原題:OPPET HAV by Annika Thor
アニカ・トール/著 菱木晃子/訳
新宿書房
2009.08
版元語録:ナチスの迫害を逃れ、スウェーデンの小島にたどりついたウィーンのユダヤ人姉妹。戦争は終わり、成長した姉妹の未来はどこにあるのか…シリーズ完結編。
ハマグリ:今回の課題本は4巻目だったんですけど、どうしても4巻だけを読むっていう気にならなくて、1巻から読んだら、読むほどにこれはやっぱり4巻だけを読んだんじゃだめでしょうという気になりました。徐々にいろいろなことが変わっていくんですよ。やっぱり1巻から読むことによって4巻につながっていく。だからぜひ1巻から読んでほしいなと思います。まず戦争中のスウェーデンの状況をスウェーデンの人の側から書いたものは読んだことがなかったので、知らなかったことが多く、とても勉強になりました。スウェーデン人、オーストリア人、ユダヤ人それぞれの立場がよくわかりました。
4巻では、章ごとにステフィとネッリを交互に描いているんですけど、1巻から3巻はステフィ中心で描かれています。大人も子どもも、いろいろな登場人物が出てくるんですけど、それぞれの立場があり、人物の造形がくっきりとよくわかるように書かれているところがとてもおもしろかったですね。人間の中には、揺らいでしまう人と揺らがない人がいるっていうのが、よくわかりました。弱さと強さって言ってしまってもいいのかもしれないけど、子どもでも置かれた状況によって自分が思っていたことと違うことをしなきゃいけない場合もあって、そのあたりの生身の人間の描写がとてもリアルだと思いました。ネッリはまだ幼くて養女になったので、疑似家族の中に自然に溶け込み、かわいがってもらうすべを知っていたんですね。でもステフィはそうでないところがあって、なじめないものはなじめない。養い親のおばさんですけど、最初はほんとに合わなかったんですね。でも厳しさとか冷たさと感じていたものが、日々の暮らしを一緒にすることによって次第にこの人は絶対信頼が置ける、と思えるようになるというところに感動しました。養父のエヴェルトが朴訥ながらも大きな愛情で包んでくれることや、若い担任の先生が力になってくれるところや、マイという親友が揺るがない気持ちでステフィと接してくれるっていうところに安心感があって、ステフィが自分では気づかないけれど、そういう人たちの信頼に支えられて強くなっていくところがとてもよかったと思います。島の様子とか、船で本土へ行ったりきたりする情景や、イェーテボリの町の描写がリアルで、行ったことのない場所が身近に感じられたというのもよかったです。
レン:私は前の3巻を読まず、この巻から読んでしまったのですが、引き込まれました。先日トールさんが来日なさったときの講演で、このシリーズを書いたきっかけや背景をうかがったので、すっと入れました。18歳のお姉さんと小学校を卒業する妹が、終戦という分岐点でそれぞれの人生の選択をせまられる。友人や、恋人、養父母など、まわりの登場人物が多面的にていねいに描かれていて、人生の複雑さがみごとに表現されていました。この作品を書くにあたって公文書館などで多くの資料を読んだとおっしゃっていましたが、記録で接した多くの人々の生き様が、さまざまな形で作品に盛り込まれているんでしょうね。今の日本では、学校図書館でも、子どもたちが自分から手にとる本に流れがちで、このようなまじめな大きなテーマの作品はますます出版がむずかしくなってきていると思うので、この4部作が刊行されたのはとても貴重ですね。
タビラコ:私もこの4巻目だけ読んだのですが、ぜひ1から3も読みたいと思いました。内容もさることながら、登場人物がどの人も奥行きがあって、生き生きと描かれていますね。主人公の姉妹にしても、いかにもお姉ちゃんらしい、しっかり者で頭の良いステフィと、あまり頭は良くないけれど、生きていく知恵にはたけていて、かわいらしいネッリの対比など、みごとだと思いました。ナチスによって悲惨な目にあわされた子どもたちのなかで、どうにか生き延びて大人になった人たちの証言を綴った本を以前に読んだのですが、誘拐されて、むりやりドイツ人にされ、養子縁組をさせられた子など、強制収容所だけでなく様々な迫害を受けた子どもたちがいたことを知りました。日本ではよくわからないけれど、ヨーロッパ全土にナチスはいまだに黒い影を落としているんですね。ステフィの友だちが精神病院に入ってしまうところなど、本当にこういう子どもたちがいたに違いないと思い、胸をつかれました。すばらしい作品ですね。子どもたちにぜひ手渡してほしい本です。
