原題:AL CAPONE DOES MY SHIRTS by Gennifer Choldenko, 2004
ジェニファ・チョールデンコウ/著 こだまともこ/訳
あすなろ書房
2006.12
オビ語録:巨悪のヒーロー、アル・カポネを筆頭に、選りぬきの極悪囚が送りこまれる島、アルカトラズ島。そんな〈悪魔の島〉にやってきたムース少年と5人の子どもたちが織りなす、涙と笑いの熱い友情物語! *2005年ニューベリー賞銀賞受賞作
アカシア:主人公の男の子ムースの、いかにも要領の悪いようす、おたおたしてしまうようすが目に浮かぶように書けてますね。ほかの子どもたちもそれぞれ特徴があって、キャラクターとしてどれもなかなかいい。ムースのお姉さんは、本当は14歳なのに10歳で通しているわけですけど、ムースがちゃんと理解して世話をしているところとか、ほかの子どもたちもナタリーをそれなりに受け入れているところなんか、いいですね。ただね、刑務所に洗濯物を出して、アル・カポネにシャツを洗ってもらおうっていうところが、設定としてとてもおもしろいと思うんですけど、日本の今の子どもは、アル・カポネを知ってるんでしょうか?
ねず:アルカトラズは「ルパン三世」に出てきたけど。
アカシア:アル・カポネは極悪人なんだけど、表の世界ではできないことでも裏を通じてできるって子どもは思ってるわけでしょう? ナタリーのことも、アル・カポネがひそかに何とかしてくれたのかもしれないっていう、話の運び方ですよね。ストーリーが一本の筋というよりは何本かの筋がより合わさってできていて、それを統合しているキーワードがアル・カポネだと思うから、アル・カポネのイメージをしっかり持っているほうが楽しめますよね。
裕:アメリカではアル・カポネって、わかっている?
ねず:アメリカの子どもは知ってるんじゃないかしら?
裕:アル・カポネがわからなくても、楽しめる?
ポン:アル・カポネのことをあんまり知らなくても、物語自体のおもしろさがたくさんあるから、楽しめると思うなあ。
裕:充分楽しめるっていうのは、物語のおもしろさ?
ポン:物語のおもしろさもあるけれど、まず、なんといっても舞台設定のおもしろさがありますよね。刑務所の島で暮らすなんて! その発想に拍手をおくりたい気持ち。当時の島での暮らしぶりについても入念な取材をしたうえで描いたそうで、とてもリアリティがある。登場人物もみんな生き生きとしていて、それぞれのことをみんな好きになっちゃう。ちなみに、私のいちばんのお気に入りはテレサなんだけど。
ひとりひとりのことがすごくよくわかるように描かれていると思う。たとえば、54ページ。ナタリーがエスター・P・マーリノフに行ってしまったあと、ムースにはナタリーの部屋のドアが開けられないの。それで、お父さんがナタリーの部屋に行ってムースのグローブをとってきてくれるんだけど、そのときムースがナタリーのお気に入りの毛布が部屋に残されているのを見ちゃうっていう場面。ムースの複雑な気持ちがよく伝わってくるし、ナタリーのこと、大切に思っていることもよくわかる。
ストーリーもね、ほんとにいいんだなぁ。胸きゅんポイントがたくさんあるの。とくに好きだったのは、188ページ。自分の世界に、自分の奥深くにある遠い世界に行ってしまったナタリーを子どもたちがそれぞれのやり方で気づかう場面。ナタリーのほっぺたにとまったハエを、アニーがしーっと追い払ったり、無関心そうにしているジミーは何も言わないんだけど、器械をつくりながらナタリーのためにそっと石を積んであげたり……みんなやさしいよねえ。やっていること自体はユーモラスでオカシイんだけど、みんなの思いやりにじーん。あっ、309ページもいい。お父さんがムースとナタリーを抱きしめて、「おまえたちはおれの誇りだ」っていうところ。ほろっとしちゃった。
ミッケ:最初は、アル・カポネの話なんだ、と思いこんで読み始めたんだけれど、そのうちに、あれ、カポネは脇役なんだなってわかりました。こういう興味の引っ張り方は、うまいと思います。気づいてからは、最近日本でもようやくニュースなどでとりあげられるようになった、障碍がある子の兄弟や親のありようが中心なんだなあ、と思って読みました。そういう意味では、かなり大まじめなことを扱っているのに、それがちっとも暗くなくて深刻でないところが、この本のいいところだと思います。なんといっても、刑務所の島という舞台設定が生きていますね。なんか起こるんじゃないかというんで、ちょっとドキドキしながら読んでいける。