日付 | 2023年8月25日 |
参加者 | シア、ルパン、花散里、すあま、サンザシ、エーデルワイス、アンヌ、wind 24、コアラ、さららん、雪割草、ハル(西山、しじみ71個分) |
テーマ | 憧れと現実のはざまで |
読んだ本:
原題:THE BRIDGE HOME by Padma Venkatraman, 2019
パドマ・ヴェンカトラマン/作 田中奈津子/訳
講談社
2020.11
〈版元語録〉父親の暴力、それを受けいれる母。そんな家族からから逃れるために、障害を持つ姉とともに家を出た11歳の少女・ヴィジ。ホームレスとして生きのびるため、知恵と友情で道を開いていく。インドを舞台とした喪失と再生の美しさと力強さに、心を揺さぶられずにはいられない。
角野栄子/作
KADOKAWA
2022.09
〈版元語録〉戦後激動の日本。中2のイコは英語の授業で、現在進行形に夢中になる。そして、いつか「どこかへひとりで行きたい」と強く願うようになるが、手段も理由も見つからない。しかしある日、大きなチャンスが…。自叙伝的物語。
橋の上の子どもたち
原題:THE BRIDGE HOME by Padma Venkatraman, 2019
パドマ・ヴェンカトラマン/作 田中奈津子/訳
講談社
2020.11
〈版元語録〉父親の暴力、それを受けいれる母。そんな家族からから逃れるために、障害を持つ姉とともに家を出た11歳の少女・ヴィジ。ホームレスとして生きのびるため、知恵と友情で道を開いていく。インドを舞台とした喪失と再生の美しさと力強さに、心を揺さぶられずにはいられない。
ルパン:この作品は出版されてすぐに読みました。細かいところを忘れていたので、再読でもう1回。感動しました。ラクが最後に死んでしまうことは覚えていたので、それがわかっていて最初から読むと、いっそう切なくて。ひとりでも多くの子どもたちが助けられることを祈ってやみません。実は、ワールドビジョンという団体の活動で、インドの男の子のチャイルドサポーターを10年近くやっていたのですが、ここへきてインドの政策により突然シャットダウンされてしまい、お別れを言うことすらできませんでした。国内にこんなにたくさんのホームレスの子どもや児童労働の問題があるのに、外国の支援は受けないというのです。この子たちを救う国のシステムがあればいいのに、と思うのに、それどころか、何かしたいと思っても国がじゃまするんです。二重の意味で切ない思いでした。
さららん:父親の暴力から、障害のある姉さんのラクを守ろうと、ヴィジは家を出る決心をします。大人の目から見れば暴挙かもしれないけれど。案の定、ふたりは住むところにも食べるところにも困りますが、橋の上に住むアルルたちと出会い、なんとか生きるすべを見つけます。ラクは、ヴィジが思っていた以上に手先が器用で、ラクの作ったネックレスが売れて逆にヴィジたちが救われる場面もあります。そこに障害のある子の力を制限しているは、むしろ周囲の人間なのだ、という作者の視点を感じました。実際にあったエピソードをつなぎあわせて書かれたこの物語は、ラクが病気にかかり死んでしまうまでの過程も、罪悪感に苦しむヴィジの心の回復もていねいに描かれ、「前に進むことは、ラクを置いていっちゃうことではないって、やっとわかったの」(p249)という言葉に行きつきます。私は自分の経験も思い出し、この言葉が胸にしみました。作中では、子どもが子どもらしく描かれ、笑ってしまう箇所もありました。人物像は表層的かもしれませんが、人生経験の少ない子ども読者にとって、暴力や貧困と闘いながらインドで生きる日々のお話を先へ先へと読んでいくためには、人物はこのぐらいの軽さでちょうどよいように思えました。先日観たばかりの映画「ウーマン・トーキング 私たちの選択」(サラ・ポーリー監督)でも、村の男性たちから長い間性的暴行を受けてきた村の女性たちが、自分たちの尊厳を守るために議論を重ね、ある選択をします。家出をするというヴィジの選択は、自分たちの尊厳を守るための行為だったんだ、と重ねて思いました。本人はそう言葉にはしていないし、言葉にできるはずもないのですが。
