スティーヴン・キング『ドラゴンの眼』
『ドラゴンの眼(上)(下)』
原題:THE EYES OF THE DRAGON by Stephen King,1987(アメリカ)
スティーブン・キング/作 雨沢泰/訳 
アーティストハウス
2001.03

<版元語録>ドラゴンの心を持つ勇敢な王子・ピーター。魔法の水晶を持つ邪悪な魔術師・フラッグ。闇の中に隠された事実。正義と勇気をかけた闘いが、今始まる! スティーヴン・キングが愛娘に贈った冒険ファンタジー。

もぷしー:すらすら読ませるのは、さすがスティーヴン・キングだなと。でも初めの方は描写がグロテスクで、気持ち悪い箇所が多い。もうちょっと軽やかに書いてくれた方が、ストーリーの大筋に集中できたんじゃないかな? 設定としては、対照的な兄弟のコンプレックスってことですよね。劣等感を抱いてる弟には共感をもてたんだけど、なんでもできちゃうピーターは、あまりにも優等生すぎて、平等に感情移入できませんでした。

紙魚:私はもう、スティーヴン・キングっていうだけで点があまくなっちゃうので、今回の本にもあまいです! もともと、子どもを書くのがとてもうまいし、人間をよーく見ている作家ですよね。『ドラゴンの眼』に関しても、父親として娘のために書いた物語ですが、もちろん同じことを感じました。親が子に向かって書く物語って、筋とか構成と かは別にして、子どもに向けての願いが強く出ますよね。「真実」ってどういうものなのか、娘に伝えようとしているのがよかったです。

:もう訳がひどくて・・・。みなさん、気になりませんでしたか? たとえば、p120〜121のあたりなんて特にひどい。確かに「真実」が描かれていたはするんだけど、他のキングの作品にくらべれば、生協で1割引で買っても損した気分。キングはもちろん評価してるんですけどね。

オカリナ:私は、訳は気にならなかったけど。

紙魚:私もほとんど気になりませんでした!

:心理的な構築に欠けているし、物語作家としても、語り手の位置に重大な問題があります。章ごとの終わりに「それは君たちの考えること・・・」なんていうのも視点が一定してなくておかしいし、カリカチュアのとらえ方もおかしい。ローランド王の鼻くそも、ドライにとらえてはいるんでしょうけど。小説、物語というのは、『プロット』と『キャラクター』と『ポイント・オブ・ビュー』の3つがそろっていなくちゃいけないんです。確かに、親が子に伝える真実の存在はあるんだけど、それを翻訳が邪魔してる。

ねむりねずみ:終盤に進むにしたがって、スピーディーに、たたみかけるようになってくるので、映像向きかなと思う。たしかに「それは君たちの考えること・・・」のところで、次の章との継ぎ目が見えるみたいな感じ。ずーっと読んでていきなり考えろと言われても、えっ! と思ってしまう。やっぱり翻訳がうまくいってないのかな。でも、後になっていくと物語がぐんぐん進んで気にならなくなっちゃった。弟が矢を射る場面なんかは、そうだ、そうだと読めたし。ただ、全体としてはすごく感動したというほどではなかった。娘に読ませたくて書いて、愛蔵版で作ったという感じでしたね。

トチ:スティーヴン・キングって、ロイス・ローリーと同じグループで勉強してたんだって。最初は児童文学を書いてたのかもね。

オカリナ:私ははじめて『It』(文芸春秋)を読んだときに、スティーヴン・キングの子どもの描き方のうまさに、まいっちゃったのね。『ドラゴンの眼』では、トマスとローランド王がうまく書けてましたね。ピーターは、現実的な存在というより象徴的な善なのよね、きっと。 キングは12歳の娘に「高潔」ってことを教えたかったのかな。後書きを読むと、ナオミというのは娘の名前だってわかるけど、物語の中ではナオミの登場の仕方がずいぶん唐突よね。その辺のことをいえば、他の作品ほど完成度は高くないのかもしれないけど。

アサギ:途中で読者に語りかけるってことでは、吉本ばななにも、唐突に読者に向かって「ところで〜じゃない?」というところが出てくるわよ。あれはあれで、作家のスタイルとして認められてるわよね。私は、人物描写っていうのは性格をつくっていくことだと思う。これこれこういう性格があって、その結果プロットができてくる。奇想天外であろうと、人間を書けているか、性格を書けて いるかってことが大事よね。子どものときに読んで今でも記憶に残ってるのは、性格、人物造形がしっかりしてるものよね。

チョイ:昔話などは、人物はあくまでも象徴的で、プロットで動かすことによって話が動くよね。さっきの「プロット」「キャラクター」「ポイント・オブ・ビュー」の3点が完璧ってばかりではないかも。あと、文体がいいっていうのもあるよね。

トチ:文体と同じに、挿入してある歌や詩に感動するってことが、幼い子どもでも・・・というより、幼い子どもほどあるんじゃないかしら。私自身の経験でも、小出正吾訳の『ニルスの冒険』を読んだときに、白ガチョウのモルテンが他の鳥をからかう短い詩のような言葉や、『雪の女王』に出てくる「野バラの咲いた谷間におりて、小さいイエスさまお訪ねしよう」という歌に、良く意味もわからず感動した思い出があるわ。小さい子どもほど、美しい文体には敏感なんじゃないかしら。

オカリナ:でもさ、『ハリー・ポッター』よりは、この作品のほうがやっぱりおもしろかったな。

紙魚:それって、キングに人間を見る力があるっていうことだと思う。

チョイ:さっき、文体がよくて惹かれる場合があるって話だったけど、ディテールに惹かれることもありますよね。

アサギ:絵本なんかで、絵の中の細部に無性に惹かれることもあるわね。ファッションとかって気になるもの。昔『夕暮まで』(吉行淳之介 新潮社)読んでて、どうしても受け入れられないことがあったの。妻と子どもがフレンチトーストを食べてるの。フレンチトーストがその状況に合わなくて、すごく嫌だったわ。もともと、フレンチトーストは好きだけど、この場面にはどうしても合わないっていうのがあるのよ。

オカリナ:それは、こういう人物だったら、こういうものを食べるんじゃないかっていうイメージがあるってことよね。その辺は固定観念っていうこととも関係してくるから、ちょっと要注意かも。

(2001年05月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)