしい。作者が自分で作った設定を守っていない作品ですね。ジェシカが消えた後に物語が延々と続くのは、ジェシカが一番必要だったフランシスが救われていく過程なんでしょうが、エピソードは衣装係の話ぐらいでよかったかもしれません。もともとフランシスは自分の世界を持っている子ですから。でも、その世界の中で、彼はこの先ずっとジェシカのイメージで作品を作って行くのだろうなと思うと、少し切ない気がしました。
西山:文章の弾まなさが興味深かったです。具体的に分析できていないのですが、弾まない文章でドタバタが描かれていて不思議な感触でした。表紙に関してはみなさんのご指摘同様です。裏表紙を見て、ああ、あと二人こういう子が登場するなとも思っちゃっていました。次々にジェシカが見える子が登場して、これはギャグだと思ったんですよ。どんどんみんな見えちゃって、ワヤワヤになることを期待しましたね。那須正幹さんの『屋根裏の遠い旅』(偕成社、1975)で、パラレルワールドに迷い込んでいるのが主人公だけじゃないというのが新鮮だったのを思いだしたりして。ローナにジェシカが見えない理由は書いてありましたよね。まあ娯楽作品としてはサーッと読めたという感じです。
ネズミ:ジェシカが現れてから主人公フランシスの周囲がどんどん変わっていって、いったいどうなるのだろう、ジェシカは過去を思い出せるのだろうか、という興味に引っぱられて読みました。アンディやローランドの誇張気味なキャラクター設定からエンタメだと思ったので、細かいことはあまり気にせずに。学校社会って、どこに行ってもいろんな人がいて、ぶつかり合っていくものだけど、フランシスが味方を得たり、自身も別の角度から考えられるようになったりして、我慢するだけではなく、自分らしくやっていく方法を見つけていくので、読後感はよかったです。子どもに力をくれる本だと思いました。
まめじか:エンタメとして読んでいたら、鬱や自殺というテーマが途中で見えてきました。その重さと、ちょっと緩い設定がちぐはぐというか・・・・・・。フランシスの言葉は、学校で浮いている子だからなのかもしれませんが、年齢より大人っぽいですね。
ツルボ:タイトルが内容と合っていないとかは、みなさんに言われてしまったんですけれど・・・・・・。作者の言葉を読むと、コメディを書いていた方なのでエンタメっぽくなったのだと思うのですが、やっぱり自殺をテーマとして書きたかったのでは? それだったら、一番ジェシカを必要としているローナに見えないのは、何としてもおかしい。鬱という「穴」に入ってしまったから、と作者は説明しているけれど、そういう子どもたちこそ救われるべきじゃないかな。それに比べて、フランシスのように自分の好きなもの、進みたい道がはっきりしている子どもが、内心は死にたいと思っているというのも説得力がない。いまどき、パリコレのデザイナーは男の人のほうが多いと思うし、母親にも認められているのに。三人称で書かれているので、いろんな登場人物の目線が交錯して、煩雑で読みにくかったけれど、これは原文の問題? それとも訳のせいなのかな? 全体に妙に固い文章と会話などの軽やかな部分が入り混じっていて、すっきりしない。p45の「あっけらかんとほほえんだ」とか、p140の「ホームスクールは両親に認められた法律上の権利」とか、「えっ!」と思って読み返す箇所が多々ありました。
しじみ71個分:読みやすくてサクサクと進みました。男の子がファッションに興味があるせいでいじめられるという設定でしたが、イギリスでもそんな問題があるのかなぁ?と思いました。主人公のフランシスの他にもジェシカが見える子たちが登場してきますが、その共通点は後からだんだん分かってきます。ジェシカはスーパー幽霊で、賢くて可愛くて優しい。で、そんな子がそう簡単に自殺するのかなぁ?とも思ったり。ジェシカが成仏できずにこの世に留まっている理由が子どもの自殺防止という割には、自殺リスクの最も高いローナの内面が描かれているわけでもないし、ローナにジェシカは見えないし、ちょっと理由付けとしては弱いかなと思いました。それから、ジェシカの死を悔やんでカウンセラーになったおばさんとの関係があまり書かれていないので、もっと堀り下げてもいいと思いました。西洋の子ども向けの物語で子どもの自殺をテーマにするのは珍しいのでしょうか? テーマ先行な気はします。それと後半、盛り上がりには欠けていますね。ジェシカとの出会いで3人の子どもたちがポジティブに元気になっていくという展開は爽やかでいいし、気付きを得ていく過程も破綻なく書かれていますが、問題が解決して、ジェシカが成仏していくところに盛り上がりがありません。後書きをちらっと読んだら、普段は考えて緻密にプロットを考えてから書くが、今回はあまり考えないで書いたとあって、だから盛り上がりに欠けたのでしょうか。もうちょっと考えて書いてもよかったのでは・・・・・・。残念です。