サンザシ:JBBYで出している「おすすめ! 世界の子どもの本」でも、この本がおすすめされていましたね。南インドの貧困を描きながら希望も描かれているのがいいと思いました。でも、ちょっと主人公がいい子過ぎて、立体的に浮かび上がってきませんでした。アルルの人物像も同じです。これだと、キャラクターがリアルに感じられないので、子どもの読者が主人公に一体化してお話の中に入っていくのが難しいなと思ったんです。遠い国にかわいそうな子がいるという感想で終わってしまうような気がして。この父親も、なぜ暴力をふるうのかがよくわからないので、リアルには浮かび上がってきませんでした。登場キャラクターが、一定の役割を負わされているだけで立体的なリアルな存在に感じられないのが、私はとても残念でした。
ハル:冒頭で家庭内暴力の描写がけっこうきつかったので、ん? これは、小学生でも読めると見せかけて、本当はもうちょっと上の年齢向けの本なんじゃないの? 対象年齢、大丈夫? と疑ってしまいましたが、読み進めると、主人公たちと同じくらい年代の、小学高学年くらいから読んでほしい本だなと思いました。ハンディのあるお姉ちゃんラクを、しっかりものの妹ヴィジが助けているように見えて、ラクがいなかったら、ヴィジのサバイバルはもっともっと過酷なものになっていたかもしれませんね。ラクに助けられている部分はとても大きい。そういう点でも、遠い国の恵まれない子どもたちの話、と思わず、自分たちと同じ年ごろの子どもたちの物語として読んでもらえたらと思いました。
アンヌ:ヴィジが家出をするときに働けば何とかなると思っているのが、いかにもインドという国を表しているなと思いました。大勢の子供たちが働かされている社会なんだなと。さらに、ゴミの山の男のようないかにも裏社会につながりのある男だけではなく、バスの運転手として働く男も、家出少女と見ると捕まえて商品として売り飛ばそうと追いかけていることに衝撃を受けました。もちろん、日本社会でも少女たちを性的な商品として扱う人間がいますが……。男の子でも、ムトゥのように売られて強制労働させられる子供たちがいる社会なのだということにも、恐怖を覚えました。そんな中で、彼女たちを商品として見ない少年たちに会えたのは運がよかったと思います。いろいろな宗教がある国である割には、キリスト教色が強い作品だと思いました。ムトゥに比べてアルルの話す言葉はときたま牧師さんのようで、ちょっと不思議な感じもしました。後半のラクの死に傷ついたヴィジの心が回復するまでを実にゆっくりと書いてあるところはよかったなと思います。他の国とは違う時間の流れを感じました。最後にヴィジがDVを繰り返す父親を許して家に帰ったということにしないで、自分の道を選んだと作者が書いてくれたことが、これを読む読者のためにも、とてもうれしいです。
雪割草:この作品を選んだのは、日本の子どもたちは読んでどう思うだろうか、果たして興味をもって読めるだろうかと考えてしまうところがあり、みなさんの意見を聞いてみたいと思ったからでした。15年くらい前の学生の頃、インドの児童労働の被害にあった子どものための施設に行って泊めてもらい、子どもたちと一緒に過ごしたときのことを思い出しました。厳しい現実を生きている子どもたちのことは、ぜひ知ってもらいたいと思います。でも、学校で出前講座などをしてきて思うのは、興味をもってもらうには、小さなことでいいので、つながりを感じてもらえるような仕掛けが必要です。この作品は、子どもたちの食べものや暮らしぶりなど生活感がとてもリアルに描かれています。それから、信じるということが鍵になっています。でも、遠い国の話で終わらないようにする仕掛けが、もう少し必要かなとは思います。
花散里:刊行されたとき、父親からの虐待やインドの階級制度の中での子どもたちの様子に衝撃を受けて読みました。今回、読み返して、カースト制度の中で、障害を持った姉を持つ少女が、残虐な父親の暴力などから二人で家出をした後の生きざまがよく描かれていると感じました。私の勤務校では高1生が、アジアの国々に研修に行きますが、昨年、インドに行った生徒たちがカースト制度の中での自分たちと同世代の子どもたちについて動画を作成して報告していました。日本の子どもたちがインドなど、アジアの国々の実情を知ることは大事だと、本作を読んで思いました。障害を持った兄弟を描いた優れた作品はありますが、姉のラクに対するヴィジの思い、特にラクが亡くなってしまったことへの自責の念など、ていねいに描かれていると思います。登場人物、とくにアルルはキリスト教の教えとともによく描かれ過ぎではと思うところもありましたが、逆境の中でも手を差し伸べてくれている誰かがいるということがヴィジにとっては救われる存在だったのではないかと思いました。障害があるラクがビーズのネックレスを作るのが得意であることなどの表現も印象に残りました。インドという国を知っていくうえでの作品としても、子どもたちに手渡して行きたい作品だと思います。
