『兄弟のきずな』 クロニクル千古の闇

原題:WOLFBANE by Michelle Paver, 2022
ミシェル・ペイヴァー/作 さくまゆみこ/訳
評論社
2025.07

イギリスの作家による、今から6000年前の石器時代を舞台にした「クロニクル千古の闇」の最終巻です。最初のシリーズが6巻、第二期のシリーズが3巻で全部で9巻になりました。

森にひそんでいる悪霊は、「森いちばんの明るい魂」を生きたまま食らえば、永遠の自由が得られると信じています。「森いちばんの明るい魂」を持っているのはだれか? 悪霊(実は、前の巻にも出てきたナイギン)がねらっているのはだれなのか?……それはウルフなのでした。でも、ウルフは危険性をそれほど感じていません。トラクとレンはウルフを守るため、またしても危険な旅に出ます。ワタリガラス族の族長フィン=ケディンは若い世代を守ろうとし、ワタリガラス族の魔導師になったダークは、孤独の中でウミワシ族の若者クジャイと出会います。いくつもの物語が重なり合う、壮大な物語シリーズにふさわしい完結編。

日本語版の表紙画を見たペイヴァーさんは、「一巻目のトラクからずいぶん成長した姿がちゃんを描かれていますね」と、ほめてくださいました。原書と同じジェフ・テイラーさんの見事な挿絵が入っています。

(編集:岡本稚歩美さん 装幀:水野哲也さん 表紙画:酒井駒子さん)

 

訳者あとがき

あれは2003年の秋だったでしょうか。評論社の方から『オオカミ族の少年』の原書のいくつかの章を見せていただいたのが、私がこのシリーズにかかわることになったきっかけです。それから20年以上の月日がたち、ここに最終巻をお届けできることになりました。トラク、レン、ウルフだけではなく著者のペイヴァーさんにとっても、困難の多い長い旅路であったことでしょう。翻訳者の私には生み出す苦しみはないので、ペイヴァーさんよりはもう少し楽しみながら長丁場をのりきることができました。

この〈クロニクル千古の闇〉シリーズは、第1巻の『オオカミ族の少年』が2005年に出版されて以来(原書は2004年)、『生霊わたり』(日本語版2006年/原書2005年)、『魂食らい』(2007年/2006年)、『追放されしもの』(2008年/2007年)、『復讐の誓い』(2009年/2008年)、『決戦のとき』(2010年/2009年)と続きました。この第6巻は、イギリスの栄えあるガーディアン賞を受賞しています。1巻目で12歳だったトラクは、6巻目では15歳になっていました。見事な結末を迎えたシリーズは、ここで終わったように思えました。

けれどもその後イギリスでは11年たってから、7巻目巻目の『魔導師の娘』(日本語版2023年/原書2020年)の原書が出版され、その後『皮はぐ者』(2024年/2021年)、そして本書(2025年/2022年)と続きます。

シリーズを通しての主人公は、オオカミ族出身のトラクとワタリガラス族のレン、それに、もちろんオオカミのウルフです。シリーズ後半からは、アルビノであったため父親に山に捨てられ、自力で生きのびてフィン=ケディンに迎え入れられたダークも大活躍しています。彼ら全員を支え導く存在として登場しているのが、そのフィン=ケディンです。フィン=ケディンはすぐれた知恵をもつワタリガラス族の族長であり、ほかの氏族たちからも尊敬されていましたが、この巻では大きな使命を果たしたのち、とうとう、ウルフのいう「光の木」、トラクたちのいう「最初の木」のもとへ旅立っていきます。第1巻でたがいに助け合い、命を支え合う存在となったトラクとウルフの関係は、この最終巻ではさらに強くなっていきます。

作者のペイヴァーさんは、1960年生まれのイギリスの作家で、アフリカのニヤサランド(現在のマラウィ)で南アフリカ人の父親とベルギー人の母親の間に生まれ、幼いころにイギリスに渡っています。オックスフォード大学で生化学を学んで、卒業すると法律家になり、その後作家になりました。子どもの本だけではなく、一般書も書いています。この「クロニクル千古の闇」シリーズについては、「先史時代の森を野生のオオカミたちといっしょに駆け回りたい、という10歳のときからの夢を物語にしたものだ」と語っています。子ども時代から憧れてあれこれと想像していた世界を長い物語に仕上げているのですね。

