八束澄子/著
講談社
2015.04
版元語録:バレー部のセッターをする中3の万里は、エースのセナから「妊娠した」と告げられる。産婦人科で看護師として働く万里の母、クラスメート勇馬の姉の死産、セナのその後を描いた命の物語。
アンヌ:ふた昔前の少女漫画のようなイメージでした。妊娠、カンパ、転校。ただ、違うのは現代なので、性教育の授業を男女一緒に受ける場面があり、妊娠と出産の重要性がここで書かれていること。さらに主人公の母親が産婦人科の看護婦ということで、出産と死産についても描かれています。また、心療内科の医師も、セナと倫に別れる必要は全然ないと言い、不要な罪悪感を取り除こうとしている点も目新しい。でも、全体に、女性に対して厳しい視点で書かれすぎている気がしました。死産や堕胎に対し、死は死として受け入れ生き直せと言うのではなく、ずっと背負って生きろと言われているようで、少女に対して懲罰的な気がします。気になったのは、倫という男の子の描き方。普通、大切な女の子を家庭内暴力で隔離されている兄と暮らす家に連れ込むでしょうか? 避妊もしないこんな男の子に愛を語る資格はないと思うのですが……。
ルパン:残念ながら私は合わなかったようです。語りすぎている感があったり、今どきすぎる言葉づかいなどに好感がもてないまま終わってしまいました。
アカザ:私はとても好きな作品でした。文章もユーモアがあって、力強いし、中高生にぜひ読んでもらいたいなと思いました。いろいろな登場人物の目から書いているのも、成功している。こういう書き方だと、誰が誰だか途中で分からなくなることがあるけれど、それぞれの性格や、家庭の事情がはっきり書けているので、そういう心配もなかったし。女の子だけに背負わせているとか、女性蔑視だとか、そういう感じはしなかったですね。倫もセナも、これまでのことを背負って生きていくのだろうと、最後のところで思いました。表面には出ないけれど、さまざまな事情を、さまざまなやり方で背負って生きている中高生は大勢いるでしょうし、親にはいわなくても身近にいると思うので、十代の読者の心に届く作品だと思いました。
花散里:構成がとても良いと思いました。八束さんの作品が好きで、この本も出版されてすぐに読みました。作者が『ちいさなちいさなベビー服』(新日本出版社)も出されましたので、その本を読んでから、今回また2度目に読んで感想が違ったように感じました。セナが妊娠してしまったところとか、腑に落ちないところもありましたが、全体として好きな作品です。『いのちのパレード』というタイトルは少し気になりました。『子どもの本棚』(2016.3)の「複眼書評」でも取り上げています。中学生が自分の問題として読める作品ではないでしょうか。これまでの八束さんの作品とつながる1冊だと思います。
レジーナ:「命」というテーマをいろんな視点から上手に描いていて、おもしろく読みました。ただ、複数の視点から描くと、どうしても印象が薄くなるように思います。日本ではまだ少ないですが、海外では十代の妊娠を描いたヤングアダルトはいろいろと出ていますよね。この本に出てくるセナは、母親に問題はあっても、家庭としては一応機能しています。今、公衆トイレで出産した、という話もニュースで聞きますが、そこまでいかなくても、だれにも気づいてもらえず、だれのサポートも受けられない、ぎりぎりの状況で子どもを産むということもあると思います。この本は安全ネットの上を描いているので、そうではない状況も、日本の児童文学の中でもっと描かれていくといいのではないでしょうか。
レン:とてもおもしろく読みました。今の中高生が読んで、すっと入っていけそうな会話がうまいなあと。それぞれの心情がよく伝わってきます。以前、『学校では教えない性教育の本』(ちくまプリマー新書)の著者で産婦人科医の河野美香先生の講演を聞いたことがあるんですけど、女子中高校生は、大人が思っているよりずっと多くを経験していて、望まない妊娠もあとをたたないと。だから、こういう問題はとても身近なことだと思います。まわりの家庭を見ていると、高校生が妊娠してしまったとき、自分もそれに近いことを経験している親だとそれほど動じず、まあ仕方ないと受け入れやすいようですが、セナみたいに、いい大学に行って、いい会社に入って、みたいに親が思っている家庭の子はより大変な状況に追い込まれるようです。だから、こんなふうに悩まないといけない。ラストの、修学旅行のシーンがいいなあと思いました。たまたま同じ班になった同士が、新しい関係を何げなく結んでいくようすが、生きることを励ましてくれるようで。
