ジョン・ボイン/著 原田勝/訳
あすなろ書房
2018.02
『ヒトラーと暮らした少年』をおすすめします。
先日他界されたかこさとしさんは、子どもの視点をずっと持ち続けながら、何事もきとんち理論的に考える方だった。そのかこさんでさえ、子どもの頃は軍国少年で、15歳のときに図書館通いもやめる。文芸作品の読書などという軟弱なものは捨てて、軍人になる勉強をしなくては、と思ったからだ。しかし、視力が悪くなり軍人になることができずに命拾いをする。そして戦後、「誤った戦争をなぜ正義だと思い込んでしまったのか」と自問し、「私のような間違った判断をしないよう、真の賢さを身につけるお手伝いをしていこう」と考えて、子どもの本を書き始める。
本書は、主人公のピエロが7歳の時から始まる。ピエロはフランスに住んでいて、アンシェルという、耳の聞こえない親友がいる。ピエロの父はドイツ人で母はフランス人だが、二人ともやがて亡くなり、孤児となったピエロはドイツ人の叔母に引き取られ、ドイツ南部の山岳地帯にあるベルクホーフで暮らし始める。ベルクホーフはヒトラーの別荘で、ピエロはペーターと名前を変え、ここでヒトラーと出会い、かわいがられ、憧れ、ヒトラーの思想に染まっていく。そして、叔母さんたちのヒトラー暗殺計画を知ると、ヒトラーに知らせ、結果としておばさんは処刑されてしまう。ペーターは、自分の世話をしてくれたおばさんよりヒトラーの方を選び、ユダヤ人のアンシェルともぷっつり関係を絶つ。
先ほど、かこさん「でさえ」と書いた。もう一度ここで、多文化に親しんでいたはずのピエロ「でさえ」と書いてもいいかもしれない。子どもは、周囲の熱狂に左右されやすい。
オーストラリアのジャッキー・フレンチも、先生や親をはじめ周りがみんな間違った思想の持ち主だったら、子どもは簡単に染まってしまうかもしれないという危惧を持って、『ヒットラーのむすめ』(鈴木出版)を書いた。
子どもには、ゆかいな楽しい本も必要だ。でも、「真の賢さを身につける」助けになるような本も必要だと、私は最近つくづく思う。本書はそんな一冊。
(「トーハン週報」Monthly YA 2018年6月11日号掲載)
ドイツ人の父とフランス人の母の間に生まれたピエロは、両親とも亡くなるとドイツ人の叔母にひきとられる。叔母はヒトラーの別荘で家政婦をしていた。ピエロは、ヒトラーにかわいがられ、憧れを抱き、ヒトラーの思想に染まっていく。名前もペーターに変え、耳の不自由なユダヤ人の親友とは連絡を絶ち、叔母を裏切ってヒトラーに暗殺計画を密告する。強烈な存在の影響でどんどん変わっていく少年の姿は恐ろしいが、真の賢さとは何かについて考えさせてくれる。
原作:イギリス/13歳から/ヒトラー 第二次世界大戦
(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2019」より)