伊藤充子/作 なかしまひろみ/絵
偕成社
2022.10
〈版元語録〉並木通りにある喫茶店の店主タマユラさんはある日、ちかごろよく店にくるおばあさんから黒いカバンを預かりました。その中身は魔女の持ち物セットで、タマユラさんにはふしぎな力が宿り…。心あたたまるお話。
シマリス:ほんわか、ユーモラスな場面が随所にある楽しい物語でした。特に、タマユラさんをハトだと思い込んでしまうカレー屋の店主さんがかわいかったです。これは、「おみせやさんシリーズ」の1冊なのですね。このシリーズを他にも読んでみたいと思いました。ただ、余計なツッコミかもしれませんが、ネコにミネストローネを飲ませるのは、現実世界ではやってはいけないことなんですよね。ミネストローネには通常タマネギが入っていますが、ネコはタマネギ中毒で大変なことになってしまいます。だったら、ネコがエサには見向きもせず自分からミネストローネを飲んじゃう、というようなファンタジックな展開にしたらよかったのにと思いました。
ニャニャンガ:喫茶店が舞台でおいしいものが出てくるし、不思議なようすもあり、安心して読める楽しい作品ですね。子ども楽しい読書体験ができるんだろうなと想像しました。ただ、それ以上でもそれ以下でもないなという印象です。
ルパン:楽しく読みました。今回みんなで読んだもう1冊がとても重くてつらいお話だったので、バランス的にもよかったです。主人公はどうして「タマユラ」さんっていう名前なんでしょうね。
きなこみみ:「たまゆら」って辞書でひくと「幾つかの球が触れ合って出すかすかな音の形容だと解釈されている。」「(振り返って思い起こせば)その状態が、ほんの短い間の、はかないものであること。わずかな時間の意味」(新明解国語辞典)とあります。古文の用例で使われていることが多いです。
アカシア:私が調べた中には、「魂が揺れる」というのもありましたよ。
さららん:安定したお話づくりだなって、思いました。名付けによって、魔法が使えるようになるのも定番で、中学年の子どもたちが楽しく読める本なのだと思います。ただすごく新しい感じはしなくて。描写が何か所か、少し粗いように感じました。例えばp12で、「ポン、ポン、ポン、ポン」と、何かがカバンから飛び出すのですが、鍋とほうきと、植物と猫がポンポンという擬音で出てくるかなあ。挿絵のおかげで、状況はよくわかるようになっていますが。またp138で、タマユラさんは野バラのしげみに落ちて、トゲのせいで傷だらけになりますが、ここもトゲの出し方がちょっと唐突な気がします。実はいちばん考えこんでしまったのが「バタチキカリ」の章。ハトがタマユラさんのお店にやってきて、バタチキカリを食べたがっているおじいさんの話をします。そして、タマユラらさんがまずそのバターチキンカレーを作るのですが……ハトも鳥ですよね? 鳥が鶏のカレーのことを知らせにくるかなあ……豆のカレーじゃ、だめだったんでしょうか。ハトが食べられることはないと思うのですが、妄想に悩まされました。
ネズミ:さらっと読みました。3、4年生の読み物としては、こんなふうに明るく楽しそうなものが喜ばれるのかなと。クラゲの章で、探している女の子の家がすぐ近くだったり、ヨルさんをさがしにいく章で、落ちたところですぐにヨルさんに会えたり、都合よくいくところがポツポツありましたが、そういうものなのかと思いながら。ただ、表紙の絵で、カバンの口があいているのは、よいのかなと疑問でした。あいていても物は入るのだろうかと気になりました。奥付の絵では閉まっています。
しじみ71個分:楽しいほんわかしたお話で、読みやすかったです。ジェンダー的に問題ありの感想だと自分でも思いますが、表紙も柔らかい色彩で、「小学生の女の子たちが喜びそうな感じ」じゃない?と、つい思ってしまいました。「ふしぎすてき」というタマユラさんの決まり文句もちょっとかわいいですし、猫やてんとう虫、おまけにほうきやカバンまで、にわか魔法で会話できるようになり、それで問題解決していくというのもいいです。また、タマユラさんが、「わたしは魔女のものをあずかっているだけのおばさんです」とおばさん宣言するのも親近感がわきます。ヨルさんが帰ってきて少女になってパンケーキ屋さんを手伝うのも明るい終わり方でいいですね。楽しいなあと思って終わりました。はい、そんな感じです。
雪割草:楽しく読みました。ただ、子どもの読者が親しめるかどうかは少し疑問です。私も小学生のとき、「わかったさん」や「こまったさん」のシリーズを好きで読んでいましたが、メアリー・ポピンズのようなバッグを持って、ジジのような黒猫がいて、たまゆらさんは30代でしょうか、喫茶店も昭和っぽく、子どもの読者にとってはおばさんに感じるかもしれないと思います。ノバラの上に落ちる場面は、大変なことになっちゃったと思いましたが、大丈夫だったようで驚きました。
きなこみみ:さらっと読みやすい作品で、タマユラさんが、黒猫だけではなくて、道具にも、カラスやハトにも名前をつけて友だちになっていって、それぞれに居場所ができるっていうのが物語のいいところかなと思って読みました。いちばん好きなところは、タマユラさんがいろんな動物たちと友だちになるんですけど、使い魔のネコですらしばらない。ヨルさんは、魔女らしく、魔女として、というところにこだわって、自分をそのなかに閉じ込めていたように思うんですが、最後にそんな思い込みから解放されるのもいい感じです。気になったのは、クラゲを水ごとカバンに入れて運ぶところがあるんですが、海水をそのままカバンに入れたら、臭いし、あとが大変なことになるんでは、と思ったところと、タマユラさんは、ヨルさんに魔力を分けてもらったんですよね。それで動物やいろんなものたちとも話が出来るようになったのに、ヨルさんはそんなタマユラさんがうらやましい、と思うんです。ヨルさんは、自分の魔法では動物たちと話せなかったのかなと、その設定が気になりました。でも、子どもたちも楽しめる楽しい作品だと思います。