西山:八束澄子は好きだし、おお、デモの話か?と勘違いしてすぐ読んだんですけど、今回読み返す時間がなくて、すみません。怖いほど、思い出せない。
スナフキン:倫君はとんでもない男だと思います。セナの中絶の決意も描いてほしかった。あえて群像にした意味は? 群像にしている理由をあまり感じられませんでした。
マリンゴ:冒頭の、セナの告白が本人のセリフではなく、万里のリアクションのみで語られているところ、盛り上がりに欠けるなと思いました。でも、徐々にそれは意図的なものであることに気づきました。いのちと死を淡々と重ねていく手法によって、生きること死ぬことを、特別視せず、誰にでもどこにでもあたりまえにあるものであることを見せているのだなぁ、と。そのスタンスにとても共感しました。セナが出産しない選択をすることで、がむしゃらにいのちを讃美しないことを示し、でも、別の章でいのちの大切さを伝える……とてもバランスいいと思いました。ただ、読後しばらくすると本の印象がちょっと薄れてしまったかも。視点が次々変わる構成のせいかしら……。
ハル:この本の中に登場する性教育の授業のような、子どもの立場を理解して幸せを願うというスタンスで書かれた、とてもいい本だと思います。表紙はどうなんでしょう。大人が見れば良い絵だと思いますが、今の中学生にとっては? 興味深いテーマだと思いますし、もうちょっと気軽に手に取れそうな……アニメっぽい表紙がいいとは言いませんが、せっかくなので、手をのばすきっかけになるように、中学生の好みに寄せても良かったのかも?とも思います。難しいところですが。
ハリネズミ:私はとてもおもしろく読みました。出てくる家族がどれもぎくしゃくしていて、ステレオタイプではないのもいいですね。生後4日目で亡くなった昴のまわりを家族が取り囲んで、似ているところをさがす場面も、いいですね。そこだけじゃなく、全体に様々な人の思いや心情がうまく書けていると思いました。セナが決心するに至るまでの心の動きが書かれていないという意見が出ましたが、それはセナたちの気持ちがどうであろうと親が無理矢理動いてしまった結果なので、書けないと思います。同年齢だけで悩むのではなく年代的な広がりもあります。美月先生が、「人間はそんなに弱くない」というメッセージを伝えているのも、自然に書かれているので伝わります。最後のパレードの夢も私は好きです。個々の人間が孤立しているのではなく、みんな一緒にパレードしている場面を著者は書きたかったんだと思います。
花散里:『糸子の体重計』(いとうみく作 童心社)とか、こういう章立ては今の子どもたちには読みやすいと思います。お母さんも自分のことを語っています。それをセナに語るという筋立てもうまいと思います。登場人物の名前の付け方も良いなと感じました。倫君の想いがセナの心の中に残っているところも。希望を持たせる読後感が爽やかだと思います。中高生が、「読んでよかった」と思える本ではないでしょうか。いろいろな家庭がありますが、この本に共感する子は多いのではないかと感じました。
アカザ:亡くなっていく赤ちゃんが多いなか、美月先生の授業のときに後ろでお母さんに抱かれていた赤ちゃんの描写が、とてもいいですね。命そのものが輝いているようにキラキラしていて、感動しました。
西山:うーん、母と娘の確執がおもしろかったというのは、思い出しました。章ごとに語り手や、視点人物を変えてそれを重ねていく作りは今、本当に多いんです。先月も言ったかもしれませんけど、人が変わっても語り口や考えが同じだったり……。この本じゃなくて一般的には、それが必ずしもうまくいっていないところに、問題を感じてます。
(2016年6月の言いたい放題)