本多明『幸子の庭』
『幸子の庭』
本多明/著 北見隆/絵
小峰書店
2007.09

版元語録:幸子の家には、志郎曾お爺ちゃんが造った大きな庭がある。でも、今は荒れ放題になっている。そこへ、96歳になる久子曾お婆ちゃんが庭を見に上京することに…。 *日本児童文学者協会第5回長編児童文学新人賞受賞 *産経児童出版文化賞受賞

げた:最初、このところよくある、学校に行けない子どもの話かな、と思ったんですよ。でも、テーマはそれだけじゃなかったんです。この本を通じていちばん心を揺さぶられたのは、プロや専門家のすごさ、背筋がピンと伸びたようなすがすがしさですね。この本を読んだ子どもたちは、きっと庭師という職業に夢を持つんじゃないでしょうかね。この本を通して、とってもいい体験学習ができたんじゃないかな。私は、図書館の司書という本の専門家のはずなんだけど、本当に専門家といえるのかなあと、改めて自分自身に問い直すような気持ちにさせられました。主人公の幸子も友達関係がうまくいかなくなっていたんだけど、この庭師の若者と出会うことによって、庭のサルスベリの枝で飛びつくような明るい子に戻っている。読んだ後、明るい気持ちになれるいい本だなと思いました。

ハリネズミ:そうそう。今の時代は、どの分野でも半分アマチュアみたいな人が幅をきかせていて、プロがなかなか評価されないですけど、この作品にはプロのすごさが描かれていますね。真のプロとは何かが、子どもにもわかるように書いてあります。それから、自然が子どもに働きかける力を持っているってことも、もう一つのテーマになってる。植木屋さんというと寡黙なイメージがありますが、この人は幸子にいろいろ話をしてくれて、幸子から力を引き出してますね。

げた:この庭師の若者はもともと寡黙だったんですよ。親方にお前、もっと話せなくちゃだめだ、と言われて直した。そういう点ではつじつまは合っていると思いますよ。

ハリネズミ:私は自然のままがいいと思ってて、雑草さえなかなか抜けないでいたんですが、庭に風が通るようになったとか、庭師が空間に手を入れていく作業を読んで、すっきりした庭もいいもんだと思えるようになりました。 「木の一本、一本が、その木らしい装いで立っている 」(p207)なんてね。庭っていうのは、自然のままにしとけばいいっていう空間とは違うんですね。

メリーさん:とても読み応えのある骨太な文学だと思いました。女の子の物語と職人の生い立ちの2部構成になっていて、主人公だけでなく、出会う職人の人生も語られる。とてもいいなと思ったのは「銀二の木鋏はあらゆる花木の汁を吸い、香りをかいだ」などという、ハサミの描写。ハサミの立てる音や質感をうまく書き込んでいて、道具を大切にしているのがよくわかりました。それから、山の木と庭の木の違いの所、長い時間をかけて共存を勝ち得た自然と、人間の手によって個性をのばしてあげる木との区別。時間の存在を意識させるいい場面だと思います。いい大人と出会うと子どもは変わるのだな、と感じました。そんな意味で、前回の『スリースターズ』(梨屋アリエ著 講談社)の対極にある物語だと思いました。

みっけ:以前山登りをしている頃に、山で大きく育っている木々をたくさん目にしてきて、そういう木が大好きだったために、庭の木とそういう木の根本的な違いを理解するのにかなりの時間がかかったんです。そういう覚えがあるんで、そうなんだよなあという感じで読みました。庭の木というのは、人間が人間の都合で植えた木で、当然大本のところで人工的。でもその人工的な物の個性を生かして行くにはどうするか、というあたりが剪定の根本にあるんでしょうね。とにかくこの本を読むと、庭とか木といった長いスパンで見ていく必要のある自然と向き合うことの心地よさ、時間の流れの違いがよくわかる。それに、登場する職人に、木という生き物と付き合っている上等な人の持つ独特の背筋の伸びた感じがあって、それもすがすがしい。それに、ハサミの鳴る音の持つリズミカルな感じも、とても共感できました。ということで、基本的にはおもしろく読んだのですが、ひとついえば、ちょっと盛り込み過ぎかなあ、という気がしました。作者が好きなことやいいと思っていることを、とにかく入れたという感じがしてねえ。

