那須田淳『ペーターという名のオオカミ』
『ペーターという名のオオカミ〜Tagebuch von Ryo』
那須田淳/著
小峰書店
2003

版元語録:オオカミには国境はなく、まして人と人の心のつながりを断ち切る壁などは存在しない。昔のベルリンで、故郷の森をめざす子オオカミとそれを助ける少年の心の軌跡を描く。

むう:オオカミと環境問題、ドイツを分断してきた壁が個人に及ぼした影響を絡めながら男の子の成長物語を作るという意図は、なるほどと思いました。それに、ドイツの田舎の風景描写は、ドイツに行ったことがないものだから、へえ、こんななのか、とおもしろかったです。ただ、切迫感がないというんでしょうか。たとえばオオカミなんですが、大人向けの作品だから同列に並べるのは無理があるかも知れないけれど、乃南アサの『凍える牙』(新潮社)を読んでみると、オオカミ犬の持つ魅力が生き生きと伝わってくるんですよね。でも、この本にはそういうのがないんです。オオカミは大事にしなきゃみたいに書かれてはいても、読者は心の底からほんとうにすばらしいと感じ、大事にしなきゃと思うことができないのではないかと。頭の中で作った、という感じがしました。

紙魚:お父さんの転勤から家出を決行するまでの気持ちの流れが、今ひとつわかりませんでした。しかも、両親は自分の子どもが家出して、こんなに平気でいられるものでしょうか。家族像がつかめなかったです。ペーターやオオカミの群れの描写があまりにも足りないし、オオカミを何としてでも帰さないといけないという危機感も持ちにくかったです。オオカミへのつのる愛しさのようなものを、もっと感じたかった。全体としては読みやすいし、ベルリンの様子などは、とてもおもしろかったです。

アカシア:まだ読んでいる途中なんですけど。疑問がひとつ。表紙のこれは、犬じゃなくてオオカミなんですか? それと、ドイツとかベルリンを紹介したいという気持ちがあるせいか、うるさいほど説明してありますけど、本筋からすると邪魔にならないのでしょうか。

カーコ:私はおもしろく読みました。拾ってきた子オオカミをどうするのかというストーリーで、最後まで引っぱっていってくれますよね。さまざまな問題意識を呼び覚まさせる、日本の児童文学のなかでは意欲的な作品だと思いました。第二次世界大戦を扱った名作の多くは、実際にその戦争を体験した書き手の作品ですが、これからは、間接的な体験で、風化しつつある大切な事実をとらえなおして、現代につなげていく、こういった書き方が、試みられていくのではないかと思います。ベルリンの壁について、世界史では表れない部分を見られて新鮮でした。

すあま:ビデオにとったことが、後々影響するわけでもなかったのね。説明が長くて、とばして読みたいところがたくさんあった。「あかずきん」の全文なんて、必要ないですよね。ベルリンの壁のあたりは、最近、映画『グッバイレーニン』を観たので思い出しながら読みました。表紙の子犬は、オオカミに は見えない。それから、Tagebuch von Ryo、つまり「Ryoの日記」という副題は必要でしょうか?

:それなりに読めたのですが、読み終わったとき、ハーハーしちゃったんです。盛り込みすぎ。この作者が何を伝えたかったのかはわからなかったです。『難民少年』は、対照的で、伝えたいことがはっきりわかりましたが。オオカミを帰すということで、いったい少年たちは変わったのかな? そもそも、この少年たちに問題があったんでしょうか。描写はいろいろあるんだけど、マックスの昔の恋人に木を届けるところなど、必要とは思えません。あと、オオカミの気持ちで書いている章がありましたが、あそこはわからなかったです。視点をかえるという実験的な試みなんでしょうが、効果があったとは思えません。

トチ:読み出したらおもしろくて、これはひょっとして大傑作なのではと思ったくらい。それが最後のところで、主人公が日本に帰って、帰国子女枠で大学の付属校に入れたから、受験勉強もしなくてすむようになった・・・・・というところを読んで、興ざめしちゃった。この少年は、オオカミと自分を重ねあわせて、自由に伸び伸びと生きたいと思っていたのでは? それがこんなにケチくさい根性でいいの? そしたら、なんだかこの少年のごっこ遊びにつきあわされたような気分になったわ。だいたい、せっぱつまっているときに、木を届けたり、お父さんを頼ったりなんて余裕があるのもおかしい。読者は、けっきょく新聞の特派員とか高名な音楽家とか、恵まれた家庭に育った子どもたちが、冒険めいたおもしろいことができて、帰国したら受験で苦しむこともなくて、いい気なもんだと思うんじゃない? 今の日本の子どもたちって、能天気に見えてもみんな受験の重圧を感じているんじゃないかしら。

愁童:今の子どもたちには、受験がぜったいにプレッシャーになってるよね。

カーコ:最後の結びはつけないほうが、余韻を楽しめてよかったと思います。帰国子女枠で私立校に行って、幸せにやっていると聞かされると、結局は特権階級のお話みたいで、せっかくよりそってきた読者は、突き放された感じがしそう。

すあま:リアリティーを持たせようとしずぎて、失敗したんじゃないですか。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年4月の記録)