その意味で、タイトルと設定が実にじょうず。もちろん、刑務所ならではのことがいろいろあるわけで、へえ、ふうん、と思わせられるんだけれど、全体を貫いているのは、ムースくんやお母さんやお父さんが、お姉さんをめぐってどういうふうに感じ、どう動いてどうなったかという、ある種の成長物語。それにしても、それぞれの子がよく書けていて、特にパイパーがとても印象に残りました。初めのうちは、主人公からすれば引っ張り回されてばかりでたまらない、っていう感じのかなりしたたかで計算高い所がある子なんだけれど、途中あたりから優しいところがちらちら見えてきて、でも憎まれ口をきいて、というのがいいですね。それと、カポネのことは、最後の最後で落語のおちみたいにちょろっと出てくるんだけれど、それがまた、にやっとしちゃう感じでよかったです。訳もとてもいいし、楽しく読みました。お姉さんを巡るムースの働きかけや状況の変化が、最後の320ページをすぎたあたりでパタパタと運んでいくのも、無理がなくて納得できました。
宇野:長い本だけれど、一章一章が短くてどんどん進んでいく構成が読みやすいですね。全体にそこはかとないユーモアがあって、ルイス・サッカー『穴』(講談社)を思い出しました。細部がおもしろくて。お姉さんをめぐる、家族それぞれのいろいろな思いがきちんと書かれていてよかったです。今年から特別支援教育というのが始まって、いろいろな子どもが教室にいて、そういう子どものお母さんも担任もコーディネーターも、みんなすごくたいへん。どうしていいかわからないのに、とにかく病院に行きなさいとか薬を飲みなさいとか迫られたり。子どもがどこまで読み取るか分からないけど、このお母さんの追いつめられた感じは真に迫っていて、大人として胸が痛くなりました。その一方で、子どもらしさもよく書かれているんですね。野球をしたくて約束するのに、その日にお母さんに呼ばれるというところとか。でもちがうことで自分を楽しませたりして、いじらしい。野球をするシーンでも、この子が野球が好きなことがひしひしと伝わってきました。ストーリーでは、ムースとパイパーの関係がかわっていくのが楽しかった。「うん」と思っていても「うん」と言わない、こんな子っているなって。表面はとげとげして見えるけれど、実はよく理解しているという関係が、表面仲良さそうなのに、実は何を考えているかわからない今の子の人間関係と対照的だなと思いました。すごく楽しかったです。
紙魚:この本は、アル・カポネという人がどういう存在なのかわからないと、せっかくのおもしろさが少し損なわれてしまいます。おそらく、日本の子どもたちは知らないと思うんですね。例えば、いちばん最初に、じゃーん、極悪人アル・カポネ登場! というような印象深いシーンがあったりしたら、それに引っ張られてもっとおもしろく読めるかなとは思いました。一章ごとが短いのは、とても小気味よいです。章ごとにおもしろいことが散りばめられていて、リズムもあるので、どんどん先に向かっていけます。それからタイトルと装画には、強さを感じました。
ケロ:まずタイトルが楽しそうで読んでみたいという気にさせられますね。ただ、読者にとって、アル・カポネがどんな強烈な人だったかがもっと分かっているとよかったのでは?たとえば、アル・カポネに洗濯してもらえる、というシーンで、みんながこぞって出すのが感覚としてピンとこない。洗いあがってきたときに、ただ洗ってあるだけじゃんってクラスのみんなが引くんですよね。そのあたり、クラスメイトたちが何を期待していたのか、よく分からないのでは? いやいや出しているのかなとか。
ルイス・サッカーの『穴』に似ているというのは、ムースの役回りなのかな。自分では普通にしているつもりでも、悲劇的に悪い役回りになるところとか。テーマは重いのだけど、この『穴』に似ているような、ユーモアが救っているし、おもしろく読ませるなと思いました。実際にあったアルカトラズ島をお話に結びつけたのはすごい思いつき。作者は、アルカトラズ島に関わりがあったのかなとか、いろいろ思いながら読みました。実際はアル・カポネは、アルカトラズ島にきたときには、もう権力を失っていたらしいですね。1936年のストに参加しなくてバッシングを受けたらしい。その直前のエピソードという設定なのですね。
ねず:原書の後ろを見ると、参考文献が40冊近くならんでいるから、著者は相当調べて書いたらしい。アルカトラズのガイドもしたとか。
ケロ:訳者あとがきも、フォローがきいているので、日本の読者に親切。