ハリネズミ:この作者の1作目ですから、いろいろ入れたかったんでしょうね。

みっけ:なんか、有名な和菓子店のおいしい大福やらくず餅の話だの、方代さんの短歌の話だの、ちょっとうるさくて鼻につくなあと思ったんです。全体としてはいいなと思ったんですが、それにしてもてんこ盛りで、げっぷが出そう。ああ、そういうことが好きなんだね、わかる、わかる、と作者の好きなことが素直に伝わってくるんですけど。

ハリネズミ:私はそんなに気になりませんでした。お菓子の話はプロの仕事の例だろうし、山崎方代の短歌は、筋金入りの職人の清吉さんや銀二さんの人柄の奥行きをあらわしていると思って。まあ、方代さんの部分はちょっと長いかな。

サンシャイン:私も、また学校に行けない子の話かと思って読み始めたんですが、だんだん引き込まれていきました。今まで話題に出なかったこととしては、庭を見たがっているひいおばあちゃんの最後の旅を家族で準備をする、という所が好きです。女の4世代が揃うというのは、私の娘が小さい時に経験しましたが、壮観です。そしてサルスベリを回転しながら降りてくるというのが受け継がれている、というのも家の歴史を物語る素敵な設定だと思いました。熱い鉄を打って刃物を作る話、木々の話、こうした薀蓄も好きでした。いい本を紹介してもらったなと思います。

いずる:読み始めたときは、お母さんが美容室に出て行くときのわざとらしさなど、いくつか気になってしまうところがありました。でも、庭師が出てきてからは物語に引き込まれました。私は庭や樹木に関する知識がほとんどないのですが、それでも十分に楽しめるように書かれていると思います。それから、幸子が学校に行けなくなるきっかけについて、大きな事件が起きたりはしませんが、必要以上に空気を読まなければいけない今の社会の息苦しさを反映しようとしている姿勢がいいと思います。結局幸子が学校に行けるようになるのかどうかは、わからないんですよね。もしかしたら途中で帰ってきちゃうかもしれませんが、きっと行けるんだろうなと思います。この本に出てくる庭師はとても素敵でした。児童文学に出てくる素敵な男性といえば、私はたつみや章さんの作品に出てくる男の人を連想します。たつみやさんは別名義で架空の男の人を素敵に描くことが必要とされるジャンルの小説を書いているので、惹きつけられるのも当然だと思うのですが、本多さんは男性なのにこういう人物を描くことができてすごいなと思いました。

小麦:いい意味で作者の人となりが透けて見える本でした。勝手な想像ですが、みんなに信頼されている小学校の先生が書いているみたい。物語を通して、あたたかで誠実な作者像が見えてくる安心感というのを、最近の作品の中では久々に感じました。幸子の口調や性格なんかは、いかにも「おじさんが書いた少女像」という感じだし、植木屋さんも格好良すぎるんだけど、読後感がさわやかで物語に説得力もあるので「ま、それもいいのかな」って思える。変にひねったりしていないところも好感が持てました。地の文のところで、幸子の母親が「母」と出てきたり「お母さん」と出てきたり、健二の母親も「母」だったり「かあちゃん」だったりするところは気になりました。些細なことなんだけど、こういうひっかかりって物語の世界からふっと現実に引き戻されちゃうから、もったいない。全体的には、さわやかで読みごたえのある作品でした。手入れ後の清新な庭の空気など、日本の庭の佇まいをしっかり感じとれる日本人としてこの作品を読めて幸せだったなと思います。庭師の格好良さにも目覚めました!

複数:かっこよすぎ!

ハリネズミ:さっきの母親をどういう言葉で書くかは、その部分が三人称的なのか一人称的なのかで違ってくると思うな。私はあんまり違和感がなかった。きっといい人なんだろうなあ、この作者は。『曲芸師ハリドン』なんかを書くような作家とはタイプが違いますよね。ひねくれてない。どれもみんないいエピソードですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年6月の記録)