シア:今回の本は夏休みだったせいか、なかなか借りられませんでした。「ふたりがいつまでもいっしょにいること。それは、あたしが信じていた数少ないことの一つだった。」(p6)とあったので、これは絶対に重たい内容の本だと思い、覚悟して読みました。物語のテーマがとてもわかりやすくかっちり作られているので、まさしく読書感想文用の本だと思いました。でもそのせいか、いい子や大人な子が多かったように思います。主人公のヴィジはとても大人すぎました。11歳で姉を連れて家出を決意するなど、そうそうできるものではないと思います。アルルも悟りすぎではないかと思うほどで、クリスチャンのよい面を描いているようにも感じました。とはいえ、子どもたちみんなはとても可愛らしく、台詞の一つ一つが愛らしかったです。家族を愛しているのが伝わってきます。小説では登場人物の死はイベントとして描かれやすいですが、この本はそうではなく残された人たちの心をていねいに描いていました。そこがリアルに感じました。現実によく起きていることだからなんでしょうね、胸が痛いです。だから余計に父親や母親についての追及もほしかったです。「父さんをも愛することができるようにね」(p246)とありますが、そこまでされても父親を愛さなければならないのでしょうか。インドだけでなく日本でも貧困家庭の問題はありますので、他人事ではないと思いました。ところで、この作品は食べ物や服などのインド特有の文化がおもしろいです。異文化を知ることができるのは海外児童文学ならではの魅力だと思います。最後に、題名なのですが「橋の上」でいいのでしょうか。読んでみると「橋の下」ではないかと思うのですが。
ルパン:ほんとうに橋の上です。たまに翻訳者もまちがえて「橋の下」なんて言ってますけど、廃墟になった橋の上に住んでいます。
wind 24:20日ほど前に読み、読み返しができなかったのでおぼろげな感想です。インドではカースト制度は70年も前に廃止されたにもかかわらず、未だに社会に深く入り込んでいて、抜け出せない貧富の差があります。この物語では、いちばん底辺にある「隷民」に生まれた姉妹が主な登場人物として出てきます。障がいのある子ラクの家族の中での扱いや、暴力でしか問題解決ができない生活能力のない父親、その夫に逆らえない無気力な母親。家庭の中が殺伐としていて家族の結びつきが希薄です。その中で姉を思いやるヴィジの言動が突出し過ぎる描かれ方だなあと、今となっては少し違和感を感じます。物語の構成はおもしろいのですが、登場人物の描き方が平たく、あまり魅力を感じませんでした。おしまいに父親がようやく登場しますが、天然なのか卑屈なのかよくわからない描き方なので、ここで登場させる意味があったのでしょうか。ヴィジが父親の言動から、母親が何度裏切られてもそのたびに父親を許してきたことが理解できたような気がする、とありましたが、果たして12歳くらいの少女がそんな気持ちに到達するのだろうかと共感できませんでした。日本の子どもたちに想像ができない部分や自分事としてとらえられない部分があると思うので、まずは背景を知ることからも、『みんなのチャンス ぼくと路上の4億人の子どもたち』(石井光太/作 少年写真新聞社)で、ヴィジたちのような子どもたちがいることを知ってほしいと思いました。先進国に住む私たちの人間活動がどんなふうに発展途上国の人たちに影響を及ぼしているかをも、こどもたちに伝えていきたいと思います。
エーデルワイス:訳がよくて読みやすい本でした。その日その日の食べ物を確保するところ、飢え、腐ったバナナを食べるところなどリアルに伝わってきました。p243でお父さんの暴力をどうしてお母さんが許してきたのか、11歳のヴィジが分かるところが凄い! その場で心から許しを請うているお父さんを一瞬許しそうになりますが、流されずに自分の未来へ邁進するヴィジの姿が清々しいラストでした。
すあま:同じ作者の『図書室からはじまる愛』(パドマ・ヴェンカトラマン/作 白水社)がとてもよかったので、期待して読みました。あとがきにも書かれていたように、インドの大変な状況にある子どもたちのことを知ってほしい、ということが前面に出ている本だなと思いました。最後は前向きな感じで終わるけれども、その後もまだ苦労は続いていく。続きを読んでみたい気もしました。読み終わってから少したってみると、何か物足りない、心に残らない感じがしたのが残念です。