このシリーズの特徴の一つは、作者が執筆にあたって克明に下調べをして物語世界を構築していることだと思います。本書の著者あとがきを読んでもわかるように、ペイヴァーさんは、物語を書く際に、ただ想像をふくらませるのではありません。舞台になっている時代(このシリーズの場合は今から6000年前)や場所について文化人類学や考古学の文献を読み、実際に現地に足を運んで自分でも体験し、そのうえ先住民の文化や精神のありようについても検証して、そうしたリアリティに基づいて想像力をはばたかせているのです。この時代は氏族社会ですが、各氏族の衣食住のあり方をはじめ、焚き火のやり方、舟の作り方、魚や獣のとり方、儀式のやり方なども、ご自分の中できっちり想定した上で執筆しています。

その一例を挙げれば、トラクたちが旅に出るときに持ち物を入れるpackというものがあります。私はこれをどう訳せばいいのか迷い、物語の中には記述がまったくなかったので、ペイヴァーさんにお手紙で(ペイヴァーさんは電子メールを使わないので)おたずねしました。すると、「枠組みはハシバミの枝で箱のような形につくり、あとの部分はヤナギの細枝を編んでつくってあるものです」と教えてくださいました。このことは『オオカミ族の少年』の訳者あとがきにも書きましたが、私はpackを「荷かご」と訳すことにし、そこまで詳細に考えた上で物語を書いておられるのかと感嘆しました。最終巻の本書にも、その「荷かご」は登場しているので、さがしてみてください。

作者がこれほどていねいに緻密に物語世界を作っているからこそ、私たちはその世界にどっぷりと浸ることができるのでしょう。このシリーズは歴史ファンタジーというジャンルに入れられる事が多いのですが、リアリティに迫ろうとするペイヴァーさんの努力の結果、限りなくリアリスティックフィクションに近くなっていると思います。

もう一つは、教訓的な部分がないことです。子どもの本には、ついつい作者の「子どもを導きたい」という思いが顔を出しがちです。ペイヴァーさんの文章にはほとんどそれがありません。それでも、トラクやレンやダークやフィン=ケディンたちとともに冒険をすることによって、読者はそれぞれに新たな視野をもてるようになるのでしょう。

それから、オオカミのウルフの視点で語られている部分があることも、特徴の一つに挙げられるでしょう。たとえば第5章がそうなのですが、ウルフなりの言葉で語られています。シリーズを続けて読んでこられた読者のみなさんは、すぐに想像がつくかもしれませんが、この巻から読まれる方のために少し説明をしておくと、〈背高尻尾なし〉はトラクを、〈浮かぶ皮〉は皮舟を、〈まぶしくて冷たくて固いもの〉は氷を、〈魚犬〉はアザラシを、〈水のオオカミ〉はシャチを、それぞれ指しています。

私自身が翻訳しているときにいちばん強く感じていたのは、スマホもコンピュータも、それどころか文字や車輪や土器や鉄器もない、つまり便利な道具が一つもない世界の潔さでした。必要な道具はみな自分の手でつくります。そのためには、どんな動物のどの部分、あるいはどんな植物のどこをいつ使えば、どんな道具が作れるのかを熟知している必要があります。そして熟知するためには、まわりの自然界にある動植物の特徴や動きを、五感を駆使してしっかり把握しておかなければなりません。そう考えると、この時代というのは、ある意味人間の能力が最大限に発揮されていた時代なのかもしれませんね。そして五感が鋭敏で、世界をとらえることの上手な人が、魔導師とよばれていたのかもしれません。

ともあれ、読者のみなさんもトラクたちの世界を大いに楽しんでいただければ幸いです。

最後になりますが、このシリーズの日本語版の編集を担当してくださった岡本稚歩美さんと、シリーズを通してすてきな表紙絵を描いてくださった酒井駒子さんに深く感謝いたします。

さくまゆみこ