ポン:アル・カポネについては、8ページに書いてあるくらいでよいのでは? 読みはじめれば、わりと早い段階で(28ページ)テレサのカードが出てきて、アル・カポネのプロフィールはわかるし、どういう存在かっていうのも読んでいくうちにわかると思うけど……? 私もアル・カポネのこと、よく知らないまま読んだけど、楽しめました。
アカシア:私の年代だと、アル・カポネはテレビや映画でよく知ってるんですけど、今の日本の子どもに手渡すときにどうすればいいか、やっぱり考えちゃいますね。
ミッケ:たとえばカポネが関わった大事件を取り上げた一面トップの大見出し、みたいなのを扉絵かなにかで入れたりしたら、あんまり説明的でなくさりげなく、なんかカポネってすごいらしいぞ、というのが伝わるかも。
紙魚:ちゃんと読み進めていけば、実際のアル・カポネを知らなくても、だんだんとその悪者ぶりはわかってはくるんですけどね。
うさこ:いい物語だなと思いました。特にこの中に出てくる子どもたちの強さが好きでした。ただ、もったいないなあと思うところが、みなさんの意見にもあったように、物語のなかに誘いこむ導入のしかた。アル・カポネについて日本の子どもたちがどういう認識をもち、どのくらい知っているのかな、と思いながら読みました。どんどん読み進めていくと家族の物語で、カポネを全く知らなくても読めるのだけど、知っていたほうが登場する子どもたちに、より気持ちをよりそわせておもしろく読めると思う。作者あとがきを読んでそうだったのかと思うところもあるので、それをアレンジして前に持ってくるという手もあったかなと。
ねず:そのへんのところは、難しい問題だと思うわ。作者、訳者、編集者は、前置きなしに、すっと物語の世界に入っていってほしいと思うだろうし……
げた:タイトルが気に入って、アル・カポネがどんな人だったか、子どもにわかるか、なんていうことを考えずに、自分だけがおもしろがって読んでしまった。確かに、うちの子どもは、アル・カポネのこと知らないですね。図書館ではYAの新刊に入っています。ちっちゃい女の子パイパーにムースがもて遊ばれるあたりで、ムースとパイパーの関係にいらついたり、おもしろがったり。お姉さんとムースのことよりも、こっちの方が気になりました。でも、お姉さんが囚人105と出会った後の、ムースのお姉さんを護ろうとする、健気な思いも伝わってきました。長い読み物だけど一気に読めた。タイトルも表紙の絵も思わず、手にしたくなる魅力がありますね。
ねず:タイトルが魅力的で、すぐに手に取りました。作者のホームページで見たのですが、彼女はラブストーリーを書きたかったんですね。
アカシア:パイパーだけじゃなく、テレサもムースのことが好きなのよね。
ねず:ひとりひとりのキャラクターが、とても生き生きと描かれている。ナタリー自身の性格もよく描けていて、そこがこの本のいちばんの魅力。それから、アルカトラズ島はまさに職住接近の場所で、子どもたちも親の働いている姿をいつも見ているし、大人たちも子どもたちのことがよく分かっている。変な言い方だけど、アルカトラズ島は子育てには最適の場所だったのかも! そういう場所を舞台に選んだことで、物語がいっそう生き生きとしたんじゃないかしら。舞台の面白さと、自閉症の姉を持つという作者の経験がうまく結びついて、いい作品に仕上がったのだと思う。この本が第二作めだというから、これからの活躍が期待される作家ですよね。
ポン:訳もいいですよね〜。こういう文体って、なかなか難しいと思うんだけど、くだけかげんがほどよい感じ。いちばん最後の一文「例の件、終わった」が、また洒落ててすばらしい! ニクイ!
アカシア:この作品がアル・カポネを知らない日本の子どもたちにどう受け入れられるのか、私はまだ気になっています。たとえば『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著 講談社)は省略された文章ですけど、ピントが一直線でずれることがないので、読者がついていける。でも、この本では、障碍を持ったお姉さんが寄宿学校に入れるのか? ムースとパイパーの関係はどうなるのか? お父さんは失職することはないのか? ムースは居場所を見つけられるのか? ナタリーは囚人に恋してしまってだいじょうぶなのか? と、たくさん要素がある。長い文学作品に親しんできていない子どもには、ちょっとばかり難しいかもしれませんね。本をよく読む子には、逆にそこがおもしろいでしょうけど。
(「子どもの本で言いたい放題」2007年4月の記録)