ハル:タイトルや表紙の雰囲気からして、少し小さい人向けの本かなと思って開いたら、文字が小さい! 文字数も多いし、内容からすると文章も結構、硬い印象があって、全体的にちぐはぐな本だなぁと思いました。「作者あとがき」を読むと、作者自身も普段とは違う書き方をしたと書いているので、ちぐはぐ感が生まれたのは、それも原因だったんじゃ・・・・・・。日本語版の編集では、どのくらいの年齢の、誰に読んでほしくてこの本を作ったんだろうと考えてしまいました。
しじみ71個分:一方、死にたくなるほどの落ち込んだ気持ちは、「穴に落ちたような気持ち」という程度で非常にあっさりしています。死を考えるほどの欝状態の辛さはもっと言葉を割いて掘り下げてちゃんと書いた方がいいのではないかと思いました。全体的に重いテーマの割に掘り下げが浅い印象です。
ネズミ:そこまでの穴に見えてこない。
しじみ71個分:あと、ローナへのいじめについてすぐに警察が介入して、いじめの首謀者の女の子二人を退学にするというのには驚きました。問題のある子たちを指導もなく、ただ野に放つというのもすごいなと思って。
須藤:ゼロ・トレランス方式っていいますよね。ただ賛否両論ありますが・・・・・・。
シア:感動的で最後泣けました。p211「陽光があたたかい。太陽のあたたかさが、ブレザーを通して両肩に広がっていく。おだやかなぬくもりに、心が安らぐ」というところが、ジェシカがフランシスの肩を揉んであげたシーンとシンクロして、目頭が熱くなりました。終始温かい感じの文章でした。でも、表紙がそぐわないように感じました。ジェシカとの出会いのシーンだとすると、フランシスは帽子をかぶっているはずだし、そもそも彼が眼鏡をかけている描写はなかったと思います。いじめられっこは眼鏡、というバイアスがかかった見方はどうにかしてほしいですね。それに、とてもおしゃれなはずのジェシカの服装も全く素敵ではありません。海外のファッションニュースを見ているようなファッショナブルな描写もこの本の魅力の一つですから、画家さんにはもっとがんばってほしかったですね。いつも美しい挿絵を描かれるのに、残念です。
それから、題名も気になります。「ぼくにだけ見える」ではないじゃないですか。全く詐欺です。邦題によくある“ヤクヤク詐欺”です。そもそも、原題は『Jessica’s Ghost』で『ジェシカの幽霊』となり、p187「自分のほうが肉体のない幽霊のように感じられたのだ」というように、生きているけれど自殺願望のあるフランシスたちのことをも示しているように思います。だから読後に深い味わいのある題名になるはずなのに、もったいないです。しかもですね、カバー袖でまた盛大にネタバレをしているんですよ。もう読む前から「ぼくにだけ見える」ことはないとバラしている。本当にこういうカバー袖や帯は読んではいけない時代になりました。最近、若い人を中心にネタバレされても平気だし、むしろ大いに、そして好意でネタバレをする人が増えています。生徒たちも内容を全て知ってから安心して読んだり見たりしています。想像しなくなっているんでしょうか? 焦りを感じます。
とはいえ、話としては良かったです。幽霊話だと成仏してお別れというラストは見えていますが、この本はそうではなくて成仏したのは閉ざされていたみんなの心、という落としどころだったので新しいと感じました。どんなに人生がガラリと変わっても、楽しく過ごせていても、どうあがいてもジェシカはいないという事実がとても切なくて、幸せな未来を断つという自殺いうものの重さを説教するでもなく伝えてきていました。ラストシーンの切なさは一見の価値がありました。中高生にはよくありますが、漠然と死にたい子はいるんですよね。積極的に死にたいというのではなく、生きたくないというレベルの。そういう子に、「穴に落ちる」とか、「太陽と雲」とかのわかりやすい比喩や、p129「じつは、わたしもいわなかったの。いま思うと、それがまちがいだったのね」というジェシカの言葉など交えながら、この本で落ち込んだときの心の処理法が伝わればと思います。
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エーデルワイス(メール参加):ファッションの才能をもつ男の子フランシスも、アンディもローランドも幸せになってよかったです。ひどいいじめは世界中にあるのかとため息が出ます。後半はちょっとお説教臭いと感じました。ユーモアもあり、ファンタジーぽくて、小学校高学年から中学生の女の子が読みそうです。
(2019年07月の「子どもの本で言いたい放題)