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西山(メール参加):p7本文冒頭の「ラク、あなたはあたしの妹みたいに感じていたでしょ?」に始まる段落で、ラクを妹みたいに感じていたのは「あたし」自身でしょう?と思ってひっかかってしまい、冒頭から不信感を持ちながら読むことになってしまいました。あと、p9L8「「二百ルピー!」……ポケットに入れる前に落っことしそうになった」では、え?受けとっていたの?とつまづき、p25最後ではラクがあんなに大事にしていた人形マラパチ拾わないの?と気になり、その後ラクがいつマラパチがないとパニックを起こすかと心配して読み進めたのですが、言及はなく、それでいて最後の最後に現れた父親がマラパチそっくりの木の人形を持ってくることに不自然さを覚えました。
p66では、チャイ屋のおばさんの子どもの形見と言えるレインコートなのに、失っても、そのことには全く心を向けていない様子(防水シートとしてしか考えていない様子)には、非常に違和感を覚えました。これは、訳文の問題ではなく、私がウェットなだけでしょうか。
訳文の問題と、作品の問題と、単に異文化の問題と、それぞれだと思います。全体としては子どもの生存権という観点から、この作品がどこにどういう風に資することができるのか……。インドという「遅れた国」の、「昔」の話として日本の子どもに消費されるだけで終わらないためには何が必要なのか、そういうことを考えて行く材料にはなるでしょうか。
しじみ71個分(メール参加):インドで路上生活を送る子どもたちの姿を描く物語でしたが、支援活動に携わる作家さんだけに、描写がリアルで、胸に迫りました。暴力をふるう父親から、障害のある姉を連れて逃げ出し、路上生活をする少年たちに出会いますが、この少年たちのキャラクターも、物語の中でのそれぞれの役割も明確で、物語に優しさや深みを与えていたと思います。こんなよい子たちにたまたま会えたのは出来過ぎな気もしますが、彼らとの出会いがなくて、もっと厳しい状況を体験するような展開になっていたら、リアルかもしれないけど、辛すぎて読み進めにくくなったかもしれないですね。ラクがデング熱で死んでしまうのも、大人を信用せず、誤った情報を信じ込み、力を借りなかった子どもらしい未熟な判断のためで、とても悲しく切ないのですが、それも大人が子どもを大切にしない現実が子どもを追い詰めた結果なので、重たい課題として胸に刺さりました。おそらく、実際には、この物語よりずっと悲惨な現実があるのだと思います。この物語を読んだ子どもたちが、作中の子どもたちを可哀想だと思うだけでは「施し」の視点でしかないので、作者後書きにあるように、子どもを大切にする世界を作るにはどうすればいいのかをわが事として考え、さらに知っていこうとするように、手渡す大人が繋げていかないといけないなと思いました。
障害のある姉のラクが自分の痛みや苦しみよりも先に人のそれを思う気高さは、とても魅力的ですが、そこには少し障害者の聖人化のニュアンスを感じつつも、この物語の中ではとても美しく、深みを与える大事な要素になっていて、私はとてもよかったと思いました。
(2023年08月の「子どもの本で言いたい放題」より)
イコ トラベリング 1948―
角野栄子/作
KADOKAWA
2022.09
〈版元語録〉戦後激動の日本。中2のイコは英語の授業で、現在進行形に夢中になる。そして、いつか「どこかへひとりで行きたい」と強く願うようになるが、手段も理由も見つからない。しかしある日、大きなチャンスが…。自叙伝的物語。
エーデルワイス:角野栄子さんの青春自伝風小説なのですね。読みやすい本でした。どこまでが事実で、どこからがフィクションなのか、登場人物もあれこれ考えながら読みました。角野さんはブラジルへは結婚していきますが、小説の中ではイコが一人でいくのですね。角野栄子さんの原点を垣間見たような気がします。
