マイケル・モーパーゴ『モーツァルトはおことわり』さくまゆみこ訳
『モーツァルトはおことわり』
原題:THE MOZART QUESTION by Michael Morpurgo, 2007
マイケル・モーパーゴ/作 マイケル・フォアマン/絵 さくまゆみこ/訳
岩崎書店
2010.07

版元語録:「ひとつの物語を話してあげよう——」世界的に有名なバイオリニストのパオロ・レヴィの秘密はかつてナチスの強制収容所でくり返された悲しい記憶とつながっていた。美しい水の都、イタリア・ヴェニスを舞台に描かれた人間のたましいふれる物語。

ダンテス:とっても気に入りました。素敵な作品です。いいお話でした。絵も美しくて楽しめました。モーツァルトの音楽が、強制収容所の囚人たちをだますために使われていたということをはじめて知りました。

酉三:文句なしによかった。これを最初に読んだから、後の2作の評価が辛くなったという気すらします。戦争とは何だったか、ユダヤ人虐殺とは何だったか、それがその後も人々にどんな心の傷を残したか、そういったことを若い人に無理なく伝えてゆく作品になっている。それにしても、これから殺されようという人たちに最後の音楽としてモーツァルトを聞かせるというドイツ人の残酷さ。ユダヤ人たちに「いつかは自由になれる」という歌を歌わせたということもあったそうで、ほとんど悪魔的。恐ろしいですね。

優李:絵も優しくて魅力的、訳もたいへんいいと思います。感動がしみじみと伝わってきました。YAだと対象は中学生くらいですが六年生にはぜひすすめたいです。

メリーさん:この本は、東日本大震災前とその後では読んだ感想が変わるなと感じました。大災害にあったときに、文化は何ができるか。すぐに腹の足しにはならない芸術、文化。だけど、それにはきちんと役割があるのだと再認識した本でした。32ページの「音楽はすばらしい世界をつくるのに役立っている」という言葉はまさにそのとおりだと思います。ただ、それは生きる糧であっても、それを生きる術にするということについては考えなければならないことだと思いました。本の帯文には、「音楽で戦い」とありますが、バイオリニストらは、音楽を武器にしてしまったことを悔やんでいたのではないかと思います。本来は純粋に鑑賞すべきものを、他人を蹴落とし自分が生き延びる「武器」にしてしまった。もちろんそれは仕方ないことだったでしょうが、だからこそ戦後はそうしてはいけないと思ったのでは。それにしても、物語と絵がぴったりとあってとてもいい本だと思います。絵本と読み物の中間であるこの形は、今なかなかないと思いますが、原書はどうだったのかも気になりました。

ナットウ:お父さんの理容室の仕事をしている時のリズムが印象的。音楽が好きな気持ちがよく表現されていると思いました。インタビューするタイミングがよかったのだなと理由も自然に納得できます。強制収容所に連れていかれた人たちや3人の追悼の為にもひそかにモーツァルトの演奏の練習をしたのだろうと思って涙が出ました。裏表紙のベニスの日の出が印象的です。ベニスの日の出と共に描かれたユダヤ人の姿を見て、明るい未来、明日を願っているように感じました。

けろけろ:この本は、YAくらいの読者が向いていますね。でも、売ることを考えると、この体裁でYAって、棚の置場には困るかもしれません。でも、絵がいいので、こういう大きさで見たいですよね。一瞬インパクトに欠けるような絵に見えますが、いい味を出している絵だということがわかりますね。37ページ「秘密は嘘なんだよ。愛している人達に嘘をついてはいけない」と、お父さんが子どもパオロに言うシーンと、冒頭のインタビューで「秘密は嘘になる」と言った大人パオロのシーンが生きていてとてもいいと思いました。ひとつ気になったのは、32ページの後ろから3行目「ぼくが持ってきたバイオリン」のところ。ここと、このあとのもう一か所だけ、「ぼく」と訳されています。「わたし」のほうがいいのかどうか。どちらがいいか、よくわかりませんが、訳すのが難しかっただろうと思いました。