げた:いつも利用している図書館の新刊棚にあったので手にとってみました。スウェーデンにもユダヤ人の子どもたちが疎開していたというのを初めて知りました。本の中に書かれているのは世の中に翻弄されている少女2人なんですけど、時代が違ってもステフィとスヴェンとのやりとりなど、時代を超えて今の子どもたちに共感できる部分があるんだろうなと思いました。作者はいろいろよく調べて物語を作ったんだろうな。書かれていることがリアルに浮かんでくるんですよね。スウェーデンの高校ってすごくレベルの高いことをやってるんですね。大学みたいですね。ユディスがあまりにも悲惨なので、もうちょっとなんとかならないのかと思いましたけど、史実として、こんなことがあったんでしょうね。お父さんとの再会のくだりは、ちょっとあっけなく終わっちゃったかな。
プルメリア:スウェーデンにユダヤ人が送られたことを私も初めて知りました。地図や登場人物紹介があって、内容もよくわかり読みやすかったです。ステフィがスヴェンに出会うことから恋が始まり、ステフィの青春から大人に成長していく姿がわかりました。友だちと父親を探しに行く自転車での旅で出会う人々のあたたかさ、いつもステフィを見守る育て親メルタ・エヴェルトとアルマの愛情も、ちゃんと伝わってきます。文章全体に、ユダヤ人としての誇り(こそこそしない)や主張がにじみ出ているように思いました。この作品を読んだあとに、1巻目の『海の島』を読んだところ、ステフィがスウェーデンに行き学校生活でいじめをうけ葛藤しながら一生懸命島で生きていく様子、妹が養ってもらっている家で陶器の犬をポケットに入れてしまい、その陶器が見つかってしまうあたりのステフィの心情描写などが、痛々しいくらいによく描けていました。1巻には登場人物の説明も地図もありませんが、1巻から読むと4巻の読みも深まっていいと思います。読んでいて古い感じがしなくて、ぜひ紹介したい作品です。
シア:全国学校図書館協議会のイチオシだったんですけど、いまいち手がのびなかった作品です。今回初めて読みました。第2次世界大戦のユダヤ人というイメージが強くて、『アンネの日記』のような重いイメージがあったんですけど、普通の生活を送れているっていうところで、幸運な人たちだなと思いました。ユディスの考え方に、ユダヤ人の誇り高さを感じました。ユダヤ人と結婚してユダヤ人の子どもを産むべきだっていうあたりですね。途中のユディスの事件でぐっときました。アウシュビッツに送られてしまった人のことではなく、こういうところだけでも子どもたちに読んでほしいと思います。そして、移民として最後アメリカにたどりつくっていうのが、うまいラストだなと。養い親、血のつながりのない親にネッリは抵抗なくなじんでいくようなところがあって、ユダヤ人としての誇りや芯というのは、環境が育てていくものなんですね。関係ないですが、スウェーデンの移民について思い出したことがあります。数年前に私がスウェーデンに行ったとき、イラクの人たちを受け入れていたんですね。そのせいで治安の問題も出てきていたし、下層のスウェーデン人たちより保護を受けているイラクの人たちがいい生活をしているなど、軋轢があると聞きました。移民を受け入れるのも、移民になるのも大変ですね。
ひいらぎ:私はまだ3分の2くらいしか読めてないんですけど、最初すごく苦労しました。ステフィがまず男か女かわからなかったんですね、どんな人なのかなと思っていると、次にマイが出てきて、すぐにイリヤが出てきて、どれも男か女かわからない。1巻から読めば、すでに頭の中に登場人物が頭に入っているからもっとすらすら読めるんでしょうね。ロイス・ローリーの『ふたりの星』(掛川恭子・津尾美智子訳 講談社)も、デンマークからスウェーデンにユダヤ人を逃がすという話でしたね。でも、ニューベリー賞を取った作品なのにこっちは絶版ですよね。ユダヤ人狩りとか強制収容所の悲劇だけでなく、こういう作品も歴史のリアリティを感じるには大事だと思うんですけどね。
タビラコ:教科書には今でも、戦争がテーマの作品が載ってるの?
プルメリア:文学教材は、小学校3年生に『ちいちゃんのかげおくり』(あまんきみこ著 あかね書房)、4年生には『一つの花』(今西祐行著 ポプラ社)が載ってます。ただ、子どもたちには今と比較して説明しておかないと、作品からはその時代の様子が理解できないし、子どもにはわからないです。
(「子どもの本で言いたい放題」2010年4月の記録)