コアラ:帯に「自叙伝的物語」とあるので、自叙伝的なフィクションとして読みました。読んだ印象としては、おしゃれだなと。特に女学校の友だちとの会話が、言葉遣いも内容もおしゃれで、すてきな世界だなと思いました。本のデザインも、柱の位置やデザインがおしゃれです。戦後間もない頃、というのは、もちろん私は知らないけれど、描写が具体的で、たとえばp119の後ろから3行目の「新宿駅のまわりは」から数ページを読むと、闇市のごちゃごちゃした感じと匂い、それから、がらっと変わって紀伊國屋書店のりんとした佇まいや外国の本の甘いビスケットのような匂いが、行間から立ち上ってくるようで、追体験するような感覚でした。外国の匂いといえば、子どもの頃、外国の文房具の匂いに憧れを感じたことを思い出しました。最後まで読んで、もう1度最初に戻って「大西洋」の章を読むと、最初はわからなかった「ワンダーランド」(p10)の意味もわかって、最初と最後がつながっている構成は見事だなと思いました。おしゃれというだけではなくて、当時の人々の気持ちや空気が伝わってきました。漢字にルビは振ってあるけれど、これは大人向けの本だと思います。ただ、『魔女の宅急便』(角野栄子/作 福音館書店)の作者の本として、子どもが背伸びをして読むのもいいかなと思いました。
wind 24:楽しく読めたましたが、唐突な感じで場面が変わるので同時に読みにくさも感じました。多感な年頃に戦争を体験し、戦後価値観ががらりと変わりご本人は翻弄されたとは思いますが、そこのところは描かれていませんでした。NHKのドキュメンタリーで戦後進駐軍をどのように受け入れていったかとありました。ある人は戸惑いながら、ある人は興味をもって、でも日本国民は概ね歓迎したとありました。この主人公イコはアメリカという国や人に興味と憧れを持っていたのが文面からよく伝わってきます。最後の方で紀伊国屋書店の編集部にせっかく就職したのに、ブラジルに行ってしまうのも、内面の葛藤などが描かれておらず、唐突さを感じました。著者、角野栄子(イコ)さんのお人柄が伝わってくる作品でした。
シア:とてもおもしろかったです。角野栄子さんらしい読後感がよかったですね。リズムもよくて角野栄子さんの本領発揮というところでしょうか。描写も上手で想像もしやすいと思うので、女子中高生なら楽しく読めそうです。いろいろあってもポジティブな内容で、まるで『魔女の宅急便』のキキそのもの。これは自叙伝的小説ですが、あちらも自叙伝と思っていいのかもしれません。前川さんもトンボみたいですし、おチヨさんもいかにもジブリ作品に出てきそうな人です。イコはこの時代に女学校にも行けているし、ご家庭は比較的裕福だったのではないかと思いました。でも、調べたら現実は少し違うんですね。やはり作家さんだけあって、変え方がお上手だと思いました。戦争の傷跡がなまなましい時代に多感な頃を過ごし、イコは自由であることを渇望します。戦後の混乱について知る人が少なくなってきていますが、重い話でも深刻になりすぎないので、今の子どもたちでも読みやすいと思いました。こういった本がもっと増えるといいと思います。言葉もこの時代の女学生らしいていねいさで、久しぶりに素敵な言葉を目にしました。朝ドラみたいな展開ですし、映像化したらおもしろそうだと思いました。
花散里:この本が刊行されたとき、角野さんの自伝の続編ということで読んでいませんでした。今回、読んで、最初の2章「市ヶ谷」は13歳から高校時代が描かれていて、表紙の絵などからも中高生向けかと思いましたが、後半の内容などから児童文学ではないと思いました。地域の公共図書館ではYAコーナーに配架されていますが……。大人としてはおもしろく、関心を持って読めました。
雪割草:大好きな1冊なので選びました。出版記念のお話会にも行きまして、その際に、角野さんのお話は落書きから生まれるとおっしゃっていたのが印象的でした。p207にもそのことが書かれていますね。それから戦後という時代を知らないので、今とは全く違う新宿や吉祥寺の描写は、驚きながらも興味深く読みました。確かに背景情報がちゃんと描かれていないところがあり、角野ファン向け感は強いかもしれません。でも、児童文学を学んでいたとき読んだ、「子どもの本とは」といういろんな研究書に書かれていたことをおぼろげながら思い出しても、この作品が子どもの本ではないとは言い切れないと私は考えます。
ハル:ほんとシアさんがおっしゃったように、朝の連ドラにしたらおもしろそうだなと思いながら読みました。つまり、モデルがいると思って読むからおもしろいのであって、前知識なしに同世代の子たちが読んだら、おもしろいのかな……どうでしょう。さすがの筆力で、表現はとてもみずみずしくて楽しいですが、やっぱりそれは、著者の言葉として読むからこそ生きているような気もします。