タビラコ:本当に一人称の訳しかたって、難しいですよね。英語みたいに「I」だけで片付けられれば、どんなにかいいのに! 「わたし」と「ぼく」、「ぼく」と「おれ」の中間の言葉が無いものかと、いつも思います。この作品は、とてもよかった! モーパーゴの作品は邦訳もたくさん出ているけれど、どうもいまひとつ詰めが甘いという感じですが、この作品はちがいました。モーパーゴって、本人もすごく「いい人」で、ダブリンで小さなグループに自作の近未来を描いた短編を朗読してくれたことがありましたが、得体のしれない軍隊にのどかな村全体が滅ぼされてしまうという、その話を読みながら手放しで号泣していました。そういう人柄のよさと、ストーリーの作り方の上手さが、よく出ている作品だと思います。翻訳の上手さは言うまでもないことですが、語り手によって敬体と常体を使い分けたり、字体を変えたりしているところも、さすがだと思いました。音楽って理性ではなく感性に訴えるもので、天使と悪魔の両面がある。その両面がくっきりと描きわけられていますね。わたしはフォアマンの絵のなんともいえない青と、オレンジがかった赤が好きですが、この本の中ではヴェネチアの場面にその素晴らしい青と赤が使われていて、うちの中は暖かい茶色で描かれている。反対に強制収容所は、グレーと陰鬱な茶で見事に描きわけられていますね。私はモーツァルトの作品が好きでよく聴いていますが、この作品を読んだあとは前と同じようには聴けなくなりました。それほどインパクトの強い作品でした。

シア:青い色彩がとにかく美しくて、一番先に読みました。今回の3冊の中では、完全に雰囲気勝ちしてますね。このサイズだと棚に置きにくいかもしれないけれど、子どもには目につきやすい上に、サッと手にとって見やすいサイズだと思うので、現在公共図書館で人気があって予約できないのもうなずけます。ぜひ子どもに読んでほしい作品ですね。絵本のような装丁のわりには大人も子どもも、そしてプライドが高い子も読みやすい作品です。話の内容も正統派だし、完全なる優等生的な作品だと思います。誰からも気に入られるいい子ですね。物語もストレートでわかりやすいですし、戦争の爪痕についてもわかりやすいし、飽きないし、音楽の持つ力を感じられたし、最後にはジーンときますね。しかし、あえていうならば、値段が少し高いかもしれません。戦争の本はどんなに読んでも、どうしてもこれまで他人事だったけれど、震災後の今、ぜひ読んで欲しい1冊です。

プルメリア:夏休みに題名を見て、いいネーミングの本だなと思いました。挿絵がとても素敵でヴェネチアに行ったことがあるのであのへんかなとわかりました。文章もわかりやすく現代・過去・現代の構成もいいです。中野区立図書館ではYAになっていますが、小学6年生ぐらいだとわかるんじゃないかな。学級でユダヤ人について説明し、ヴェネチアの場所を地図帳で探すなどの補足をして読み聞かせをしました。本文では下のほうに描かれているユダヤ人の挿絵が、裏表紙では空の上のほうに描かれていることに気づいた子どもが「ユダヤの人たちは天国に行けてよかったね」と言っていました。子どもの見方は面白いなと思いました。防衛省関係の子どもがいるのでナチスの問題は大丈夫かと心配でしたが、大丈夫でした。厚着の人と薄着の人が38〜39ページの挿絵にまじっていたので、季節について聞かれ、少し返答に困りました。

ハリネズミ:これは、原書は横書きでもっと判型ももう少し小さかったと思います。ホロコーストものはいろいろ出ていますが、知っておく必要があると思う一方で、今イスラエルがパレスチナに対してやっていることを隠蔽する結果になるのではないかと危惧したりもします。でも、この作品は、人間そのものを深く見つめているように思って、私は好きです。

ジラフ:わたしヴェネツィアが大好きで、実は3月の震災直後に行く予定だったんです。ところが、帰国便が不確定になったりして、旅行は延期したのですが、以前、1度訪れたときに何より惹かれたのが、ヴェネツィアの虚構性でした。路地が迷路のように入り組んでいて、いつも迷子になっているみたいで。いつか海に沈んでしまう、という運命を背負っていることも、この町の芝居がかった雰囲気と関係しているのかもしれません。自分自身にそんな思い入れがあったので、回想のスタイルで語られるこの物語の舞台として、ヴェネツィアの町がすごく生きていると感じました。挿絵もよくて、月明かりに照らされた運河のブルーなどは、いまにも水音が聴こえてきそうな気がしました。モーツァルトがこんな風に利用されていたことは初めて知りましたが、芸術には人の心を揺さぶる力があるので、よくも悪くも使うことがきます。おしまい近くではっとしたのが、隠してあったヴァイオリンが、実はお母さんのものだった、というところです。わたしはずっと、お父さんのヴァイオリンだと思い込んで読み進めていました。戦争とは、そして人間とは、まったく一筋縄ではいかないものだ、とおもしろく思いました。ほんとうにきれいな本で、たて書きなのに、こんなにふんだんに挿絵が入っていて、原書はどんなかな、と想像するのも楽しかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2011年5月の記録)