原題:THE ISLANDER by Cynthia Reliant, 1999(アメリカ)
シンシア・ライラント/作 竹下文子/訳 ささめやゆき/絵
偕成社
1999.07
<版元語録>ぼくが人魚に会ったのは子どものときだ。浜べでひろった人魚のくしを手に待っていると、人魚はすぐそこまで近づいてきて、ぼくの名を呼んだ。「ダニエル。」島に暮らす孤独な少年は、人魚からもらった古い小さな鍵に守られて、大人になっていく。ニューベリー賞作家がおくる海の物語。
ひるね:美しい本ね。さびしい感じがするけど、読みおわったあとに幸福感がある。同じ著者の『ヴァン・ゴッホ・カフェ』(中村妙子訳 偕成社)も、お天気雨のような明るいさびしさが感じられて、幻想と現実のはざまにあるようなところが好きだった。この作品は訳も、すばらしいわね。竹下文子さんを訳者に選んだのは、大成功だと思う。「ライラントは、このごろ神の世界に近づいている」とか。最近の絵本も、天国にいく前にみんなが暮らす村を描いた話らしいけど、信仰が一種の明るさになってるのかしら。でも、私としてはあんまり神さまに近づいてほしくない。ただ明るいだけになっちゃったら、心配。
ねねこ:静かな時の流れを感じるいい文章よね。小品という感じで・・・ううん、悪くはないんだけど、すごーく惹かれるということもなくって。あんまり深読みしなくていい物語なのかな。ね、この話はつまるところ、アンナがダニエルを守ったってことなのかしら?
ひるね:考え方によっては、ダニエルが島から出ていかないようにしたっていうことにもなるわね。
ねねこ:新人賞の応募作品なんかに、こういう話ってよくあるよね。おじいさんと孫息子の二人暮らしで島に住んでて・・・とかね。大学生とか20代の女性が書くものに多いパターン。
ひるね:小道具に鍵が出てくるのとか、ひとつまちがえば陳腐になりそうだけど、そうなってないところが、いいわね。
オカリナ:全体がありそうなお話になってて、最後のところ、箱づめの犬が出てくるところだけ現実にはありえない出来事になってるのよね。いろいろ象徴的・寓意的に解釈できるんだろうけど、分析しはじめるとなんだかつまんないね。そのままにしといたほうがいい。
ねねこ:分析しないで、ただ味わっておけばいいんじゃない。安房直子の世界ではなくて、あまんきみこ的世界だと思う。感想が言いにくい。
愁童:好みの物語のはずなんだけど、あんまり心に残らなかった。なんでだろ? 文章が悪いわけじゃないけど、文脈から訴えるパワーが不足してるんじゃないかと考えたんだけど。翻訳がいまいちしっくりいってないんじゃないだろうか。だって、日本語がちょっとわかりにくいよね。「人魚の名前は知っているけれど、その謎は謎のままだろう」というとことか、意味がよくわかんない。雰囲気はいいんだけど、きれいなだけっていうかさ。アタマでは俺向きの話だぞ、それにウンポコさんも喜んだだろうななんて思ったんだけどさ……。
ひるね:愁童さんが求める水準まで到達してなかったということかしら?
ウォンバット:私は、こういうの好き。淡々としててロマンチックで、不思議な出来事がおこる物語。あんまり強烈な印象はないんだけど、ぽわっとあったかい感じ。『自分にあてた手紙』(フローレンス・セイヴォス著 末松氷海子訳 偕成社)みたい。小道具が素敵。人魚のくしとか、おでこに白いダイヤのもようがついたラッコとか俗っぽくなりそうだけど、そうならないようにうまくできてる。絵も好き。「人魚の名前は知ってるけど、謎は謎のまま」というあたりも、別に気にならなかった。たしかに日本語として、わからないといえば、わからないんだけど。この物語全体が、ダニエル自身本当にあったことなのかなと思うような夢みたいな出来事だし、どうして人魚が自分の前にあらわれたのかは、本当のところわからないわけだから、「謎のまま」でいいんじゃない? それから、嵐のあとたくさんの死を目撃して、その3年前の自分の両親の死をうけいれられるようになるというのも、納得できる。
オカリナ:おじいさんも死んじゃったあと、ふだんつきあいのない村人たちが、いざとなったら助けてくれるところとか、あったかいよね。
ねねこ:そういえば、神の世界に近づいてるって言ってたけど、海も空も動物たちもみんな生命の循環を感じさせるものだね。
オカリナ:ところで、この本は、一体だれが読むんだろうね。読者対象は、何歳くらいなんだろう? だって小学生から読めるようにつくってるけど、小学生や中学生が対象ではないように思う。若い女の人や、おじさんたちが読むのかしら。ひとつの雰囲気を提出することを目的としてるのなら、それはうまくいってると思う。寓話みたいなことだと思うんだけど、淡々とロマンチックな世界そのものを描いているのよね。普通なら、まるっきり孤独な人生を送るはずだった少年の人生の扉が、広い世界にひらかれていくというところは、とてもおもしろいと思ったんだけど。
愁童:一つの雰囲気をとらえるのが目的というのであれば、これでいいと思うよ。
ねねこ:新人は、おおむね多弁すぎるのね。これだけささっと書けば、ボロはでない。
オカリナ:甘いだけじゃなくて、その先に何かあるんじゃないかと思うんだけど、書いてないからね。
ねねこ:立原えりかの世界を思い出した。彼女の世界にも、ちょっとわからないところがあるから。
ひるね:うまいといえば、うまい。
オカリナ:だけど、愁童さんが「もどかしい」というのも、わかる。
愁童:イメージが、いまひとつわいてこないんだよ。
ねねこ:挿絵はなくてもよかったんじゃない? ささめやさんの良さがあまり出てなかった。全体に軽すぎて。
オカリナ:愁童さんを「大人」としたら、大人にとってはこの絵はじゃまになるよね。
愁童:この作品を読んで、「童話とはこういうものだ」と思われたら、困るなあ。
(2000年3月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)