サンザシ:フィクションですが、角野さんの姿が浮かび上がってきますね。文章がうまいから読ませるし。当時の細かい情景をありありと覚えていらっしゃるのがすごいし、さすがだと思いました。版元は、一般書として出して、なんなら中高生も読んでくださいというスタンスなんでしょうね。『トンネルの森 1945』もそうでしたから。ただ、私たちは角野さんを知っているので、興味深く読めるのですが、角野さんを知らない人が読んでもおもしろいかどうかは、疑問です。
さららん:一般書ですが、こんな関連書があってもいいかなと思い、みんなで読む本として今回選書しました。意見はほとんどみなさんと同じです。「キャロル」というニックネームをつけられ、「ほいほい」のアメリカびいきになるイコ。普通の人が使うと、うわすべりになってしまうような表現も、角野節と呼ぶべきか、使い方が実に巧みです。またこの作家がどんな本を読んで大人になってきたのかがわかる点も、興味深く思えました。イコのキャラクターがおもしろいのですが、まわりの人物も、さらっと書かれているようで目の前に立ち上がり、戦後日本の群像劇としても読めました。自分の育ってきた環境に似ていたので、父親に女の子はお嫁にいくのが幸せと、大学進学をいったん反対されたところ(p146)など、強く共感しました。「 一人一人が納得して、一人一人が自分らしく自分を作り上げていく方が、時間が掛かるし難しいかもしれない。でも、そこには自分で運転できる自由があるはずだ」(p263)という部分は、戦争中、他の大勢の子どもたち同じように国策少女だった角野さんが、何が何でも伝えたいことだったのではないかと思います。
アンヌ:この作品は何か点で書かれているようで、主人公のイコの心情にうまく入り込めませんでした。傷痍軍人とか闇市とか風月堂を思わせる新宿の喫茶店や歌声喫茶など、聞いたことのある戦後の風景がポツンポツンと置かれていくけれど、その中で、主人公の戦後の自由を疑う気持ちや現在進行形と語る気持ちがうまく線としてつながっていきません。読んでからこれは続編なんだと気づいて『トンネルの森 1945』(角野栄子/作 KADOKAWA/メディアファクトリー)を読んで、やっと主人公の孤独や継母との関係、父への愛情などがわかってきました。それにしても、『トンネルの森 1945』では戦中が実に見事に描かれているし、さらにファンタジー的な要素もあって魅力的なのにと思いました。児童文学作家の自伝的小説というと石井桃子さんの『幻の朱い実』 (岩波書店)を思い出してしまうのですが、そちらでは実際は結婚したことのない著者が結婚して娘を持ったように書かれていて、こちらでは、結婚してブラジルに渡った角野栄子さんが、一人でブラジルに渡ったように描かれています。きっとイコがだれにも頼らず一人で未来へ向かう終わり方にしたかったのだろうなと思いました。
ルパン:正直、全然おもしろくありませんでした。どなたかが一般書とおっしゃったので、それならば見方も変わるかもしれませんが、児童文学だとしたら、だれに読ませたくて、読者にだれを想定して書いているのかわからない。角野さんだと思わずに、普通の主人公だと思って読むとまったくおもしろくないです。物語としても全然ページターナーでなく、次はどうなるのだろうというワクワク感もありませんでした。読み始めれば文章は上手なので読めてしまうけれど。『橋の上の子どもたち』(パドマ・ヴェンカトラマン/作 田中奈津子/訳 講談社)とは別の意味で、イコに平面的なものを感じてしまいました。もちろん型通りの優等生というわけではないんですが、物語の主人公として理想的すぎるんです。親との確執は匂わせているけれどもドロドロしたところは描いていないし、何があってもぶれない、まわりの人に引きずられない。13歳から22歳までとあるけれど、ある意味老成しているところもあり、理想的すぎて立体感がないんです。迷ったり悩んだりしている場面もあるにはあるんですが、説明的で、結果的にはものごとがとんとん拍子に進んでいて挫折もない。むしろ、イコよりまわりのひとのほうが活き活きと描かれていて魅力的でした。もちろん角野作品ですから文章もうまいし情景描写もすぐれてはいるんですけれど、子どもに手渡したいかというと、まったくそうは思わないです。子どもが読んでもおもしろくないと思います。