アンヌ:私も、黒カバンはメアリー・ポピンズの絨毯のカバンに似てるなとか、名前が支配するという考えは、日本の平安時代やル・グィンの「名前の掟」(『風の十二方位』ハヤカワ文庫)とかにもあるなあ等と、最初はあれこれ難癖をつけながら読んでいたのですが、昭和の喫茶店のようにお茶とお菓子をサービスしてくれたり、おいしいカレーの作り方を鍋が覚えていてくれたり、この物語の世界は居心地がいいので深く考えないで楽しく読んでいきました。ただ、なんというか大団円というか、最後にもう少し一種の謎解きのような盛り上がりがほしかったな。ヨルさんがいきなり少女になって現れるのなら、その正体とか、どうして魔女になったのかとか、何か納得のいく説明で終わってほしかったと思います。
wind24 : お話の中に出てくるモチーフは身近にあるものばかりなので、子どもたちも読みやすいのだろうと思います。魔女のヨルさんの道具を受け継いだタマユラさんがそれぞれの道具に名前をつけると道具が魔力を持つところは、昔話の中でも魔力のある登場人物の名前を当てるとお話が展開するパターンがあるので興味深いと思いました。おしまいのところでおばあさんと思っていたヨルさんが若い女の子で登場しますが、それには疑問が残りました。かわいいおばあさんで登場してほしかったな。全体を通して、道具に頼ってお話が進む印象があり、何をテーマにしているのか、子どもに何を伝えたいのかが掴めませんでした。
きなこみみ:だれを対象にしたのかわからないというのはどういうことか、もうちょっとくわしく教えてもらっていいですか?
アカシア:たしかに楽しいお話で、私もさらっと読んだのですが、佳作ではあるけれど傑作とは言えないかと。お話にあまりオリジナリティがないという点と、文章がありふれていて、「立っていない」という点が残念です。それと、ご都合主義(子どもだまし)的な箇所もいくつか見受けられました。たとえばマサラさんですが、いつも通っていたカレーの店のマスターで外国ルーツの人なら、おぼえているのではないかと思いました。それに車椅子だったのに、急にしゃきっと立ってカレーを作り始めたりします。ヨルさんの存在も今ひとつよくわからない。物語世界がもう少しきちんと構築されていたらよかったのにね。子どもに楽しいのはいいですが、作る方はもう少しきちんと作ってほしいです。
ハル:私もみなさんにうかがいたいと思っていたんです! ハトがバタチキカレ(バターチキンカレー)というところ。こういった、動物と会話ができる系の物語の中の食事に、動物、特に同じ種類の肉が出てくるのは、なんというか、アリなものですか? そのほかは、全体的にホッにわかとするお話で面白かったのですけれど、いまどき、魔女=腰の曲がったおばあちゃんというのがお決まりのように描かれているのはどうなんだろうと思いましたし(読者は魔法少女系のお話にもいっぱい触れているでしょうから)、ラストでその正体は若い娘さんだったとなったらなったで、なんでおばあさんのままじゃダメなの?と思うし、天邪鬼のようですが、どういう意図でそういう設定にしたのかな?と不思議に思いました。
エーデルワイス:サークルKさんが、安房直子に師事した作者だと教えてくださり、安房直子ファンとしては読む前から興味を持ちました。タマユラさんの名前も古風で好きです。植物の名前や木、モッコウバラ、クスノキと具体的に固有名詞を出すところ、キンツバ、オハギなど子どもたちが具体的に名前を知るきっかけになるだろうと思われ、好感が持てます。
サークルK: この本を選んだのは安房直子さんのお弟子さんということで興味がわいたことと、もう1冊の『ゴースト・ボーイズ』があまりにつらい内容なので、両方を読んだら気持ちのバランスを取ってもらえるのではないかと思ったからです。物語そのものはかわいらしい挿絵に助けられているところが大いにあり、古風なタマユラさんや相棒の黒猫キンツバ、カラスのオハギがほんわかとページに登場するたびに心が明るく温かくなりました。
バランスをとるという気持ちが先に立ち、テーマ「生きている人にしかこの世界を良くすることはできない?」を後からやや苦し紛れに考えたので、メンバーのみなさんから質問が出たのは無理もなかったかもしれません。「生きている人にしかこの世界を良くすることはできない」(『ゴースト・ボーイズ』p226)をそのまま引用しました。今生きている私たちがお互いへの「怖さ」を乗り越えて、「怖さ」をなくすことができないにしても問答無用の身勝手さで相手の命を奪うようなことを決してしてはならない、という警句にうなずくのもさることながら、本書に登場するような言葉を持たない動植物や無生物の台所道具たちがタマユラさんの力になり、身の回りの困りごとを解決していくというありえっこないファンタジーにひそむ救いも見過ごせないのではないかと思います。自分の力ではどうすることもできない災害などにあった場合、ふだんから使いなれている道具や目に入る植物や動物たちが心を落ち着かせて和ませてくれるという時間はあると思います。今回のテーマにはそんな気持ちを込めました。
(2023年12月の「子どもの本で言いたい放題」より)