原題:THE SUITCASE KID by Jacqueline Wilson, 1992(イギリス)
ジャクリーン・ウィルソン/著 小竹由美子/訳 ニック・シャラット/絵
偕成社
2000.03
<版元語録>お母さんとお父さんが別れることになったとき、二人は、わたしをどうしたらいいかわからなかった。わたしは、お母さんの家とお父さんの家を一週間ごとにいったりきたりすることになった。もういちど、お母さんとお父さんの三人でくらせる日を夢みながら―。親の離婚と再婚で失った“自分の家”を求めつづける少女の物語。イギリスの子どもたちが審査員になって選ぶ「チルドレンズ・ブック賞」受賞作。
モモンガ:今日の5冊の中で、子どもがいちばん楽しんで読むのは、この本だと思う。主人公はかわいそうな状況なんだけど、どこかしらいいところに目を向けようという姿勢が、とてもいいと思った。作者が、主人公アンディーに温かい目を向けていて、どこかいいところがあると信じて、描いてる。登場人物が、大人も子どももみんなリアル。それで、アンディーにとって嫌な人も、根っから悪い人ではなくて、いやいやながらも認めずにはいられない、いいところがあるんだよってことを、ちゃんと描いているのよね。この先アンディーは、それぞれの人と接点を見つけて、うまくやっていけそう。「せつない」だけで終わらず、これからうまくやっていけると思えるところが、前向きでよかった。
愁童:ほんと、アンディーはだいじょうぶそうだね。明るさを感じるよ。ぼくの今回のイチオシは、これだな。「離婚もの」はたくさんあるけど、大人の論理が背景にあって、そこに子どもを引き寄せていくというパターンが、多いと思うんだよね。その点、この本は完全に子どもの視点から描いている。難しいテーマだけど、小学校3〜4年生が読みやすい文章だね。訳文も、こなれてる。すごい事件があるわけじゃないんだけど、人間像がさらりと上手に描けてる。とくにお父さん方の新しい家族になったふたごのゼンとクリスタルなんて、いい味出してると思った。子どもは被害者だけど、離婚については「いい」とも「悪い」ともいってない。「与えられた運命をいかに乗り越えていくか」というのが大事だってことをきちんとおさえている。だけどこの本、訳はいいんだけど、あとがきがねぇ・・・。作品を解説しちゃってるんだけど、ちょっとズレてるんじゃないの? タイトルも『バイバイわたしのおうち』じゃなくて、原題The Suitcase Kid をいかしたほうがよかったと思う。というより、全然意味がちがうでしょう。この訳者はストーリーを理解してないのかな。わかっていたら、このタイトルはなかったと思うなあ。
オカリナ:たしかに。意味がまるっきり変わっちゃってますね。バイバイするのは最初の設定であって、これはそこからの物語なんだから。ちょっと皮肉っぽいおもしろさもなくなっちゃってるし。
ウォンバット:私もそう思う。でもまあ、タイトルはおいとくとして、全体としては、とてもおもしろかったよ。章タイトルが、ABCになってて、AはAndy アンディーとかDは Dadお父さんとか、うまくハマってるのもいい。そして、最後の章はZZoeゾウイで「ABCみたいにかんたんなことです。ほんとですよ」ときれいにしめくくられる。うまいよね。お父さんとお母さんが離婚して、それぞれ新しいパートナーをみつけてて、そこを主人公アンディーが1週間交代でいったりきたりするわけだけど、お父さんとお母さんが、それぞれの新しいパートナーについて、お互いケチョンケチョンにいうのが、おっかしい! ひどい悪口なんだけど、明るくからっとしてて憎めない。アンディーは気の毒な状況だけど、でも全体に陰湿な感じがないから、かわいそうという気持ちにならないし、読んでて楽しくてイイ。
ウンポコ:時間ぎれで途中までしか読めなかった。
ひるね:読むの、やめたの?
ウンポコ:時間が足りなかっただけ。ぼくは電車の中で読むことが多いんだけど、この本、表紙がちょっと恥ずかしくてさ。
ウォンバット:ピンク色で目立つし、カワイイもんね。
ウンポコ:なんかまわりの人に「ヘンなおじさんっ」と思われたら嫌だなと思ってさ、パッと開いて、なるべく表紙が他の人に見えないように気を使って読んだの。途中までだったけど、主人公に寄り添って読めるね。くわの実の登場の仕方も、とてもうまいと思った。ちょっと気になったのは、目次。野暮ったくて損してると思うな。
ウォンバット:そうかなあ。私はこの目次、いいと思うけど。
オカリナ:私は、ジャクリーン・ウィルソン好きなの。彼女の描く子どもはたいてい、貧乏とか離婚とか、何か問題を抱えてることが多いんだけど、どの作品も明るいのよね。主人公が問題を乗り越えて生きていけるということを感じさせてくれる。本好きな子はもちろん、本を読まない子もドタバタっぽいところがエンタテイメントとして楽しめそうじゃない? 本を読む子も読まない子も、どっちもおもしろく読める。だから私、とても好きな作家なんです! このところ児童文学に見られる家族像を考えながら本読んでるんだけど、子どもには安心できる場所が必要だと思うのね。何か問題があったとしても「だいじょうぶ」と思える場所が。だけど、それを家庭に求めるのは無理になってきてる。今は「大草原の小さな家」みたいには、いかなくなってるわけじゃない? 両親の離婚とか再婚とかがすごく増えていて、昔ながらの「古きよき家庭」は崩壊しちゃってるからね。そうなって、「子どもが安心できる場所をどこに求めるか」ということを現代の作家は描いているんだと思うの。ジャクリーン・ウィルソンもそのひとり。この作品でも、親は悪い人ではないんだけど、役に立たないわけでしょ。親が子どもを包みこむ存在ではなくなってる。で、どうするかというと、まわりのいろんな人から少しずつそういうものをもらって、安心をとりもどすわけ。アンディーが遊びにいく、くわの木のある家の老夫婦とかね。それとか、最初は義母・義父とうまくいかないんだけど、義理の兄弟とはだんだんうまくいくようになって、とくにグレアムとは仲よくなって、大切な存在になる。それも一方通行ではなくて、子ども同士が少しずつそういうことを提供しあっている。この作品では、結局のところ助けになるのは義理のきょうだい。そんなふうに説明はしていないんだけど、この作品はそういう新しい関係、子ども同士が「安心」を提供しあえる新しい関係を描いているんじゃないかな。
モモンガ:そうね。くどくど説明はしてないんだけどね。挿絵もまんがっぽい絵なのに、ひとりひとりがどんな人なのか、そして、それぞれの関係が変化していく様子が、よくわかる。人間が、実によく描けているのよね。
オカリナ:「いろんなことがあるけど、この先だってなんとかやっていけるよ。だいじょうぶだよ」っていうまなざしが、あったかいよね。松居さんとの作品とはちがう温かさがある。この作品、今日の私のイチオシ!
ひるね:私も、これイチオシ。この作品は、何年か前にイギリスで買って読んで、すごくよかったの。なかなか翻訳が出版されないなと思ってたんだけど。いうなれば、「子どもへの応援歌」よね。気の毒な状況なんだけど、「かわいそう」という言葉は出てこない。彼女の短編で「お父さんとうりふたつ」というのがあるんだけど、それもすごくいい話だった。イギリスでとても人気のある作家だし、これからも注目していきたいわね。
(2000年04月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)