すあま:角野さんの自伝的作品だと思って興味を持って読み続けることができたけれど、そうでなかったらどうだったのか、おもしろく読めたのかは、私も疑問です。まず冒頭の部分がよくわからなくて、物語に入りにくかった。戦後、世の中が大きく変わったころに、10代の子たちがどう感じ、どんなことを思っていたのかが描かれていたのはよかった。でも、今の若い子が当時の状況や時代背景を知らずに読んだらよくわからないんじゃないかとも思いました。外国に行くこと自体がとても難しい、大変なことだったというのも、どうしてなのか、何が大変なのかは描かれていないし、そのわりにはイコもその周りの人たちもどんどん外国に行っている。主人公は10代だけれども、児童書としてはハードルが高いし、当時を知っている大人、予備知識のある大人が懐かしく思ったり、共感したりして読むような本だと思いました。前作『トンネルの森 1945』は未読なので、読んでみたいです。
花散里:p130、4行目、高3の春休みに会った同級生・鶴岡千代華ことおチヨさんが、「当然という顔でたばこを吸うと、ふーっと煙を吹き出した。」と、煙草を吸うシーンが描かれ、次のページにも記されていますが、この本を中高生に手渡したいと思っているのだとしたら、こういう時代の作品だったとしても、おチヨさんがかっこよく煙草を吸うという描写を載せるのはいかがなのかと思いました。
サンザシ:この本を読んで、今の子たちが喫煙に憧れるとは思いません。そんなに心配しなくていいと思います。そんなことを心配していると、文学としての表現が不自由になってしまう。
やはりご自分をモデルにした『トンネルの森 1945』のほうは、角野さんを知らない人にとっても、とても興味深く読める自立した作品だと思いますが、こっちは、角野さんのことを知りたい大人や若い人が読む本なんでしょうね。
シア:あまりにも現代と違うので、当時の資料として読めるのではないでしょうか。喫茶店や映画館の描写などは驚きでした。それに、煙草のシーンでおチヨさんのぶっ飛びぶりがさらによくわかりました。この当時、女学校にこんなすごい子がいたんですね。
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西山(メール参加):角野さんはこういう娘時代をすごしたのだな、という関心でさらっと読みました。女学生の、教師のあだ名付けは、やはり愉快だなと。「女学生」の生態と、戦後数年の銀座の様子は興味深かったです。ここから何かを考えたいという刺激は受けなかったので、今日のみなさんのご指摘を楽しみにしています。
しじみ71個分(メール参加):角野栄子さんの自伝的作品の2作目ということですが、中学2年生から23歳の社会人になりブラジルに飛び出していくまでの青春記として、とてもおもしろく読みました。イコちゃんの生き生きして、まだ見ぬ世界にあこがれ、好奇心の塊になって、現在進行形で前に進もうとする姿は清々しかったです。一方、自分の道を見定めたように歩く友の姿をうらやんだり、自分と比較して悲しくなったりと揺れ動く繊細な気持ちやまだ何者でもない自分に対する焦燥感、反抗期の気持や初恋の描写などには時代を超えたリアルさがあって、共感しながら読みました。イコちゃんの後ろに、戦後目まぐるしく変わっていく日本社会が見えますが、イコちゃんの前に進もうとする気持ちの裏に、太平洋戦争の敗戦が大きく影を落としていて、そこからの脱出という意味合いもとても大きかったのだろうと感じました。当時の多くの日本人が同じような気持ちだったのかもしれませんが、あっけらかんとアメリカに憧れて、戦時中のことを忘れて行こうとするあたり、日本人に共通する独特な軽さのようなものも感じました。イコちゃんが言葉に興味を持つのも、知らない人とわかり合ったり、知らない文化を知るためのツールとしてだと思いますが、それを習得する努力にあまり重点を置いていないところがとても「らしい」なぁと愉快に思いました。このイコちゃんの話が『ルイジンニョ少年』(ポプラ社)につながっていくのだと思うと、とてもおもしろいです。最後の「太平洋」の章の最後に向っていく描写の盛り上がりは本当にすごいと思いました。ほかにもたくさん、体感的で美しい情景描写があって、やはり尋常じゃない作家だと改めて思いました。『トンネルの森 1945』と合わせて、戦争文学や戦後文学としてより、少女の青春一代記として読んでおもしろい作品だと思いました。
(2023年08月の「子どもの本で言いたい放題」より)