フィリパ・ピアス『まぼろしの小さい犬』
『まぼろしの小さい犬』
原題:A DOG SO SMALL by Philippa Pearce, 1962
フィリパ・ピアス/著 猪熊葉子/訳
岩波書店
1989.07

版元語録:ベンの望みは犬を飼うこと.だがロンドンに住むベンには,それが許されない.田舎の祖父母の家で犬のいる生活を経験してからは,ベンの犬への思いは強まるばかり.少年の心の渇望をくっきりと写した傑作.

アカシア:子どもの気持ちをよくとらえているし、どの人物もみなあたたかいし、ほんとうにピアスはすばらしいなあと思います。みんなを仕切るグレートマザーのおばあさんは、いわば敵役で、犬も嫌いだし、もっとひどい奴に書いてあっても不思議じゃないのに、ベンに「おまえ、犬をもらう約束だったね。約束はまもらなくちゃーーちゃんとね。わたしたちは、そうしなきゃいけなかったのだよ……」と言ったり、ベンが小犬たちをあやしているところを悪い足を引きずって見にきたりします。p4には、「おばあさんはひどくゆっくりと、うしろむきになって階段をおりてくるところだった。ひざがかたくなっていたので、いつもそうしてぎゃくむきにおりるのだ」という描写があります。本筋とは関係ないんですけど、2階からバスの到着を見ていたことがわかり、おばあさんなりにベンを待っていたんだろうと読者に想像させます。おじいさんの方も、「おじいさんはこういう人でした」と書くのではなく、しぐさや言葉の端々から読者に人物像を思い描かせる。読書好きの人にはたまらないおもしろさですよね。
こういう作品は、読むたびに新たな発見があるかもしれない。フラットに説明するんじゃなくて、読者の想像力に働きかけますから。この少年は果たして犬を飼えるのだろうか、という引っ張りもあるけれど、それより何より上質の味わいを楽しむ作品だと思います。筋しか追えない読者だと、最後に犬が手に入ったときに、それなのに犬を拒む気持ちや、でも呼び戻そうとする気持ちがわからないでしょうね。ほんとうは、こういう本こそ中学生なんかには読んでもらいたいんだけど、一方にハリポタのような展開が早くて筋で読ませる物があると、やっぱり負けちゃうんでしょうか? ピアスの作品は、どれもいいですよね。

げた:同じような気持ちです。舞台はちょっと昔で、5人兄弟の中で宙ぶらりんな立場の子という設定だけど、今時の子だと、まだ兄弟が小さいのにお姉さんがもう結婚するというのはぴんと来ないかも知れませんね。今日の3冊の中では、文章表現にいちばん厚みがあって、丹念に読んでいくと、情景がはっきりしてくる。それぞれの人となりがよくわかるような文章で、ちゃんと読めば読むほど味わいが出てくると思います。筋だけを追う読み方をすると、よくある話じゃん、で終わりになってしまう。要するに、犬がほしくて仕方ない子が、夢中になったあまり事故にあったりして、でも結局犬をもらうことができて……、みたいな感じでね。小学生に読ませようとすると、難しいかもしれませんね。大人が読んでも味わえる文章ですからね。前半でいうと、落っことした犬の絵が踏まれ、ゴミのように捨てられる場面の表現がすごく印象に残っています。ただ割れました、ですまさない。児童文学ってすごいなあと思いました。あとは、お父さんが引っ越し話でむくれるところなんかも、大人が読んでも面白い話ですね。

アカシア:でも、本に慣れていない子どもの場合、自分の力で読み取らなくてはならない部分がたくさんあるからきついかもしれないですねえ。

げた:読み聞かせしたほうがいいかもしれませんね。

エーデルワイス:ブックトークをするとしたら、どんな風にするんですか。

げた:たとえば、「今一番ほしい物」みたいなテーマを決めて、読み物や知識の本、絵本なんか5〜6冊用意しておいて、そのうちの最後の1冊として出すんでしょうね。

ミッケ:みなさんがおっしゃったことにつきると思います。ピアスの本は大好きで、なかでもこの本はとても好きで、自分でも買って持っています。今回課題になって、さっさと本棚から出してきたのだけれど、一昨日まで、なんだかんだと理由をつけて読まなかったんです。というのは、もう物語に引き込まれちゃって、たぶん涙が出てくるってわかってるものだから、おっかなくて。で、覚悟を決めて読み始めて、当然すっかり引き込まれたわけですが、それにしても、最後の部分を電車の中で読むことになったのは、大失敗でした。電車の中で涙が出そうになって、ひどく困りました。とにかく、岩波の本の223ページからあと、たった10ページちょっとしかないんだけれど、さっきアカシアさんがおっしゃった、念願かなって犬は手に入ったものの、それが自分の期待していたのと違っちゃったものだから、せっかく自分の物になった犬を受け入れられずにいて、でも結局はその犬を受け入れる、という部分が実にすばらしい。これがあるのとないのでは、もう雲泥の差だと思います。犬のほうも、人間に歓迎されていないことを悟って離れていこうとするあたりが何とも切なくて、でも結局はハッピーエンドになって読者はほっとする。とにかく大好きな作品です。

アカシア:最後の部分は、子どもに実体験があれば、それに裏付けられて読みが深まるという形になるんでしょうけど、今の子に、こういう本の読みを裏付ける経験はあるかなあ?

げた:今の子は何でも手にはいるから。

ミッケ:今の時代は、携帯とかゲームとかがたくさんあって、とにかく、ぼーっとしていて、何をするでもなく自分とはあまり関係ない物を見たり感じたりするという時間や経験をなくそう、なくそうとする圧力がとても強いように思います。自分と関係がなさそうな物に対しては、関心を持たなくなってきている。物事を丁寧に感じ、丁寧に見ようという余裕がなくなってきていて、そういう意味で、相手の気持ちを想像したり、あるいは外見や行動から相手の中身を探っていくという実体験は減っているのかもしれない。文章の読み取りの訓練としては、難しい文章の読み取りもある程度訓練できるのかもしれないけれど、実体験での裏付けとなると難しいかも。ということは、読みの豊かさが失われることにもなりそうですね。

エーデルワイス:ピアスの『トムは真夜中の庭で』(高杉一郎訳 岩波書店)は中学生に読ませましたが、この本はやっていません。トムの場合も丁寧に読んでいかないと、なかなかその世界に入れないところがあります。今の作品は会話でポンポン、テンポよく読ませる本ばかりなので、これは難しいかもしれませんね。じっくり読めるようになるには訓練が必要ですから。

アカシア:ピアスでも短編集の『幽霊を見た10の話』(高杉一郎訳 岩波書店)なんかはちょっと怖い話だから、入りやすいかもしれませんね。

ミッケ:これって、売れてるんでしょうかね?

アカシア:本の好きな子って、いつの時代にも一定数はいますから……

エーデルワイス:『トムは真夜中の庭で』を学校で取り上げたときに、フィリパ・ピアスを読んだことある人、と聞いたら、ほとんどいませんでした。男の子だけですが。ちょっと残念です。広く読んでほしい作家ですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2007年3月の記録)